『ブラック・アテナ』 ~歴史的パラダイムのコペルニクス的転換を提起~

歴史的パラダイムのコペルニクス的転換を提起
GN21代表 片岡幸彦
http://www.gn21.net/newsletter/gn21_nl_vol8.pdf

今日私たちの世界は、近代欧米文明の鬼子とも言える、グローバリゼーションという新たな怪物に席巻されている。しかし20世紀を支配し、グローバリゼーションを主導してきたアメリカの時代もようやく終焉を迎えようとしている。また一方25カ国から27カ国の連合体に拡大されたヨーロッパも、「古き良き」西欧中心主義からどれだけ脱却できるかは明らかでない。近頃ロシアの復権がささやかれ、中国とインドの台頭が喧伝されるが、その行き先も東アジア共同体の帰趨と共に依然として不透明である。中南米諸国の新しい胎動も取り上げられるが、同じように今なお新旧植民地主義の爪跡が残るアフリカや中東諸国にもまして、状況の改善が期待されるかは不明確である。
こうした今日のグローバリゼーションの現実がもたらしている世界の危うい状況は、単に政治経済の分野だけに止まらない。言わば思想も社会も文化もその魔性に汚染されていることは、一目瞭然見ての通りである。世界はさておき、私たち日本はどうだろうか。残念ながら日本は自ら問題を自分自身のイニシアティブで解決する能力も、

またその機会も与えられていないのが偽らぬ現実ではあるまいか。
まさにそういうときに、私たちは『ブラック・アテナ』に出会った。実はバナールの本書に先立つことおよそ30年、20世紀の後半に活躍した西アフリカ・セネガルの歴史家シェック・アンタ・ディォプ(一九二三-一九八六)は、『黒人国家と文化』(一九五五年)などの著書や講演・インタビューなどを通して、「古代エジプト人は黒人であったこと」、また「古代ギリシャへのエジプトの貢献」などを熱く語っていた。しかしブラック・アフリカからの発言は一部の論壇を除けば、ほとんど無視されてきたと言える。その意味で本書が中近東アフリカ諸国はもとより、特に欧米社会で取り上げられたこと、そして何より本書がアメリカ東部の著名な大学のイギリス人学者によって心血を注いで書かれたこと、つまり欧米社会のまさに内側から、あらためてブラック・アフリカと西アジアによる古代ギリシャへの貢献が実証され、新しい歴史的パラダイムが提起された意義は大きい。言うならば、歴史的パラダイムを問う重要な発言が、奇しくもブラック・アフリカと欧米の二つの文明地域から東地中海のアジア

を舞台に響き合い、結び合ったのである。
今度邦訳版が刊行されるマーティン・バナール著『ブラック・アテナ』第一巻「古代ギリシャの捏造」(1987年、ニューヨーク&ロンドン)は世に出ると間もなく、いわゆる「ブラック・アテナ論争」を巻き起こし、世界の学会や論壇に大きな衝撃を与えた。刊行以来20年を経た今日もなおその議論は熾烈を極め、いまだ決着を見ていない(詳細は日本語版序文及び解説を参照されたい)。事実本書第一巻『古代ギリシャの捏造』は、本書日本語訳を含めるとイタリア語、スペイン語、ドイツ語、フランス語、スエーデン語、アラビア語など七ヶ国語に翻訳され、なお中国語、ギリシャ語、アルバニア語などの翻訳が進行中である。著者バナールは、私たち日本人なら誰もが知っている世界史の通念を根底から覆してみせたからである。本書は、近代ヨーロッパ帝国が世界の覇権を手にするおよそ200年の間に、言わば自分たちが世界の中心であることを強調するために、彼らの文化的アイデンティティと僭称するギリシャ文明を白人種だけのものとし、ギリシャ古代史を捻じ曲げた経緯を詳しく述べている(第三章から第十章まで)。
しかし、本書でも明らかにしているように、当時エーゲ海の東西に展開していたギリシャの指導者の多くがエジプトに留学し、そこから知識や教養を身につけ、言わばエジプトやフェニキアの文化文明を引き継ぐ形で、いわゆる古代ギリシャ文明やヘレニズム文化を完成させたことは、実は当時の大方のギリシャの歴史家や哲学者自身が認めていたことなのである(本書第一章・第二章)。
にもかかわらずいつの間にか欧米でも日

本でも、白人優位の「アーリア・モデル」が広く普及し、日本の高校教科書新課程「世界史B」でも、相変わらずこのようないささか偏った歴史観がまかり通っている。その背景の一つには、明治以来の欧米に見習い追いつけという日本近代の基本的政策がある。敢えて言えば、「無謀な大東亜戦争」もその一つの結果であり、私たちは今日その敗戦の悲劇と共に、かって日本が経験したいわゆるアルゲマイゼ・クリーゼ(Algemeine Kriese=general crisis)の現実を再び骨身にしみて味わっているのである。私たちは、未来の歴史の捏造とでも言うべき「文明の衝突」論は論外であるとしても、「文明の対話」や「文化の共生と和合」への努力を緊張緩和と世界融和の重要な一里塚としなければならない。そしてそのなかで、力の支配、格差の拡大再生産、そして生態系を破壊し続けるグローバリゼーション問題の解決が図られなければならない。
したがって私たちは、本書を単なる「古代ギリシャ史の捏造」を解明した専門書としてのみ読んだのではない。実は本書が提起した古代史をめぐる新しい世界史観は、近代欧米文化文明が500年の歴史を通して世界に果たした意味を問い、上でも述べたグローバリゼーションが支配する21世紀世界を私たち一人ひとりが生きるために、自分たちのものとしなければならない新しい価値観や文明観、さらには世界観の創造へと繋げるものとして、本書をあらためて発見し、読んだのである。本書の読者の皆さんには、著者マーティン・バナール本人が5月に来日する機会に(詳しくは3頁を参照)、是非私たちと問題認識を共にしていただければ幸いである。

・・・以下略

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

檜原転石

Author:檜原転石
FC2ブログへようこそ!

世の中は無名の一人でも変えられる

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR