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一部紹介  イラン・パペ『パレスチナの民族浄化 イスラエル建国の暴力』

 魯迅の言葉──「墨で書かれた戯言は血で書かれた事実を隠しきれない。血債は必ず同一物で償還されねばならない。支払いが遅れれば遅れるほど延滞利子を付けて」、この前半部が嘘ではないかと思われるほどにシオニストの歴史捏造は巧妙だ。1948年にイスラエルが行なったパレスチナ人の追放(民族浄化)が世界で歴史的事実としてほとんど認知すらされていないという現実は驚くべきことだ。


★ それゆえ、生きのびたければ、殺して殺して殺しまくらねばならない。来る日も来る日も毎日だ。・・・・・・殺さなければ自分が死ぬ。・・・・・・一方的な分割は「和平」を保証しない。ユダヤ人が圧倒的多数を占めるシオニズム的ユダヤ国家を保証するのである。[ハイファ大学地理学教授アルノン・ソフェル エルサレム・ポスト紙、2004年5月10日](同書頁363より)


 大学教授がこんな露骨な発言をできる国はそうはないだろうが、さすがテロ国家イスラエル、人種主義と土地泥棒(「聖書が土地台帳、神が不動産屋」(エイアル・シヴァン))が国是の国であるから、さもありなんということか・・・・・・。

 

 

 

▼イラン・パペ『パレスチナの民族浄化 イスラエル建国の暴力』田浪亜央江・早尾貴紀=翻訳、法政大学出版局、2017年

頁1──

 「レッドハウス」は典型的なテルアビブの建物だ。1920年代にこれを建てたユダヤ人の大工や職人たちは、ここが地元の労働者協議会の本部に指定されたことを誇りにした。1947年以降は、ハガナーの司令部になった。ハガナーとは、パレスチナにおけるシオニストの中心的な地下軍事組織である。・・・

頁2──

 1948年3月10日水曜日の寒い午後、この建物で、古参のシオニスト指導者と若手のユダヤ人将校からなる11人の男たちが、パレスチナの民族浄化計画の最終調整を行った。その晩、国じゅうからパレスチナ人を組織的に追放する準備のため各地上部隊に命令が送られた。この指令には、人々を強制的に立ち退かせるためにとるべき手段の詳細な説明が添えられていた。大規模な威嚇。村々や住宅地の包囲と爆撃。家屋や資産、物資への放火。追放、破壊。そして最後に、追放した人々が誰も戻ってこられないよう、瓦礫のなかに地雷を敷設すること。各部隊は、担当する村や地区のリストを受け取った。ヘブライ語アルファベットの第4字をつけたD(ダレット)計画と暗号名で呼ばれた今回は、シオニストの指導者らがパレスチナとその住民に用意した運命を示してきたこれまでの計画の総仕上げであり、より実質的な第4次計画であった。ユダヤ民族運動は、多数のパレスチナ人がいる土地を自分たち固有の土地だとして切望したが、第3次計画までは、彼らにどう対処するか検討した内容を、あくまでこっそりと説明していた。総仕上げの第4次計画では、それをはっきり明瞭に説明している。つまり、パレスチナ人は出て行かなくてはならない。この計画の重要性に注目した最初の歴史学者の1人シムハ・フラパンの言葉を借りれば、「「農村部の征服と破壊」など、対アラブ人軍事作戦は、ハガナーのダレット計画に明記された」。事実同計画は、パレスチナの農村部と都市部の両方を破壊することを目的としていたのだ。
 本書の初めのほうでは、パレスチナをユダヤ人だけのものにするというシオニズムのイデオロギー傾向が生んだ必然の結果がダレット計画であり、イギリスの内閣が委任統治の終了を決めて以降の状況に対する反応であったことを示したい。地元のパレスチナ人民兵との衝突は、民族的に浄化したパレスチナというイデオロギー像の実現にむけて、申し分のない文脈と口実になった。シオニストの方針は当初、1947年2月のパレスチナ人の攻撃に対する報復を根拠としていたが、翌年3月には、パレスチナ全土を民族的に浄化する構想へ変容した。
 ひとたび方針が決まると、任務は6ヶ月で完了した。すべてが終わったとき、パレスチナにもとから住んでいた半数以上、約80万人が追放され、531の村が破壊され、11の都市部が無人にされた。1948年3月10日に決定され、その後数ヶ月にわたって組織的に実行されたダレット計画は、今日の国際法では人道に対する罪とみなされる民族浄化作戦だったのは明らかだ。
 ホロコースト以降、大規模な人道に対する罪を隠すことはほとんど不可能になった。情報主導型の現代世界では、とりわけ電子メディアが急速に発展して以来、もはや人為的惨事を人々の目から隠したままにしたり、否定したままにすることはできない。それにもかかわらず、そうした犯罪が1つ、グローバルな公的記憶からほぼ完全に抹殺されてきた。1948年にイスラエルが行なったパレスチナ人の追放である。パレスチナという国の現代史を大きく規定したこの事件は組織的に否定されてきたし、今日でも、政治的・倫理的に向き合うべき犯罪と認めるどころか、歴史的事実とすら認知されていない。
 民族浄化は人道に対する罪であり、今日それを行えば、特別な法廷に連れ出されるべき犯罪者だとみなされる。法的には、1948年にパレスチナで民族浄化を開始し実行した者たちをどのように名指しし、どのように扱うのかを決めるのは困難かもしれない。しかし彼らの罪を再構築し、さらに正確な歴史叙述と、より高い倫理を獲得することは可能である。
 レッドハウスの最上階のあの部屋に座っていた人々の名前を、われわれは知っている。彼らの頭上のマルクス主義風のポスターには、「戦友」とか「鉄拳」といったスローガンが掲げられ、「敵対的なアラブ侵略者」と「勇敢に戦う」健康的で日焼けした筋肉質の「新しい」ユダヤ人が、防護壁の陰でライフルを構えた姿が描かれていた。われわれは、現場で命令を下した上級将校たちの名前も知っている。いずれもイスラエルの英雄として、よく知られた名前である。彼らの多くが生き長らえ、イスラエルの政治や社会で主要な役割を果たしたのはそう昔のことではない。今日も存命している者はわずかである。

頁290──

 イスラエル軍の行なった大規模な虐殺はダワーメイが最後だと言えたのは、1956年までである。ヨルダンとの休戦合意でイスラエルに編入されたコフル・カースィム村で、この年に住民49人が虐殺されたのだった。
 民族浄化はジェノサイドではないが、非道な大量殺戮や虐殺行為を必ずともなう。数千人のパレスチナ人が、あらゆる出自・階級・年齢のイスラエル兵に無慈悲に残酷に殺された。確かな証拠があるにもかかわらず、彼らは誰1人、戦争犯罪で裁かれたことがない。・・・

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