言葉の力~色にまつわる偏見を助長する和製英語「ブラック」について

 差別語は社会の進歩とともに日々発見されるが、なかでも差別される少数者の異議申し立てによって違う言葉に言い換えられることも多い。例えば「精神分裂病」から「統合失調症」という言い換えもそんな事例の一つだ。

 「主人」や「嫁」という言葉も未だに使われている古くさい言葉だが、当然こんな言葉を使えないという人々はいて、その中の1人の川上未映子はこんな発言をしている。

★「主人」や「嫁」という言葉は賞味期限 川上未映子さん

聞き手・三島あずさ

2017年3月6日15時02分

http://www.asahi.com/articles/ASK2S7G82K2SUTIL06H.html?iref=com_rnavi_srank

・・・・・・
 「呼び方なんてたいした問題じゃない」と言う人もいる。でも言葉って本当に大事。男性でも女性でも、配偶者を「これ」とか「おまえ」とか呼ぶようになってきた時から、DVとかそういう関係が作られていくんですよ。主人とか嫁とか呼ばれていると、そういう関係性が内面化されていく。だから言葉の力を馬鹿にしてほしくないんです。(引用終わり)

 言葉とは話し手のものの見方を明白に示すものだから、言葉を言い換えて物の見方を意識的に変えれようとすれば、使用者には見えない差別が見え始める契機にもなるかもしれない。例えば今、ネット卑語から採用された和製英語「ブラック」があらゆる悪を含意されてメディアに氾濫しているが、使用者は色に価値を持ち込む愚劣には無頓着なのだろう。もともと白人英語のblackにはあらゆる悪が含意されているし、whiteはその逆で、あらゆる善が含意されている。奴隷制度で分断された米国の民衆は白人も黒人もblackを差別語として使用していたが、公民権運動や「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動を経て、 今やblackは黒人の最も好ましい呼称の一つになっている。
 要するに和製英語「ブラック」は米国はもとより国外では使えない言葉なのである。そういえば「トルコ風呂」という言葉がトルコ人留学生の異議申し立てから他の言葉に言い換えられた歴史があるが、和製英語「ブラック」も早急に言い換えを考慮しないと、公民権運動さえ知らない「井の中の蛙」状態の日本の不明を日々さらす結果になってしまう。そして言い換えた後に、私たちは色にまつわる偏見を助長する言葉の検証に取りかかるべきだろう。白人の色の価値観が、聖書の光と闇を白と黒に対応させて色の価値を自らに都合の良いように序列化させたものだとするなら、「ヨーロッパ人も昔は黒かった」という科学史を知ることから私たちはまず始めなければならない。

ヨーロッパ人も昔は黒かった

 

▼2015年04月08日 05:00
サイエンス最前線~進化
ヨーロッパ人も昔は黒かった

http://blog.livedoor.jp/science_q/archives/1851548.html




【ヨーロッパ人も昔は黒かった】

4月2日・米ハーバード大:

ヒトがサルや魚と同じ祖先から進化したなどとはとても信じられないと思う人は多いだろう。進化は環境の大変化がない限り、ゆっくりと時間をかけて進行するので、それを目の当たりにすることも、それを再現することも、はたまた過去に戻って確認することもできない。だから信じられないと。

しかし、今生きている生物だけではなく、遠い昔に死んでしまった生物ですら解析可能になってきた昨今の遺伝子解析技術は、進化が実際に過去に起こったことであり、高々数千年の間に生物に実にダイナミックな変化をもたらすことを証明し始めた。今から8000年前、ヨーロッパ人のほとんどが、牛乳を消化できず、肌も褐色で、背も低かった・・・なんてことを。


先月紹介したインド・ヨーロッパ語族の起源に、遺伝子解析の手法を用いて一石を投じたハーバード大学医学部、David Reichのグループが、先月3月25日から28日まで、セントルイス市で行われたアメリカ自然人類学者協会第84回年大会にて、彼らの新しい解析結果を報告した。同時に3月14日付でBioRxivにも論文がアーカイブされた。

それによれば、3000年から8000年前にヨーロッパ各地で生きていたとされる83体の人骨から採取したDNAの解析結果と、1000人ゲノムプロジェクトで解析された現代ヨーロッパ人の結果を比較したところ、乳糖代謝や肌の色に関連する5つの遺伝子変異が、自然淘汰により集団の中で急速に広がっていった様子が明らかとなった。以下、それを報じたNewsFromScienceの記事を要約する。


