「ハーフ」をめぐる差別と幻想


「ハーフ」をめぐる差別と幻想

2016/1/1(金) 午前 8:50

http://blogs.yahoo.co.jp/henatyokokakumei/40137274.html






こちら人権情報局

「ハーフ」をめぐる差別と幻想(上)

細川 なるみ

2015年9月4日

http://digital.asahi.com/special/kotoba/jinken/SDI201508059633.html




■ミス・ユニバース日本代表、宮本エリアナさんの挑戦
 今年3月、ミス・ユニバース日本代表として選ばれた女性が、例年以上に注目を集めました。長崎県佐世保市出身の、宮本エリアナさん。母が日本人、父がアフリカ系アメリカ人です。前身の大会を含めると60年以上の歴史を持つこのコンテストで、いわゆる「ハーフ」の女性が代表となるのは初めてのことでした。

 宮本さんは日本国籍を持ち、母語も日本語ですが、代表に選ばれた時は「本物の日本人じゃない」「代表にふさわしくない」といった心ない批判も浴びたそうです。肌の色の違いから、地元の学校では「色が移る」と言われて手をつないでもらえず、ゴミを投げつけられるなどのいじめを受けたという宮本さん。あえて表舞台に立つことで「ハーフへの偏見をなくしていきたい」と話しています。

 この「ハーフ」という呼び方、実は日本でしか通じない和製英語だということをご存じですか? 英語の「half(半分)」から来ていますが、英語圏では国籍や人種の異なる両親の間に生まれた人を指す意味では使いません。欧米などでは国際結婚が珍しくなく、すでに人種や民族が複雑に混ざり合っているため、そうした区別をする発想があまりないのです。

 日本ではまだ少数派なので特別扱いされてしまい、好奇の目にさらされたり、差別や偏見に直面したりすることが多いのが現実です。近年はスポーツや芸能の分野で活躍する人が増えたことで、肯定的なイメージや憧れを持つ人も多いようですが、こと「国の代表」を選ぶとなると「日本らしさ」を体現しているかどうかを重視する考えが根強いのかもしれません。

 「ハーフ(半分)」だと「日本人として半人前」と言われているようで嫌だ、と最近では言いかえを提案する声も上がっています。とはいえ、新しい呼び方は当事者の間でもなかなか浸透しない事情があるのだとか。そもそも、国際化が進む時代になってなお、同じ「日本人」の中でさらに呼び分ける必要は本当にあるのでしょうか。

 日本における「ハーフ」の立場について、自身もドイツ人の父と日本人の母を持つコラムニストのサンドラ・ヘフェリンさんにお話をうかがい、差別や偏見、言いかえの動きなどについて2回に分けて考えてみます。


写真・図版


サンドラ・ヘフェリンさん=本人提供

 ミス・ユニバース日本代表となった宮本さんは、インターネットなどで批判的なコメントを書かれたことについて、ハフィントンポスト日本版のインタビューに「日本で生まれ、日本で育っているのに、日本人でないのであれば、ハーフの私たちは何人なのでしょう?」と語っています。自分の居場所が感じられない、と悩んでいた同じハーフの友人の自殺をきっかけに、問題提起のため大会への出場を決意したそうです。

 この問題をめぐっては多くの欧米メディアも反応し、「ビューティークイーンが『十分日本人でない』と批判される」といった見出しで、黒人の父を持つ彼女が「人種差別」「虐待」「憎悪、敵意」にさらされてきた、と強い言葉を使って報じています。日本メディアの多くが「いじめ」「偏見」などと表現しているのとは対照的で、日本が単一民族国家であるという「幻想」がいまだに幅を利かせていることへの驚きが伝わってきます。

 今回お話をうかがったサンドラ・ヘフェリンさんは、1975年生まれのドイツ・ミュンヘン育ち。平日はドイツの現地校に通いながら週末に日本人学校で日本語を勉強し、千葉県の小学校にも数カ月間通ったことがあるそうです。20代で来日し日本企業での勤務を経て、現在は執筆活動やラジオ出演を通して異文化交流やハーフのいじめ問題、ハーフのアイデンティティーなどについて発信しています。

