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小説家フィリップ・ロスによれば、アメリカのユダヤ人が受け継ぐものは──Jews are better(ユダヤ人は優れている)

 以下、▼土地泥棒・人種主義者の一方的な集団殺戮を戦争とは呼べないだろう。

https://blogs.yahoo.co.jp/henatyokokakumei/39208003.html


より──

 

 イスラエルの大量殺戮(ホロコースト)利用の実態をトム・セゲブの本で紹介します。以前、ノーマン・G・フィンケルスタインの記述でイスラエルのホロコースト利用の実態を書きましたが、それ以前にトム・セゲブの本を読んでいて、フィンケルスタインの主張がすんなり理解できたわけです。この本は、イスラエル内部の意識の変遷を知るための格好の書です。

★トム・セゲブ『エルヴィス・イン・エルサレム』(脇浜義明・訳、つげ書房新社)より―─。

 ・・・
 イスラエル人が自分とホロコースト犠牲者を結びつける認識は、時とともに強くなっていった。1967年、6日間戦争前夜、イスラエル人たちは、アラブによるイスラエル人「エクスターミネイト」(駆除)の危険が差し迫っているという言い方をしていた。新聞は、アラブがイスラエルを征服するかもしれないとか、イスラエル人を皆殺しにするかもしれないという書き方をしなかった。新聞が使用した言葉は、かつてのナチスのジェノサイドを報道したときに使ったのと同じ言葉―─「エクスターミネイト」であった。それは第二のホロコーストの可能性を示唆したのだった。エジプトのガマル・アブゼル・ナセル大統領はアドルフ・ヒトラーに仕立てられた。・・・こうして、ヨーロッパ・ユダヤ人を弱虫と見下す風潮は変化し、ついにはすっかり姿を消してしまった。・・・

***

 欧米では「ユダヤ・ナチの蛮行」とか書けば、すぐさま反ユダヤ主義とかいって排斥されるそうだが、イスラエルではその逆で、ナセルをフセインを、ヒトラー呼ばわりだ。要するに、イスラエルがナチスと同じような事をしてもナチスに喩えることは厳禁だが、アラブ世界の場合は、その実態がたとえ大きく外れていようとそれを多用せよ!というわけです。これも又ホロコースト独占利用だ。これは歴史の被害者を過度に演出して、現実の土地泥棒や人種主義を正当化する手口である。

 ホロコーストの利用・・・、それまでは生存者が「なぜ助けなかった?」とシオニストを批判し、シオニスト側には羊のように従順に殺戮されたユダヤ人を恥じ、自分たちなら反乱を起こして戦うという主張があり、よって大量殺戮(ホロコースト)を扱うことはイスラエルでは避けられていた。ベン・グリオンは1954年のカストナー裁判や1959年のワディ・サリブ暴動で彼の党のイメージががた落ちだったため、アイヒマン裁判を利用したようだ。

 なお同書には、1990年代になると、ホロコースト授業は個々の人物、例えば、コルチャック先生やアンネに焦点を当てておこなうという指針書が教育省から全教師に配られた、という記述もある。何百万人という犠牲者数よりも、具体的な個人の悲劇に焦点をあて強い感情を喚起させる目的のようだ。

 欧米にあるタブーをぶち壊す為にも、ユダヤ・ナチの蛮行とかいう言葉も多用されなければならない。欧米が過度にイスラエルに荷担するのは、アジアへの蔑視もあるので、私たちが欧米のタブーなど全く気にする必要などない。




▼ノーマン・G・フィンケルスタイン『ホロコースト産業~同胞の苦しみを「売り物」にするユダヤ人エリートたち』(立木勝/訳、三交社)より

※頁42──

 しかしここで強調しておきたいのは、アメリカ・ユダヤのエリートたちにとって、ザ・ホロコーストがイスラエルと同じ機能を持っていたという点だ。すなわちこれも、大金を賭けたパワーゲームにおいて計り知れない価値を持つチップなのである。ホロコーストの記憶への懸念を公言することは、イスラエルの運命への懸念を公言することと同じくらい作為的なものだ。だからこそ組織されたアメリカ・ユダヤは、1985年に訪独したレーガンが親衛隊員も葬られているビットブルク墓地で、ここに葬られたドイツ兵たちは「強制収容所の犠牲者たちと同じようにナチの犠牲者である」と宣言したときにもこれを許し、忘れたのである。レーガンは1988年、有名なホロコースト研究所であるサイモン・ヴィーゼンタール・センターから、「イスラエルへの揺るぎない支持」を理由に、「1年でもっとも活躍した人道主義者」賞を受け、1994年には、親イスラエル団体であるADL(引用者注:名誉毀損防止同盟)から「自由のかがり火」賞を贈られている。
 しかし、それ以前の1979年にジェシー・ジャクソン師が口走った「ホロコーストの話はもううんざりだ」という言葉は、そう簡単には許されも忘れられもしなかった。しかしアメリカ・ユダヤのエリートたちがジャクソンへの攻撃を決して緩めなかった理由は、「反ユダヤ主義的発言」ではなく、むしろ「パレスティナ人への立場への支持」だった(セイモア・マーティンおよびアール・ラープの研究による)。・・・

