『愛犬家殺人事件』の記述と裁判証拠の違いを対比してみる

  「埼玉愛犬家連続殺人事件」について書くときには、共犯者の著書が出版されているので、それを読めば事件のあらまし理解には役立つ面もある。ただしそれが共犯者の証言という大前提に立てば、それをむやみに信用してはならいないという態度も絶対大切である。思い込み・予断はいつの場合でも失敗のもとだ。
 
 そこで今回は、ブログ「横板に雨垂れ」さんの記事を使って、裁判の証拠の一つでもある志摩永幸(山崎永幸)『愛犬家殺人事件』(角川文庫、2000年)の記事内容と裁判証拠との違いについて紹介したい。
 

風間博子さん 死刑判決への疑問 (1)

 
 
・・・
Y氏の供述調書と著書の内容はなぜこれほど大きく異なるのか
ここでY氏の著書について触れておきたい。3年の実刑判決を受けたY氏は満期で出所した後、『週刊新潮』でこの事件に関する文章を6回にわたって書いている。そしてその連載終了後、これを基にした『共犯者』という本を出版している(新潮社・1999年)。この本は翌2000年には『愛犬家連続殺人』と改題され、著者名も変更されて、今度は角川書店から文庫本として刊行されている。また2003年、一審判決直後には、新潮社出身の作家・蓮見圭一氏の名でY氏の本と同じ内容と思われる『悪魔を憐れむ歌』が出版されている。この本には「『愛犬家連続殺人』を改題し大幅に加筆訂正」との弁が載っているが、一読したところでは、私は先行作品との相違点を見出すことはできなかった。(蓮見氏は『週刊新潮』の連載時か、『共犯者』出版時か、あるいはその両方なのかは不明だが、Y氏のゴーストライターをつとめた可能性が高いと思われる。)
ここでまず取り上げたいのは、Y氏が供述調書で事実として述べ、検察官が法廷でそれを事実に相違ないとしてそのまま主張し、また裁判所が信頼できると判定した、同じ一つの事実が、『週刊新潮』の記事や『愛犬家連続殺人』ではどのように記述されているか、という点である。もし供述調書がY氏の記憶に基づいてありのままに作成されていたのなら、週刊誌や著書でも同様のことが述べられているはずである。たった4、5年の時間の経過しかないのだし、ましてそれは裁判の行方を決定づけた重大な証拠になったのだから、しっかり記憶に刻みこまれているはずである。ところが著書を読んでみると、事実はそうではないのだ。どのように違うか、その相違点について述べてみたい。なお、『週刊新潮』の記事も、『愛犬家連続殺人』も、控訴審で弁護人が証拠請求し、採用されているので、これは裁判の証拠の一つでもある(『愛犬家連続殺人』(弁1号証)、『週刊新潮』抜粋記事(Y告白手記1-6)(弁2号証))。
(転載終わり)
 以下は、このブログ内の上記の転載以下の記事を読者に理解しやすいように改変(★▼などの記号、「埼玉愛犬家連続殺人事件」「著書と調書などとの違い」「検証」などの文字も入れた)したものである。おおむね著書の記述を右側に配置した。著書の記述と裁判証拠との違いをよく見てほしい。
 


 
以下

風間博子さん 死刑判決への疑問 (1)

より転載――
 
【それから、殺害後、遺体を車に乗せて自宅に戻った後、「(佐谷田の車庫に置いたままになっている)Kの車を博子と一緒にどこかに捨てて来い。博子には事情を話してあるから。」と関根被告に言われ、Y氏はミラージュで出発し、途中で風間被告に電話を掛けるのだが、この時の様相は調書と著書とでは大変な相違がある。】
(転載終わり)
 
以下改変――


以下、転載――
そのうえ、これだけではないのである。もともと、Y氏は、徹底して証言拒否を貫いた一審の公判廷でも、風間被告の殺害行為についての尋問には、下記のようにそれを否定する証言をしていた。