 ヘフェリンさんによると、ドイツでも10年ほど前、それまで金髪碧眼(へきがん)の「典型的なドイツ美人」が多かったミス・ドイツに、イラン系の女性が選ばれています。その際に一部で批判する声もあったそうですが、「公の場で言っていいこと、悪いことがはっきりしている欧州では、そんなことを言うのは『レベルが低い、教養がない人』とのイメージを持たれる。でも日本だとわりと普通の人がそういうことを言うので驚いた」といいます。

 宮本さんへの批判についても、「本人からすれば自然な意見なのかもしれないけれど、彼女に『きれいだけど、“日本人”じゃないよね』と言うのは残酷なこと。『あなたは日本人に見えないからよそのミスコンに出なさい』と言うのも現実的じゃない。日本国籍で母語も日本語の彼女には日本しかないのに、あたかもほかの選択肢があるかのような考え方はいじめと同じ」と指摘します。



■「白人とのハーフ、美人、バイリンガル、お金持ち」という幻想

 厚生労働省の統計によると、2013年に生まれた子どものうち、父母の一方が外国籍である子は全国で1万9532人(外国で出まれた10人を含む)。父母とも日本国籍である場合と合計した全出生数に占める割合は1.9%にとどまりますが、都道府県別に見ると東京では3.4%、大阪や神奈川、愛知、米軍基地の集中する沖縄では2.4~2.6%。単純計算すると、東京では30人の学級に1人はいることになります。

 親の国籍別で多かったのは中国(5095人)、韓国・朝鮮(4234人)、フィリピン(2365人)、米国(1713人)、ブラジル(640人)、英国(510人)、タイ(425人)などです。調査の始まった1987年には全国で1万22人(全出生数の0.7%)だったので、この30年間でほぼ2倍の人数になっています。マイノリティーであることに変わりはないものの、この間、分母となる全出生数は少子化で24%減少しているのを考慮すると、その増え方が際立ちます。

 統計から分かるように中国や韓国・朝鮮とのハーフが多いのですが、普段テレビや雑誌で目にする芸能人から抱くイメージは、「欧米系の白人とのハーフ」に偏っている印象があります。そのため、多くの人がハーフに対して「みんなベッキーとか滝川クリステルみたいに美人」「英語がペラペラ」「実家は裕福で、しょっちゅう海外と日本を行き来している」といった思い込みを抱くようです。実際は芸能界にも日中や日韓のハーフはいるのですが、外見で区別がつかないせいか、あまり「ハーフタレント」とはみなされず、本人もあえて強調しないことが多いようです。

 こうしたステレオタイプが独り歩きしてしまい、そうでない当事者たちの実情はあまり知られてきませんでした。その人生は育った環境や家庭の事情に大きく左右され、「バイリンガルで裕福で、インターナショナルスクールに通ったのでいじめにも遭わなかった」という人がいる一方で、両親が離婚してしまって生活が苦しく、日本語しか話せず、海外にも行ったことがない、という人も当然います。

 容姿や家庭の事情は子ども本人の努力ではどうにもならないのに、ハーフはそれをあれこれ言われることがとにかく多い、というヘフェリンさん。初対面の人に生い立ちや両親のなれそめなどプライベートな質問を散々された揚げ句に「その顔で英語できないの!?」「ハーフなのに可愛くないね」などと言われてしまうことも珍しくないそうで、「期待を裏切るハーフに世間は冷たい」と自身のコラムでも嘆いています。

 宮本さんが遭ったようないじめは、外国人が少ない地域で育ったハーフの子にとっては決して珍しいことではありません。それどころか、学校の先生にも茶髪や天然パーマなど「校則違反」の外見をしつこく注意されたり、親にいじめを訴えても「あなたのことがうらやましいだけ」「仲良くなりたくてからかっているだけ」などと真剣に受け止めてもらえなかったりすることがあるそうです(これは親自身が「ハーフ=幸せ」「いじめられるわけがない」という思い込みにとらわれている場合があるためのようです)。

 本人は普通に生きたい、目立ちたくないと願っていても、周囲がいちいち違いを指摘してくる状況では「自分は日本人」という自信をなかなか持てないでしょう。ではもう一方のルーツである国に行けばすべて解決するかというと、そこでも言葉の壁があってなじめなかったり、アジア系として差別されたりして、どこにも居場所がないと感じてしまうこともあります。

