ベイコンの反乱



▼ベイコンの反乱

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%8F%8D%E4%B9%B1


・・・


反乱の影響

ベイコンの反乱は奥地にいた農夫たちの間の不満の結果であり、法律を自分達のものにして政府の腐敗と抑圧に反抗した。バージニア住民の多くが負債を抱えていた。紙幣の力を頼んで借金することはイギリス政府に止められ、商人階級に対する不満が更に募った。反乱の支持者の多くは年季奉公者や奴隷であり、バージニアの人口の大半を占めていた。

歴史家達は、ベイコンが政権を掴んだ間に成した最も重要な改革は武器を取る権利を認めたことであり、普通のものが敵対的なインディアンから自分を守るだけでなく、専制的な政治に反抗できたということであると指摘した。。バークリーが権力を回復したあとで、直ぐにこの権利を撤廃した。ベイコンの反乱は、後に植民地の人々の武器を持つ権利の主張について動機のひとつとなった可能性があると、歴史家のミラーは主張している。やはり歴史家のスティーブン・サンダース・ウェブは、ベイコンの反乱がイギリス内戦に根源を持つ革命であり、アメリカの独立に繋がるものだったと指摘している。

反乱を起こしたのは、奴隷、奉公人、および貧しい農夫(その多くが元は年季奉公人であった)が大半だった。反乱前のバージニアでは、アフリカ人奴隷は稀であった。これはその費用が高く、アフリカから奴隷を連れてくる貿易業者がいなかったためであった。多くのアフリカ人は年季奉公として連れて来られ、年季が明けたあとは自由の身になった。ヨーロッパからの年季奉公者は反乱後もバージニアでその役割を続けたが、アフリカからの奴隷輸入の動きが急速に高まり、新しい法律が制定されて奴隷は終生のものとなり、その子供にも及ぶようになった。アフリカ人を最下層とする人種に基づく階級性が作られ、ヨーロッパからの最貧の年季奉公者でもその上の階級となった。このことはベイコンの反乱の間に存在した貧乏なイギリス人とアフリカ人に共通の利益が失われたことを意味した。


★竹沢泰子・編著『人種概念の普遍性を問う 西洋的パラダイムを超えて』人文書院、2005年


北米における人種イデオロギー


オードリー・スメドリー(山下淑美訳)


頁165── 

 17世紀までには、植民地は紛争状態に入り、社会というアリーナのなかに、我々はある重要な変化の始まりを見ることになる。多数の貧民と、インディアンの所有地以外のすべての土地をわがものとしていた少数の貪欲な古い入植者とのあいだに、大きな階級紛争が起こっていた。もっとも有名なものは1676年のナサニエル・ベーコンをリーダーとする反乱で、その反乱では植民地人口の約4万のうち8千人もの白人、黒人、ムラート(引用者注:白人と黒人の「混血児」)、インディアンら、若く貧しく土地を持たない男たちが団結し、エリート支配層に対して立ち上がった。ここでは詳細に立ち入ることはできないが、この反乱の結果、貧民を分断し、さらなる反乱を防止するための戦略が、植民地の指導者たちによって案出されることになったのだ。
 植民地の政治的指導者でもあった大農園主たちは、統制可能な労働力を大量に確保することがつねに主な目標であった。彼らはインディアンや戦争捕虜となったアイルランド人を奴隷として使おうとしたのだが、インディアンはあまりにも死にやすく、アイルランド人は統制がきかなかった。アイルランド人は乱暴で野蛮であるとされ、強制労働に従うことを拒否した。17世紀、ジャマイカやバルバドスなど島嶼部の共同体で、アイルランド人捕虜がはじめて使役された際、彼らが奴隷の大多数を占めていた。しかしながら、アイルランド人はカトリック教徒であったため、スペイン人やポルトガル人の同宗信者のなかから多くの援助者があらわれることが、まもなく判明した。強制労働を嫌ってスペインの港まで逃げ延びることのできたアイルランド人は、みな確実に保護を得ることができた。彼らよりも好まれたアフリカ人の確保が容易になってくると、農園主たちはアイルランド人を奴隷労働者として用いることをしなくなった。
 17世紀末ごろにはアフリカから直接やってくる人々の数が著しく増加し、さまざまな形の強制労働は次第に変形されて、アフリカ人のみを対象した動産奴隷制が確立された。直接アフリカからやってきた新米の黒人は、とりわけ弱い立場にあった。イングランド人ではないため市民権が認められるはずもなく、また外国人であり、非キリスト教徒である彼らは、植民地の文化に馴染みもなかった。この新来のアフリカ人たちに、子々孫々にいたる生涯の隷属を課するのは、容易で有利なことであったし、それを咎めるものもなかった。彼らは黒人自由民や既存の黒人労働者とは、おそらく皮膚の色以外には、何の共通点も持たず、ヨーロッパ人と同じ免疫を持っていたので〈旧世界〉の疾病に対して比較的抵抗力があった。そのうえ、いったん植民地に連れてこられれば、逃げるあてもなく、交易を担う商人は多くの人数を確保することができた。さらにアフリカ人には、南アメリカのインディアンにとってのカトリック教会のように、彼らの待遇に対して抗議してくれる強力な支援団体もなかった。とりわけ重要なのは、ずっと以前から知られていたように、アフリカ人が〈新世界〉で絶対的に必要とされる技術を身につけていたことである。
 アフリカにおいて農夫であり、時として牛飼いであった彼らは、熱帯の土壌での農業についての幅広い知識と、植民者たちが求める数々の技術を持っていた。・・・以下略

