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冤罪死刑囚・風間博子さんについて  ①

2013/11/24(日) 午後 8:41

 お盆の来客のための部屋整理で書籍類はいったんは違う部屋に移動させるために、いつも本捜しには苦労する。そういうわけで、文庫だし、志摩永幸『愛犬家殺人事件』(角川文庫、2000年)を捜し出すのにはずいぶん苦労した。「埼玉愛犬家殺人事件」の関係者のひとり山崎永幸は服役後新潮社より『共犯者』を刊行したが、文庫化に際して書名も名前も変えたわけである。また「埼玉愛犬家連続殺人事件」を語る場合にもうひとりの重要人物がいるが、その名は検事・岩橋義明である。

 「釣り合いをとるためには、死刑に処せられる犯罪人は、自分の犠牲者に、あらかじめ恐るべき死を強制する日を予告し、そのとき以後、相手を何ヶ月もの間、自分の意のままに監禁しつづけた人間でなければならないだろう。そこまで極悪非道な人間は、通常は見られない。(『ギロチン』アルベール・カミュより、注:『死の影の谷間から』ムミア・アブ=ジャマール/今井恭平訳/現代人文社より孫引き)。こう書くと、即決裁判、即日処刑を主張する馬鹿が必ず現れるものだ。即決処刑なら、映画『白バラの祈り』で描かれたように、即決裁判の当日の5時に死刑は執行されたのだが、しかしそれさえも一部の死刑支持の被害者からは、ナチスは「惨めに命乞いをさせ、最大の屈辱を与え、最大の苦痛を与えた上で」の処刑はしなかったことで批判される可能性さえあるのである。このように、私たちは光市母子殺害事件関連で被害者遺族の声をすべて受け容れ、死刑制度のすべての残酷を許容したのである。一定の被害者の声を汲めばタリバン方式の処刑であり、死刑執行前の残虐な「日常的な死刑」を避けると即決処刑のナチスにしかならない。多少進歩した社会ではその種の野蛮はあり得ないのですが、メディア(ミーディア)リンチが繰り広げられた日本では気分の上ではその野蛮に限りなく近づきました。

 このような日本においては、冤罪死刑囚であった阿藤周平さんの声(「1人でも無実の可能性がある人を処刑するくらいなら、有罪の人間が死刑を免れてもいい。どうしてそう考えられないんでしょうか」『冤罪File』No.05)など届くはずもない。「人間は間違う」ことなど、冷静に考えれば分かることだが、情動に突き動かされた人びとは「殺せ!」が唯一の結論である。

 さてここからは、「日常的な死刑」を受け続けている冤罪死刑囚・風間博子さんについてだが、事件(「埼玉愛犬家連続殺人事件」)に鼓舞されるが事件の本質にはまったく無頓着なアホ馬鹿な園子温によって映画された『冷たい熱帯魚』があるだけに、彼女にとっては事態はもっと深刻である。だってどんなに記憶力のない人間でも、映画の遺体解体場面を忘れる人間などいないであろうから・・・。園子温といえば、東電OL殺人事件に鼓舞されての『恋の罪』もあるが、その映画でも事件の本質である冤罪事件のことなど何も触れられていない。ただし『恋の罪』には『冷たい熱帯魚』ほど事件を誤認させる場面はない。偶然だとしても結果としては園子温は冤罪事件を二つも扱っていながら、それにはまったく気づきもしない、あるいは触れもしないという離れ業をやったわけで、ある意味それはアホ馬鹿の真骨頂とも言えるかもしれない。

 では「埼玉愛犬家連続殺人事件」に関連して冤罪死刑囚・風間博子さんを生みだしてしまった問題の本質とは何なのだろうか?司法取引については、米国の刑事ドラマを見ていると共犯者の情報を教える場面など頻繁に出てくるが、日本ではほとんど採用されていない。もっとも日本でも自分の罪を認める場合においては、例えば痴漢容疑で捕まった時、無実でも罪を認めれば即釈放。しかし否認すれば人質司法などの問題もからみ、無実でも有罪を甘受する場合も多々あり、それも司法取引の一種と言える。共犯者の情報提供などにおいては、真犯人は重刑を避けるために司法取引によって無罪の人間に対して偽証を行う可能性が常にあるのだが、「埼玉愛犬家連続殺人事件」はその司法取引にそって裁判が進んでしまい、結果は危惧どおりの冤罪事件になってしまったのである。「埼玉愛犬家連続殺人事件」とは、司法取引は冤罪を引き起こすという典型の事件だったということである。

