創られた「人種」

創られた「人種」
2015/6/20(土) 午後 8:20
http://blogs.yahoo.co.jp/henatyokokakumei/39797298.html



特集3 ◆中等教育でまなぶ「人種」「民族」とヒトの多様性
創られた「人種」
竹沢泰子]
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/19/7/19_7_80/_pdf

「ヒトの多様性」は、前掲の徳永論文や瀬口
論文でも明らかにされたように、すべての身体
特質がひとつのまとまりをなすことを含意する
「人種」という概念では説明できない。それでは、
「人種」や「コーカソイド」「黄色人種」などの
用語は中等教育において扱われない方がよいの
だろうか。筆者は、それらの回避は問題の解決
につながらず、むしろさまざまな歴史上の出来
事や現代社会の不平等を理解するうえできわめ
て重要な概念であり、より積極的に中高生に学
んでもらう必要があると考えている。以下、日
本に関して重要であると思われる点をいくつか
挙げることにする。
「コーカソイド」という言葉は、旧約聖書と
深いつながりをもっている。18世紀末、啓蒙時
代のドイツ人ヨハン・ブルーメンバッハが、コー
カサス山脈近くのアララト山で見つかった一つ
の頭蓋骨をもとに、ヨーロッパ人の総称として
「コーカシア」と命名したのがその由来である。
なぜ彼は、ヨーロッパの中心から離れたコーカ
サス山脈の名前を選んだのだろうか。実はアラ
ラト山は、旧約聖書の「創世記」に登場する、
ノアの箱舟が漂着したとされる聖なる地なので
ある。
「モンゴロイド」という言葉も問題を孕んで
いる。そもそもこの言葉は、ヨーロッパを度々
脅かしたモンゴル帝国の名に由来している。そ
の後長く、東アジアの人々と顔つきが似ている
としてダウン症の人々を指す言葉として使用さ
れていたが、今日欧米においては、一般に差別
語であると認識されている。一例として、ロン
ドン・オリンピックにおいて、スイスのサッカー
選手が、ツィッターで韓国人選手らを「モンゴ
ロイド」と呼び侮辱発言をしたとして、選手団
から追放された事件が想起される。
「白色人種」「黄色人種」「黒色人種」といっ
た「色」にも、ユダヤ-キリスト教圏の伝統的
価値観が深く刻まれている。「白」=善、勝利、
真実、「黒」=悪、敗北、虚構、「黄色」=臆病、
反逆者などである。数十年前の日米学生を対象
とした調査では、「黄色」のイメージが日米間
で大きく異なることが明らかにされている。欧
米では、そもそもユダヤ人が着せられた衣服に
象徴されるように、「黄色」は否定的な意味を
伴う。しかも、ブルーメンバッハは、「黄色/
褐色」でもってインドや西アジアの人々を指し
ていたのであり、日本人や他の東アジアの人々
が「黄色人種」の代名詞となったのは、19世紀
後半以後と、歴史的には比較的浅い。すなわち
中国人の世界各地への大量移住、それに続く北
米での日本人移民の急増、そして日露戦争にお
ける日本の勝利──こうした出来事の積み重な
りによって、米国西海岸を中心に激しい「黄禍
論」が唱えられるようになった。かつて来日し
た宣教師たちが「白い」と形容した日本人は、
こうして「黄色」になったのである。
日本が脱亜入欧を断念し、大東亜共栄圏への
道へと舵を切った背景として、1919年のパリ講
和会議が大きな影を落としたと言われている。
当時、米国の西海岸では、排日土地法や排日漁
業法など、日本人移民を標的とした人種差別的
法案が次々と通過していた。国際的世論を高め
ることで打破をはかろうとしていた日本は、国
際連盟規約に人種差別撤廃条項を盛り込むこと
を提案する。しかし、他国からの賛成票が多かっ
たにもかかわらず、議長国アメリカの強い反対
を受けた後、大きな挫折を味わうことになる。
他方、日本を苦しめ続けた欧米流の人種間ヒ
エラルキーを、日本はアジアの近隣諸国に対し
て当てはめることになる。白色人種から有色人
種を守るという大義名分でもって、自らをヒエ
ラルキーの頂点におき、近隣国の植民地支配を
正当化していったのである。こうした過程にお
いて、地理の教科書における人種をめぐる記述
は大きな変遷を見せるが、それについては別の
機会に譲ることとする。
それでは、人種という概念や人種分類は日本
でどのように受容され、地理教育のなかに組み
