スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

本多勝一の「黒は美しい」と今時の『週刊金曜日』・・・③

▼本多勝一の「黒は美しい」と今時の『週刊金曜日』・・・③
2013/12/26(木) 午後 8:29

 今野晴貴『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書、2012年)が大佛次郎論壇賞を受賞して、今野晴貴が『朝日新聞』に「大佛次郎論壇賞を受賞して」という記事がでていたので、以下欄外にそれを引用しておく。

 さて朝日新聞主催の大佛次郎賞の選考委員も欄外に引用しておく。その中には、あの船橋洋一もいて、彼は今野晴貴の同書と一緒で文芸春秋から『あえて英語公用語論』なる書籍を出している(笑)。まあ賞などいうものはこういうものなので、別にどうでもいいのだが、問題は英語公用論をぶち上げる「幸せな奴隷」(支配言語である英語に支配されていると気づかない人間)である彼は英語が得意のはずのだが、何でトンデモ和製英語「ブラック」に何の反応を示さなかったのが不思議でならない。多分、船橋洋一はただの馬鹿なのだろう。

 大佛次郎賞の主催者である『朝日新聞』には、過去には本多勝一のアメリカ合州国を取材した記事も載っていて、多分「黒は美しい」という革命的文言も載ったはずだが、40年も時は過ぎ、ほとんどの日本人が馬鹿な右翼になった今では、全てが幻である。もっとも本多勝一が編集委員をつとめる『週刊金曜日』でもトンデモ和製英語「ブラック」は氾濫しているわけで、『朝日新聞』も『週刊金曜日』も目くそ鼻くそである。確かに今野晴貴は強欲企業の我利我利亡者に搾取されていた労働者にとっては良い仕事をしたのであろうが、同時にブラックを新たな差別語として解き放ったという良い仕事の功績を遙かに上回る悪い仕事もしてしまったわけで、これでは日本低国の労働運動は世界から孤立するだけだ。そう日本共産党は、日本を名乗っているわけで、その“たこつぼ住まい”が、赤旗のトンデモ和製英語「ブラック」の多用を生んだとも言えるわけで、原発技術を過信して反原発を初期に提示できなかった共産党の失敗がここでも繰り返されたわけだ。だって世界のウラン採掘現場を一度でも想像すれば、原発技術など屁のようなものだとすぐ分かるし、米国の公民権運動やマルコムX、南アのマンデラを重い浮かべるだけでトンデモ和製英語「ブラック」など“使えない言葉”とすぐ分かるはずなのである。さらに強欲企業が企むTPP問題では、ゴロツキ企業、ウソコキ企業、悪徳企業、クソッタレ企業・・・のモンサントが相手である。言うまでもなく米国企業のモンサントにはトンデモ和製英語「ブラック」を使えない。労働者の反撃の言葉ならそれを普遍的に使えなければ無意味である。よって日本低国の労働者は差別語であるトンデモ和製英語「ブラック」を採用してしまい、却って反撃の術を失ってしまったわけだ。

 日本低国でトンデモ和製英語「ブラック」が氾濫する今年、アパルトヘイト(人種隔離政策)に反対したマンデラが死んだ。まったく「間が悪い」とはこのことを言うのだが、日本低国民の感受性が劣化した「知識人」は何も感じないようだ。もっとも日本低国では、石原慎太郎は南アのアパルトヘイト体制のときに「日本・南アフリカ友好議員連盟」の幹事をしていたわけですが、東京都民は差別主義者を熱狂支持したわけで、あるいはまた「閉経した女性が生きていることは罪であり無駄である」とほざいても支持したわけで、もう私の理解を超えています。要するに日本低国民のほとんどが馬鹿な右翼になってしまった現在、どんなトンデモでも起こりうるということなのだろう。

