アフリカ人の奴隷化 異教徒から皮膚の色へ


 日本におけるここ数十年の右傾化の波は、ヘイトスピーチ(差別煽動・憎悪煽動)までもが街頭で堂々とまかり通るまでに社会を退歩させたが、私の周りの人の日常会話にまで人種主義の気配が色濃く感じられるようになってしまい、ここには書けない事例も含めて、実感を込めてここに書けば、本当にこの社会はかなりヤバくなっている。


  私たち市民が「分断されて統治」されたがっているとは思えないが、何かの拍子にきっかけさえ与えられれば容易に権力者に追従してしまう心根は誰にも用意されている可能性は否定できない。何しろ権力者は自らより下位の者をたいがい用意してくれるので、一時でも優越感に浸れるわけで、それが随分気持が良いのだろう。そうだとすると「人間は平等」という真理、この人類の叡智もかなり危ういものになるが、さらにはこの社会には王・天皇の存在もあるから、「人間は平等」という真理を社会の隅々まで普遍化させることがかなり難しいものになっている。


 というわけで、多様性を備えた色々な市民の「平和共存」も、権力者の策略であっという間に崩壊する歴史を知っておくことは重要である。「分断して統治せよ!」の典型例である米国の奴隷制度であるが、分断前の社会では多様性を備えた色々な市民は「平和共存」していたからこそ、「ベイコンの反乱」にも見られるように、多数の貧民は団結して貪欲な入植者と戦った。これについてオードリー・スメドリーが下記引用論文の最後に述べている──「・・・我々には、他の選択肢や他の方法が取りえたのかどうか確かなことはわからない。しかし、アメリカ植民地の指導者たちがアフリカ系の人々に永続的な隷属を強いようと決める以前の、黒人、白人、インディアンの一部までもが、その階級社会のあらゆる層で一緒に折り合って暮らしていたように見える17世紀の40ないし50年という短い期間は、人種の存在しない社会が発展する可能性があったことを示唆するものである。その可能性の扉は、長く閉じられたままである。」


 現状の米国を見れば、「分断して統治せよ!」の奴隷制度とジム・クロウ制度(人種隔離制度)の恐るべき効果に慄然とする。


 さて、ここでは拡散しつつある話題をこの記事の題名に即して、奴隷と非奴隷の分割の基準が当初は異教徒に重きが置かれ、次第に基準が皮膚の色へと変化する過程を確認しておきたい。


追記:太田昌国は30年ぐらい前から、ちらほら出始めた劣化言論を注視していた稀有の知識人だから、「この種の言論の浸透力を侮った報いを、私たちはいま引き受けている」と書けるかもしれない。しかし「何でこうなった?」への答えはあるのか、ないのか。「浸透力を侮った」せいばかりではないだろう。・・・



★竹沢泰子・編著『人種概念の普遍性を問う 西洋的パラダイムを超えて』人文書院、2005年


北米における人種イデオロギー

オードリー・スメドリー(山下淑美訳)


頁167──


 その後、1690年以降になると、ヴァージニア植民地の指導者たちは、労働力の問題と極貧層に対する不安を一挙に解決するための策略を慎重に練り上げた。彼らは貧民層をいくつかの身分に分け、ある者には特権や富を得る道を与え、他の者は永久奴隷の身分に落とした。1つの明確な分割ポイントは、皮膚の色を中心とする身体上の差異と出自を指針としたものであったが、アフリカ人の奴隷化を推進するためにもっともよく持ち出された説明は、むしろ、彼らが異教徒であるということであった。しかし、ウィンスロップ・ジョーダンは、18世紀の初めには身体的特徴がより注目されるようになってきたと指摘する。つまり、さまざまな身体的特徴、特に皮膚の色が、自由・非自由といった身分と意識的かつ独断的に結びつけられるようになったのである。すべてのヨーロッパ人は、キリスト教徒であるために、同一集団とみなされ、特権的な「白人」のカテゴリーへとまとめられ、非白人の権利と特権は、数多くの法律によって徐々に縮小、あるいは完全に削除されていった。