「Yからすれば、被告人風間に対し、何ら悪感情を持っていたわけではないし、あくまで自分の身代わりとして共犯に取り込む供述をしたが、Y自身の刑事裁判は「死体損壊・遺棄」で当初の目的を達成させたことから、今後殺人等でむし返されることはないと確認し、被告人風間に対する同情心と良心の呵責を抱き、次の様な証言をしたのである。
弁護人-「これは非常に危険な綱渡りなんですけれど、もう一度聞きますが、K事件に関して、風間被告人が車の運搬だけを認めて、殺人、死体損壊・遺棄については、自分はしていませんと、この裁判で言っているのです。その主張について、どう思うか」
Y-「本人が言ってんだから、間違いないでしょう。本人が言ってんだから、それで合ってるでしょう」
弁護人-「Eさん、Wさんの方の事件・・・・・」
Y-「私は、博子さんは無罪だと思います。言いたいことは、それだけです。」
「私は、博子さんは無罪だと思いますと言ったんです。全部ひっくるめて。」
このやり取りは、Yが本件に対する証言の中で唯一きっぱりと述べた部分であり、又被告人風間の罪体に関する重要な部分であり、Yが何故に証言拒否を繰り返す中で、この部分について明確に証言したのか、これは正にYのぎりぎりの「良心」であったと確信するものである。」(『一審弁論要旨』より)

しかし、Y氏が風間被告の殺害行為を疑いの余地なくはっきりと否定したのは、すでに社会に戻っていたY氏が証人として出廷した控訴審の二度の公判であった。経過を見ると、

「風間弁護人の犯罪事実に関連する質問に対しては、ひたすら「覚えてません」と言い続け、やはり(一審と)同様に「あんただれの弁護士ですか。」と言い出し、さらには「あんたの質問には答えられません。」と答え、なぜかと間かれると「ばかばかしいからです。」と答え、最後には「(博子を助けたいなら)だったら、あんた、弁護士辞めなさい。」と言う。それについてなぜかと聞かれると「あんたじゃ駄目だわ、無理だわ。ほかの人にしなさい。」と答えて、それについてなんで駄目かと聞かれると「私がそう思うだけです。」、(その理由はと聞かれ)「それも分からないようなら、あんた、うちに帰りなさい。」(さらにその理由を聞かれ)「もう弁護士辞めたほうがいいですよ。」と答えた。結局、事実関係については、ひたすら弁護士を馬鹿にし、非難し、質問をはぐらかして証言を終えたのである。」(『控訴審弁論要旨』より)

このように自分自身の犯罪事実についての尋問(たとえば、関根被告の弁護人は「Kさんの首を絞めましたね」と尋ねている)に対しては、一審同様に証言拒否の姿勢を崩さなかったY氏は、風間被告については、「殺人はしていない」と明言している。
「人も殺してないのに何で死刑判決が出るの」、浦和の裁判所で話すことができなかった中身は今話せますか?と弁護人に尋ねられて、「今話したらめちゃくちゃになります」、「何で博子がここにいんのですよ、問題は。殺人事件も何もやってないのに何でこの場にいるかですよ。それで釈放しないのはおかしいですよ。おれが出てるんだから。もうこの裁判は、そこから根本がおかしいですよ。」「人を殺せる人かどうか、顔を見れば分かるでしょう。」(『公判速記録』より)
Y氏は、「(風間被告が)死刑判決ときいて、最初びっくりした」とも述べている。自身の供述が風間被告の死刑判決を呼び寄せたとの認識はつよくもっているようである。

  11月5日 追記
(注) 被告人は最高裁の裁判には出席できないと訴訟規則で定められているそうです。
 刑事訴訟規則
(被告人の移送・法第409条)
 第265条 上告審においては、公判期日を指定すべき場合においても、被告人の移送は、これを必要としない


注1)文中、人名は一部仮名を用いています。
  2)改行部分を一部/として表記しています。

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