 私たちはハリウッド映画でねつ造された歴史を記憶にとどめてしまう過ちを何度となく犯しているが、映画『冷たい熱帯魚』の描写も現実の事件とは全く違う嘘の描写であったということを再確認しておくべきである。しかし怠惰な表現者ほどこわいものはない。ネットでちょっと調べれば、風間博子さんが冤罪かもしれないという情報には必ず突き当たるはずである。

 風間博子さんにはさらにもう一つ不利な点がある。それについては、以下の『冤罪File』(2013年11月号・№20)の引用部を読んでもらえばいい。

 裁判が時々間違う日本には恐ろしい死刑制度もある。さらに法務省には無実の死刑囚・久間三千年さんを急いで処刑してしまう官僚がいて、それにこたえる政治屋もいる(2008年10月28日に法務大臣・森英介によって執行命令が下され絞首刑)。私たちは彼ら彼女らに対峙して、奴らとは違う人間であることを証明しなければならない。

▼冷たい熱帯魚
ベースとなった事件
http://www.coldfish.jp/introduction/matter.html

▼ 最高検公判部長・岩橋義明氏と「埼玉愛犬家連続殺人事件」
http://yokoita.blog58.fc2.com/blog-entry-224.html

▼司法取引
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B8%E6%B3%95%E5%8F%96%E5%BC%95

・・・

司法取引へのデメリット

検察官による脅しや、被告人の知識不足で罪状を認めてしまうことがあり、冤罪を起こしやすい。

法廷で死刑を宣告される可能性を避けるために無罪の人間が罪を認めてそれ以外の刑(終身刑など)を受け入れる可能性がある。

テロリストなど国家にとって好ましからざる人物を正式裁判にかけると、(陪審により)万に一つでも無罪となることが考えられる場合、死刑を終身刑にするなどと司法取引を強制して裁判によらず監獄に幽閉する危険がある。

真犯人が重刑を避けるために司法取引を行い無罪の人間に対して偽証を行う可能性がある。米国で頻繁に起こる共犯による強盗殺人の場合、誰が殺人を本当に起こした事実と関係なく司法側と先に取引を行った共犯者が別の共犯者に対して証言し重刑を免れる可能性を指摘されている。

取引であるため、優秀な弁護士を雇える金持ちが有利な取引を行いやすく法の下の平等に反する場合がある。

公正であるべき司法の場で取引を行うことは、法の公正さを損なう。

取引の条件として共犯者を法廷で告発すると、法廷証言において偽証させる動機が強く働く。米国などではこれにより多くの冤罪が生まれている可能性が指摘されている。

刑期短縮や保釈など身柄拘束が短縮されることを期待して罪を認めたり偽証をするなど、人質司法の問題がある。

▼2009年9月17日

おとり捜査や司法取引検討=取り調べ可視化に伴い-就任会見で中井国家公安委員長
9月17日13時15分配信 時事通信
http://megalodon.jp/2009-0917-1550-06/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090917-00000102-jij-pol

 中井洽国家公安委員長・拉致問題担当相は17日、警察庁で就任会見を開き、取り調べの全過程を録音・録画する可視化を民主党のマニフェスト(政権公約)通り実施すると述べた。その上で「取り調べ当局にとって犯罪摘発率を上げ、スピード化できる武器を持たせてあげないと、一方的な全面的可視化だけでは済まない」とも述べ、おとり捜査や司法取引などの導入を前向きに検討する意向を示した。
 おとり捜査は、捜査当局などが相手に身分や意図を隠して犯罪実行を働き掛け摘発する手法。司法取引は、捜査当局が容疑者らの協力と引き換えに刑や罪状を減免する制度で、中井委員長はこれらについて「日本にはなじまない」との懸念も示しつつ、「当局に幅広い権限を持たせなければ、治安に対する要望は満たされない」と話した。 

▼ ● アメリカの司法取引
判事補・米国留学中 
http://www.j-j-n.com/coffee/past2005/050201/050201a.html

 日本でも最近司法取引の導入が取り沙汰されているようであるが,アメリカでは,起訴された事件の実に8割が司法取引で終了しているという統計がある。司法取引とは,簡単に言えば,被告人が有罪を認める代わりに,検察官が犯罪の一部を不問に付すなどして通常より大幅に軽い刑を求刑し,裁判官は有罪無罪の審理を開くことなく有罪判決を言い渡すというものである。

