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水が人の生命に不可欠だとして、それは人間の基本的ニーズなのか、それとも基本的人権なのか?

 麻生太郎が皇族と親戚で、そんな麻生が水道の民営化をぶち上げ、ナルヒトが水メジャーが主催する世界水フォーラムで何回も講演している歴史を見れば、ナルヒトが水戦争の侵略者の側に立っている、と誰にも分かるはずだが、「アキヒト平和主義者」神話が蔓延するこの国では、なかなか本当の事が言えないようだ。


 強欲企業独裁に向かうこの国の政府は、ヴェオリア・ウォーターの社員を堂々と水道事業民営化に向けた法案作成会議に参加させるなど、市民を完全になめきった行動をしているが、ここでもナルヒトが目くらまし戦法の役目を果たし、 ヴェオリアもそれほど悪くはないのではないかという誤解を刷り込むわけだ。


 水は人権なのだから、強欲企業の出番など初めからないのだが、市場原理主義者の橋下徹とかいうゴロツキ弁護士の口車に騙されて、民営化がバラ色のような未来だと勘違いするわけだ。だいたい悪徳企業の顧問弁護士をやっていた奴(橋下徹はポン引き市長でもあった。また現大阪府知事・吉村洋文も悪徳企業の顧問弁護士だった)が市民を心底心配することなど絶対ないことなど、サルにもわかる簡単な理屈なのだが、公務員攻撃で憂さ晴らしでもできるのか、維新の会は大阪では絶大の人気だ。


 

  


■モード・バーロウ/トニー・クラーク『「水」戦争の世紀』集英社新書、2009年第7刷

頁78──
 
 水が人の生命に不可欠だとして、それは人間の基本的ニーズなのか、それとも基本的人権なのか?「世界水フォーラム」の会場で問題になったのがそのことだった。2000年3月、オランダのハーグで4日にわたって開催された会議には5700人が参加した。会議の名称からは、世界の水資源保全に関する国連の公式会議のような印象を与えられるが、実際の世界水フォーラムはそんなものではなかった。この会議を招集したのは「グローバル水環境パートーナーシップ」のような大企業の圧力団体、世界銀行、そして営利を目的とする地球有数の水道企業であり、議論の焦点も世界市場で水を売るさいの利益に関することだった。
 国連の当局者がこの会議に参加していたことは事実だ。彼らは、並行して開催された閣僚会議に、140カ国以上の政府代表とともに出席していた。だが、会議を仕切っていたのは彼らではなく、主役は最大手の私企業数社だった。なかにはビベンディ(引用者注:現ヴェオリア)やスエズ・リヨネーズなど世界を股にかける水道事業会社だけでなく、ネスレやユニリーバのような、ボトル詰めの水を提供する食品加工のコングロマリットも含まれていた。
 水が「ニーズ」と「権利」のどちらなのかという議論は、人びとの水へのアクセスを
保障する責任が誰にあるかという問題の核心に迫るものだった。市場と国家のどちらがそれを決定するのか、企業なのか?政府なのか?この議論は、ある市民団体の参加なしには考えられなかった。「ブルー・プラネット・プロジェクト」として知られ、環境と労働および公共の利益を追求する団体の代表は、水を普遍的な人権と認めよと主張した。だが、世界水フォーラムの招集者にとっては別の協議事項があった。水を「ニーズ」と指定してもらう必要があったのだ。そうなれば営利目的の民間セクターが、市場を介して生命の維持に必要なこの資源を提供する責任と権利を手に入れられるからだ。水が人権となれば、すべての人に非営利目的で平等なアクセスを保障する責任が政府に生じるのだが、政府代表はフォーラムのスポンサーである企業側の主張を尊重した。閣僚級会議に出席した政府の官僚は声明書に署名し、水が基本的な「ニーズ」であると宣言した。水が万人の「人権」であることには触れなかったのだ。
 世界水フォーラムで行われたのは、土地とコモンズ(共有財産)から水を分離することだった。それは20世紀半ばから重んじられてきた、人類の歴史で重要な民主主義の基準を否定することでもあった。<以下略>・・・

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