ナチスドイツと障害者「安楽死」計画


ナチスドイツと障害者「安楽死」計画
2015/7/1(水) 午前 10:21
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ナチスドイツと障害者「安楽死」計画

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最初のガス室は障害者用だった−「ナチスドイツと障害者『安楽死』計画」を翻訳して
長瀬修(神奈川/障害・コミュニケーション研究所)

 ナチスドイツは、ユダヤ人の大量虐殺を行ったことで知られるが、精神障害者に対する組織的な殺害を行ったことはあまり知られていない。この事実を記した本を翻訳した著者は、この問題は過去の歴史的遺産ではなく、現在においても問われている問題であると訴える。

 T4計画
 〝MENSCH ACHEDEN MENSCHEN〟とドイツ語で記してある。「人間よ、人間に敬意を」という意である。
 緑濃いドイツの田園地帯が見渡せる小高い丘の上である。ここは、ハダマー精神病院で殺された約1万人の精神障害者の集団墓地である。その記念碑に刻まれている言葉である。
 ナチスドイツはホロコーストと呼ばれる大虐殺を600万人以上といわれるユダヤ人を対象に行ったが、20万人以上の主にドイツ人の障害者、特に精神障害者をも体系的、組織的に殺害した。
 これは、その事業の本部の地名のTier-garden4の頭文字をとってT4計画と呼ばれている。障害者の生は苦しみに満ちたものであり、死は苦しみからの解放であるとしたのである。そのために「安楽死」という言葉が用いられた。
 私は「ナチスドイツと障害者『安楽死』計画」という本に接して、初めてこの事実、つまり障害者、特に精神障害者が大量に虐殺されたことを知った。本書に接してから、この事実に触れている北杜夫の芥川賞受賞作「夜の霧の隅で」(1960(昭和35)年)を読んだのである。
 しかし、ナチスドイツと遺伝、障害を私が関連づけて考えたのは、在学していた上智大学の教授である渡辺昇一が書いた「神聖な義務」という週刊文春(1980(昭和55)年10月2日号)の記事に接した時だった。この記事は「ヒトラーが遺伝的に欠陥ある者たちやジプシーを全部処理しておいてくれた」と言うドイツ人の医学生の言葉を引用している。
 T4計画によってこのように大量の障害者、精神障害者が殺されたことが知られていないこと自体が、障害者、精神障害者の社会的地位の低さを象徴している。ユダヤ人の虐殺に利用されたガス室のことは誰でも知っている。しかし、このガス室も障害者用に当初、開発され、それが後にユダヤ人用に転用されたことは知られていない。
 この事件を扱った英文の〝By Trust Betrayed - Physicians, and the License to Kill in the Third Reich〟、直訳すれば『裏切られた信頼−第3帝国における患者、医者、殺しの許可証』(邦訳は『ナチスドイツと障害者「安楽死」計画』ヒュー・ギャラファー著、96年、現代書館)という本を、オランダで翻訳している最中にドイツのハダマーに出かけた。
 オランダでは社会研究大学(ISS)の大学院で障害者問題を研究中で、1995(平成7)年7月にオーストリアで開催された「世界ろう者会議」に発表のため出席した帰りに、ハダマーに立ち寄ったところだった。
 ハダマーはドイツ中西部にある小さい町で、ガラス細工で知られていて、日本からも学びに来る人もいるそおうである。フランクフルトとケルンの間のコブレンツから電車で約1時間である。ここのハダマー精神病院はドイツ全土に全部で6カ所設けられた殺人施設の1つだった。同書でも、著者のギャラファーの訪問が記されている。私は電車で出かけたが、場所がよくわからず、病院に着くのは結構手間取った。
 現在も精神病院として存続している同病院を実際に訪れてみて、精神障害者の殺害に関する資料館があることを初めて知った。しかし、曜日があわなかったようで資料館は閉まっていた。まだ時間があったので、ハダマーの街を少し歩いてみた。すると声をかけてきた地元のドイツ人男性が、閉まっていたガラス細工の博物館をわざわざ頼んで開いてくれて中を見せてくれ、そのうえ、自宅まで親切に案内してくれた。そこで会った、もう高齢の母親は、ハダマー精神病院で起こったことを記録するために戦後に活動していたと語り、自分も作成に協力したという本、ドイツ語でハダマーで何が起ったかを記録している本を全く初対面の私にくれたのである。ドイツ語が読めない私には「豚に真珠」かもしれないが、歴史を伝えようとする意欲だけは確かに感じられた。
 ある集団、ある民族、ある国の人に対する画一的なイメージを持つのは危険である。これが、ナチスドイツから私たちが確実に学べる一つの教訓である。それはまさにドイツに対してもあてはまる。もちろん、精神障害者についてもである。
 こんなことを考えたのは最近、『ナチスドイツと障害者「安楽死」計画』を読んだ日本の読者から、ドイツに生まれなくてよかったという趣旨の感想が届いたからである。同書にはT4計画に加えて、最近のドイツでの動きも取り上げられている。そのなかには確かに眉をひそめたくなるようなことも多い。ネオナチが障害者を襲撃、殺した事件や、リゾート地で障害者と一緒に食事をするはめになり不快だったという旅行者の訴えに対して、旅行社に対して旅行代金の一部の払い戻しを命じた判決などである。
 1998(平成10)年8月下旬にオランダで開かれた育成会の世界大会でもドイツの参加者から、知的障害者施設の隣人の訴えで、知的障害者がベランダに出ることが裁判所の命で禁じられた例が報告され、驚きを呼んでいた。
 しかし、どの国にも、その国で生まれた幸福と、その国で生まれた不幸、どちらもある。どちらの一面だけでも判断はできないし、してはならない。それはドイツだろうが、例えばスウェーデンだろうが、マレーシアだろうが、ケニアだろうが、日本だろうが同じである。「ドイツに生まれなくて…」という感想に接した時にふと、ハダマーで会ったドイツ人親子のことを思いだした。
 ハダマー精神病院の資料室には後日、オランダから出直した。ドイツ語での説明だが、充実していることだけはわかった。火曜日から木曜日の9時から16時まで、第1日曜日は11時から16時まで開いている。名称と住所電話番号は次の通り。
 Gedenkstatte Hadamar
 Monchberg 8, 65589 hadamar
 tel. +49-(0)6-433-9170
 (訪問される場合は事前に要確認)