 そして今日、安倍晋三が侵略カルト神社・靖国に参拝した。この神社の意味を日本低国民のほとんどが理解していないというのは奇跡に近いものがあるが、「国のために死んで喜べ!」を拒否できない馬鹿では、奴隷根性から永遠に脱却できないだろう。トンデモ和製英語「ブラック」を使って強欲企業と対峙したであろう若者の労働者もほとんどが馬鹿な右翼であろうから、基本的には奴隷根性の持ち主だろう。奴隷根性は労働者が“反搾取”という言葉を獲得しない限り解放できないとも思われるのだが、そこのところはどうなのだろう?労働者は中国や韓国に搾取されるわけではなく、多くは日本企業の強欲野郎に搾取されているのである。労働者の敵は強欲企業を牛耳る我利我利亡者・守銭奴・利己主義者である。トンデモ和製英語「ブラック」など使っていては敵の本質は何も見えてこないのだ。企業独裁社会では当然強欲の大金持ちが少数者であり、大多数の貧乏人を従順な右翼の労働者にしておくのが一番だ。だって馬鹿右翼は反中国・反韓国が全てだから、それを煽れば外部の敵に血眼になる。内部の敵である強欲野郎には怒りはまず向かわない。もちろん少数が多数を管理するには警察国家が必然なわけで、盗聴・密告は日常となるだろう。というわけで、日本低国民のほとんどが馬鹿な右翼の今、ご存じ馬鹿右翼・安倍晋三はもちろん馬鹿にみえて、いやいや実際も十分馬鹿なのであろうが、内部の敵を覆い隠す深い意図などなくても戦犯岸信介を真似て何でもすれば結果的には企業独裁を目指す戦術になり、こういうのを「機が熟した」というのであろう。

 前置きが長くなりすぎた。さあ「黒は美しい」である。私はこのブログの他にもう一つ、『日本版「黒は美しい(ブラック・イズ・ビューティフル)」運動、2013年末始動』(http://blackisbeautiful2013.blog.fc2.com/)なるブログも始めた。もはや日本でも「黒は美しい」運動を始めなければ、米国の公民権運動も「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動も忘却の彼方である。そういえば林田力というモノカキは図に乗って「ブラック」に対比して「ホワイト」まで使い出した。そう日本低国には名誉白人まで誕生してしまったのである。もちろん少し前まで東京都民はアパルトヘイト国家・南アを支持する名誉白人・石原慎太郎に熱狂した。私たちは小心者の差別主義者に熱狂していて企業独裁目前まで来てしまった。私たちは反撃の言葉を失ってしまった。反撃の言葉がトンデモ和製英語「ブラック」では屁の突っ張りにもならない。何の手助けにもならない。もはや言葉との戦いはトンデモ和製英語「ブラック」の言葉狩りだけでは済まない段階まで来てしまい、「黒は美しい」というものの見方の根本的変革が必要になってきた。

 私たち人類はアフリカで生まれたが、もちろんその肌は黒かった。日本低国民はトンデモ和製英語「ブラック」を多用して自らの遠い祖先を言葉で殺し始めたのである。これは非科学の極みでもあり、天に唾する行為でもある。もちろんトンデモ和製英語「ブラック」を使う人間は地球上の肌の黒い人間すべてを敵にする差別主義者であるのだが、中でも「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動を経験している米国では、黒人が自らの呼称のなかで最も好きなのがブラックなのだから、トンデモ和製英語「ブラック」を使う人間は米国の黒人のほとんどすべてを敵に回すわけである。

 かような島国で、井の中のいて、あるいはたこつぼのなかにいて、世界を見渡すこともせす、歴史を振り返ることもせず、科学を真摯に学ぶこともせず、すべての知性の劣化がこのような恥ずかしい事態を招いたのであるから、私たちはまず言葉にまとわりついた負の遺産の除去から始めなくてはならない。日本にはもともと黒にまつわるマイナスイメージをもった言葉は少ないが、それでもそれらを検証すべきだろう。また日本低国民は英語帝国主義によって押しつけられた白人英語によって黒のマイナスイメージを日々叩きこまれているので、その種の言葉の検証も必要だろう。

 アパルトヘイトと戦ったマンデラの死んだ年に、日本低国ではトンデモ和製英語「ブラック」が氾濫したという恥辱をはらさねば、私たちは世界から徹底的に馬鹿にされるだろう。アジア人からバナナ人と揶揄されていた日本低国民はまたしても名誉白人化をめざし始めたわけだから、まずはトンデモ和製英語「ブラック」の言葉狩りを成功させなければならない。これと付随して、黒にまつわる非科学のすべてを検証して、黒というものに対する見方の変革を成し遂げなければならない。もちろん警察用語の黒白も検証の最優先課題である。日本低国が警察国家の入り口にいる今こそ、その単純二分法は徹底的に批判されなければならない。

