『女性死刑囚』の著者・深笛義也の意見

2013/11/28(木) 午後 6:47

 「埼玉愛犬家連続殺人事件」は共犯者の書いた本が出ているから、その内容がたとえ信用できなくても、ある意味素人が推理しても簡単に分かる事件でもある。主な被疑者は3人しかいないのだから、単独犯を含めて共犯の組み合わせなど、あらゆる選択肢を検証するのも難しくはない。ただし、思い込みや予断があると選択肢のいくつかは考慮外とされるから、間違った評価や判断が出てしまう。

 もしこの事件が裁判員制度のもとで裁かれていたら、“司法取引”が暴露された時点で「検察側の物語」は崩壊すると思うのだが・・・。これが意味するところは、検事と裁判官が共有する「仲間意識」とは違う意識を持っている裁判員ならば裁判官とは違う判断を下すであろうという期待からなのだが。

 “司法取引”は日本ではなじみが薄いので、米国の事例でその運用の実態を把握しておきたい。以下を見れば、無実の人間でも平気でその武器を使って刑務所にぶち込めるということが理解できる。 

★ミラー:冤罪被害者(最初の冤罪被疑者)
★ロット:真犯人(注:ミラーが確保、裁判中も、同種の犯罪が続き、結果逮捕された男。しかしミラーの裁判は継続された。検察は無実と分かっていても検察官を変えて裁判をやっているということ)

▼ジム・ドワイヤー、ピーター・ニューフェルド、バリー・シェック『無実を探せ! イノセンス・プロジェクト DNA鑑定で冤罪を晴らした人々』西村邦雄 翻訳、指宿信 監訳、現代人文社、2009年


頁120――

 ・・・2~3週間後、地区検察局はミラーに対するすべての起訴を取り下げた。裁判は表向きは崩壊していたのだ。しかし地区検察局の決定にはもう一つ隠された要素があった。
 エリオット検事は、命は取り留めた2人の高齢の女性の2件のレイプの罪ですでに40年の刑に服していたロットの弁護士と交渉を進めていた。ロットは2件の殺人で確認された彼の精液を根拠にして、死刑判決が下されそうであった。
 ロットには以下の取引案が示された。もし彼がミラーを犯罪に巻き込むことができるならば――見張り役とか共犯とかで――ロットは刑期が追加されるということはなくなるであろう。検察側は、両殺人に対し、刑の同時執行の宣告(引用者注:複数犯の事件になれば刑の加重が許される順次執行が妥当だが、司法取引によってそうしないという意味か?)なら刑が加重されるに同意するであろう。要するにこれは、通常であれば彼を致死注射に送るところである2件の殺人に対しては放免とする機会を与えるわけで、大変な取引であった。
 「私は奴に確定的終身刑を提示した。つまり奴は30~40年したら出所できて、命も救われるというものだ――もし奴がミラーを指で示しさえすればね」とエリオット検事は言った。「奴は私の事務所のすぐそこんとこに座って、首を横に振ったよ。とにかく、首を横に振ったね」

*****

 真犯人がなぜ“司法取引”を拒否したのか分からないが、確かに世の中にはそういう人間もいたのである。

 さて裁判に「検察側の物語」があるなら、「弁護側の物語」もあるわけだが、ここでは風間博子さんの無実を発言している、あえて命名すれば「人間側の物語」を紹介してみたい。その人物は『女性死刑囚』の著者である深笛義也である。以下は、ブログ「横板に雨垂れ」さんの彼に関する記事――

▼横板に雨垂れ
風間博子さんのこと、死刑制度・死刑執行のこと
http://yokoita.blog58.fc2.com/blog-entry-186.html

    1
昨年の11月、「女性死刑囚」(鹿砦社)という本が出版され、「埼玉愛犬家連続殺人事件」で2009年に死刑が確定した風間博子さんも「女性死刑囚」の一人として取り上げられている。著者は深笛義也という人で、この本の〔著者紹介〕によると、氏はこれまで種々の事件について週刊新潮などの雑誌に取材記事を書いてこられた人だということである。男性死刑囚の総数は戦後750名を超えているが、女性の場合はこの本の執筆時点では13名(その後1名増え、2011年末時点では14名)だという。 この本は目次もふくめてA5版の全141頁で、そのなかに13名すべての女性死刑囚についての叙述がなされているので、紙幅の制約上、風間さんの事件について詳細な検証がなされているとは言い難いが、ただ著者はこの本の執筆のために埼玉愛犬家殺人事件の裁判記録を読み込み、その結果、風間さんについて無実の確信をもったと述べている。 該当部分は以下のとおりである。

