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マラソンにどっちが有利? 自転車通学とスクールバス通学

 昔、中学校でマラソン大会があり、自宅から学校まで6kmをスクールバスで通う私は、自宅から7kmを自転車通学している同級生に惨敗したが、これはある意味自明なことで、何も不思議ではない。長距離走のための練習を毎日している人と毎日バスで座っている人では勝負にもならないわけだ。この単純なことが分かっていると、スポーツ鑑賞でも人種偏見なしに楽しむことができるはずだ。


    *****


がリツイート

  • いまだに「黒人選手」と括って、身体能力は高いが認知/判断/戦術に関する何かには多少の弱点がある、などと論評するのは、もし欧米語で発信したら明確に人種差別と非難されます その表現がまずいだけでなく、そう言ってしまう自分には差別意識も実際ある可能性が高いので、ご注意を

        

     tomochi    @tomochicco 6月19日

    黒人選手=身体能力みたいな物言い褒めてても差別だよ。サッカーの実況や解説なら、ちゃんとチームや選手個人の特徴で話しなさいよ!W杯でしかサッカー観ない人もたくさんいるんだから、こういう超メジャースポーツ大会でテキトーなこと言うの良くない。



    1. 6月25日

    1. 返信先: さん、さん、さん
    2. 『人種とスポーツ』 ジョン・マナーズによれば、陸上競技の長距離ではケニアが強いが、実はケニアの一地方──ナンディ出身者が強いという。経済活動(夜間の牛の強奪、時には160kmを越えることも)としての長距離走行の習慣が幾世代も繰り返され、並外れた走力と心肺機能の持ち主に鍛え上げた。


     

    1. 6月25日

    1. 返信先: さん、さん
    2. 人間の知能っていう滅茶苦茶複雑なものをどうやって正確に測るのか?これってS・J・グールド『人間の測りまちがい──差別の科学史』で完璧に否定されている。広島カープの菊池も抜群の守備力で評価されていますが、以前前田投手がバナナ持ってインタビューに現れました。これって完全にアウト!

           



    ▼川島浩平『人種とスポーツ 黒人は本当に「速く」「強い」のか』中公新書、2012年

    頁221──

     結局、ケニアの強さはおおむねナンディの走力によるものであることになる。見方を変えれば、国際級のトップランナーは、ケニアの首都ナイロビ周辺の地域や、北東部、海岸地方からはまったく輩出されず、・・・

    頁222──

    ナンディ出身者はなぜ強いのか

     では、なぜナンディが優位を占めるようになったのか。
     これについてジャーナリストのジョン・マナーズは、East African Running  のなかで調査の結果を報告している。彼は、ナンディの優越を説明する鍵として、このエスニック集団に特有な強い精神力、それを滋養してきた生活習慣、そして独特な経済活動に注目する。・・・


    頁224──

      特定の個人が選ばれる理由
     運動生理学者のビンセント・オニウェラは、ナンディのなかでなぜ特定の個人が、長距離種目で栄冠をつかむのかを“Demographic”のなかで解明しようとした。そしてナンディの成員1人ひとりが幼少期に積んだ走行経験量の蓄積にその糸口を見いだしている。
    ・・・中略・・・通学の手段として「交通機関「徒歩」「走行」のいずれを利用したかとの問いに対して、レベルの高いアスリートほど高い割合が「走行」と回答した。
     また、通学の距離は「5キロメートル未満」「5キロメートル以上10キロメートル未満」「10キロ以上」のいずれかとの問いに対して、レベルの高いアスリートほど高い割合が「10キロメートル以上」と回答した。・・・




    ▼若原正己『黒人はなぜ足が速いのか 「走る遺伝子の謎」』新潮選書、2010年


    頁159──


    二元主義の克服


     これまでの欧米の常識によれば、運動能力と知的能力は反比例する、運動能力と知的能力は両立しないという考えが主流を占めてきた。だから米国では、経済界やアカデミックな世界をリードする人間は白人であり、黒人はスポーツ界・芸能界で活躍しているのだ、という俗説が蔓延してきた。

     前に述べたように、現代の米国が抱える大きな問題のひとつは、多くの黒人青少年がもちつづける「スポーツへの固着(スポーツ・フィグゼーション)」だという。そこには、知的能力と運動能力は相対立するという二元主義がある。欧米では、白と黒、光と陰、善と悪、知的能力と運動能力など、すべてのものを対立させて考える習慣があるようだ。これはキリスト教やユダヤ教、そしてイスラム教という一神教の考えが大きく影響していると思う。


    ▼日本社会における「黒人身体能力神話」の受容 : 「人種
    」/「黒人」という言葉・概念との遭遇とその習得を中心


    川島, 浩平


    https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/148032/1/100_77.pdf


    ・・・

    「黒人身体能力神話」の浸透は, その起源であるアメリカ合衆国(以下アメリカと略す)だけ
    でなく, ヨーロッパやアジア各国でも見られる点で,国際的な視点から検討されるべき課題で
    ある。しかし,それがすぐれて日本的な現象であることも看過できなし、。たとえばアメリカで
    は,人種主義に対する警戒や統制ゆえに「神話」はタブーと化し,少なくとも公的な舞台で認
    知されることは皆無といってもよし、。他方日本では,人種主義に対して比較的鈍感な文化的土
    壌も手伝って, 「神話」が一方的に承認されることはあっても,批判的観点から姐上に載せら
    れることは滅多になし、。実際日本では,指導的立場にあるものでさえ,「神話」を前提として
    発言することが多い。たとえば,陸上短距離種目のコーチングでは, 「『黒人の天性』に対抗す
    るには, 日本人は『技能(スキル)』 を磨く以外にない」と教えられると聞く⑥。「黒人だから
    強い」という言説に潜む人種主義を指摘するだけで「褒めてなぜ悪い」,「事実だから仕方な
    い」といった反論を受けることも少なくない ⑦。


    ・・・

    ・・・


    ⑥ 筆者が筑波大学大学院や東海大学に学んだ元短距離スプリンターから聞いた話では, トレーニ
    ングの現場では, 黒人アスリートに天性の才能があることはむしろ当然視され,この点を疑問視
    する風潮は皆無であるという。末続慎吾が2003年にパリで開催された世界陸上選手権で銅メダ
    ルを獲得した当時は,彼の走りが日本古来のナンパ走法の応用であるとされ,日本人の技能が黒
    人の天性に勝る日が近づいた証拠としてもてはやされた。

    ⑦ 大学の授業でたびたび「黒人は天性のアスリー卜である」との発言に潜む人種主義の可能性を
    指摘したことがあるが, 当惑し,反感さえ抱く学生が少なくない。そのような学生が口にする反
    論としてもっとも多いのがここに紹介したものである。



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