「ヨーロッパ人も昔は黒かった」という科学史を知ることから私たちはまず始めなければならない。

言葉とは話し手のものの見方を明白に示すものだから、言葉を言い換えて物の見方を意識的に変えれようとすれば、使用者には見えない差別が見え始める契機にもなるかもしれない。例えば今、ネット卑語から採用された和製英語「ブラック」があらゆる悪を含意されてメディアに氾濫しているが、使用者は色に価値を持ち込む愚劣には無頓着なのだろう。もともと白人英語のblackにはあらゆる悪が含意されているし、whiteはその逆で、あらゆる善が含意されている。奴隷制度で分断された米国の民衆は白人も黒人もblackを差別語として使用していたが、公民権運動や「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動を経て、 今やblackは黒人の最も好ましい呼称の一つになっている。
 要するに和製英語「ブラック」は米国はもとより国外では使えない言葉なのである。そういえば「トルコ風呂」という言葉がトルコ人留学生の異議申し立てから他の言葉に言い換えられた歴史があるが、和製英語「ブラック」も早急に言い換えを考慮しないと、公民権運動さえ知らない「井の中の蛙」状態の日本の不明を日々さらす結果になってしまう。そして言い換えた後に、私たちは色にまつわる偏見を助長する言葉の検証に取りかかるべきだろう。白人の色の価値観が、聖書の光と闇を白と黒に対応させて色の価値を自らに都合の良いように序列化させたものだとするなら、「ヨーロッパ人も昔は黒かった」という科学史を知ることから私たちはまず始めなければならない。
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