「和歌山毒物カレー事件の林眞須美、埼玉愛犬家殺人事件の風間博子には、確たる証拠もなく死刑が言い渡されている。いわゆる状況証拠による判決。だが彼女たちを取り巻い ていた状況をつぶさに見ていくと、むしろ彼女たち二人が無実であることが雄弁に語られているのだ。理知的に物事を捉えられる者には、それが見えるだろう。裁判官も同様の はずだ。だが真実に従って無罪判決を下せば、指弾されるべき捜査の過程が白日の下にさらされてしまう。それを避けるために、無実の者を死刑台に送ろうというのだ。」 (「はじめに」p5)

「女性死刑囚人ーー。この5文字のかもしだす、不思議な語感に惹かれて、書き出した。和歌山毒物カレー事件の林眞須美と、埼玉愛犬家殺人事件の風間博子は無実。公判裁判をくり返し読み込んで、それは確信を持って言えることだが、この本は声高に冤罪を叫ぶものではない。死刑という制度の是非を問うものでもない。 (「おわりに」p139)

刊行されたばかりの本なので引用はできるだけ控えたほうがいいと思うのだが、あえて上の文章を引用させていただいたのは、新聞、雑誌、書籍などの紙媒体で風間博子さんに対して「無実」(この「無実」は死刑判決の根拠である「殺人の共謀・実行」に関してである。)という明快な指摘がなされたのは初めてではないかと思われたからである。実際、風間さんの判決文では一・二審ともにどれだけ膨大な数に上る人間の経験則に反し、現実に反し、そして証拠に反した摩訶不思議な事実認定がなされていることだろう。読みながらいたるところで驚きあきれ、 暗澹とし、時には怒りを抑えきれなくなったりするのである。このような不公正な判決が、それもあらゆる裁判のなかで最大限の慎重さ・丁寧さが要求されていることが疑えない死刑事案において下されているというのに、司法の世界ではほとんど問題にもされていないようなのだ。これは何としても許されないことである。深笛氏には今後もできれば引き続きの取材を期待したい。それから、風間さんは現在控訴審以来の弁護人とともに再審請求に向けて準備中とのことである。

******

 ところで、私が「O・J・シンプソン事件」を以前持ち出した理由の一つには、風間博子さんもまた虐待の被害者であったという事実があったからである。というわけで、以前の記事――【関係のある数字は、妻に暴力を振るう男が妻を殺してしまう確率(2500分の1)、ではなく、虐待されていた妻がその虐待者により殺された確率だ。1993年における『合衆国ならびにその領土に対する統一犯罪統計報告書』にしたがって、ダーショウウィッツ(あるいは検察側)が取り上げるべきだった確率は以下の確率だ。1993年に合衆国で殺害された虐待されていた全女性のうち、およそ90パーセントはその虐待者によって殺された。(レナード・ムロディナウ 『たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する』 田中 三彦/翻訳、 ダイヤモンド社 、2009/9/17)】などは実に興味深いわけだ。冤罪死刑囚・風間博子さんがこのまま殺されてしまうという事態に際して、「殺された虐待されていた全女性のうち、およそ90%はその虐待者によって殺された」から拡大解釈すれば、当の虐待者が拘置所にいる以上、残り10%の中の極めて稀な集合要素である国家殺人を行使・許容する虐待者(司法・死刑支持派)によって風間博子さんは殺されてしまったということにもなる。 

 DVを扱ったNHKドラマ『シングルマザーズ』を見たが、被害者にはなかなか出口が見つからないものだ。主演・沢口靖子の演技があまりに真に迫っていて、北原みのりなどは彼女をほめていたが、現実があの通りなのだろうということだ。よって逃げ場所を求めている風間博子さんにとって離婚は、「偽装離婚」と言われようと他に何を言われようとも、それは虐待被害者である彼女の出口なのである。

 以下は、深笛義也の意見である。

▼深笛義也『女性死刑囚  十三人の黒い履歴書』(鹿砦社、2011年)

頁123――

 夫からの暴行のおそれがある場合、夫には偽装離婚だと納得させて籍を抜き、それからしだいに遠ざかっていく、というのはよく採られる方法だ。その場合、暴力を避けるために夫に従うことがままあることも、ドメスティックバイオレンスへの対処としては当然ある。裁判官はそのような世情を知らないのだろうか。

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 DVの出口からの行き先が冤罪死刑囚として拘置所であった風間博子さんが今求めている出口は、言うまでもなく再審請求が認められ無罪になって拘置所から社会へ出る扉である。

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