まずは、大人になってからも乳を飲めるかどうかを左右する乳糖代謝について、8000年前のヨーロッパ人は、狩猟民族であろうが農耕民族であろうが乳糖代謝ができなかった。つまり大人になると乳が飲めなかった。ところが、7800年前に東方からやってきた農耕民族と、4800年前に黒海の北から移動してきたヤムナ文化人たちは、大人になると乳糖を分解する酵素遺伝子(LCT)が発現しなくなるという変異をもっていなかったため、大人になっても乳を飲むことができた。

酪農の始まりによって得られるようになった重要なタンパク源である乳を大人になっても利用できるメリットが、この遺伝子を集団に広める要因となったと推測される。ほとんどのヨーロッパ人が大人になっても乳を飲めるようになったのは、古くとも4300年前と考えられた。

肌の色の進化は、3つの遺伝子変異が絡んだ、もう少し複雑なものだった。約4万年前、アフリカからヨーロッパへ移動してきたヒトの祖先の肌の色は、陽射しの強い南から来たのだから、恐らく褐色だったであろうと考えられている。また今回の解析の結果、8500年前スペイン、ルクセンブルク、ハンガリーにいた初期狩猟民族の肌も褐色だったことがわかった。なぜなら、彼らは肌の色と相関する2つの遺伝子(SLC24A5、SLC45A2)について、色白の現代ヨーロッパ人がもつ型ではなく、色黒のアフリカ、東アジア人がもつ型と一致したからだ。

しかし、陽射しの弱いはるか北方では、様子が違っていた。7700年前の南スウェーデン、ムータラ遺跡から出土した7体の人骨は、色白の型の2つの遺伝子をもち、さらに碧眼と金髪を与える遺伝子(HERC2/OCA2)ももっていた。そして、7800年前に東方からやってきた農耕民族たちは、色白の型の2つの遺伝子をもち、そのうちのひとつ(SLC24A5)が中南部ヨーロッパで急速に広まった。もう一方の遺伝子(SLC45A2)は、少し遅れて5800年前以降広まった。


色白の遺伝子が急速に広まるということは、その遺伝子をもつことが子孫を残すうえで有利だったからだが、なぜ陽射しの弱い地域では、色白の遺伝子が有利になるのか。それはビタミンDの合成に必要な紫外線をより効果的に吸収できたからではないかという説が広く知られている。


身長は多くの遺伝子が関与する形質だが、約8000年前から、北中部ヨーロッパで、高身長をもたらす遺伝子変異が少しずつ広がり始め、4800年前元々高身長だったヤムナ文化人の流入により一気に加速した。一方で、イタリアやスペインなどの南ヨーロッパでは、低身長をもたらす遺伝子変異が広がった。特に6000年前のスペインでは、気温の低下による栄養不足から低身長の遺伝子変異が有利に働いたと考えられている。


今回の研究から明らかになったもうひとつの発見は、意外にも免疫関連の遺伝子にはこの8000年間ほとんど変化がなかったことだ。この発見は、農耕の発展とともに人類は様々な病原菌との戦いを余儀なくされたとする説に異を唱えるものだ。

Iain Mathieson , Iosif Lazaridis , Nadin Rohland , Swapan Mallick , Bastien Llamas , Joseph Pickrell , Harald Meller , Manuel A. Rojo Guerra , Johannes Krause , David Anthony , Dorcas Brown , Carles Lalueza Fox , Alan Cooper , Kurt W. Alt , Wolfgang Haak , Nick Patterson , David Reich . Eight thousand years of natural selection in Europe. bioRxiv beta, Posted March 14, 2015. DOI: 10.1101/016477

▼175502 「ビタミンD欠乏症」の事例から~肌の色は人類の環境適応の証~

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=175502

「NHKスペシャル~病の起源」、私も見ました!
これで初めて知ったのが、「ビタミンD欠乏症」です。

ビタミンDは、カルシウムの吸収・沈着を促すものです。従って、 乳幼児期に不足すると背骨や足の骨が変形したり、頭の骨が薄くなる”くる病”に、大人で不足すると骨がもろくなり、変形して痛む”骨軟化症”になります。

この「ビタミンD欠乏症」。
実は、肌の色と大きく関係しているとのこと!