太田昌国のみたび夢は夜ひらく[92]願わくば子供は愚鈍に生まれかし。さすれば宰相の誉を得ん

http://www.jca.apc.org/gendai_blog/wordpress/?p=768

 

・・・

かくして、今年一年を通じて、明治維新150周年の解釈をめぐる歴史論争が展開されよう。ここ数年来、産経新聞はこの種の論争に敢えて「歴史戦」と名づけたキャンペーンを繰り広げている。『諸君!』『正論』などの右翼誌には1980年代後半以降とみに劣化した言論が載るようになったが、30年近くを経てみれば、その水準の言論が社会全体を覆い尽くすようになった。偽り、ごまかし、居直りに満ちたこの種の言論の浸透力を侮った報いを、私たちはいま引き受けている。「愚鈍な」宰相の言葉とて、甘く見るわけにはいかない。

(1月7日記)

ベイコンの反乱



▼ベイコンの反乱

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%8F%8D%E4%B9%B1


・・・


反乱の影響

ベイコンの反乱は奥地にいた農夫たちの間の不満の結果であり、法律を自分達のものにして政府の腐敗と抑圧に反抗した。バージニア住民の多くが負債を抱えていた。紙幣の力を頼んで借金することはイギリス政府に止められ、商人階級に対する不満が更に募った。反乱の支持者の多くは年季奉公者や奴隷であり、バージニアの人口の大半を占めていた。

歴史家達は、ベイコンが政権を掴んだ間に成した最も重要な改革は武器を取る権利を認めたことであり、普通のものが敵対的なインディアンから自分を守るだけでなく、専制的な政治に反抗できたということであると指摘した。。バークリーが権力を回復したあとで、直ぐにこの権利を撤廃した。ベイコンの反乱は、後に植民地の人々の武器を持つ権利の主張について動機のひとつとなった可能性があると、歴史家のミラーは主張している。やはり歴史家のスティーブン・サンダース・ウェブは、ベイコンの反乱がイギリス内戦に根源を持つ革命であり、アメリカの独立に繋がるものだったと指摘している。

反乱を起こしたのは、奴隷、奉公人、および貧しい農夫(その多くが元は年季奉公人であった)が大半だった。反乱前のバージニアでは、アフリカ人奴隷は稀であった。これはその費用が高く、アフリカから奴隷を連れてくる貿易業者がいなかったためであった。多くのアフリカ人は年季奉公として連れて来られ、年季が明けたあとは自由の身になった。ヨーロッパからの年季奉公者は反乱後もバージニアでその役割を続けたが、アフリカからの奴隷輸入の動きが急速に高まり、新しい法律が制定されて奴隷は終生のものとなり、その子供にも及ぶようになった。アフリカ人を最下層とする人種に基づく階級性が作られ、ヨーロッパからの最貧の年季奉公者でもその上の階級となった。このことはベイコンの反乱の間に存在した貧乏なイギリス人とアフリカ人に共通の利益が失われたことを意味した。


★竹沢泰子・編著『人種概念の普遍性を問う 西洋的パラダイムを超えて』人文書院、2005年


北米における人種イデオロギー


オードリー・スメドリー(山下淑美訳)