英国で発見の古代民族、肌黒くて目は青かった DNA分析で明らかに



英国で発見の古代民族、肌黒くて目は青かった DNA分析で明らかに

2018年2月7日 13:50 発信地:ロンドン/英国
http://www.afpbb.com/articles/-/3161452


英国で発見の古代民族、肌黒くて目は青かった DNA分析で明らかに
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英ロンドンの自然史博物館で公開された「チェダーマン」の頭蓋骨から再現された男性の顔(2018年2月6日撮影)(c)AFP PHOTO / Justin TALLIS


【2月7日 AFP】英自然史博物館(Natural History Museum)とロンドン大学ユニバーシティー・カレッジ(University College London)の共同研究チームは7日、1万年前に現在の英国に住んでいた古代民族の男性の人骨からDNAを抽出・分析した結果、この民族の肌が浅黒く、目は青かったことが判明したと発表した。

 1903年に洞穴で人骨が発見されたこの男性は、洞穴のあった英イングランド南西部の地名から「チェダーマン(Cheddar Man)」と呼ばれている。今回、この人骨を使った初の完全なDNA分析が行われ、この男性の容姿を現代によみがえらせる作業が行われた。

 共同研究チームはチェダーマンの頭蓋骨に2ミリの穴を開け、抽出した骨粉からDNAを分析。これまでの見解ではチェダーマンの目は茶色く、肌は色白だったとみられていたが、そうした仮説を覆す結果となった。

 自然史博物館の関係者は、「1万年前の古代民族がとても青い目でありながら肌は浅黒いという組み合わせだったことは非常に驚きだ」と述べている。

 今回発表された研究結果は、欧州北部の人々の肌が白くなったのは、これまで考えられていたよりも最近であることを示唆している。

 チェダーマンの部族は氷河期の末期に現在の英国に移動して来たものとみられており、そのDNAは現代のスペイン、ハンガリー、ルクセンブルクで見つかった人骨と関連があることが分かっている。(c)AFP


▼2015年04月08日 05:00
サイエンス最前線~進化
ヨーロッパ人も昔は黒かった


http://blog.livedoor.jp/science_q/archives/1851548.html


【ヨーロッパ人も昔は黒かった】

4月2日・米ハーバード大:

ヒトがサルや魚と同じ祖先から進化したなどとはとても信じられないと思う人は多いだろう。進化は環境の大変化がない限り、ゆっくりと時間をかけて進行するので、それを目の当たりにすることも、それを再現することも、はたまた過去に戻って確認することもできない。だから信じられないと。

しかし、今生きている生物だけではなく、遠い昔に死んでしまった生物ですら解析可能になってきた昨今の遺伝子解析技術は、進化が実際に過去に起こったことであり、高々数千年の間に生物に実にダイナミックな変化をもたらすことを証明し始めた。今から8000年前、ヨーロッパ人のほとんどが、牛乳を消化できず、肌も褐色で、背も低かった・・・なんてことを。


先月紹介したインド・ヨーロッパ語族の起源に、遺伝子解析の手法を用いて一石を投じたハーバード大学医学部、David Reichのグループが、先月3月25日から28日まで、セントルイス市で行われたアメリカ自然人類学者協会第84回年大会にて、彼らの新しい解析結果を報告した。同時に3月14日付でBioRxivにも論文がアーカイブされた。

それによれば、3000年から8000年前にヨーロッパ各地で生きていたとされる83体の人骨から採取したDNAの解析結果と、1000人ゲノムプロジェクトで解析された現代ヨーロッパ人の結果を比較したところ、乳糖代謝や肌の色に関連する5つの遺伝子変異が、自然淘汰により集団の中で急速に広がっていった様子が明らかとなった。以下、それを報じたNewsFromScienceの記事を要約する。


まずは、大人になってからも乳を飲めるかどうかを左右する乳糖代謝について、8000年前のヨーロッパ人は、狩猟民族であろうが農耕民族であろうが乳糖代謝ができなかった。つまり大人になると乳が飲めなかった。ところが、7800年前に東方からやってきた農耕民族と、4800年前に黒海の北から移動してきたヤムナ文化人たちは、大人になると乳糖を分解する酵素遺伝子(LCT)が発現しなくなるという変異をもっていなかったため、大人になっても乳を飲むことができた。

酪農の始まりによって得られるようになった重要なタンパク源である乳を大人になっても利用できるメリットが、この遺伝子を集団に広める要因となったと推測される。ほとんどのヨーロッパ人が大人になっても乳を飲めるようになったのは、古くとも4300年前と考えられた。

肌の色の進化は、3つの遺伝子変異が絡んだ、もう少し複雑なものだった。約4万年前、アフリカからヨーロッパへ移動してきたヒトの祖先の肌の色は、陽射しの強い南から来たのだから、恐らく褐色だったであろうと考えられている。また今回の解析の結果、8500年前スペイン、ルクセンブルク、ハンガリーにいた初期狩猟民族の肌も褐色だったことがわかった。なぜなら、彼らは肌の色と相関する2つの遺伝子(SLC24A5、SLC45A2)について、色白の現代ヨーロッパ人がもつ型ではなく、色黒のアフリカ、東アジア人がもつ型と一致したからだ。

しかし、陽射しの弱いはるか北方では、様子が違っていた。7700年前の南スウェーデン、ムータラ遺跡から出土した7体の人骨は、色白の型の2つの遺伝子をもち、さらに碧眼と金髪を与える遺伝子(HERC2/OCA2)ももっていた。そして、7800年前に東方からやってきた農耕民族たちは、色白の型の2つの遺伝子をもち、そのうちのひとつ(SLC24A5)が中南部ヨーロッパで急速に広まった。もう一方の遺伝子(SLC45A2)は、少し遅れて5800年前以降広まった。


色白の遺伝子が急速に広まるということは、その遺伝子をもつことが子孫を残すうえで有利だったからだが、なぜ陽射しの弱い地域では、色白の遺伝子が有利になるのか。それはビタミンDの合成に必要な紫外線をより効果的に吸収できたからではないかという説が広く知られている。


身長は多くの遺伝子が関与する形質だが、約8000年前から、北中部ヨーロッパで、高身長をもたらす遺伝子変異が少しずつ広がり始め、4800年前元々高身長だったヤムナ文化人の流入により一気に加速した。一方で、イタリアやスペインなどの南ヨーロッパでは、低身長をもたらす遺伝子変異が広がった。特に6000年前のスペインでは、気温の低下による栄養不足から低身長の遺伝子変異が有利に働いたと考えられている。