そこで紹介されていた事例です。
インドからイギリスに移住した家族の例です。
母親は、イギリスで妊娠し男の子を出産したところ、その子供が、「ビタミンD欠乏症」になったのです。

その大きな原因は肌の色にあるようす。
この家族、インド人なので肌は、褐色です。このような色をしているのは、肌に多くのメラニンがあるから。
なぜ、インド人にメラニンが多いかというと、インドは地理的に紫外線が強い地域なので、その強すぎる紫外線から肌を守る為に、メラニンを多く生成する必要があったからです。
メラニンは日傘の役割を果たしているのです。
まさに、人類が適応した証ですね。

インドでは、この肌の色が適しているのですが、それ以外の地域では不適合を引き起こすことがあります。
それが今回の例です。

イギリスは地理的に紫外線量が少ない地域です。
従って、褐色の肌の色の場合、十分な紫外線を吸収することができず、(メラニンがシャットアウトしてしまう。)十分なビタミンDが生成されず、ビタミンD欠乏を引き起こします。
この男の子場合、母親の胎内にいるときに、母親が十分な紫外線を吸収することができなかった為、胎児の段階からビタミンD欠乏になったようです。

肌の色一つとっても、それはまさに人類がその環境に適応した証なんだな~とつくづく思いました!

新聞、「読者の声」の不採用版~「ブラック企業」という呼び方について


 以下は信濃毎日新聞に投稿予定だった原稿だが、投稿しても多分掲載はされないので、ここに公開する(笑)。
・・・
 実は、この後投稿したが今のところ掲載されないので、多分“没”であろう(笑)。


▼「ブラック企業」という呼び方について

 今では米国の黒人に最も好まれる呼称の一つのブラックも公民権運動前には差別語であった。次期大統領トランプの就任式に出席拒否を宣言しているジョン・ルイス下院議員は、キング牧師が「ワシントン大行進」で「私には夢がある」という有名な演説をした時に、自らをブラックと呼んだ人物だ。「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動を経て、このように使われているブラックという誇らしい言葉を、日本の労働運動はといえば、あらゆる悪を含意して使い、搾取企業などを称して「ブラック企業」などと平気で使っている。
 日本以外ではまず通用しないこの言葉の使用法は、今のところなぜか識者からの異議申し立てはほぼ皆無で、有名な黒人の誰かの異議申し立てでもない限り、メディアは無視を決め込んでいるような状況だ。
 長野県に縁が深い藤原正彦は、PC(ポリティカル・コレクトネス 「差別と偏見のない表現運動」)に明確にノーという主旨の記事をある週刊誌に書いている。米国で起きたトランプ現象は差別を昂じさせる危機でもあるが、差別語を復活させる危機でもある。メディアは率先して「差別と偏見のない表現運動」に取り組むべきで、トンデモ和製英語「ブラック」を使った「ブラック企業」などの使用をやめるべきである。だって日本語には搾取企業という正しい言葉がちゃんとある。




▼[CML 046430] 新聞が「奇妙な果実」を持ち出すこととトンデモ和製英語「ブラック」を使うこと

2017年 1月 16日 (月) 10:29:00 JST

http://list.jca.apc.org/public/cml/2017-January/046535.html

檜原転石です。

『東京新聞』の「筆洗」に以下の記事が出た。

差別主義者のトランプ次期大統領を批判することは大事だが、『東京新聞』自体
がトンデモ和製英語「ブラック」(「ブラック企業」・「ブラックバイト」を使
い、無知ゆえに無自覚にもブラックにあらゆる悪を含意して読者に振りまき、ブ
ラックへの偏見を煽っているのだからお話にもならない。