頁165── 

 17世紀までには、植民地は紛争状態に入り、社会というアリーナのなかに、我々はある重要な変化の始まりを見ることになる。多数の貧民と、インディアンの所有地以外のすべての土地をわがものとしていた少数の貪欲な古い入植者とのあいだに、大きな階級紛争が起こっていた。もっとも有名なものは1676年のナサニエル・ベーコンをリーダーとする反乱で、その反乱では植民地人口の約4万のうち8千人もの白人、黒人、ムラート(引用者注:白人と黒人の「混血児」)、インディアンら、若く貧しく土地を持たない男たちが団結し、エリート支配層に対して立ち上がった。ここでは詳細に立ち入ることはできないが、この反乱の結果、貧民を分断し、さらなる反乱を防止するための戦略が、植民地の指導者たちによって案出されることになったのだ。
 植民地の政治的指導者でもあった大農園主たちは、統制可能な労働力を大量に確保することがつねに主な目標であった。彼らはインディアンや戦争捕虜となったアイルランド人を奴隷として使おうとしたのだが、インディアンはあまりにも死にやすく、アイルランド人は統制がきかなかった。アイルランド人は乱暴で野蛮であるとされ、強制労働に従うことを拒否した。17世紀、ジャマイカやバルバドスなど島嶼部の共同体で、アイルランド人捕虜がはじめて使役された際、彼らが奴隷の大多数を占めていた。しかしながら、アイルランド人はカトリック教徒であったため、スペイン人やポルトガル人の同宗信者のなかから多くの援助者があらわれることが、まもなく判明した。強制労働を嫌ってスペインの港まで逃げ延びることのできたアイルランド人は、みな確実に保護を得ることができた。彼らよりも好まれたアフリカ人の確保が容易になってくると、農園主たちはアイルランド人を奴隷労働者として用いることをしなくなった。
 17世紀末ごろにはアフリカから直接やってくる人々の数が著しく増加し、さまざまな形の強制労働は次第に変形されて、アフリカ人のみを対象した動産奴隷制が確立された。直接アフリカからやってきた新米の黒人は、とりわけ弱い立場にあった。イングランド人ではないため市民権が認められるはずもなく、また外国人であり、非キリスト教徒である彼らは、植民地の文化に馴染みもなかった。この新来のアフリカ人たちに、子々孫々にいたる生涯の隷属を課するのは、容易で有利なことであったし、それを咎めるものもなかった。彼らは黒人自由民や既存の黒人労働者とは、おそらく皮膚の色以外には、何の共通点も持たず、ヨーロッパ人と同じ免疫を持っていたので〈旧世界〉の疾病に対して比較的抵抗力があった。そのうえ、いったん植民地に連れてこられれば、逃げるあてもなく、交易を担う商人は多くの人数を確保することができた。さらにアフリカ人には、南アメリカのインディアンにとってのカトリック教会のように、彼らの待遇に対して抗議してくれる強力な支援団体もなかった。とりわけ重要なのは、ずっと以前から知られていたように、アフリカ人が〈新世界〉で絶対的に必要とされる技術を身につけていたことである。
 アフリカにおいて農夫であり、時として牛飼いであった彼らは、熱帯の土壌での農業についての幅広い知識と、植民者たちが求める数々の技術を持っていた。・・・以下略

英国で発見の古代民族、肌黒くて目は青かった DNA分析で明らかに



英国で発見の古代民族、肌黒くて目は青かった DNA分析で明らかに

2018年2月7日 13:50 発信地:ロンドン/英国
http://www.afpbb.com/articles/-/3161452


英国で発見の古代民族、肌黒くて目は青かった DNA分析で明らかに
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英ロンドンの自然史博物館で公開された「チェダーマン」の頭蓋骨から再現された男性の顔(2018年2月6日撮影)(c)AFP PHOTO / Justin TALLIS


【2月7日 AFP】英自然史博物館(Natural History Museum)とロンドン大学ユニバーシティー・カレッジ(University College London)の共同研究チームは7日、1万年前に現在の英国に住んでいた古代民族の男性の人骨からDNAを抽出・分析した結果、この民族の肌が浅黒く、目は青かったことが判明したと発表した。

 1903年に洞穴で人骨が発見されたこの男性は、洞穴のあった英イングランド南西部の地名から「チェダーマン(Cheddar Man)」と呼ばれている。今回、この人骨を使った初の完全なDNA分析が行われ、この男性の容姿を現代によみがえらせる作業が行われた。

 共同研究チームはチェダーマンの頭蓋骨に2ミリの穴を開け、抽出した骨粉からDNAを分析。これまでの見解ではチェダーマンの目は茶色く、肌は色白だったとみられていたが、そうした仮説を覆す結果となった。

 自然史博物館の関係者は、「1万年前の古代民族がとても青い目でありながら肌は浅黒いという組み合わせだったことは非常に驚きだ」と述べている。

 今回発表された研究結果は、欧州北部の人々の肌が白くなったのは、これまで考えられていたよりも最近であることを示唆している。

 チェダーマンの部族は氷河期の末期に現在の英国に移動して来たものとみられており、そのDNAは現代のスペイン、ハンガリー、ルクセンブルクで見つかった人骨と関連があることが分かっている。(c)AFP