※こうしたいじめが本人にとって「からかい」といった言葉で片付けられるものでないことは、日独それぞれのいじめについてまとめたヘフェリンさんのコラムを読んでいただければ想像しやすいかと思います。
コラム「学校でイジメに遭うハーフ」
コラム「イジメ・ドイツ版(チン・チャン・チョーン!)」



■「ハーフ」は日本特有の概念

 国籍や人種の異なる両親の間に生まれた人を指して「ハーフ」と呼ぶのは和製英語だというのは、冒頭でも触れました。

 英語圏ではそうした区別自体あまりしないのですが、強いて言えば「mixed race(人種的に混ざった)」「biracial(二つの人種の)」「ethnically mixed(民族的に混ざった)」などと表現するようです。

 自己紹介や、特定の人のルーツに触れる際には、具体的な国名を入れて「half Japanese, half American(半分日本人、半分米国人)」などと言うことはありますが、「親の一方が外国人」の人をひとくくりにする発想はありません。二つと言わず三つ四つの国や人種にルーツを持つ人や多重国籍も珍しくないので、呼び分けようにもきりがないのです(日系米国人を指す「Japanese American」という呼び方もありますが、これは「日本にルーツを持つ人」という程度の意味で、3世・4世の人や、両親とも日本出身だという人も含まれる広い概念のようです)。宮本さんについての報道でも、「“Hafu”とは、日本語で半分日本人であることを意味する。英語のhalfから来た言葉」とわざわざ説明を添えています。

 日本では当事者にも広く使われている言葉ですが、「半分しか日本人じゃない」と否定されたように感じるという人や、「不完全だ、半人前だと言われているようだ」とマイナスの語感を嫌う人もいます。朝日新聞の投書欄には90年代中ごろから、国際結婚をした人から「ハーフと呼ぶのはやめてほしい」「うちの子は『ハーフ(半分)』でなく、一般人の2倍の文化を受け継いでいるので『ダブル』と呼んでほしい」といった声が寄せられています。いじめや偏見に悩む我が子に、自分のルーツへの誇りを持たせたい、という親の願いが伝わってきます。

 一方で、ヘフェリンさんが著書「ハーフが美人なんて妄想ですから!!」(中公新書ラクレ、2012年)を執筆する際に当事者たちに「どう呼ばれるのがしっくり来るか」を尋ねたところ、興味深い結果が出たそうです。「ダブル」という言いかえはあまり支持されなかったというのです。

    ◇   ◇   ◇

 9月18日更新の次回は、「ハーフ」という言葉が生まれた背景や、言いかえの動きを中心にお届けします。


(細川なるみ)





「ハーフ」をめぐる差別と幻想(下)

細川 なるみ

2015年9月18日

http://www.asahi.com/special/kotoba/jinken/SDI201509141925.html


 前回、国籍や人種の異なる両親の間に生まれた人たちが日本で差別や偏見に悩まされている現状や、「ハーフ」という概念自体が日本特有のものであることなどをご紹介しました。

 今回も引き続きコラムニストのサンドラ・ヘフェリンさんにお話をうかがい、この言葉が生まれた背景や言いかえの動きについて考えます。



■ハーフ=うらやましい?

 「ハーフ」との呼び方が一般に広まったのは1970年代に入ってからとされ、芸能やスポーツの分野で活躍する人が注目を浴び、肯定的なイメージが広がった時期に重なります。それ以前は「混血児」「あいのこ」などと呼ばれて差別された長い歴史があり、特に第2次世界大戦後は大きな社会問題となりました。当時の報道からは、彼らが就学や就職、結婚などでいわれなき差別を受けていた実態がうかがえます。

 そうした経緯を知らない世代が、「ハーフがうらやましい」「自分も国際結婚してハーフの子を産みたい」などと軽い気持ちで言うことがありますが、差別と羨望(せんぼう)の両方の時代を経験した当事者たちは、この両極端な反応に複雑な思いを抱くようです。

 終戦後に生まれたというある女性は、朝日新聞への1989年の投書で、「『あいのこ』はいつしか『ハーフ』と呼ばれ、いじめられていた私が、今度はうらやましがられるようになりました。でも、私はこの変化を決して喜べませんでした。人の心なんてあてにならないと、心に強く刻みました」と胸中を明かしています。