▼筆洗

2017年1月16日

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017011602000126.html



 <南部の木々には奇妙な果実がなる>。米ジャズ歌手、ビリー・ホリデーが
歌った「奇妙な果実」。「果実」とは白人からのリンチによって殺され、木に吊
(つる)された黒人の死体のこと。<奇妙な果実がポプラの木に揺れている>。
ホリデーの悲しみを搾り出すかのような沈うつな声が聞こえてくる▼作詞はユダ
ヤ人の教師だったルイス・アレン。当時、米国南部では珍しくなかった黒人リン
チ。その写真を目の当たりにして暴力と不公正に憤り、その歌詞を書いた▼リン
チや暴力という直接的な言葉は一切、出てこない。南部の風に揺れ、カラスにつ
いばまれる「果実」をたんたんと書いた詞はかえって差別やそれを行う人間の醜
さと恐ろしさを強く印象付ける。ホリデーの録音は一九三九年だが、詞を書いた
のは、三七年のことというから、今年で八十年である▼八十年後のその曲をめぐ
る最近の話題である。現地二十日に行われるトランプ次期大統領の就任式への出
演を要請された英国歌手レベッカ・ファーガソンさんがこんな条件を出したそう
である。「奇妙な果実」を歌わせてくれるなら▼人種対立を煽(あお)って憚
(はばか)らぬ次期大統領の好みの曲ではなかったか。結局、出演は消えた▼
「歌うたびに悲しいが、歌い続けなければならぬ曲」とホリデーは言ったが、聞
き続けなければならない曲であり、祈りでもあろう。特に米国大統領は。

差別語を見たり聞くことのストレス

  映画『マルコムX』の日本公開は1993年のはじめ頃だと思うが、その時あたりに売り出されたであろうマルコムXにちなむTシャツがまだ2着ほどある。さすがに色あせていているから今ではシャツの下でしか着られないが、あのときからもう25年も経過しているわけだ。
 トンデモ和製英語「ブラック」(「ブラック企業」「ブラック会社」)がネットで使われ出したのが数年前であろうから、 映画『マルコムX』などでマルコムXの認知度が日本の社会で上がってから20年が過ぎ、映画を含めマルコムXなど知らない若者や大人が社会で増えてトンデモ和製英語「ブラック」が大氾濫したとも言えるわけだ。もちろん私には、マルコムXを熟知している人間がネット卑語のトンデモ和製英語「ブラック企業」を採用することは絶対にない、という確信がある。ちなみに長野県に日本共産党のふじおか義英という県会議員がいるが、 彼の尊敬する人物はマルコムXだそうだ。『しんぶん赤旗』紙面にはトンデモ和製英語「ブラック」は頻繁に載るはずだが、果たして彼はどう感じているのだろうか? 

 早川タダノリ『「日本スゴイ」のディストピア: 戦時下自画自賛の系譜 』(青弓社、2016年)を読んでいて、最後の方でトンデモ和製英語「ブラック」を発見した時は、不快と怒りで本をゴミ箱に放り込もうという衝動に駆られたが、その後ブログに怒りをぶちまけたおかげで怒りは多少和らぎ、幸か不幸か本はゴミ箱行きを免れ、今でも手元にある。
 差別語からかようなストレスを受けることは、戦前の教育で差別主義者に洗脳された両親がたまに発する差別発言などを聞いた時から経験上分かっていたが、たとえばそういう現場で反論などができさえすれば私にかかるストレスは軽減されるのである。

 ではテレビなどから差別語が聞こえてきたら被差別者はどうするのかをちょっと見てみよう──
 
▼小林健治『差別語不快語』にんげん出版

頁17──

なにが差別なのか、なにが差別語であるのかは、社会の進展によって大きく変化していきます。たとえば「めくら」にこめられた差別性は、近代になって、当事者みずからが声をあげることによってはじめて意識され、“差別語”として問題視されることになりました。たとえば、障害者に対する差別語を無自覚に使用して いたテレビ・ラジオ・新聞に対して、大阪府の精神障害者団体などから、「『き ちがい』といったことばをテレビやラジオ等でもちいないでほしい」という要望がなされたのは、1974年のことでした。その主旨を下記に抜粋します。

「すべての障害者とその家族は、心身障害にかかわりのある表現が、興味本位やその欠陥を無能悲惨な状態を示すものとしてあつかわれることに対し、被差別者としての憤りを感じている。・・・・・・興味本位のゼスチャーゲームはろうあ者に対する軽蔑であり、メクラ判、メクラ縞ということばは無能悲惨な状態を示すものと受けとっており、今まではそうした放送があるたびに、チャンネルを切り替えるといった消極的な態度を続けてきたが、今後は、社会の公器としての放送・新聞に対し、用語のもつ意味と与える影響を訴えていきたい。不用意に『きちがい』という用語がもちいられると家族は萎縮し、回復期にある患者にはショックを与える結果を招いている。どうか被差別者の心の痛みを、みずからの痛みと感じとってほしい。」
(1974年/全国精神障害者家族連合会の申し入れより抜粋)