今回の研究から明らかになったもうひとつの発見は、意外にも免疫関連の遺伝子にはこの8000年間ほとんど変化がなかったことだ。この発見は、農耕の発展とともに人類は様々な病原菌との戦いを余儀なくされたとする説に異を唱えるものだ。

Iain Mathieson , Iosif Lazaridis , Nadin Rohland , Swapan Mallick , Bastien Llamas , Joseph Pickrell , Harald Meller , Manuel A. Rojo Guerra , Johannes Krause , David Anthony , Dorcas Brown , Carles Lalueza Fox , Alan Cooper , Kurt W. Alt , Wolfgang Haak , Nick Patterson , David Reich . Eight thousand years of natural selection in Europe. bioRxiv beta, Posted March 14, 2015. DOI: 10.1101/016477

ファッションモデルのコウディア・ディオプ とダッキー・ソット

▼Khoudia Diop (@melaniin.goddess) • Instagram photos
https://www.instagram.com/melaniin.goddess/


▼Duckie Thot (@duckieofficial) • Instagram photos and …
https://www.instagram.com/duckieofficial/


http://tocana.jp/2016/10/post_11104_entry.html












 黒人といっても、彼らの肌は濃い褐色であり、本物の“真っ黒”ではないという事実を誰もが当然のように知っている。しかし世界を見わたせば、完全なる黒、まさに漆黒の肌を持つ、本当に“黒い人”も存在するのだ。

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画像は「melaniin.goddess - Instagram」より引用

 現在、海外のインターネットユーザーたちの間で、ひとりの若いセネガル人女性が大きな話題となっている。彼女の名前はコウディア・ディオプさん。母国のみならず、ニューヨークやパリで活躍する国際的なモデルだ。そう、彼女こそが本当に“黒い人”。その漆黒の肌、そして彼女の前向きな姿勢が実に美しい、と共感を覚える人が続出しているのだ。


■唯一無二の真っ黒い肌

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画像は「The Colored Girl」より引用

 コウディアさんが一躍時の人となったキッカケは、「The Colored Girl(TCG)」と呼ばれるキャンペーンが開始されたことだった。一口に黒人女性といっても、その肌の色は明るいものから暗いものまで実に多様であり、彼女らがみな自らの肌色を誇り、互いに認め合わなければならない――そんな啓蒙活動に、とりわけ黒い肌を持ち、モデルとして活躍する女性であるコウディアさんが登場したのだ。

 コウディアさんの姿は、多くの人にショックを与えた。まるでインクでも塗ったかのように黒く、光り輝くその肌。これはすべて、極めて豊富なメラニン色素に起因するものだ。ほかの黒人モデルと並ぶと、その黒さは一層際立ち、神々しいまでのオーラを放っている。ホワイトやゴールドの服が実に映える肌、さらに長い手足なども相まって、もはや唯一無二の存在といえるだろう。


■幼少期の過酷ないじめにも決して屈せず

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画像は「melaniin.goddess - Instagram」より引用

 このように圧倒的な存在感を放ち、モデルとして大成したコウディアさん。ところが、海外サイト「Oddity Central」が先月30日に報じたところによると、幼少期の彼女はその“黒さ”が原因で、常に周囲から酷いいじめを受けてきたという。

「いじめっ子たちは、私に自分の肌を嫌だと思わせたかったのか、あらゆるニックネームをつけたわ。『Darky(黒んぼ)』、『闇夜の娘』、『星々の母』……」

「でも、私はむしろそれがとっても気に入って、まったく気にも留めないことを彼らに示してきた」(コウディアさん)

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画像は「melaniin.goddess - Instagram」より引用

 強く前向き、そして誇り高いコウディアさんにとって、いじめっ子たちの言葉は、逆に彼女が自分自身を一層“特別な存在”だと考えるための力添えとなって作用したのだ。現在の彼女は、自らのインスタグラムで自身の“漆黒の美”を発信し続けている。しかもそのアカウントは、「melaniin.goddess」。自ら「メラニンの女神」と名乗るほど、肌の色を誇らしく感じているということだ。


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画像は「melaniin.goddess - Instagram」より引用

アフリカ黒人女性が肌を「漂白」している!?

