クロード・ランズマン著 「生者が通る(Un vinant qui passe)」 ~報道の自由が失われた社会~排外主義の終着駅

2013年12月17日13時05分掲載  無料記事  みる・よむ・きく
クロード・ランズマン著 「生者が通る(Un vinant qui passe)」 ~報道の自由が失われた社会~排外主義の終着駅

http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201312171305362

  報道の自由が失われた社会はどのようなものか。内部告発が許されない世界はどんな様相なのか。参考になる一冊がクロード・ランズマン(Claude Lanzmann)の「生者が通る( Un vivant qui passe)」だ。ランズマンはホロコーストの記憶を丹念に生き残った人から聞いた映画「ショア(Shoah)」で知られるフランス人のドキュメンタリー映画監督である。

  「生者が通る」という本は1997年にフランスの放送局Arteで放送されたインタビュー番組を活字に起こした本である。だから、戯曲のような対談形式になっている。ランズマンがインタビューした相手は医師である。彼はスイス人であり、第二次大戦中に国際赤十字の調査団として、チェコのテレージエンシュタットにあったナチスの強制収容所を訪ねている。それは1944年6月23日のことだ。この時の記憶、医師が見たもの、彼が報告した内容についての検証がこの番組の狙いである。実際にインタビューが行われたのは放送より20年も前の1979年だった。つまり、35年前の記憶を呼び覚ましているのである。

ランズマン「あなたは当時の報告書で児童のための設備が素晴らしいと絶賛されていますね。栄養のことや、保育施設のことです。壁には動物の絵が描かれており、調理場もあり、シャワーも小さなベッドもある、と。これらは実際には・・・」
医師「そうです」
ランズマン「・・・これらはあなたが到着する数日前に作られたものなんです。そしてあなたが帰ったら消えてしまいました。理由は単純です。強制収容所では出産が禁じられていたからです。」
医師「そうです」
ランズマン「・・・テレージエンシュタットにおいては。だから、妊娠したら強制的に中絶をさせられていたんですよ」
医師「その通り!」
ランズマン「ユダヤ人の出産はユダヤ人絶滅計画に矛盾するからです」
医師「もちろん!」
ランズマン「・・・出産。」

  最初は丹念に赤十字に参加したいきさつから医師の経験談を聞いてきたランズマンだが、後半突如、ランズマンはデータを医師に提示して、これらをあなたは知っていましたか?と尋ね始める。ドラマの「転」のような瞬間だ。それは収容所の日常についてのくだりを聞いていた時だった。

  ナチは収容所が過密である印象を和らげるため、赤十字調査団の到着直前に約5000人のユダヤ人をアウシュビッツに送り、ガス室でただちに殺していた。ファシズムを放置したら、人一人の命がこれほどまでに軽くなってしまう。ひとりあたりの栄養量も、ベッドの割り当ても、何もかも調査団の視察に備えてセットアップされたものだった。ナチスは視察に備えてユダヤ人と予行演習までしていた。普段ユダヤ人に強制している敬礼も、視察団の前で行ったら死刑にされることになった。こうした情報はランズマンがそれまで多くのサバイバーから聞き集めた情報の綜合からだろう。

  こんな風に医師は準備万端の中に迎えられ、ナチスの担当官が伝えた情報を丸呑みにして報告書を書いた。たとえば収容されたユダヤ人の栄養量は1日平均2400キロカロリーだと報告書に書かれたが、実際には半分の1日平均1200キロカロリーだった。おかげで死者は毎月5000人近くに上っていた。だから痩せたユダヤ人を調査団の目からできる限り隠してもいたのだ。

  あなたはナチの見せたいままを報告書にまとめている。それをどう考えますか?とランズマンが医師に尋ねると、医師はこう答える。

ランズマン「あなたは<私が見たのは正常な村だった>と記しました」
医師「そうです」
ランズマン「・・・<ほぼ正常な>」
医師「<ほぼ正常>。それが私がそこで見せられたものだからですよ。そうとしか書きようがない。私は見ていないものを作り上げることはできないんだ。」
ランズマン「いや、もちろん見ていないものを書く事はできない。それでも・・・」
医師「私に何ができたと言うんだ...」
ランズマン「あなたは先ほど、問題はその<向こう側>を見ることだと私に言いましたね。」
医師「向こう側」
ランズマン「たとえば一種のパロディを思い浮かべることはできませんでしたか?」
医師「いいかね、あの時、いや待ってくれ。それでも、先ほどあなたに言ったように、1つの目配せ、1つの手がかり、そんなものは無に過ぎないんだ。そんなものはまったくゼロなんだ。・・・」

  ナチスドイツにおいて報道の自由がなかったのと同様、強制収容所の内実は注意深く隠蔽されていた。そのため、外国から視察の要求が多数寄せられたとき、ナチスは収容所を作り替え、調査団をどう迎えるかをユダヤ人に教え、予行演習を繰り返していた。さらにこれに背いた者は死刑にすると通告していた。こんな中で視察団は<見たこと>をどう綴れば良いのか。ランズマンはこのことを問いかけている。ランズマンは見たものの向こう側を綴ることはできたのではないか、と問いかけ、医師はそれは不可能だと答える。

  ちなみにタイトルの「生者が通る(Un vivant qui passe)」とはポーランドのアウシュビッツ強制収容所を若かった医師が訪ねた時のエピソードに基づいている。餓死寸前のユダヤ人の数百人の集団を収容所で瞬時、医師は目に止めた。その時、医師を見つめる彼らの眼差しが「生者が通る」という表現なのだ。ナチスの制服を着ていないのに、生きている人間がここにいる、という驚きの眼差しだったという。

■クロード・ランズマン(1925-)

  フランスのドキュメンタリー映画監督。第二次大戦中はレジスタンス運動に参加。戦後の1952年にサルトルとボーヴォワールと出会い、ル・タンモデルヌ紙の寄稿者となる。映画に転じるのは1970年から。今年、新作映画「最後の不正(Le dernier des injustes)」を公開した。(ガリマール社の資料を参照した)

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