▼2015年04月08日 05:00
サイエンス最前線~進化
ヨーロッパ人も昔は黒かった


http://blog.livedoor.jp/science_q/archives/1851548.html


【ヨーロッパ人も昔は黒かった】

4月2日・米ハーバード大:

ヒトがサルや魚と同じ祖先から進化したなどとはとても信じられないと思う人は多いだろう。進化は環境の大変化がない限り、ゆっくりと時間をかけて進行するので、それを目の当たりにすることも、それを再現することも、はたまた過去に戻って確認することもできない。だから信じられないと。

しかし、今生きている生物だけではなく、遠い昔に死んでしまった生物ですら解析可能になってきた昨今の遺伝子解析技術は、進化が実際に過去に起こったことであり、高々数千年の間に生物に実にダイナミックな変化をもたらすことを証明し始めた。今から8000年前、ヨーロッパ人のほとんどが、牛乳を消化できず、肌も褐色で、背も低かった・・・なんてことを。


先月紹介したインド・ヨーロッパ語族の起源に、遺伝子解析の手法を用いて一石を投じたハーバード大学医学部、David Reichのグループが、先月3月25日から28日まで、セントルイス市で行われたアメリカ自然人類学者協会第84回年大会にて、彼らの新しい解析結果を報告した。同時に3月14日付でBioRxivにも論文がアーカイブされた。

それによれば、3000年から8000年前にヨーロッパ各地で生きていたとされる83体の人骨から採取したDNAの解析結果と、1000人ゲノムプロジェクトで解析された現代ヨーロッパ人の結果を比較したところ、乳糖代謝や肌の色に関連する5つの遺伝子変異が、自然淘汰により集団の中で急速に広がっていった様子が明らかとなった。以下、それを報じたNewsFromScienceの記事を要約する。


まずは、大人になってからも乳を飲めるかどうかを左右する乳糖代謝について、8000年前のヨーロッパ人は、狩猟民族であろうが農耕民族であろうが乳糖代謝ができなかった。つまり大人になると乳が飲めなかった。ところが、7800年前に東方からやってきた農耕民族と、4800年前に黒海の北から移動してきたヤムナ文化人たちは、大人になると乳糖を分解する酵素遺伝子(LCT)が発現しなくなるという変異をもっていなかったため、大人になっても乳を飲むことができた。

酪農の始まりによって得られるようになった重要なタンパク源である乳を大人になっても利用できるメリットが、この遺伝子を集団に広める要因となったと推測される。ほとんどのヨーロッパ人が大人になっても乳を飲めるようになったのは、古くとも4300年前と考えられた。

肌の色の進化は、3つの遺伝子変異が絡んだ、もう少し複雑なものだった。約4万年前、アフリカからヨーロッパへ移動してきたヒトの祖先の肌の色は、陽射しの強い南から来たのだから、恐らく褐色だったであろうと考えられている。また今回の解析の結果、8500年前スペイン、ルクセンブルク、ハンガリーにいた初期狩猟民族の肌も褐色だったことがわかった。なぜなら、彼らは肌の色と相関する2つの遺伝子(SLC24A5、SLC45A2)について、色白の現代ヨーロッパ人がもつ型ではなく、色黒のアフリカ、東アジア人がもつ型と一致したからだ。

しかし、陽射しの弱いはるか北方では、様子が違っていた。7700年前の南スウェーデン、ムータラ遺跡から出土した7体の人骨は、色白の型の2つの遺伝子をもち、さらに碧眼と金髪を与える遺伝子(HERC2/OCA2)ももっていた。そして、7800年前に東方からやってきた農耕民族たちは、色白の型の2つの遺伝子をもち、そのうちのひとつ(SLC24A5)が中南部ヨーロッパで急速に広まった。もう一方の遺伝子(SLC45A2)は、少し遅れて5800年前以降広まった。