 このようにテレビの「チャンネルを切り替えるといった消極的な態度」さえも、ストレス軽減には重要な行動だと私は思う。
 そういう意味で最悪の場が、反撃が許されない場での差別語などの使用だ。例えば皆で楽しくお茶を飲んでいる時に、誰か若者が「あの会社はブラックだ」とか発言した時はさてどうしよう?沈黙するか?場をぶちこわしてもいいから、どう切り返すのか?
 というわけで、差別語を見たり聞くことのストレスについて、何となく分かってもらえたかしら・・・・・・・。

トンデモ和製英語「ブラック」を他の言葉に変更させる方法?~「精神分裂病」から統合失調症の名称変更~

 差別語などは、少数者の異議申し立てで変更されている。「精神分裂病」の病名変更も精神障害者団体からの異議申し立てから始まっている。よってまだ病名変更から15年ほどしか経っていない。
 よって今現在の流行語──トンデモ和製英語「ブラック」もいずれは使われなくなる。管見では著名人の異議申し立ては2人しかいない。もちろん日本国内の黒人の誰かが異議申し立てでもすれば、すぐさま激変する可能性もあるが、今のところはその動きはない。よって、「精神分裂病」の病名変更でも使われた新聞紙面を1面使っての意見広告という方法はあるかもしれない。さし当たっては結局金の問題か・・・・・・。

▼全国精神障害者家族会連合会
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E5%9B%BD%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E5%AE%B6%E6%97%8F%E4%BC%9A%E9%80%A3%E5%90%88%E4%BC%9A


精神分裂病から統合失調症の名称変更
1993年(平成5年)、誤ったイメージを与え、誤解や偏見を生むとして精神分裂病の病名を変更するよう社団法人日本精神神経学会に要望を出した。2001年 (平成13年)、朝日新聞30面全面広告(10月9日付)にて日本精神神経学会との連名で意見募集を行っている。さらに2002年 (平成14年)、朝日新聞19面(3月20日付)には名称変更に伴うインタビュー記事を掲載、下段には全家連が単独で広告を出している[4]。 2002年(平成14年)8月、日本精神神経学会総会の議決により、統合失調症に変更された。厚生労働省も、新名称の使用を全国に通知した。


▼小林健治『差別語不快語』にんげん出版

頁17──

なにが差別なのか、なにが差別語であるのかは、社会の進展によって大きく変化していきます。たとえば「めくら」にこめられた差別性は、近代になって、当事者みずからが声をあげることによってはじめて意識され、“差別語”として問題視されることになりました。たとえば、障害者に対する差別語を無自覚に使用して いたテレビ・ラジオ・新聞に対して、大阪府の精神障害者団体などから、「『き ちがい』といったことばをテレビやラジオ等でもちいないでほしい」という要望がなされたのは、1974年のことでした。その主旨を下記に抜粋します。

「すべての障害者とその家族は、心身障害にかかわりのある表現が、興味本位やその欠陥を無能悲惨な状態を示すものとしてあつかわれることに対し、被差別者としての憤りを感じている。・・・・・・興味本位のゼスチャーゲームはろうあ者に対する軽蔑であり、メクラ判、メクラ縞ということばは無能悲惨な状態を示すものと受けとっており、今まではそうした放送があるたびに、チャンネルを切り替えるといった消極的な態度を続けてきたが、今後は、社会の公器としての放送・新聞に対し、用語のもつ意味と与える影響を訴えていきたい。不用意に『きちがい』という用語がもちいられると家族は萎縮し、回復期にある患者にはショックを与える結果を招いている。どうか被差別者の心の痛みを、みずからの痛みと感じとってほしい。」
(1974年/全国精神障害者家族連合会の申し入れより抜粋)

 1970年ごろのテレビ・ラジオや新聞では、障害者に対する差別表現が、まだまだ無造作に使用されていた様子がうかがえます。それから40年を経た今日では、“障害者”という言葉自体も、差別性をふくむとして、「障害者」から「障がい者」へといった見直し作業がはじまっています。わたしたちは、「昔か使われてきた言葉だから」「辞書に載っているから」よしとするのではなく、いまの時代
や社会意識状況に照らして、差別語の問題を絶えず問いつづけなければなりません。 
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