 しかし、話はこれだけで終わらない。今回コウディアさんが注目される契機となったキャンペーン「The Colored Girl(TCG)」が開始されるに至った背景には、れっきとした理由があるのだ。

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画像は「afrizap」より引用

 現在アフリカでは、黒人女性たちが自らの肌をできるだけ明るい色に「漂白」しようとする行為が跡を絶たず、社会問題となりつつあるのだという。ヨーロッパ的な美の基準に憧れ、それに少しでも近づきたいとホワイトニングクリームや手術などに手を出すケースが後を絶たないようだ。

 ある調査では、肌の色を何らかの手法によって明るくしようと試みているナイジェリア人女性が、実に75%にのぼることも明らかになったようだ。そしてこの割合は、トーゴの59%、南アフリカの35%と続き、アフリカ大陸全土では数百万人に及ぶとの試算もある。しかし、そのような行為に大きなリスクが伴うことは指摘するまでもない。各国の保健機関は対応に苦慮している現状にある。つまりTCGキャンペーンとは、まさにその行き過ぎた行為にメスを入れようとする啓蒙活動というわけだ。

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画像は「afrizap」より引用

「明るい肌の色ほど美しいという考え方は、間違っています。しかし、それを男性が助長しているという現状もある」
「暗い色の肌を持つ女性たちは、この無知と周囲からの圧力によって、自らの価値を高めるため肌色を明るくしようと試みています」
「コウディアさんをよく見て下さい。このように自信に満ち溢れ、自らの肌を受容している。危険な化学物質の入った製品を、メディアにそそのかされて使う必要はありません」

 ナイジェリアの首都アブジャにある国立病院で問題に取り組んできた皮膚科医は、アフリカの今を伝えるメディア「afrizap」のインタビューに対してこのように述べている。現在、コウディアさんのインスタグラムに寄せられるコメントは、「あなたはとても美しい」「メラニンがなせる魔法だ」など圧倒的に肯定的な意見ばかりが並ぶ。TCGキャンペーンのような活動を通して、この問題も少しずつ改善されていくかもしれない。


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画像は「melaniin.goddess - Instagram」より引用

 とはいえコウディアさんの存在は、アフリカ人女性の「漂白問題」改善の足がかりとなるに留まらず、世界中のマイノリティ、そしていじめに悩む子どもたちにとっても大きな勇気となるに違いない。さらに彼女の出現は、いまだ画一的な美の基準にとらわれがちな私たちの感覚にも一石を投じる出来事といえるだろう。

 外見を悩みだせばキリがない。その美の基準さえも時代によって移り変わる。何者かに似せようとするのではなく、自らの容姿に誇りを抱き、唯一無二の存在として正々堂々と勝負する――。そんな理想を体現するコウディアさんに共鳴する読者も多いのではないだろうか。
(編集部)








恒例のピレリカレンダー、2018年版が登場

2017.11.14 自動車ニュース


2018年版ピレリカレンダーに起用されたダッキー・ソット。

2018年版ピレリカレンダーに起用されたダッキー・ソット。拡大

イタリアのタイヤメーカーのピレリは2017年11月10日(現地時間)、恒例の「ピレリカレンダー」をニューヨークで発表した。45作目となる2018年版はイギリス人フォトグラファーの、ティム・ウォーカー氏が撮影した。

さまざまなジャンルから18人を起用

2018年版ピレリカレンダーは、イギリス文学の名作である『不思議の国のアリス』の再現がテーマ。ファンタジーあふれるストーリーと、1865年の初版本に描かれた挿絵からインスピレーションを得て撮影されたという、28枚の写真が収められている。ティム氏は自身のアイデアを実現するため、著名、または新進気鋭のミュージシャンや俳優、モデル、政治活動家など、18人を被写体として起用している。