色白の遺伝子が急速に広まるということは、その遺伝子をもつことが子孫を残すうえで有利だったからだが、なぜ陽射しの弱い地域では、色白の遺伝子が有利になるのか。それはビタミンDの合成に必要な紫外線をより効果的に吸収できたからではないかという説が広く知られている。


身長は多くの遺伝子が関与する形質だが、約8000年前から、北中部ヨーロッパで、高身長をもたらす遺伝子変異が少しずつ広がり始め、4800年前元々高身長だったヤムナ文化人の流入により一気に加速した。一方で、イタリアやスペインなどの南ヨーロッパでは、低身長をもたらす遺伝子変異が広がった。特に6000年前のスペインでは、気温の低下による栄養不足から低身長の遺伝子変異が有利に働いたと考えられている。


今回の研究から明らかになったもうひとつの発見は、意外にも免疫関連の遺伝子にはこの8000年間ほとんど変化がなかったことだ。この発見は、農耕の発展とともに人類は様々な病原菌との戦いを余儀なくされたとする説に異を唱えるものだ。

Iain Mathieson , Iosif Lazaridis , Nadin Rohland , Swapan Mallick , Bastien Llamas , Joseph Pickrell , Harald Meller , Manuel A. Rojo Guerra , Johannes Krause , David Anthony , Dorcas Brown , Carles Lalueza Fox , Alan Cooper , Kurt W. Alt , Wolfgang Haak , Nick Patterson , David Reich . Eight thousand years of natural selection in Europe. bioRxiv beta, Posted March 14, 2015. DOI: 10.1101/016477

ファッションモデルのコウディア・ディオプ とダッキー・ソット

▼Khoudia Diop (@melaniin.goddess) • Instagram photos
https://www.instagram.com/melaniin.goddess/


▼Duckie Thot (@duckieofficial) • Instagram photos and …
https://www.instagram.com/duckieofficial/


http://tocana.jp/2016/10/post_11104_entry.html












 黒人といっても、彼らの肌は濃い褐色であり、本物の“真っ黒”ではないという事実を誰もが当然のように知っている。しかし世界を見わたせば、完全なる黒、まさに漆黒の肌を持つ、本当に“黒い人”も存在するのだ。

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画像は「melaniin.goddess - Instagram」より引用

 現在、海外のインターネットユーザーたちの間で、ひとりの若いセネガル人女性が大きな話題となっている。彼女の名前はコウディア・ディオプさん。母国のみならず、ニューヨークやパリで活躍する国際的なモデルだ。そう、彼女こそが本当に“黒い人”。その漆黒の肌、そして彼女の前向きな姿勢が実に美しい、と共感を覚える人が続出しているのだ。


■唯一無二の真っ黒い肌

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画像は「The Colored Girl」より引用

 コウディアさんが一躍時の人となったキッカケは、「The Colored Girl(TCG)」と呼ばれるキャンペーンが開始されたことだった。一口に黒人女性といっても、その肌の色は明るいものから暗いものまで実に多様であり、彼女らがみな自らの肌色を誇り、互いに認め合わなければならない――そんな啓蒙活動に、とりわけ黒い肌を持ち、モデルとして活躍する女性であるコウディアさんが登場したのだ。

 コウディアさんの姿は、多くの人にショックを与えた。まるでインクでも塗ったかのように黒く、光り輝くその肌。これはすべて、極めて豊富なメラニン色素に起因するものだ。ほかの黒人モデルと並ぶと、その黒さは一層際立ち、神々しいまでのオーラを放っている。ホワイトやゴールドの服が実に映える肌、さらに長い手足なども相まって、もはや唯一無二の存在といえるだろう。


■幼少期の過酷ないじめにも決して屈せず

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画像は「melaniin.goddess - Instagram」より引用

 このように圧倒的な存在感を放ち、モデルとして大成したコウディアさん。ところが、海外サイト「Oddity Central」が先月30日に報じたところによると、幼少期の彼女はその“黒さ”が原因で、常に周囲から酷いいじめを受けてきたという。

「いじめっ子たちは、私に自分の肌を嫌だと思わせたかったのか、あらゆるニックネームをつけたわ。『Darky(黒んぼ)』、『闇夜の娘』、『星々の母』……」

「でも、私はむしろそれがとっても気に入って、まったく気にも留めないことを彼らに示してきた」(コウディアさん)