 国際化の進むいま、複数の国にルーツがあることはもはやハンディではなく、将来の選択肢が広がるなどプラス面も多々あります。一方で、ヘフェリンさんのコラムやそこに寄せられた当事者のコメントなどを見ると、子どもが学校で「ガイジン!」「アメリカに帰れ!」などとはやし立てられる、会う人会う人に質問攻めにされる、「ハーフなのに○○じゃないなんてもったいない」と決めつけられる、大人になってからも英語は分からないのにお店で英語のメニューしか出してもらえない、やたらと職務質問される、といった苦労が絶えない現状が見えてきます。


写真・図版


ヘフェリンさんの著書など

 育った環境はひとりひとり異なるのでひとくくりにはできないのですが、「日本人として受け入れてもらえない」という悩みや疎外感は、いまも昔も変わらないようです。


■社会問題化した「戦争混血児」

 朝日新聞の紙面をさかのぼると、古くは明治中期の1880年代に、神戸や横浜の外国人居留地の周辺で増える「混血児」の存在を報じています。このころは年に1回取り上げられるかどうかで、「間の児(あいのこ)」や「雑種児」といった表記も見られます。親である日本女性や中国人などに対しても蔑称や俗称を使っており、その子どもたちも一段低く見られる存在であったことが容易に想像できます。

 大正に入るころから紙面への登場が増えるとともに、表記が「混血(児)」にそろい始めます。「あいのこ」などの呼び方は現在ほとんどの国語辞典が「卑語」「侮蔑語」などと説明しており、当時も紙面で使うのは不適切との判断から言いかえが進んだのではないかと思われます。ただしこの「混血」との呼び方も「純血」の日本人に比べて劣っているかのような否定的・差別的な意味合いが強いとされるようになり、現在では使用を控えるメディアが多いため、若い世代では「ハーフ」しか聞いたことがないという人も多いかもしれません。

 外国人が珍しかった時代、「国際愛第二世」「国際家族」などと好意的に取り上げる記事もありましたが、どちらかというと犯罪がらみで「混血怪盗」「混血の詐欺漢」「国籍不分明の曲者(くせもの)」「不良混血児取締り」といった扇情的な見出しの方が多い印象です。「混血」であることをことさらに強調し、面白おかしく取り上げるなど、新聞が偏見を助長していた面もあったのではないかと言わざるを得ません(この傾向は1970年代まで見られます)。

 戦時中には日本軍に志願した「混血勇士」をたたえる記事も散見されましたが、「日本人に更生」「日本の国籍を取得……かくして完全な日本人に還元」といった表現からはまだまだ差別意識が感じられます。

 戦後には、進駐軍の軍人と日本女性との間に生まれた「戦争混血児」が社会問題となり、頻繁に報じられるようになりました。

 こうした子どもたちについて特集した「シリーズ戦争孤児②混血孤児―エリザベス・サンダース・ホームへの道」(本庄豊編、汐文社)によると、強姦(ごうかん)や売春、自由恋愛などさまざまなケースで生まれた子どもたちでしたが、父が米国に帰り、母だけでは育てられないという理由で捨てられることが少なくなかったそうです。

 46年6月末に「日米混血児第1号の誕生」を報じたニュースでは「日本とアメリカの架け橋であり、太平洋両岸を結ぶ愛のしるしなのです」と日米和解の象徴のように報じられたそうですが、その1カ月後には「青い目」や「縮れた髪」の混血児とみられる赤ん坊の遺体が複数発見されたそうです。

 孤児となったり命を落としたりする子どもが後を絶たない状況を憂えて、個人で混血児のための養護施設や学校をつくる動きもありましたが、一方で「日本を滅ぼした敵の子を救うなんて」という声もあり、家族を戦争で亡くした人たちにとってはにわかには受け入れられない気持ちもあったようです。

 最初に生まれた子どもたちが学齢期に達した50年代には、数万人に上るとされた混血児を「普通児」と同じ一般校に入学させるべきか、あるいは分離教育にすべきかという問題が持ち上がりました。結局は普通校に入れるようにする文部省の方針が示されましたが、それでも日本での生きづらさに耐えかねて、米国人夫妻の養子となって渡米したり、比較的差別の少ないブラジルへ移住したりするケースも少なくなかったそうです。