 取引(bargaining)とは言っても,刑を決めるのは本来裁判官の役目であるから,裁判官は,必ずしも検察官と被告人の取引内容に応じた刑を言い渡す必要はない。しかし,訴訟手続における当事者のイニシアティブが徹底されているアメリカでは,裁判官が取引内容と異なる刑を言い渡すことは滅多にない。つまり,検察官と被告人にとっては,意図したとおりの判決をその場で得ることができ,裁判所にとっては,ほとんど時間と労力を費やすことなく事件を処理できるという,一見夢のような制度なのである。結果の予測が難しく,トライアルまでにディスカバリー等で数年を要するのが当たり前の陪審裁判とは好対照である。

 ところが,皮肉なことであるが,司法取引が陪審裁判と比べて魅力の大きい制度であるがゆえに,無実の被告人が取引を受け入れて有罪になるという危険性が出てくることになる。実際,1級殺人容疑の被告人が,死刑又は仮釈放なしの終身刑の可能性に直面しながらトライアルまでいって争うか,あるいは司法取引に応じて刑務所で15年過ごすかという選択を迫られた場合,状況は極めてシリアスである。また,司法取引に応じれば執行猶予付きの判決を得て直ちに釈放される見込みのあるような事例では,日本で言うところの「人質司法」と同様の問題状況がある。それでも,裁判所という場で刑事専門の弁護人のサポートを受けながら司法取引を行うアメリカの被告人は,弁護人の立会いすら許されない取調室で自白を迫られる日本の被疑者と比べれば,その境遇は大きく異なると言ってよい。

 司法取引の導入を検討するにあたって,今後日本でどのように議論が展開されていくのか,興味深いところである。

(平成17年1月)

▼「埼玉愛犬家殺人事件」風間博子さんの死刑確定。無実を裏付ける数々の証言があり、不正な立件の経過が明らかな不当判決です
http://geocities.yahoo.co.jp/dr/view?member=kazama_muzai 

▼派手なスパッツ・ラメ入りのサンダル・演歌-証言は真実か?
http://yokoita.blog58.fc2.com/blog-entry-48.html 

▼映画「冷たい熱帯魚」と「埼玉愛犬家連続殺人事件」 (上)
http://yokoita.blog58.fc2.com/blog-entry-124.html

▼映画「冷たい熱帯魚」と「埼玉愛犬家連続殺人事件」 (下)
http://yokoita.blog58.fc2.com/blog-entry-126.html

▼ 『冤罪File』(2013年11月号・№20)
頁86――
「冤罪疑惑が黙殺され続けた「埼玉愛犬家連続殺人事件」 共犯者が被告人の無罪を証言!」ルポライター片岡健


頁92――
 ・・・しかし、公判に証人出廷したFさん(引用者注:風間さんは26歳の時、前夫との間にもうけた長男Fさんを連れ、16歳年上の関根と再婚した。)によると、関根には中学校に入学前後の時期から「俺は子どもが嫌いだ。まして他人の子どもの話など聞きたくない」などと口癖のように言われ、竹刀や木刀でたたかれ、ボールペンで腹を刺され、さらには服を脱がされて玄関に正座させられた状態で膝の上にブロックを乗せられるなどした。時には「橋の上から飛び降りて自殺しろ」と言われ、本当に橋に連れて行かれたこともあったという。そしてFさんは「関根との楽しい思い出は何もない」と言い切った。


頁92――

 もっとも、風間さんの主張が事実だという前提に立っても、なお風間さんには不利な事情が残っている。それは、たとえ「関根に命じられるがまま」だったにせよ、遠藤さんと和久井さんの死体を車で運ぶのを手伝い、しかも和久井さんが殺害されるのを目撃しながら警察に通報するなどの対処をしなかったことである。しかしそれもまた、風間さんが関根との結婚以来、Fさんと共に関根から暴力をふるわれ続け、離婚もできずに長きに渡って「隷従と忍耐の日々」だったことが踏まえられた上で検討されるべきだろう。

▼罪責感・・・と死刑支持
http://blogs.yahoo.co.jp/henatyokokakumei/30095894.html

※追記2013/11/25、9:42

 「埼玉愛犬家殺人事件」→を「埼玉愛犬家連続殺人事件」に統一した。

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