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画像は「melaniin.goddess - Instagram」より引用

 強く前向き、そして誇り高いコウディアさんにとって、いじめっ子たちの言葉は、逆に彼女が自分自身を一層“特別な存在”だと考えるための力添えとなって作用したのだ。現在の彼女は、自らのインスタグラムで自身の“漆黒の美”を発信し続けている。しかもそのアカウントは、「melaniin.goddess」。自ら「メラニンの女神」と名乗るほど、肌の色を誇らしく感じているということだ。


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画像は「melaniin.goddess - Instagram」より引用

アフリカ黒人女性が肌を「漂白」している!?

 しかし、話はこれだけで終わらない。今回コウディアさんが注目される契機となったキャンペーン「The Colored Girl(TCG)」が開始されるに至った背景には、れっきとした理由があるのだ。

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画像は「afrizap」より引用

 現在アフリカでは、黒人女性たちが自らの肌をできるだけ明るい色に「漂白」しようとする行為が跡を絶たず、社会問題となりつつあるのだという。ヨーロッパ的な美の基準に憧れ、それに少しでも近づきたいとホワイトニングクリームや手術などに手を出すケースが後を絶たないようだ。

 ある調査では、肌の色を何らかの手法によって明るくしようと試みているナイジェリア人女性が、実に75%にのぼることも明らかになったようだ。そしてこの割合は、トーゴの59%、南アフリカの35%と続き、アフリカ大陸全土では数百万人に及ぶとの試算もある。しかし、そのような行為に大きなリスクが伴うことは指摘するまでもない。各国の保健機関は対応に苦慮している現状にある。つまりTCGキャンペーンとは、まさにその行き過ぎた行為にメスを入れようとする啓蒙活動というわけだ。

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画像は「afrizap」より引用

「明るい肌の色ほど美しいという考え方は、間違っています。しかし、それを男性が助長しているという現状もある」
「暗い色の肌を持つ女性たちは、この無知と周囲からの圧力によって、自らの価値を高めるため肌色を明るくしようと試みています」
「コウディアさんをよく見て下さい。このように自信に満ち溢れ、自らの肌を受容している。危険な化学物質の入った製品を、メディアにそそのかされて使う必要はありません」

 ナイジェリアの首都アブジャにある国立病院で問題に取り組んできた皮膚科医は、アフリカの今を伝えるメディア「afrizap」のインタビューに対してこのように述べている。現在、コウディアさんのインスタグラムに寄せられるコメントは、「あなたはとても美しい」「メラニンがなせる魔法だ」など圧倒的に肯定的な意見ばかりが並ぶ。TCGキャンペーンのような活動を通して、この問題も少しずつ改善されていくかもしれない。


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画像は「melaniin.goddess - Instagram」より引用

 とはいえコウディアさんの存在は、アフリカ人女性の「漂白問題」改善の足がかりとなるに留まらず、世界中のマイノリティ、そしていじめに悩む子どもたちにとっても大きな勇気となるに違いない。さらに彼女の出現は、いまだ画一的な美の基準にとらわれがちな私たちの感覚にも一石を投じる出来事といえるだろう。

 外見を悩みだせばキリがない。その美の基準さえも時代によって移り変わる。何者かに似せようとするのではなく、自らの容姿に誇りを抱き、唯一無二の存在として正々堂々と勝負する――。そんな理想を体現するコウディアさんに共鳴する読者も多いのではないだろうか。
(編集部)








恒例のピレリカレンダー、2018年版が登場

2017.11.14 自動車ニュース


2018年版ピレリカレンダーに起用されたダッキー・ソット。

2018年版ピレリカレンダーに起用されたダッキー・ソット。拡大

イタリアのタイヤメーカーのピレリは2017年11月10日(現地時間)、恒例の「ピレリカレンダー」をニューヨークで発表した。45作目となる2018年版はイギリス人フォトグラファーの、ティム・ウォーカー氏が撮影した。