※頁44──

★──イスラエルが資産になった途端にシオニストに生まれ変わったユダヤ人

 ホロコースト産業の源流はアメリカ国内にもある。主流派の解釈は、一方では最近登場してきた「アイデンティティー・ポリティクス」に、他方では「犠牲者化の文化」に向かっている。しかし事実上、どちらのアイデンティティーも、根拠としているのはある特定の抑圧の歴史であり、したがってユダヤ人は、自らの民族的アイデンティティーをホロコースに求めたことになる。
 しかし黒人、ラティーノ、ネイティヴ・アメリカン、女性、ゲイ、レズビアンも含めて、自分たちは犠牲者だという非難の声をあげるグループのうち、ユダヤ人だけは、アメリカ社会において不利な立場におかれていない。実際には、アイデンティティー・ポリティクスとザ・ホロコーストがアメリカのユダヤ人に根づいたのは、犠牲者としての彼らの立場が理由ではない。理由は、彼らが犠牲者ではなかったからだ。
 反ユダヤ主義の障壁は第2次世界大戦後、急速に崩れ去り、ユダヤ人は合衆国内の階層を上昇した。リプセットとラープによれば、現在(引用者注:2000年頃?)、ユダヤ人の年収は非ユダヤ人のほぼ2倍だ。もっとも富裕なアメリカ人40人のうち16人はユダヤ人だし、アメリカのノーベル賞受賞者(科学および経済分野)の40パーセント、主要大学教授の20パーセント、ニューヨークおよびワシントンの1流法律事務所の共同経営者の40パーセントもユダヤ人である(以下、リストは延々と続く)。ユダヤ人であることは、成功への障害になるどころか、その保証となっている。多くのユダヤ人は、イスラエルがお荷物だったときには距離をおき、資産になったら途端にシオニストに生まれ変わった。それとまったく同様に、彼らはユダヤの民族アイデンティティーが負担だったときにはこれを遠ざけておきながら、資産になったら急にユダヤ人に生まれ変わったのである。


※頁45──

 確かにアメリカ・ユダヤの世俗的成功の物語は、ユダヤ人として彼らが新たに獲得したアイデンティティーの中心にある教義の―─そしておそらくは唯一の教義の―─正しさを証明している。今、ユダヤ人が「選ばれし」民であることに異議が唱えられる者がいるだろうか。自身も生まれ変わったユダヤ人であるチャールズ・シルバーマンが著書『アメリカのユダヤ人 ある民族の肖像』で、「優越性という概念を少しでも避けていたら、ユダヤ人は人間以下の存在になっていただろう」「アメリカのユダヤ人にとって、優越性の感覚をすべて捨て去ることは、どれほど強く押さえ込もうとしても、途方もなく困難である」と滔々と語っているのはその典型だ。小説家フィリップ・ロスによれば、アメリカのユダヤ人が受け継ぐものは「律法でもなく、学習でもなく、言語でもなく、突き詰めていえば神ですらない・・・・・それはある種の哲学である。そしてその哲学は三語に要約される。すなわちJews are better(ユダヤ人は優れている)ということである」。後に見るように、ザ・ホロコーストは彼らの誇る世俗的成功の裏返しであり、ユダヤ人が選ばれた民であることの証明なのである。


※追記


★エリック・アザン『占領ノート~一ユダヤ人が見たパレスチナの生活』によれば、パレスチナのジェノサイドを否定する見解は、次のようなねじれた三段論法に基づいていたという。

.ユダヤ人は我々の土地を盗み、迫害をしている。
.ホロコーストがそれを道徳的に正当化している。
.したがってホロコーストは存在しない。


★シオニストにおいてホロコーストとは、世界中のいかなる者の上にもこのような悲劇が二度と起きてはならない、という普遍的教訓としてではなく、シオニズム国家を維持するためにイスラエルがパレスチナ人という他者に対して行使するあらゆる暴力を正当化するための資源として利用されている。(岡真理『アラブ、祈りとしての文学』みすず書房より)


★「聖書が土地台帳、神が不動産屋」(エイアル・シヴァン)


★それゆえ、生きのびたければ、殺して殺して殺しまくらねばならない。来る日も来る日も毎日だ。・・・・・・殺さなければ自分が死ぬ。・・・・・・一方的な分割は「和平」を保証しない。ユダヤ人が圧倒的多数を占めるシオニズム的ユダヤ国家を保証するのである。[ハイファ大学地理学教授アルノン・ソフェル エルサレム・ポスト紙、2004年5月10日](イラン・パペ『パレスチナの民族浄化 イスラエル建国の暴力』頁363より)


★小説家フィリップ・ロスによれば、アメリカのユダヤ人が受け継ぐものは「律法でもなく、学習でもなく、言語でもなく、突き詰めていえば神ですらない・・・・・それはある種の哲学である。そしてその哲学は三語に要約される。すなわちJews are better(ユダヤ人は優れている)ということである」。(ノーマン・G・フィンケルスタイン『ホロコースト産業~同胞の苦しみを「売り物」にするユダヤ人エリートたち』頁45より)

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