 当時、一般校への入学を支持する立場から、「これから日本で育ち日本に国籍があるのだから、ことさらに混血児といって人種的な偏見をつくる必要はない」「幼い時から特別なこどもだと意識させてはよくないし、一般のこどもにも人間は平等だということを教えこむ必要があると思う」と訴える投書を寄せた読者もいました。

 60年代の記事では、混血児が就職においても縁故だけに頼り、堅実な求人が少ないことを伝えています。一方でこのころから、スポーツで活躍する「混血選手」を好意的に取り上げる記事も徐々に見られるようになりました。



■「ハーフ」も差別的?

 「ハーフ」という呼び方は、進駐軍などが英語で「half Japanese, half American(半分日本人、半分米国人)」と言っていたのを縮めたのではないかとする説があります。戦後しばらくは日本にいる外国人といえば米国人がほとんどだったので、国名を省いてしまっても通じたということかもしれません。

 この言い方が一般に広まったのは70年代はじめごろとされ、当時人気を博したハーフのアイドルグループ「ゴールデン・ハーフ」などの影響もあったようです。当時を知る校閲センターの先輩は、「自分はあれで『ハーフ』という言葉を知った」と教えてくれました。

 芸能やスポーツなどの分野での活躍が注目を浴びたことで、かつての「混血」のマイナスイメージが、華やかな「ハーフ」のイメージへと変わっていったようです。現在では米国人以外とのハーフも増え、世代が進んでハーフを親に持つ「クオーター(英語で『4分の1』の意)」も珍しくなくなりました。

 90年代半ばになると今度は、国際結婚をした人から、「ハーフではなく、一般人の2倍の文化、伝統、歴史を誇る『ダブル』だ」と言いかえを提案する投書が朝日新聞にも寄せられるようになりました。

 米国人の夫との間に生まれた娘がいるという女性の投書では、ハーフという言葉の「半分、不完全」といった負の語感について「外国語が外来語として日本語になると、本来の意味が失われることはしばしばだし、考え過ぎといわれればそれまでだが、このいわゆる差別用語が無意識にしかも無邪気に使われていることに恐ろしさを感じる」として、「半分の『ハーフ』でなく二つの文化を『ダブル』に受け継いだ結晶なのだという誇りを持ちたい」と訴えています。肯定的な面を強調する「ダブル」への言いかえは、こうした親たちの間で広がっているようです。

 「ダブルの教育」を掲げるフリースクールの活動を取り上げた99年の朝日新聞西部本社版の連載に登場した沖縄県の女性(当時31)は、父が米海兵隊員だったことで、小学校の平和学習で沖縄戦について学んだ帰り道、同級生から「人殺しの子ども、基地に帰れ!」とはやし立てられたという体験を語っています。米国人に見える外見に向けられる敵意と、米国にあこがれる気持ちとの間で、「米国人か日本人か。いつでもどちらかになろうとしていた」という女性。「『片方を選ばなくていい。両方あることは長所だ』というダブルの発想があれば、あれほど苦しまずに済んだ」と振り返る様子が紹介されています。

 一般的に「ハーフ」が差別語だという共通認識があるとまでは言えませんが、最近ではテレビや新聞などでもなるべく使わないよう配慮したり、表現の工夫をしたりするところが出てきています。



■「ダブル」でも解決しない問題

 ヘフェリンさんは2010年にコラム「ハーフ?それともダブル?」で、「ダブル」という言いかえが広まりつつあることについて当事者の間でも好意的な反応が多い、と触れています。一方で、その2年後に出版した著書「ハーフが美人なんて妄想ですから!!」の前書きでは、普段使っていて個人として一番自然だと思える、として「あえて『ハーフ』という呼称を使うこととします」と断っています。

 今回ヘフェリンさんにその真意を尋ねると、「コラムを書いた後で気づいたこと」について話してくれました。出版にあたって当事者たちに「どう呼ばれるのがしっくり来るか」と尋ねた際、興味深い反応があったそうで、「ダブル」だと「倍」の意味だからポジティブでいいよね、という声の一方で、本人からするとプレッシャーを感じる、という意見も多かったのだそうです。ダブルだと「当然バイリンガル」「当然国籍も二つ」「当然二つの国を行き来してる」「可能性も2倍だよね!」とのイメージに結びついてしまい、そうでない人にとってはつらい、というのです。