 差別語は人間の進歩とともに日々発見される。非科学、無知・偏見・差別が横行していた過去の言葉にはそれらすべてがへばりついている。よって差別語発見は人間の進歩の証明であり、すなわち差別語の言葉狩りは良いことなのである。いうまでなくすべての色のそれぞれに価値の高低があるわけではない。よって日本版「黒は美しい(ブラック・イズ・ビューティフル)」運動はその基準点に戻る運動である。

 最後に本多勝一の「黒は美しい」を『アメリカ合州国』から引用して、本稿を終える。


▼本多勝一『アメリカ合州国』朝日文庫、1981年

南部の旅

「黒人国」めぐり

Ⅴ 「黒は美しい」

頁169――

 ひとつの民族が、抑圧され、差別され、植民地化され、奴隷化されていく課程の中で、恐らく最後を飾るのは、美意識の奴隷化に象徴される精神の奴隷化であろう。かつてカナダの北極圏にエスキモーの小部落を訪ねたとき、地理的な意味では完全に侵略され、占領されつくしたはずのこの民族が、「美女」の定義に示された美意識においては、まだほとんど隷属化がすすんでいないことを知った(拙著『カナダ=エスキモー』参照)。この意味では、むしろ日本人の場合の方が植民地化がすすんでいる。新聞に出るデパートの広告の、写真ではなく絵の場合、人間の顔はほとんど必ずヨーロッパ系であり、少年雑誌の漫画の主人公は、ヨーロッパに傾斜した混血じみた顔がステレオタイプとなっている。「彫りが深い」顔(この表現自体がすでに中立的ではない)は平面的な顔より「高級」で「美的」なことを意味することになってしまったのは、いつからだろうか。最近は「毛深い」ことも「良いこと」になったようだから、アイヌは苦笑しているであろう。よく指摘されるように、「日本人ばなれ」という表現は褒め言葉であって、それは即ち「外国人に近い」ことを意味し、外国人とは即ちガイジン(外人)であって、決して朝鮮人やベトナム人、つまり日本人と近縁のアジア人は意味せず、ヨーロッパ人およびアメリカの中での白人のみを意味する。
 アメリカの黒人は、むろんこの点でも徹底的に奴隷化されていた。アメリカ合州国という社会が、その建国・富国の歴史はもちろん、すべての機構・制度・価値観において、黒人のためではなく、白人(正確には一部の白人)のために都合よくできていることを知り、目醒めたとき、彼らはこの美意識の転覆作業にまで思い到った。
「黒は美しい」(black is beautiful)
 という言葉に象徴されたこの作業は、ある意味では黒豹党員たちがモットーにしている「すべての権力を人民に」(All power to the people)以上にラディカルな運動かもしれない。かつては、黒人に対して「黒」(black)と呼べば侮蔑であり、「色のついた人」(coloured)と呼べば鄭重なのであった。思えばこのほうがはるかに本質的に侮辱的なのだが、精神まで奴隷化されている間は、それに気付かぬか、気付いても「気付いたぞ!」と叫ぶことができないのだ。アイヌ(「人間」の意)は現在もこの段階にある(あらせられている)ので、アイヌと呼ばれることを極度に嫌う[注1]。
 黒人たちのこの作業の一例として、ある黒人女性が黒人の子供のために最近出版した『黒は美しい』という写真文集[注2]を紹介しよう。アン=マックガヴァンというその著者がこの本の刊行を思い立ったのは、キング牧師暗殺の翌日、ニューヨークのセントラル公園で自然発生的に行われた追悼集会に臨んでいたときであった。・・・以下略

(引用者注:以下は写真文集『黒は美しい』の文章を本多勝一が引用したもの。引用部は[、]で囲った。)

・・・

[黒は美しい。
朝です。黒い小鳥が歌っています。]

と書かれ、
・・・

[お池を静かに泳いでいるのは
黒鳥(ブラックスワン)です。
お池のむこうの草かげには
黒いコオロギがかくれています。
黒は美しい。]

 と書かれ、・・・

[夜の黒い空のもとであればこそ
ホタルも美しく目立つのです。]