今回、起用された人物は以下の通り。

アダット・アケチ(モデル)、アドウォア・アボアー(ファッションモデル/フェミニスト活動家)、アルファ・ディア(モデル)、ジャイモン・フンスー(俳優/モデル)、ダッキー・ソット(モデル)、ジャハ・デュクレ(女権活動家)、キング・オウス(モデル)、リル・ヨッティ(ラッパー/シンガー)、ルピタ・ニョンゴ(女優)、ナオミ・キャンベル(スーパーモデル/女優)、ルポール(俳優/テレビパーソナリティー/シンガーソングライター)、サッシャ・レーン(女優)、ショーン・コムズ(ラッパー/シンガーソングライター/俳優/レコードプロデューサー/起業家)、スリック・ウッズ(モデル)、タンド・ホパ(モデル/弁護士)、ウーピー・ゴールドバーグ(女優/コメディアン/作家/テレビホスト)、ウィルソン・オリエマ(モデル)、Zoe Bedeaux(ファッションスタイリスト/デザイナー/シンガー)。

ティム氏は「私は、これまで非常にたくさん語られてきたアリスの物語について、あらためてもう一度最初から語れるように、ルイス・キャロルが抱いていたイマジネーションの発端に立ってみたかったのです。そして、これまでとは異なる原点を見いだしたかったのです」と述べている。

(webCG)


ダッキー・ソット 世界中で話題になっている 南スーダン出身の黒人モデル Duckie Thot

ダッキー・ソット 世界中で話題になっている 南スーダン出身の黒人モデル Duckie Thot
更新日: 2017年08月05日


加害者の白人女性は「ホワイト・パワー」と叫んだ


米LAで白人女性が韓国人女性を暴行、トランプ大統領当選後に広がる“嫌悪犯罪”か=韓国ネット「米国も韓国と同じ道をたどる」「世界が逆方向に…」

3日、韓国メディアによると、米LAで韓国人女性が白人女性に突然暴行される事件が発生した。これに、韓国のネットユーザーがコメントを寄せた。

写真拡大

2017年2月3日、韓国・YTNによると、米ロサンゼルス(LA)で韓国人女性が白人女性に突然暴行される事件が発生した。

1日午後3時ごろ(現地時間)、LAにあるコリアンタウン近くで、20代の白人女性が突然、路上を歩いていた70代の韓国人女性の顔を拳で殴る暴行を加えた。血を流して倒れた韓国人女性の周囲に人が集まると、加害者の白人女性は「ホワイト・パワー」と叫んだという。白人女性は目撃者の通報を受けて駆け付けた警察に逮捕された。

現地の韓国人らは今回の事件がトランプ大統領の当選後に広がる「白人による有色人種に対するヘイト・クライム(嫌悪犯罪)」とみている。

この報道に、韓国のネットユーザーからは「米国は終わった」「韓国も米国も日本も人間の顔をした獣が横行する時代。なぜ国を超えてシンクロするのか?世界が逆方向に進んでいるような気がする」「米国も韓国と同じ道をたどるだろう。指導者選びを間違えたために地獄を見ることになる」「トランプ大統領も朴大統領と共に弾劾へ追い込もう」「ヒトラー時代のドイツのようになってしまうのか?」「米国はいつから白人の国になった?」「か弱いお年寄りを暴行することがホワイト・パワーなの?」などのコメントが寄せられた。

一方で、「白人1人の過ちで白人全体を問題視する韓国人の方が問題」「トランプ大統領のせいではなくメディアの問題。これはトランプ大統領が意図していたことではない」「韓国も人種差別が深刻。米国を批判できない」などのコメントもみられた。(翻訳・編集/堂本)

今日人種という概念をどのように理解すればよいのかを考える 文化人類学者の竹沢泰子




国際人類学民族学会議がこのほど日本で開かれ、その中で、今日人種という概念をどのように理解すればよいのかを考える学際的なシンポジウムが、京都で開かれました。シンポジウムのオルガナイザーの京都大学人文科学研究所助教授で文化人類学者の竹沢泰子さんに伺います。

http://oldwww.zinbun.kyoto-u.ac.jp/conference/nhk.html
Q1 人種というと多くの日本人は、白人、黒人、黄色人種、あるいはコーカソイド、ネグロイド、モンゴロイドといったように大きく三つに分けた人種を思い浮かべると思います。最近では、海外ではこのような言葉を使うのをやめて、ヨーロッパ人、アフリカ人、アジア人と地理的な呼び方をする研究者も増えています。このような分け方は、いつ頃、何をもとにできあがったのでしょうか?

