戦犯出版社『文藝春秋』について

 モノカキの運動論として、戦犯出版社『文藝春秋』についてちょっと触れたことがあったが、ここでは、『文藝春秋』の戦犯ぶりを、高崎隆治の著作を頼りに紹介したいと思う。

 『文藝春秋』の戦争犯罪は高崎隆治『雑誌メディアの戦争責任』などの書籍で詳しく明らかにされているが、現代人もいまだに電車内の中吊り広告で『週刊文春』などの見出し記事を読まされ、歴史ねつ造(「第二の罪」)の知識を叩きこまれている。例えば性奴隷問題がメディア(ミーディア)で取り上げられるたびに『文藝春秋』は、歴史ねつ造記事を連発して(「第二の罪」)を繰り返すわけである。戦犯出版社(「第一の罪」)だが、反省も謝罪もせず、戦後も日本の反戦・反核運動を叩き続け、「あったことはなかった」という歴史ねつ造をくり返してきたわけで、その意味では戦前から現在まで一貫して戦犯企業でありつづけたわけだ。

 かように戦犯出版社『文藝春秋』などを中心としたメディア(ミーディア)の大活躍で国民への洗脳が行われれば、今現在、“ほとんどの日本人が馬鹿な右翼”であるのも不思議ではないのだが、その結果はといえば、ほとんどの国会議員が右翼であるという現実によって裏付けされる。もちろんテロ国家アメリカを7割近くの国民が「好き」と答える国民でもあるので、その辺でも“ほとんどの日本人が馬鹿な右翼”の傍証にもなる(注:日本には反米右翼などほとんどいないという現実は昔から有名でもある。)。

 “ほとんどの日本人が馬鹿な右翼”であることの弊害は歴史認識だけの問題ではない。「あったことをなかった」と言い張るためには、論理破綻や論理矛盾を駆使しなければできないが、要するに“非論理”に支配された人間は、全ての事象について、その因果関係や元凶を発見できない。よってすぐに情動に突き動かされ、扇動者の戯言にあっさり騙されて、例えば生活保護叩きにも簡単に荷担してしまう。その意味では、戦犯出版社『文藝春秋』のやったことは、今後の強欲連中が企む“企業独裁社会”のためも素晴らしい成果をあげたことになる。いうまでもなく論理を失った思考などで、“企業独裁社会”に対抗できるはずもない。

 さて、以下の――高崎隆治『雑誌メディアの戦争責任』(第三文明社、1995年)からの引用は、戦犯出版社『文藝春秋』が戦後も繰り広げた南京事件への歴史ねつ造という「第二の罪」を語る時に欠かせない知識である。ラルフ・ジョルダーノ『第二の罪――ドイツ人であることの重荷』(永井清彦・片岡哲史・中島俊哉/訳 白水社)によれば、侵略戦争時の罪を「第一の罪」とすれば、「第二の罪」とは、戦後に「第一の罪」を否定したり、軽減させることなどを意味している。そしてそれを「集団的情動」と名付けるのだが、その例として以下のようなものをあげている。

集団的情動 その1
「殺されたのは600万人ではなかった、そうじゃなくて・・・」
(他国の被害は極小に見積もる。逆に自国の被害は極大に見積もられる)

集団的情動 その2
「しかしわれわれは何も知らなかったのだ!」
(重大事件も起こらなかったことになる)

集団的情動 その3
「強制収容所はドイツ人の発明ではない。かつてブーア人と闘っていた頃のイギリス人が発明したのだ・・・」
(こうして自国の責任が遠のいていく)

集団的情動 その4
「ヒトラーがやったのは悪いことだけじゃない、いいことだってあるんだ、例えばアウトバーンの建設のように・・・」
(良い総統と悪い総統に二分される)

集団的情動 その5
「他の連中だって罪を犯したのだ。我々だけじゃないさ!」
(他国の犯罪が自国の犯罪を相殺する)

集団的情動 その6
「ナチ犯を告訴するのをやめろ、ドイツの裁判所でナチス審理をするのをやめろー 一体誰が金を出しているんだ。」
(ナチ犯の無罪が心の重荷を軽くする)

