天皇は人間の程度をはかるリトマス紙アホくさいのか赤恥なのか

 (日本人のほとんどが馬鹿な右翼になってしまった現状を憂える歌)

★天皇は人間の程度をはかるリトマス紙アホくさいのか赤恥なのか

★勲章はぶら下げるのかぶら下がるのか蹴落とした人の数だけもらうがいい

▼秋の叙勲 4193人が受章
11月3日 5時24分 K10057698111_1311030624_1311030730.mp4
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131103/t10015769811000.html

ことしの「秋の叙勲」の受章者が発表され、各界で功労のあった4193人が受章することになりました。

ことしの「秋の叙勲」を受章するのは、「旭日大綬章」が9人、「瑞宝大綬章」が2人となっています。
また、「旭日重光章」と「瑞宝重光章」が合わせて52人、「旭日中綬章」と「瑞宝中綬章」が合わせて315人、「旭日小綬章」と「瑞宝小綬章」が合わせて964人など、全体で4193人となっています。
女性の受章者は347人、民間からの受章者は1810人となっています。
「旭日大綬章」は、元国土庁長官の亀井久興さん、京浜急行電鉄の元会長の小谷昌さん、元農林水産大臣の玉沢徳一郎さん、元法務大臣の長勢甚遠さん、元日本民間放送連盟会長でフジテレビ会長の日枝久さん、元内閣官房副長官の二橋正弘さん、元最高裁判所判事の古田佑紀さん、元経団連会長でキヤノン会長の御手洗冨士夫さん、NTTの元社長の宮津純一郎さんが受章します。
「瑞宝大綬章」は、元内閣法制局長官の阪田雅裕さんと、元金融庁長官の日野正晴さんが受章します。
また「旭日中綬章」は、日本フィルハーモニー交響楽団やハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団などで国際的に活躍する指揮者の小林研一郎さんら、「旭日小綬章」は、映画「花いちもんめ」の主演など、映画やテレビ、演劇で幅広く活躍する俳優の十朱幸代さんや、NHKのドラマ「坂の上の雲」など多くのドラマや映画に出演し、存在感のある演技で知られる俳優の渡哲也さんらの受章が決まりました。
このほか外国人叙勲では、アメリカのシーファー元駐日大使や、オーストラリアのハワード元首相らが「旭日大綬章」を受章するなど、31の国と地域から49人が受章することになりました。
叙勲の親授式や伝達式などは、今月6日から順次行われます。




▼2013.11.3 13:51
高倉健さんも受章した「文化勲章」って何?/「文化功労者」「褒章」との違い
http://thepage.jp/detail/20131103-00000005-wordleaf

 文化勲章の親授式が3日、皇居で行われ、天皇陛下から俳優の高倉健さんら5人に文化勲章が手渡されました。ニュースではこの時期、「文化勲章」や「文化功労者」、そして「褒章」という言葉を耳にします。一体何が違うのでしょうか。

高倉健さんは文化功労者にも
 文化勲章は、日本文化の発展に顕著な功績のあった人に対して授与される勲章です。文化庁の文化功労者選考分科会の委員の意見を聴いて行い、文部科学大臣が内閣総理大臣に推薦し、閣議で決定します。原則として「文化功労者」の中から文化勲章の候補者を選びます。高倉健さんは2006年に文化功労者に選ばれています。

 文化功労者も、文化の向上発達に功績顕著な人を選ぶことになっています。では、文化勲章とはどう違うのでしょうか。

文化勲章と文化功労者の違い
 毎年秋に、文化勲章はおおむね5人、文化功労者は15人ほど選ばれます。文化勲章は閣議で決定するのに対して、文化功労者は、文化功労者選考分科会が選んだうちから文部科学大臣が決定します。

 一番大きな違いは、文化功労者には年金が支給されるという点です。年額で350万円の終身年金がもらえます。それに対して文化勲章は、勲章そのもの以外では、お金や賞品のようなものはいっさいもらえません。日本国憲法では、栄典の授与によるいかなる特権も認めていないからです。つまり「名誉」が与えられるというわけです。ただし、文化勲章の受章者は文化功労者から選ばれるので、その年金は支給されます。

