[CML 038129] 「白」=善、勝利、 真実、「黒」=悪、敗北、虚構、「黄色」=臆病、 反逆者


[CML 038129] 「白」=善、勝利、 真実、「黒」=悪、敗北、虚構、「黄色」=臆病、 反逆者
2015/6/27(土) 午前 6:49
http://blogs.yahoo.co.jp/henatyokokakumei/39809533.html


[CML 038129] 「白」=善、勝利、 真実、「黒」=悪、敗北、虚構、「黄色」=臆病、 反逆者

2015年 6月 26日 (金) 10:12:54 JST

http://list.jca.apc.org/public/cml/2015-June/038277.html


檜原転石です。

安倍晋三のやり方をみていても、「分断して統治せよ!」を実行していることは分かると思いますが、彼が歴史修正主義者であることは実は都合がよく、当然歴史について彼がデタラメを言うと、すぐさま中国・韓国などが反発します。しかし日本低国民といえば、書店に平積みされているトンデモ本で明白なように、安倍晋三並の歴史修正主義者に洗脳されていますからアジアの反発に不当にも反発してしまいます。そう貧民右翼は短絡し敵を外部に見つけて攻撃し、怒りの標的は本当の敵には向かいません。日本の今とは、この状況を大喜びする安倍晋三がいるという図式です。

言うまでもなく、敵を外部に見つけて攻撃する時にはある種の「選民意識」が働きますから、外部攻撃する貧民は容易に人種主義と親和します。今現在、日本には差別扇動表現を繰り返す珍奇な犯罪集団がいて、一方にはトンデモ和製英語「ブラック」を駆使する労働運動があります。同時に米国では黒人が警察にあっさり射殺される事件が続発し、教会の黒人9人を射殺する憎悪犯罪も起きました。

というわけで、「人種」の非科学または色についての非科学と偏見、および米国の奴隷制の案出などについて、以下の記事を紹介しておきます。

「人種」などという非科学にとらわれる人間は愚劣ですが、愚劣ゆえに強欲連中に利用されるわけで、私たちが色に価値を持ち込む非科学の愚劣を日々繰り返していると、そこを連中につけ込まれるのは目に見えています。


▼『人種概念の普遍性を問う 西洋的パラダイムを超えて』竹沢泰子・編、 人文書院

頁163──(『北米における人種イデオロギー』オードリー・スメドリー、山下淑美・訳)
 1619年、「20有余人」のアフリカ人がオランダ船によってヴァージニア植民地に運ばれてきた。その大部分がスペインやポルトガル名を持っていたが、それから察するに、彼らはヨーロッパあるいは中・南米におけるラテン諸国(スペイン・ポルトガル)の領土からやってきた、すでにヨーロッパ文化になじんだ人々であった。以後、毎年少数のアフリカ人が植民地に連れてこられ、世紀半ばごろには彼らに対する需要はさらに拡大し始めた。ヨーロッパでそうであったように、初期のアフリカ人たちは概してヨーロッパの貧民と同じ扱いを受け、既存の労働システムに組み入れられた。もし生き延びれば、お金で自由を買うことも、また別の方法で自由の身になることもできた。なかには熟練職人や専門家として独立し、企業家となる者もいた。いったん自由の身になると、彼らは財産を手に入れ、それを所有した。白人とまったく同様に、野心的、攻撃的になり、しばしば手に負えないほど強烈に競争心を燃やし反抗的になる者さえいた。個人で何百エーカーもの土地を所有し経営した黒人も多く、黒人、ヨーロッパ人、インディアンなどを交えた10数人あるいはそれ以上の奉公人や奴隷を所有する者もいた。向上心のある者たちは市民から尊敬され、他の資産家と同等の扱いを受けた。
 この民族誌的事実は、初期植民地についての最近の歴史学研究において十分な裏づけを与えられており、このようなアフリカ人たちが、社会システムに受け入れられ十分に参加しただけでなく、皮膚の色ゆえに市民的ないし社会的な障害に出逢うことは一切なかったことを示唆している。なかには勤勉さと蓄積した富ゆえに尊敬され、「農園主」と呼ばれる者さえあり、税金を払い・・・

頁165──

 17世紀までには、植民地は紛争状態に入り、社会というアリーナのなかに、我々はある重要な変化の始まりを見ることになる。多数の貧民と、インディアンの所有地以外のすべての土地をわがものとしていた少数の貪欲な古い入植者とのあいだに、大きな階級紛争が起こっていた。もっとも有名なものは1676年のナサニエル・ベーコンをリーダーとする反乱で、その反乱では植民地人口の約4万のうち8千人もの白人、黒人、ムラート(引用者注:白人と黒人の「混血児」)、インディアンら、若く貧しく土地を持たない男たちが団結し、エリート支配層に対して立ち上がった。ここでは詳細に立ち入ることはできないが、この反乱の結果、貧民を分断し、さらなる反乱を防止するための戦略が、植民地の指導者たちによって案出されることになった。



▼竹沢泰子「人種とは何か考える」
http://oldwww.zinbun.kyoto-u.ac.jp/conference/nhk.html

Q3 科学的とされてきた人種という考え方も、当初からヨーロッパというか、キ リスト教的な考え方に影響を受けているものなのですね? 

A3 ヨーロッパ人を白色人種と呼んだり、白い肌が美しいとする考えは、元来極めてユダヤ=キリスト教文化圏の伝統に支配された考え方だと思います。ユダヤ=キリスト教文化圏では旧約聖書にあるように白を光、黒を闇として、善である白い色を自分たちの色に当てはめたわけです。

▼創られた「人種」
竹沢泰子
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/19/7/19_7_80/_pdf …

「白色人種」「黄色人種」「黒色人種」といった「色」にも、ユダヤ-キリスト教圏の伝統的価値観が深く刻まれている。「白」=善、勝利、真実、黒」=悪、 敗北、虚構、「黄色」=臆病、反逆者などである。

▼『人種概念の普遍性を問う 西洋的パラダイムを超えて』竹沢泰子・編、 人文書院


頁58──

 ・・・ブルーメンバッハ自身は、人類はひとつの種であり、そのあいだに明確な境界線は引けないと強調しているにもかかわらず、モートンは固定性や確固たる差異を含意する「人種」へと変形したのであった。彼が脳の容量の数値差でもって証明したはずの、白人を頂点とし黒人を底辺とする人種間のちがいが、じつは無意識的・意識的な「測りまちがい」によって捏造され誇張された差異にすぎなかったことは、S・グールドによって暴かれているとおりである(グールド1989)。その数々の頭骨に関する研究は、彼の生きた時代的文脈のなかで、身体、能力、性格における黒人の劣性を科学的に裏づけるものとして、奴隷制擁護論者によって、また人種隔離政策において消費されていったのであった。

▼『人間の測りまちがい 差別の科学史(上・下)』スティーブン・J・グールド(著)河出文庫

http://www.webdoku.jp/shinkan/0808/b_05.html

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