さまざまなジャンルから18人を起用

2018年版ピレリカレンダーは、イギリス文学の名作である『不思議の国のアリス』の再現がテーマ。ファンタジーあふれるストーリーと、1865年の初版本に描かれた挿絵からインスピレーションを得て撮影されたという、28枚の写真が収められている。ティム氏は自身のアイデアを実現するため、著名、または新進気鋭のミュージシャンや俳優、モデル、政治活動家など、18人を被写体として起用している。

今回、起用された人物は以下の通り。

アダット・アケチ(モデル)、アドウォア・アボアー(ファッションモデル/フェミニスト活動家)、アルファ・ディア(モデル)、ジャイモン・フンスー(俳優/モデル)、ダッキー・ソット(モデル)、ジャハ・デュクレ(女権活動家)、キング・オウス(モデル)、リル・ヨッティ(ラッパー/シンガー)、ルピタ・ニョンゴ(女優)、ナオミ・キャンベル(スーパーモデル/女優)、ルポール(俳優/テレビパーソナリティー/シンガーソングライター)、サッシャ・レーン(女優)、ショーン・コムズ(ラッパー/シンガーソングライター/俳優/レコードプロデューサー/起業家)、スリック・ウッズ(モデル)、タンド・ホパ(モデル/弁護士)、ウーピー・ゴールドバーグ(女優/コメディアン/作家/テレビホスト)、ウィルソン・オリエマ(モデル)、Zoe Bedeaux(ファッションスタイリスト/デザイナー/シンガー)。

ティム氏は「私は、これまで非常にたくさん語られてきたアリスの物語について、あらためてもう一度最初から語れるように、ルイス・キャロルが抱いていたイマジネーションの発端に立ってみたかったのです。そして、これまでとは異なる原点を見いだしたかったのです」と述べている。

(webCG)


ダッキー・ソット 世界中で話題になっている 南スーダン出身の黒人モデル Duckie Thot

ダッキー・ソット 世界中で話題になっている 南スーダン出身の黒人モデル Duckie Thot
更新日: 2017年08月05日


加害者の白人女性は「ホワイト・パワー」と叫んだ


米LAで白人女性が韓国人女性を暴行、トランプ大統領当選後に広がる“嫌悪犯罪”か=韓国ネット「米国も韓国と同じ道をたどる」「世界が逆方向に…」

3日、韓国メディアによると、米LAで韓国人女性が白人女性に突然暴行される事件が発生した。これに、韓国のネットユーザーがコメントを寄せた。

写真拡大

2017年2月3日、韓国・YTNによると、米ロサンゼルス(LA)で韓国人女性が白人女性に突然暴行される事件が発生した。

1日午後3時ごろ(現地時間)、LAにあるコリアンタウン近くで、20代の白人女性が突然、路上を歩いていた70代の韓国人女性の顔を拳で殴る暴行を加えた。血を流して倒れた韓国人女性の周囲に人が集まると、加害者の白人女性は「ホワイト・パワー」と叫んだという。白人女性は目撃者の通報を受けて駆け付けた警察に逮捕された。

現地の韓国人らは今回の事件がトランプ大統領の当選後に広がる「白人による有色人種に対するヘイト・クライム(嫌悪犯罪)」とみている。

この報道に、韓国のネットユーザーからは「米国は終わった」「韓国も米国も日本も人間の顔をした獣が横行する時代。なぜ国を超えてシンクロするのか?世界が逆方向に進んでいるような気がする」「米国も韓国と同じ道をたどるだろう。指導者選びを間違えたために地獄を見ることになる」「トランプ大統領も朴大統領と共に弾劾へ追い込もう」「ヒトラー時代のドイツのようになってしまうのか?」「米国はいつから白人の国になった?」「か弱いお年寄りを暴行することがホワイト・パワーなの?」などのコメントが寄せられた。

一方で、「白人1人の過ちで白人全体を問題視する韓国人の方が問題」「トランプ大統領のせいではなくメディアの問題。これはトランプ大統領が意図していたことではない」「韓国も人種差別が深刻。米国を批判できない」などのコメントもみられた。(翻訳・編集/堂本)
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