インドにおける色の価値観の変遷 ⑤


インドにおける色の価値観の変遷 ⑤

2015/7/18(土) 午前 7:38

http://blogs.yahoo.co.jp/henatyokokakumei/39849881.html


 今日本で、トンデモ和製英語「ブラック」(「ブラック企業」・「ブラック大学」など)の大氾濫を目撃していれば、色に価値基準を持ち込むという愚劣な洗脳の歴史もある程度まで納得するはずだ。

 私たちは日常生活においてどれだけ黒色に囲まれていようとも、そこに何の価値観も付与していないのにもかかわらず、トンデモ和製英語・名誉白人用語「ブラック」に飛びついては、「ブラック国家」「ブラック社会」「ブラック派兵」「ブラック戦場」・・・って、もうこうなると言葉使用での知的思想的退廃の極みである。

 例えば、1990年、自民党の梶山静六法務大臣。資格外就労の外国人女性の摘発をめぐって、「たとえば、悪貨は良貨を駆逐するというが、アメリカにクロ(黒人)がはいって、シロ(白人)が追いだされているような混在地になっている」と発言しているわけで、知的レベルでは、トンデモ和製英語、名誉白人用語・「ブラック」の使用者は梶山静六並なのである。

 キリスト教の白人の人種主義者の支配層ならば、当然、光と闇に白と黒を当てはめ、それに白人・黒人と当てはめ、えせ科学の人種学や奴隷制もあって、「劣った連中を支配する」という動機・言い訳や差別・偏見も加えて、黒にあらゆる悪を含意したのであろう。少し前の歴史においては彼ら彼女らの肌もまた黒かったことなど、思いもよらなかったのだろう。

 しかし言葉だけで見れば、これは高々白人英語内での出来事なのだが、英語帝国主義下での日本はといえば、多数が名前を言う時でも、シンゾウ・アベになってしまい、日本人は白人英語に対しては腰が低いのである(笑)。

 ホワイト・ラブでディア・マイ・フレンドでデッド・ボールで和製英語と笑われようと何でもいいのだが、「ブラック企業」「ブラック会社」という和製英語だけは、「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動が米国で50年前にあり、ブラックが差別語から黒人の最も好ましい呼称の1つになった今では、ブラックにあらゆる悪を含意して使うことなど、あってはならないことなのである。


 さて話はかわるが、支配層の価値観が大衆に与える一例として日本においては「武士道」がある。それは野球界にもおよび、プロ野球の世界代表は「サムライ・ジャパン」と呼ばれる。昔世界一の武器大国で主に国内で殺しあう戦国時代を経験している日本では、武士が支配層になり、奴らに都合のいい価値観が大衆に刷り込まれたのである。

 よって以下、英国の植民地であったインドでは英国に都合の良い価値観がインドに持ち込まれたのは言うまでもない。ちなみにインドに持ち込まれた英語については、ガンジーがこう言っている。

 「これは絶対的に愚かしいことではないのか。奴隷状態の印ではないのか。・・・・・インド人を奴隷化したのは、私たち、英語を話すインド人なのである。インド国家の呪詛はイギリス人ではなく私たちに責任がある」(大石俊一『英語帝国主義に抗する理念 「思想」論としての「英語」論』)
 
 また、ガンジーを徹底批判したアンベードカルには末尾のサイトを参照──

▼『人種概念の普遍性を問う 西洋的パラダイムを超えて』竹沢泰子・編、人文書院、2005年

頁345──

 このように「白」を尊ぶ美意識は、かつて支配者と考えられていたイギリス人の優越性を陰に陽に唱えた観念と、ある程度まで結びついているのである。それゆえ、一般の人々は、日々の会話の中で、白い肌をした人物を「イギリス人(angrezu)」もしくは「紳士(sahib)」と見なし、白色の肌を優越的な特徴と考えることが多かった。
 事実、前植民地時代には「白すぎる」人は不吉と見なされた。1998年になってようやく、エリン・ムーアが、インド北部の農村地帯でのフィールドワークに触れながら、次のように述べている。つまり、「明るい色の肌はインド北部では美の象徴であるが、私自身は白すぎるとみなされていたように思う」。たとえば、白い肌と碧眼をもつ王として知られたムガル朝のアウラングゼーブ帝は「白蛇」と呼ばれた。インドの歴史をふり返ると、「白」という色はギリシャ人や中東からのムスリムや、その後のイギリス人といった侵略者たちと結びつけられることのほうが多い。事実、パンジャーブのヒンドゥー教徒たちのあいだに見られる、真っ白な肌に対する偏見は、おそらく「白」がムスリムを連想させることと関係しているだろう。パンジャーブの北西部出身である私の義母は、20世紀初頭までの伝統的なパンジャーブでは、眼の色が明るい女性は「不吉」と見なされ「猫眼」と呼ばれていたとよく話していたものだ。こうした女性たちは結婚の際にも差別されたのである。しかし、現代のヒンドゥー社会では、色の暗さと低カーストとの結びつきは浸透してしまったために、白色の皮膚をした人であっても、低カーストに帰属していれば、中傷され軽蔑される。それはすぐさま、(ヒンディー語の演劇『軍法会議』で効果的に描かれているように)母親が高カーストの人物と姦通したと結論づけられてしまうのである。その一方で、白色の皮膚は、高カーストだけではなく、上流階級とも結びつけられている。これは、上流階級の女性が、髪を脱色し、明るい色のコンタクト・レンズを着用することに、ますます強い関心を寄せていることからも、明らかである。

▼アンベードカルの不可触民解放運動について
  -ガンディーとの対立を中心にして-
          仏教大学文学部史学科四回生 広瀬 直孝
http://www.hi-net.zaq.ne.jp/nagaland/hiroseronbun.htm

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