 と説明する。・・・

[人目につかない階段の上で
黒いすかし模様
黒い顔。
黒は美しい。]




[注1] 171ページ アイヌ民族の中にはその後急速に意識革命が進行し、「アイヌ」を公然と、かつ誇りをもって自称するアイヌたちが現れた。アメリカ先住民の場合と同様、これには黒人を中心とする第3世界の復権運動の巨大な歴史的大波も強く影響している。


★欄外

▼『朝日新聞』2013/12/24――

「大佛次郎論壇賞を受賞して」「ブラック企業」今野晴貴

 『ブラック企業』にはどんな意義があったのだろうか。
 第一に、「ブラック企業」というインターネットのスラング(悪口)に過ぎなかった言葉の広がりを、「社会問題」として提起したことだろう。「ブラック企業」とは、若者を正社員として採用しながら、次々に過重労働で使い潰し、鬱病・過労自殺・過労死に追い込むような企業を指している。この認識は、現在では厚生労働省にも共有され、対策も打ち出されているが、本書がはじめて提示した理解である。
 そして、若者の「使い潰し」は鬱病の蔓延、医療費の増加、税収の減少、少子化をも招いている。私はたまたまひどい経営者がいるというような、「悲惨な物語」ではなく、事実の集積とその分析によって、個人の被害にとどまらない「社会問題」としてのブラック企業問題を明らかにしたかった。
 ・・・(中略)・・・

 第二に、若手NPOが現場から、政治・政策に影響を与えたことだ。ブラック企業問題は、「若者の甘え」だとも言われていた。長時間労働やパワーハラスメントも、「若者の受け止め方が過剰なのだ」と言われた。しかし、同書の刊行後、参議院選挙の争点となり、国も対策を打ち出した。現場からの発信で、わずかながら政治や政策の在り方に影響を与えることができたと思う。・・・(以下略)

▼大佛次郎賞 選考委員
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E4%BD%9B%E6%AC%A1%E9%83%8E%E8%B3%9E

第38回(引用者注:2011年)から 池内了、井波律子、川本三郎、佐伯一麦、船橋洋一、鷲田清一


▼大佛次郎論壇賞
http://www.asahi.com/shimbun/award/osaragi/


第12回(2012年)
大島堅一 『原発のコスト――エネルギー転換への視点』(岩波新書)
第11回(2011年)
服部龍二 『日中国交正常化――田中角栄、大平正芳、官僚たちの挑戦』(中公新書)
第10回(2010年)
竹中治堅 『参議院とは何か 1947~2010』(中公叢書)
第9回(2009年)
広井良典 『コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来』(ちくま新書)
第8回(2008年)
湯浅誠 『反貧困――「すべり台社会」からの脱出』(岩波新書)
第7回(2007年)
朴裕河 『和解のために』(平凡社)
第6回(2006年)
岩下明裕 『北方領土問題 4でも0でも、2でもなく』(中公新書)
〈奨励賞〉本田由紀 『多元化する「能力」と日本社会 ハイパー・メリトクラシー化のなかで』(NTT出版)
第5回(2005年)
中島岳志 『中村屋のボース インド独立運動と近代日本のアジア主義』(白水社)
第4回(2004年)
ケネス・ルオフ 『国民の天皇――戦後日本の民主主義と天皇制』(共同通信社)
瀧井一博 『文明史のなかの明治憲法――この国のかたちと西洋体験』(講談社)
第3回(2003年)
篠田英朗 『平和構築と法の支配』(創文社)
小熊英二 『〈民主〉と〈愛国〉』(新曜社)
第2回(2002年)
池内恵 『現代アラブの社会思想-終末論とイスラーム主義』(講談社現代新書)
第1回(2001年)
大野健一 『途上国のグローバリゼーション』(東洋経済新報社)
〈奨励賞〉苅谷剛彦 『階層化日本と教育危機』(有信堂)
〈奨励賞〉小林慶一郎・加藤創太 『日本経済の罠』(日本経済新聞社)
〈奨励賞〉ジョン・ダワー 『敗北を抱きしめて』(三浦陽一・高杉忠明・田代泰子訳、岩波書店)
 

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

檜原転石

Author:檜原転石
FC2ブログへようこそ!

世の中は無名の一人でも変えられる

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。