A1 皮膚の色や頭の骨など目に見える身体の特徴を基本にして人間を分ける「人種」 という考え方は、生物を分類する博物学から出発して、18世紀後半に、ドイツの医学者であり人類学の父と呼ばれるブルーメンバッハが基本を築きました。ブルーメンバッハは、「コーカサス」「モンゴル」「エチオピア」「アメリカ」「マレー」という五つに人間を分類しましたが、人種名でわれわれに馴染みのある「コーカソイド」、「モンゴロイド」などという言葉もブルーメンバッハのこのような名付けに由来しています。


Q2 モンゴロイドがアジア人、コーカソイドがヨーロッパ人ということですが、ヨーロッパのはずれのコーカサス地方の名前がついているのは、何故ですか?

A2 当時ブルーメンバッハだけでなく多くの科学者がコーカサス山脈に強い関心を抱いていたのですが、それはコーカサス山脈のすぐ南に、トルコの東側の国境沿いにアララットという高い山があるのですが、その山に旧約聖書に登場する「ノアの箱船」が辿り着いたと信じられていたからだと言われているのです。ブルーメンバッハは、さまざまな人間集団のなかで「コーカサス」、つまりヨーロッパ人に該当するのですが、それらの人々が「最も美しく」、すべての人間集団の「基本形」で、他の4つはそれから「退化」したものだと書いています。


Q3 科学的とされてきた人種という考え方も、当初からヨーロッパというか、キリスト教的な考え方に影響を受けているものなのですね? 

A3 ヨーロッパ人を白色人種と呼んだり、白い肌が美しいとする考えは、元来極めてユダヤ=キリスト教文化圏の伝統に支配された考え方だと思います。ユダヤ=キリスト教文化圏では旧約聖書にあるように白を光、黒を闇として、善である白い色を自分たちの色に当てはめたわけです。


Q4 地域によって人種が分かれるというのは、現代人に至る人類の進化が世界の諸地域で長期間にわたって並行して起こったという「多地域並行進化説」に支えられてきたと思いますが、最近では現代人はアフリカで生まれてそこから各地に拡散したという「アフリカ単一起源説」が有力なので、人種という考え方は有効ではなくなってきているわけですね?

A4  ヒトの起源に関してはアフリカ単一起源説で現在科学者の間ではほぼ見解が一致しています。これは地球上のすべてのヒトが、現代人であるホモ・サピエンス・サ ピエンスとしてアフリカから他地域に広がったとする説で、10万年から15万年前と言われています。それまで考えられていた60万年から100万年前よりもかなり最近のことになります。したがって、そのような短い期間で人種に該当するような、明確な境界をもった小集団が誕生するとは考えられないという説があります。またヨーロッパで進化したと一時期考えられていたネアンデルタール人にしても、現代人の祖先ではないことがわかってきました。アフリカからすべての地球上のヒトは現代人として分散したと今日では考えられています。つまり、個々の人間の体のなかには、イギリス人であっても、私のなかにも、アフリカのある地域に住む人たちと同じ遺伝子が伝わっているということです。
 最近話題になっているヒトゲノム解読からも、遺伝子構成が不連続だ ー つまり、それぞれの集団毎で遺伝子構成がセットになって、他の集団とは互いに異なる ー という人種概念の前提は破綻しています。
 皮膚の色や目の色などが地域によって違うのは、環境による作用などによるもので、ヒトの身体的な多様性を理解する上でも重要です。けれどもそのような特徴をもとに境界線を引いて人間をいくつかの集団に分類するという人種の概念は、今日生物学的に有効ではないという見方が一般的です。


Q5 人種によって知能指数や運動能力に差があると誤解している人がいますよね?