込まれるようになったのだろうか。
「人種」という言葉は、『神道集』(1358年頃)
を含めて、古くから「人類のたね」という意味
で日本語のなかに存在していた。人種分類の諸
説は、蘭学・宣教師を通して江戸末期までに日
本に導入されていたが、誰がいつ最初に「人種」
という訳語をあてはめたのかは不明である。体
系的に紹介した書物としてはおそらく渡辺崋山
の『慎機論』(1838年)が最初であろう。「一地
球の中、人種四種に分り」として、「人種」と
いう訳語を用い、「モンゴルMongolian」「カウ
カスCaucasian」など、明らかにドイツ人人類
学者ヨハン・ブルーメンバッハの影響が認めら
れる。
明治維新の直後は、ともに大ベストセラーと
なった福澤諭吉の『世界國盡』(明治2年)や
内田正雄による『輿地誌略』(明治3年)が教
科書代わりに用いられた。『世界國盡』は、「福
澤諭吉訳述0 0 」と記されていることからもわかる
ように、欧米のいくつかの地理書を原典として
いる。文部省は、明治7年になって『萬国地誌略』
(全3冊)を教科書として用意した。人種に関
する記述の手引きの一つとされたのは、イギ
リスのチャンバーズ兄弟が記したChambers's
Information for the People の‘Race’に関わる部
分を秋山恒太郎が翻訳し、文部省が出版した『百
科全書 人種篇』(明治7年)であった。同書では、
J.ブルーメンバッハ、G.キュビエ、J.プリチャー
ド、D.ブリントンといった、当時の人種学の
代表的な学者の議論が参照されている。明治初
期の外国地理の教科書において、人種分類はそ
れぞれの人々の特徴や暮らしぶりとともに、最
も大きな比重を占めていた。海外のどの地域に
どのような外見の人々がどのくらいの数存在す
るのかに大きな関心が払われていた様子が窺え
る。
これらの地理書や地理の教科書において、英
語の‘race’やドイツ語の‘rasse’等の訳語として
は、個別の人種名には、「蒙古種」のように、「〜
種」や「〜種族」が充てられる場合があったが、
総称として用いられる場合は、ほぼ必ず「人種」
が用いられた。
それでは現代の教科書において、人種はどの
ように記述されているのだろうか。現在は地理
だけでなく世界史でも扱われている。以下はそ
の一部である。
 ◦人種でみると、北アフリカはほとんどの
人々がコーカソイド、中南アフリカはほと
んどがネグロイド、マダガスカルはほと
んどがモンゴロイドである。(地理B、N社)
 ◦人種は、人類を皮膚の色・毛髪・目の色な
どの生物学的特徴で分類するもので、モ
ンゴロイド(黄色人種)・コーカソイド(白
色人種)・ネグロイド(黒色人種)などが
ある。民族は、言語・社会生活・習慣など
文化的特徴を共有するとされる集団であ
る。しかしこれらの分類は、ときに政治的・
社会的に悪用されることもある。(世界史
B、G社)
 ◦人種による分類とは、身長・頭の形・皮膚
の色・毛髪といった身体の特徴によって、
人類をおおむね白色人種・黄色人種・黒色
人種にわけようとする考え方である。この
ような人種の違いを優劣と結びつける考
えは、19世紀以来ヨーロッパやアメリカ
で盛んになった。しかし今日では、人類
を人種によって分類したり、人種間に優
劣の差があると考えることには、科学的
根拠がないとされている。(世界史B、Y社)
このように、人種分類に科学的根拠がない
ことを明記したものもあるが、「コーカソイド」
や「モンゴロイド」のように、先述のようなさ
まざまな問題を孕み、幕末にまで遡る用語を今
も使い続けている教科書がいくつも存在するの
である。
趣旨説明でも述べたように、昨今、日本国内
においても人種差別はよりいっそう身近な問題
となっている。「人種差別」は、南アフリカの
アパルトヘイトやアメリカ合衆国の黒人差別と
いった、対岸の火事ではない。教員個人によっ
て前向きな取り組みがなされている場合も多い
が、新しい研究成果と現実社会の課題をより体
系的に中等教育に反映する取り組みが求められ
る。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

檜原転石

Author:檜原転石
FC2ブログへようこそ!

世の中は無名の一人でも変えられる

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR