『しんぶん赤旗』「読者の広場」宛投稿文

『しんぶん赤旗』「読者の広場」宛投稿文

2013/11/4(月) 午前 7:07


 以下の投稿文は『しんぶん赤旗』「読者の広場」宛投稿文であるが、送付から一ヶ月余を経過したので、そのまま掲載する。もっとも自らのブログなので、いつ掲載しても二重投稿になるはずもないが・・・、一応一ヶ月を目途としている。

▼「読者の広場」宛、投稿文
題名:『White Love』 と「ブラック企業」

 歌手SPEEDの歌『White Love』が流行っている時に、英語を母語とする人から、曲名が『白人の愛』と受け取られるという指摘があった。この文脈でいえば「ブラック企業」は「黒人企業」であり、いうまでもなく米国には「BLACK ENTERPRISE」なる会社もある。
 若者がネットで使い始めたといわれる「ブラック企業」という言葉の「ブラック」は、企業から飛び立ち、「ブラック大学」、「ブラック官庁」、「ブラック市政」など、「ブラック」が「悪」を含意する言葉として解き放たれた。この事態は英語がもともと白人の言語であるという事実の前では、「日本人は名誉白人化を目指しているのか?」とも受け取られかねない惨状なのである。なぜなら、津田幸男が指摘しているように―― 「人間にはもともと、自分や自分の属しているグループには、プラスのレッテルを貼り、他人や他集団――特に敵対していたり、軽蔑、あるいは支配している場合――に対しては、マイナスのレッテルを貼り、差別しようという意識がある・・・」(津田幸男『英語支配とは何か――私の国際言語政策論』明石書店、2003年)からなのだ。すなわち「ブラック」については、再び同書から引用すれば――「‘white’がおおむね「善と公正」を指し示すために使われ、‘black’が、「悪と不正と汚れ」を示すために使われていることと、‘white’が白人を指し、‘black’が黒人をさすということばの使われ方は、任意のものではなく、作為的なものであろう。」というわけだ。
 米国では「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動が公民権運動から派生したが、それはもう半世紀前のことである。私たち日本人が「ブラック」に悪を含意して乱用するのは時代を半世紀前まで退歩させる愚劣である。搾取企業(中国語で同義の血汗工場を借用してもよい)とよべばいいものをわざわざ「ブラック企業」とよんだ「幸せな奴隷たち」(支配言語である英語に支配されていると気づかない人間たち)は公民権運動も「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動も知らなかったのだから、「ブラック」という言葉の氾濫は日本人の知的怠惰の極みの象徴かもしれない。

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