 ちなみに文化勲章は、毎年11月3日の文化の日に、宮中で天皇陛下から受章者へ直々に手渡されます。

褒章との違い
 勲章などの栄典の一つに「褒章」があります。褒章は、春と秋の年2回、授与されます。

 褒章には活躍した分野や業績の種類によって、紅綬、緑綬、黄綬、紫綬、藍綬、紺綬の6種類ありますが、中でも「紫綬褒章」は、学術、芸術、技術開発などの功労者を対象とするという点で、文化勲章や文化功労者と重なる部分があります。高倉健さんは、1998年に紫綬褒章も受章しています。

 それぞれの褒章は、地方自治体や各種団体から各省庁に推薦され、候補者を内閣府が審査します。その後、閣議で決定される点や、年金などの支給がない点は文化勲章と同じですが、すべての褒章の受章者は春・秋合わせて1600人程度と、文化勲章よりも圧倒的に多いです。そのうち紫綬褒章は毎年50~70人程度が受章しています。

 ちなみに、3つの制度を人数の点で比べると、紫綬褒章の受章者が多く、次が文化功労者、一番少ないのが文化勲章となります。

 


▼勲章って何!? 城山さん、戸田さん、武井さんは“拒否” (2007/04/24)
http://www.hokkaido-np.co.jp/cont/oh-sapporo/9905.html

長年、社会に貢献した人を、国が毎年春と秋にたたえる叙勲と褒章。今春も二十九日、全国で約五千人がこの栄誉を受ける見込みだ。ところが、三月に七十九歳で亡くなった作家の城山三郎さんは、褒章を断っていたという。調べてみると、道内にもそんな名誉を「いらない」と、拒んでいる人がいた。考えてみれば、勲章って一体、何だろう。(鷲見浩二)

「人の格付け」の面も

 「本人の強い意思で、表彰や勲章は一切、辞退していたんです」

 北海道電力広報部の加藤潤一郎さんは故人をしのびながら、言った。

 昨年十月、八十四歳で亡くなった戸田一夫さん。同社の社長や会長を務め、道経連会長などを歴任した道内経済界の重鎮だった。

 北電によると、同社の歴代社長では、戸田さん以前の四人がいずれも勲一等などを受けている。受章は戸田さんと同様、経済団体のトップなどを務めた功績が認められた。戸田さんも対象になっていたのは間違いない。

 だが、「そろそろどうかと、国から内々に打診が来たこともありましたが、本人の希望ですから、会社として推薦しなかったんです」と加藤さんは言う。叙勲は関係団体などが候補者を推薦して国が決める仕組み。その推薦を戸田さんは拒み続けたわけだ。

 理由は何だったのか。故人の戸田さんにじかに聞くことはできないが、加藤さんは「経済人が仕事をするのは当たり前。それで表彰なんておこがましいと思っていたようです」と代弁した。

 もう一人、道内経済界で「勲章はいらない」と言って、はばからない人がいる。北洋銀行相談役の武井正直さん(81)だ。武井さんも同行頭取や会長、北海道経営者協会会長を長く務めるなど、その経歴は華々しい。

 その思いを聞こうと、取材を申し込んだが、同行広報を通じ、「勲章を受ける人もいるし、受ける、受けないは個人、個人の考え方。コメントは差し控えたい」と、やんわり断られた。ただ、過去の北海道新聞のインタビューでこう言っている。

 「人が人に対して『おまえは勲何等だ』なんて格付けするのは失敬千万」(一九九八年五月八日朝刊)

 どうやら勲章にかなり抵抗感があるらしい。




 ところで、そもそも叙勲・褒章って何なのか。

 制度を所管する内閣府賞勲局に聞いてみると、「国または公共に対し、功労のある人、社会の各分野で優れた行いのある人を表彰するもの」だそうだ。つまりは、国や社会に貢献した人を、“お上”である国が、「あんたはエライ!」とたたえる制度なのだ。

 どんな人が対象かというと、政治家や自治体の首長、公務員をはじめ、大学教授や経済団体役員などさまざま。札幌市民に身近な人でみると、元札幌市長の板垣武四さん(故人)は勲二等旭日重光章、前札幌商工会議所会頭の西尾長光さん(同)は旭日小綬章を受けている。

 さらに、保育園長や国勢調査員、民生・児童委員、文化財保護に寄与した人など、どこの町内にもいる市民に身近な人も対象になっている。確かに、何らかの形で社会に貢献している人たちだ。