 言いかえとしては「ダブル」のほかにも「ミックス」や「国際児童」といった案も出たそうですが、「ミックスジュースとかミックスサラダみたいで嫌だ」「ダブルもハンバーガーみたいで嫌だ」「国際児童は大人になったら『国際人』と呼ぶのか。グローバル人材とまぎらわしくないか」などと異論が出て、結局消去法で一番なじみのある「ハーフ」との表現にしたそうです。

 さらに、コラムを書いた後で、「ダブル」を使いたがっているのはハーフの子の親が多いことにも気づいたそうです。「言いかえたい気持ちは応援するけれど、それは親の期待であって、当事者である子どもの気持ちを第一に考えるべきでは」との思いから、自分自身はコラムなどで言いかえることはしなかった、と言います。

 異なった背景を持つ5人のハーフを追った2013年公開のドキュメンタリー映画「ハーフ(HAFU)」(監督・撮影=西倉めぐみ、高木ララ)では、自分のことを「ハーフ」「half Japanese」と言う人もいれば、「ミックス」「ミックスルーツ」と名乗る人も登場します。ハーフの多様性が実感できる作品で、どの国とのハーフかによって本人の受け止め方や周囲の反応が異なり、言いかえについてもとらえ方が人それぞれであるのを感じました。



■「どう呼ぶか」を超えて

 当事者やその家族に不快感を与えないようにする必要があるのは当然ですが、取材を通して感じたのは、「ハーフ」の場合は呼び方そのものよりも、多様な背景を持つのにひとくくりにされることや、よくも悪くも特別視されて「日本人」として受け入れてもらえない状況の方を変えたい、という声が多いということでした。

 先述の沖縄の女性のように、「ダブル」という発想が、自分のアイデンティティーを肯定的に考えるきっかけになることは確かにあると思います。その一方で、ヘフェリンさんのコラムに寄せられたコメントなどを見ると、「ダブル」を名乗ることで、そうでない「シングル」の日本人への優越感があるかのように感じさせてしまったり、「特別な集団」であるというレッテル貼りがかえって強まってしまったりする面があるのでは、と懸念する当事者も少なくないようでした。バイリンガルでもないのにそう名乗っていいのか、と迷う人もいます。

 周りの人からすれば、「自分は差別心とか悪気があって『ハーフ』と呼んでいるわけじゃないのに」という気持ちもあるでしょうし、「『ハーフ』は差別的、『ダブル』もプレッシャーだと言うのなら、どう呼べばいいのか」と戸惑うのが正直な反応かもしれません。

 しかしどう呼ぶかよりも、多種多様な背景を持つ人たちを、一つの集団として存在するかのように特別視する姿勢にそもそも問題はないのか、まとめて呼ぶことには無理が出てきているのでは、というところから改めて考えてみる必要はないでしょうか。そこから考えないと、「ハーフ」を「ダブル」や「ミックス」に機械的に言いかえただけでは、差別や偏見はなくならないように思います。

 新聞やテレビでも、わざわざ「ハーフ」であることを取り上げる必要はあるのか、ということも踏まえつつ、「父は○○人、母は△△人」といった具体的な説明にとどめるなどの配慮が必要だと言えます。

 単純な言いかえについては、先に触れたように当事者の間でもさまざまな意見があり、ほかに定着している語があまりないので難しい面もあります。「言葉狩り」で終わってしまうのではなく、なぜこの言葉に拒否感を持つ人がいるのかをまず知るところから始められれば、と思います。

 この夏、朝日新聞では陸上短距離のサニブラウン・アブデルハキーム選手や高校野球のオコエ瑠偉選手の活躍をたびたび報じましたが、知名度が上がってくるにつれ、ハーフであること自体に触れない記事も増えてきたように思います。こうしたことの積み重ねで、記者も読者も、「最近は日本人といっても色々なんだな」「いちいち親のなれそめから説明するのも変な話だよね」といった感覚になっていくのかもしれません。