著者ギャラファー
 同書の著者のギャラファーに関して紹介したい。興味深い経歴の持ち主である。自らがポリオの後遺症で車いすを使うギャラファーはジョンソン大統領のホワイトハウスや、民主党上院議員のスタッフを務めた経験を持っていて現在は著作に専念している。他の主著にはフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領がいかにして自らの障害を隠していたかを描いた〝FDR’s Splendid Deception〟(1985,Dodd, Mead & Co; 1994 revised Vandamere)がある。同大統領は自分がいつも車いすを使っていたことを大統領の権威を使って、国民の目から隠していた。ホワイトハウスの車いす用のスロープは同大統領の死後ただちに撤去された。同大統領が自らの障害を国民に明かすことは政治生命を脅かしたことだろう。歴史の「もし」は無意味かもしれないが、「もし」それができていれば、米国の身体障害者のアクセスは格段に進んでいたにちがいない。
 ギャラファーは1998(平成10)年に入ってからも〝Black Bird Fly Away〟という障害者としての自らの体験をつづった本を著している。以前は外交問題に関する本なども出し、ピューリツアー賞の候補ともなったギャラファーだが、ここ15年以上は障害の問題に没頭している。障害の分野での思索の深さに対して、ヘンリー・ベッツ賞という賞も得ている。ギャラファーの障害分野での業績は、障害を社会、文化の視点から考える障害学(ディスアビリティ・スタディーズ)の重要な一環とされている。
 ギャラファーがT4計画にめぐりあったのは、治療や医学という視点からではなく、社会的な視点から障害、障害者の歴史を考えた時だった。障害者に関する歴史の記述をほとんど見つけられなかったギャラファーの目にT4計画がとまったのである。
 米国の首都ワシントンのホロコースト博物館には小さいながらT4計画に関する展示もある。これはギャラファーの協力を得ている。ホロコーストの最大の被害者であるユダヤ人以外にも、障害者をはじめ目配りがきいてきているのが展示からわかる。
 なお、ギャラリーから紹介してもらった英国の〝Selling Murder〟というドキュメンタリーがある。これはT4計画を推進するためにつくられたが、現在は失われてしまったナチスドイツの宣伝映画を復元したものである。本書に関して講演を頼まれる時などに、このビデオを紹介しているが、どこか日本の放送局が日本語の字幕、吹き替えで放送してくれないかと期待していることをつけ加えたい。

「人間よ、人間に敬意を」
 他人の生命の価値を測ろうとする際に何が起こるのか、ドイツで起こったことは恐ろしい教訓である。しかし、それは昔のドイツだから起こったことではない。本書を翻訳したことで私が学んだのは、ナチスドイツで最悪の結果をもらたした思想は、歴史的にドイツに限られるのではないし、現在も命脈をしっかりと保っていることである。
 優生学だけを考えても、米国がリーダーだったわけだし、福祉国家で知られる北欧諸国もドイツより先行していた。そして、例えば第2次世界大戦中に中立を保ったスウェーデンで戦後も障害者の断種・不妊手術が70年代半ばまで継続した理由の1つが、戦争中の残虐行為で「手が汚れていない」意識だったとスウェーデンの研究者が発現しているのを耳にすると、問題の微妙さを痛感させられる。もちいろん、日本が1996(平成8)年まで優生保護法を持っていたことも忘れられない。
 「障害者が生きることを否定する力」は歴史のなかや、ナチスドイツという特定の場だけではなく、私たちのほんの身近にある。日本で後を絶たない、親による障害者殺しもその一例である。この力は私たち〜障害者、非障害者を問わず〜の内部にも身を隠している。さまざまな生殖技術の発展により、選択を迫られる時代に、この力の存在を意識することは、いっそう欠かせない。障害者が生きることをどう考えるのかは、障害者問題の出発点であり、原点である。
 本誌の読者には、地域の活動で実際に精神障害者と接している方も多いと思う。T4計画が恐ろしいのは、精神障害者と身近にいた医療関係者の多くがT4計画にほとんど抵抗することなく、精神障害者をガス室に送っていたことである。ある意味で、身近にいることは偏見や差別を強化するのである。職業や活動として現場に身を投じることが尊いのではない。その場の実践で何ができるかこそが問われる。それは現代の日本で障害者に接する者にとっても同じである。
 障害者が生きられる社会、障害者がきちんとしたサービスを受けられる社会をつくることは、T4計画のような歴史を思う時、非常に意味がある取り組みである。本誌の読者が〈歴史的取り組み〉の当事者であることを本当に心強く思う。
 「人間よ、人間に敬意を」というハダマーの丘の記念碑の言葉の意味を考えることの大切さは、悲しいことに現在の日本でも少しも変わっていないのである。
(季刊 地域精神保健福祉情報「REVIEW」1999 No.26)

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