 だが、こうした職に就かなくても、社会に貢献している人は多いはず。国はこうした人も評価し、対象者を決めているのだろうか。

 札幌市内のある経済団体幹部は言う。「本当に地べたで汗をかいた人なら、当然、たたえるべきだ。でも、議員や公務員が優遇されている」

 例えば昨年秋の叙勲。全国の受章者は四千二十八人だったが、このうち民間人は千六百五十人と、全体の41%しかいない。要するに、六割近くはもともと「官」側にいた人だ。

 そもそも、戦前、勲章授与の大権は天皇にあり、対象者は軍人と官僚が中心だった。戦後は内閣の助言と承認を受けた天皇の国事行為となり、対象も広がったが、いまだに「官尊民卑」の印象はぬぐえない。ちなみに、昨年秋の受賞者のうち女性は三百三十六人で、わずか8%だった。




 そう言えば、政府は二○○三年、叙勲制度で「勲一等」など数字によるランクや男女区分などを原則廃止した。きっかけは二○○○年、当時の自民党政調会長、亀井静香さん(現・国民新党代表代行)が「人間の一生を等級に分けて評価するのはおかしい」と発言したことだ。

 まさにその通りで、人の人生に等級があるはずがない。叙勲はそれをわざわざランク付けする制度とも言える。

 こんな気になる面もある叙勲・褒章。有名人でも受章を拒否し、話題になった人が少なくない。文化勲章を拒否したノーベル賞作家の大江健三郎さんや、女優の故・杉村春子さんらがそうだ。

 紫綬褒章を断った城山さんは、九二年に著した詩集「支店長の曲り角」で、「勲章について」と題し、褒章を断ったエピソードをつづっている。

 その詩の中ほどで、城山さんは妻にこう言う。

 「読者とおまえと子供たち、それこそおれの勲章だ。それ以上のもの、おれには要らんのだ」

 そう、勲章を受けるも、受けないも、個人の考え方。武井さんの言う通りなのだ。

叙勲・褒章

 叙勲は1875年(明治8年)に政府が公布した「勲章従軍記章制定ノ件」、褒章は81年公布の「褒章条例」が始まり。終戦後、生存者への叙勲は一時取りやめになったが、1964年に再開され、2003年秋に、それまでの一等、二等などの等級を廃止し、現行の制度となった。

 現在の叙勲は公共的な業務が対象の「瑞宝章」と、さまざまな分野の「旭日章」の二本立てを基本に、それぞれを大綬章、重光章など6つに分類。その上位の大きな功績には、最高位の大勲位菊花章と桐花大綬章がある。警察官や自衛官など、危険性の高い業務に精励した人には「危険業務従事者叙勲」が設けられている。

 褒章は特定分野の民間人を表彰する制度で、学術などの「紫綬褒章」や人命救助などの「紅綬褒章」など6分野に分かれている。

▼グリゴリー・ペレルマン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9A%E3%83%AC%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3

・・・

2006年度、ポアンカレ予想解決の貢献により「数学界のノーベル賞」と言われているフィールズ賞(幾何学への貢献とリッチ・フローの解析的かつ幾何的構造への革命的な洞察力に対して)を受賞したが、「自分の証明が正しければ賞は必要ない」として受賞を辞退した。フィールズ賞の辞退は彼が初めてである。ペレルマンは以前にも昇進や欧州の若手数学者に贈られる賞を辞退するなどした経緯があり、賞金に全く興味を示さなかったり、自分の論文をあまり公表したがらない性格でも知られていた。アメリカの雑誌の取材に対しては「有名になると何も言えなくなってしまう」と答えている。


▼侏儒の言葉
芥川龍之介
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/158_15132.html

小児

 軍人は小児に近いものである。英雄らしい身振を喜んだり、所謂光栄を好んだりするのは今更此処に云う必要はない。機械的訓練を貴んだり、動物的勇気を重んじたりするのも小学校にのみ見得る現象である。殺戮(さつりく)を何とも思わぬなどは一層小児と選ぶところはない。殊に小児と似ているのは喇叭(らっぱ)や軍歌に皷舞されれば、何の為に戦うかも問わず、欣然(きんぜん)と敵に当ることである。
 この故に軍人の誇りとするものは必ず小児の玩具に似ている。緋縅(ひおどし)の鎧(よろい)や鍬形(くわがた)の兜(かぶと)は成人の趣味にかなった者ではない。勲章も――わたしには実際不思議である。なぜ軍人は酒にも酔わずに、勲章を下げて歩かれるのであろう?

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