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病名には多くの偏見がくっついている

病名には多くの偏見がくっついている
2013/8/18(日) 午前 8:03

 私はたびたび「言葉狩り言葉生み」の例として「精神分裂病→統合失調症」を取り上げているが、差別語としての分裂病という言葉は、小学生時代にある上級生がそのように使用していたから、その言葉には鮮明な記憶がある。また病名がまだ「精神分裂病」の時代に起きた、病気の機長が起こした飛行機事故では「逆噴射」という言葉も病名との相乗効果も手伝ってか、差別語、嘲笑語、侮蔑語の雰囲気で使われていた記憶もある。もちろん弱い者イジメが本分の現在は原子炉のそばにいるはずのビートたけしも「逆噴射」ギャグを連発していた。かように身もふたもなく、人からは近寄りがたいと感ぜられる病名は、病気で苦しむ人への想像さえも拒否して病気への偏見をさらに増幅させていくのである。

 以下に、病名の変更についての田中克彦の指摘を引用する。

▼田中克彦『差別語からはいる言語学入門』明石書房、2001年

頁18――

 差別語をめぐる議論にあきあきし、それが不毛だと感じた人たちの口からよく聞かれる意見の一つに、ことばだけとりかえてみても、そのことばが指している現実や事態が変わるわけではないというのがある。
 それは大部分その通りだが、そうではない点もある。というのは、ことばは現実のみならず、人々の意識、精神世界の領域のできごとを描き出そうとする。このことを否定する人はまずいないであろう。この本はまさにその問題ととりくんでみたものであるが、いま身近な例として、病気を指す名のことを考えてみよう。
 病名は、単にある病気を客観的に示すだけでなく、そこには多くの偏見がくっついている。ところが病気は医学の発達によって、それとたたかい、なおす方法が次々に開発されてくる。それによって病気への認識が変わってくれば、より適切な言いかたに変える必要が生まれるだろう。
 こうしてとりかえられたことばが指す病気そのものは依然同じであっても、そこにはより客観的で偏見がなく、そして病気で苦しむ人々に絶望ではなく希望を与えるはたらきがあるとするならば、私たちはもちろん、そのようなニュアンスを持ったことばにとりかえる必要がある。
 このように考えると、ことばのたたかいは、観点――ものの見方のたたかいでもある。

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