集団的情動 その7
「ヒトラーの下では秩序、規律があった。夜でも安心して外出できた。それなのに、いまは・・・」
(だが、被害者のことは顧みられない)

集団的情動 その8
「もういい加減に忘れなくてはならない、もういい加減にケリをつけねば・・・」
(こうして<第二の罪>が続く)

 かような手法の全てを使い戦犯出版社『文藝春秋』も「第二の罪」を繰り広げるわけだ。その「第二の罪」を糾弾するために本多勝一が大江健三郎に呼びかけたのが、戦犯出版社『文藝春秋』へのボイコットであったはずだが、その戦術が空振りに終わったのは言うまでもない。よって辺見庸が大江健三郎を今現在批判するなら、これを持ち出せばいいのだが、そうすると自らにも跳ね返って来る問題にもなりかねず(注:その肝心な時にほとんど誰も何もしなかったのだから・・・)、なかなか難しいものだ。

 なお【集団的情動 その6
「ナチ犯を告訴するのをやめろ、ドイツの裁判所でナチス審理をするのをやめろー 一体誰が金を出しているんだ。」】は興味深く、以下のような記述がある。

 [なお自分の心の重荷を軽くするためにはどうするか、もっぱらこの視点から第三帝国の全殺人行為をみるのが、第二の罪なのだ。免罪を求める声はナチ犯だけを対象としている。「集団的情動その6」の信奉者たちは、他の犯人グループ、例えばタクシー運転手殺し、風俗犯罪者、子供誘拐犯、それにもちろんのことだがテロリストに対しては処罰を求めるだけではなく、死刑の導入さえ要求する。ところが、私自身の経験では「ナチ犯にも、死刑か」と問うと、見識のなさが露呈、なかには面くらった顔をする人がいる。死刑制度再導入を求める人びとは、このナチ犯グループをまったく除外している。かれらのことなどだれも考えてみなかったのだ。](引用終わり)

 これを読めば、『週刊文春』や『週刊新潮』の日頃の反人権キャンペーンをそのままずばり指摘していることになる。公安警察が凶悪犯など国家にとっては屁のようなものと、共産党員(シンパ)のビラ配りを大人数で追いかけているが、警察はストーカー殺人には力が入らず防げずにいて、ゴロツキ雑誌は大量殺人犯の戦犯を擁護して、数人殺した凶悪犯をメディア(ミーディア)リンチするといういうのは、日本低国のある種のおぞましい風景なのである。

 そういえば昔、ドイツ刑法第130条 「民衆扇動罪」を参考にして以下のような法律を書いたのだが――、
 
★ドイツ刑法第130条 「民衆扇動罪」
1、人種間の憎悪を挑発したり、「ナチスの民族殺害犯罪」を賛美し、
或いは史実として否定するような文書を作成し、流布させることによ
り、人間の尊厳を侵害した者に3ヶ月以上5年以下の懲役を科する。

★ドイツ刑法第194条
1、「アウシュビッツの嘘」擁護に2年以下の自由刑
2、「ドレスデンの嘘」擁護にも同様。

などを参照して日本で法律をつくるとこうなります。

「言論表現の自由に抵触気味な軽法時限法第90(苦渋)条」・・・嘘コキを諫めるためにね?・・・

(1)、人種・民族間の憎悪を挑発したり、「日本軍による南京大虐殺などの民族殺害犯罪」・「日本軍による性奴隷制度」を賛美したり、或いは史実として否定するような文書を作成し、流布させることにより、人間の尊厳を侵害した者に3ヶ月以上5年以下の懲役を科する。

(2)、東京大空襲・沖縄地上戦・広島長崎の原爆投下などの史実を否定したり被害者を過度に低く見積もる文書などを流布させた者に、3ヶ月以上5年以下の懲役を科する。

*(注)広島長崎の原爆などを否定する日本人は多分現れないでしょうが、(1)とのセット販売(?)で(1)の史実への罪責感が少しは軽減されるのです。

 
 もちろん、この意味は戦犯出版社『文藝春秋』に対する反撃でもあったのです。珍奇な犯罪集団「在特会」が出現して反差別法などという文字も躍りますが、やはり全てが遅すぎたのです。そうはいっても、私たちは反撃を止めるわけにもいかず、これからも継続して反撃をするのですが、過去の失敗した運動の歴史を正確に検証せずに未来を切り開けるはずもないのです。集団の闘いにこだわれば妥協を重ねて目的さえ雲散霧消する時があるのです。孤独の闘いを恐れる必要などありません。妥協もいらずやりたい事をやれるのです。孤独の闘いでも外で日差しを浴びれば、そこには自らの影があり、集団での闘いであると自らに言い聞かせることもできるのです(注:横井久美子が歌っていた歌『私の孤独』(ジョルジュ・ムスタ)にこれと似た描写がある。自分には影ができるから、孤独ではない。)。孤独の闘いを引き受けるつもりなら、人は何でもできるのです。

 ちょっと脱線しましたが、戦犯出版社『文藝春秋』の継続的な罪を以下の引用で再確認して、この記事を終えたいと思う。


▼『週刊文春』中吊り広告

韓国に“倍返し”だ!
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/3024

韓国よ、いい加減にしろ!
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/2924

▼私の孤独Ma Solitude/ジョルジュ・ムスタキGeorges Moustaki .
http://www.youtube.com/watch?v=6eRKeAHYoAU


▼高崎隆治『雑誌メディアの戦争責任』(第三文明社、1995年)

頁35――
「南京大虐殺」の事後処理に荷担

頁36――

「大虐殺」は、しかし、当時の日本人一般はほとんどなにも知らなかった。知らなかったというより、国家権力は必死になって事件を国民の耳目からさえぎることに努めた。だが、外電がこれを全世界に伝えたために、たちまちヨーロッパやアメリカを中心とする諸外国で、日本および日本人に対する激しい非難の火の手が上がった。・・・

頁37――

 ・・・しかし、それよりも、権力にとっては、全世界的な規模で伝播した日本軍の悪虐行為、または日本人野蛮説をどうやって打ち消し、どのように現実を闇に葬って国際的な信頼をつくり出すかということのほうが、緊急にしてより重大な一大難事であった。いくつかの方策が考えられた。だが、詰まるところは虐殺を否定するよりはむしろ外国に対する「大日本帝国」そのものの宣伝にしくはないという結論に帰着した。しかし、具体的に事を運ぶにあたって、意外なネックが横たわっていることに彼らは気がついた。つまり、政府または半官的団体の行う宣伝が、この段階において諸外国およびそれらの国の人々に素直に受け入れられるはずはないということである。むしろ、政府機関の行う対外宣伝は逆効果を招くこと必定であったのだ。「文藝春秋海外版」としての『ジャパン・ツーデー』が文藝春秋社から発行される必然性はここにあった。・・・


頁41――

・・・

 内閣情報部が、戦争開始と同時に、もっぱら海外情報の収集および国内外の宣伝活動に従事していたことはつとに知られるが、『ジャパン・ツーデー』発行以前――別の言い方をすれば、南京攻略以前に、文藝春秋社社長菊池寛と密接な関係にあったという証拠はない。だが、文学者たちが、「内閣情報部が文芸家に何か相談したいことがあるさうですから、明23日午後3時、首相官邸情報部にお出で下さいませんか」という菊池寛からの個人的な速達便の連絡で情報部に集められたのは、昭和13年8月の、『ジャパン・ツーデー』がまさに軌道に乗ったそのまっただ中であったことから推測すれば、『文藝春秋』に、「南京大虐殺」否定の国際的なキャンペーンの中核的存在を要請したのは内閣情報部にまちがいはない。
 一方、『文芸春秋』の代表者としての菊池寛は『ジャパン・ツーデー』の発行に関して、「国家の非常時に当たって、雑誌社は雑誌社なりに、国家の目的に協同した方がいいと思って始めるわけである。つまり、国際宣伝戦に微力を尽すつもりである。日本に対するデマを排斥すると共に、日本の文化を海外に紹介したいのである」(昭和13年3月号)と記し、さらに、「僕は事変中は、国家から頼まれることは何でもやるつもりだ」(昭和15年5月号)とも、「支那事変以来は官庁軍部方面の指示に即応して、ひたすら、戦争遂行に協力した」(昭和19年3月号)とも述べている。・・・

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