A5  これは私たちの日常生活においてもよく耳にすることですね。
  アメリカでは、知能指数に関して統計数値を出してあたかも科学的根拠があるかのように書いている本も出版され、ベストセラーになったこともありました。けれども専門家の間では、その統計処理方法や議論の展開に問題があるのであり、まったく科学的な研究でないことが反証されています。むしろそれが一般社会に与える害が懸念されています。そもそも差別や偏見、経済状況、周囲の教育環境などさまざまな外的要因によっていかに左右されるか、それに目をむけるべきだと思います。
 それはオリンピック競技などでの運動能力についても同じで、社会的経済的背景や国の政策などの影響力がはるかに大きいと言えます。それにアフリカ人といっても、そのなかのさまざまな集団の間での遺伝学的な差違というのは、ヨーロッパ人とアジア人との差違より大きく、アフリカ人の特性といって一括りに語れるような均一性は存在しないのです。


Q6 それでは、もともと欧米で誕生した人種分類の考え方が、世界に広まったのはなぜでしょうか?

A6 グローバルレベルで影響を与えた背景には、植民地主義やナショナリズムの問題が大きく関わっていると思います。たとえばインドや東南アジアといったアジア地域で国勢調査が始まったのは1880年代ですが、それまで現地で使用されていた言語や宗教や自分たちの分類方法に代わって、raceという言葉で国勢調査の分類が塗り替えられ始めるのです。それと同時に白人やヨーロッパ人というカテゴリーが項目のトップにとって代わるという現象も見受けられ始めます。でも問題はそれだけではなく、現地の人々の間にもランキングが生じたということです。


Q7 シンポジウムのご報告のなかで、人種概念を欧米の産物であるとみなす見方は欧米中心的な発想だと発言なさっていましたが?

A7 人種概念が社会的に創られたものであるという認識は一般に研究者で広く共有されるようになってきました。しかし欧米の研究者の多くは、それがヨーロッパやアメリカで創られ、世界に影響をもたらしたと主張する傾向があります。
  確かに冒頭で述べたような、コーカソイド、モンゴロイド、ネグロイドなどに人間を分ける人種分類論は欧米で生まれて発達し、世界的に大きな影響を及ぼしました。そこにはアメリカの奴隷制の問題といわゆる黒人に対する偏見がヨーロッパの科学者にも大きな影響を与えていたからです。いわゆる白人 ー 黒人間関係が世界的に見て人種問題の極めて重要な側面ではあっても、しかしそれが社会的構築物としての人種という概念のすべてではないはずです。
  人種という概念を、ある集団に属する人々が生まれながらにして違うと信じられている、そして集団間の間に優劣が存在する、そしてそのようなヒエラルキーが社会制度に組み込まれている、という風に捉えれば、人種という概念は、それぞれの社会で言葉は違っても、人種分類論による影響を受ける以前から、あるいはそれとは独自に発達しているものもあります。
われわれに身近なアジアの諸地域においては、目に見える身体形質よりも、血であるとか、出自などが違うので、環境により変えることはできないと考えられてきたケースも少なくありません。しかもそれが単なる偏見レベルにとどまらず、社会制度に組み込まれている点に注目する必要があると思います。このような現象は、いわゆる「文化」や言語などをもとに違いを説明しようとするエスニックという用語や民族という用語には還元できない考え方です。


Q8 現在のさまざまな形の差別を考えていく上でも、欧米的な発想にとらわれずに、より柔軟な見方で人種概念を考えていく必要があるということですね。

A8 人種差別やさまざまな差別を無くしていく上で、皮膚の色の違いにもとづくものであれ、血という概念に基づくものであれ、また他の要素であれ、生まれながらにして体も能力も気質も違うという考え方が、社会的・歴史的に創られたものであるということを明らかにしていくことが、重要だと思います。
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