 この先、「ハーフ」や「クオーター」よりも世代が進んだ時、8分の1を指す「one-eighth(ワン・エイス)」や16分の1の「one-sixteenth(ワン・シクスティーンス)」は日本語ではいかにも呼びにくそうです。そうなって初めて、日本も「ややこしくて呼び分けていられない」となるのでは、という期待もあります。



■取材後記

 私の場合は両親とも日本人ですが、幼少期をオーストラリアで過ごしたので、「文化的なミックスルーツ」ともいえます。海外に行けば「日本人」を名乗りますが、食べ物の好みや子どもの頃に見たテレビ番組、受けた教育やものの考え方などは同世代の日本人とだいぶ隔たりがあるようにも感じます。いまではそれも含めての自分なのだと受け入れられるようになりましたが、「どちらでもあるし、どちらでもない」という感覚とは一生付き合っていくことになると思います。

 私が育ったのはオーストラリアの中でも留学生や移民などの多い地域で、自分が「日本人」だとか「マイノリティー」だなどと意識させられることはありませんでした。同級生同士で「あの子はポーランド出身」「あの子はパプアニューギニア出身」といったことは知っていましたが、オーストラリア人とそれ以外で大きな違いがあるという意識はなく、「みんな地球人」とでも表現するしかない感覚でした。外見や出身国の違いは性格などの違いと同様、個性の範囲だと感じていたからです。

 自分の居場所やアイデンティティーについて悩むようになったのは日本の小学校に転校してからで、同級生と話が合わなかったり、ちょっとした容姿や話し方の違いを指摘されたり、ランドセルや「学校指定」の学用品を買っていないことで目立ってしまったりして、周囲との違いを意識させられる毎日に、「オーストラリアに帰りたい」ということばかり考えていました。

 「帰国子女」という言い方はどうにも好きになれず、「私は帰国したんじゃなくて『来日』したの!」と心の中で反論していましたし、大人になってからも「帰国子女だから英語できていいね」と言われると、英語を忘れないように積み重ねてきた努力を無視されたような気分になります。

 同じ「帰国子女」でも、「外国に行ったのは中学生の時で、向こうの文化になじめないまま帰ってきた」という人や、「日本人同士で固まっていたから英語はあまり覚えられなかった」という人、英語圏でない国で暮らしていた人などさまざまで、勘違いされるのを嫌って帰国子女であることを隠している人もいます。そういう意味では、「ハーフ」だからといってひとくくりにされたくない、というのと似た面があるように思います。

 校閲記者という仕事を選んだ時は、友人から「せっかく英語ができるのに、日本語の仕事なんてもったいない」などと言われ、選択肢の多い環境で育ててくれた両親の期待にも沿えなかったのではないか、という思いもありました。

 しかし「ハーフ」や「ダブル」、あるいは「帰国子女」だからといって、国際的に活躍したり両国の懸け橋になったりしないといけないわけではありません。そういうことが可能になる環境で育つ確率はそうでない人に比べれば高いのでしょうが、複数の言語を習得したり、環境の変化に適応したりするのは子どもにとって大変なエネルギーのいることです。それを乗り越えられなかったからと否定したり、過剰な期待を寄せたりすると、子どもを追い詰めることになりかねません。

 自分のルーツを肯定的に受け止められるか、あるいはそれを気にせずに生きていけるかは、育った環境や、周りに同じ境遇の子どもや理解のある大人がいたかどうか、などさまざまな要因に左右されます。

 人と違うことでコンプレックスを抱きやすい子どもにとっては、「半分」でも「倍」でもなく、一人の普通の人間としてみんなと同じように生きたいだけ、というのが本音かもしれません。ルーツや見た目の違いも個性の一つとして尊重できれば、生きづらさを感じる子どもも減るのではないでしょうか。


(細川なるみ)



細川 なるみ(ほそかわ・なるみ)
1982年生まれ、豪州などあちこち育ち。大学では比較刑事法専攻だったが、語学好きが高じて校閲記者の道へ。06年入社、東京校閲センター所属。大阪校閲も2年間経験。オフの楽しみは美術館めぐりとテニス観戦、好きなご当地キャラは「ひこにゃん」と「しまねっこ」。

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