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本多勝一の「黒は美しい」と今時の『週刊金曜日』・・・①

 書くべきかどうか迷ったのだが、やはり私は書いてしまうのである。

 『週刊金曜日』には以前、佐藤優の件であきれ果てたが、今度はトンデモ和製英語「ブラック」の多用でだめ押しの愚劣までしてくれたので、今回の件にまつわる“お笑いの面”についてはあまり気は進まないが触れておくべきだろう。高齢である本多勝一には酷な事態だが、編集委員として名を連ねていながらの、当の週刊誌でのトンデモ和製英語「ブラック」の多用は、彼の昔の文筆活動をまるであざ笑うが如きで、傍目には悲劇を通り過ぎて喜劇でしかない。

 ここで取り上げる本多勝一の著作は『貧困なる精神7』(すずさわ書店、1978年)、『貧困なる精神8』(すずさわ書店、1978年)、『アメリカ合州国』(朝日文庫、1981年)である。

 まずはじめに――

▼『貧困なる精神8』(すずさわ書店、1978年)

頁120――

アイヌの立候補

・・・たとえば「アイヌ犬」についての記事も、かなしくも「北海道犬」として書かざるをえなかった。アイヌ自身にとってどんなに良い記事であっても、その中に「アイヌ」という言葉が書かれていると、アイヌに嫌がられ、ときには抗議されるのだった。
 潮流が変りはじめたのは、黒人運動をはじめ、世界の被抑圧民族の目覚めが表面化してきたころであろう。黒人問題の取材で私がアメリカ合州国へ行った1969年当時、合州国の先住民(いわゆるインディアン)の「ことあげ」はまだ表面化はしていなかったが、くすぶりはじめてはいた。300人の先住民による「ウンディド・ニー占拠事件」が全米をゆさぶったのはあれから4年後(1973年2月)であった。
 その前年(1972年)の6月、私は久しぶりにアイヌ民族と話す機会があった。北海道を転任で去って以来ちょうど10年ぶりである。それは日高の平取町二風谷に完成した「二風谷アイヌ文化資料館」の開館式に出席・取材するためであった。今ではかなり知られるようになったアイヌ出身の民族学者・萱野茂氏の永年の努力の結晶である。
 まず注目したのは、この資料館の正式名が「アイヌ文化」となっている点だった。10年前だったらおそらく「ウタリ文化」(注)とされたに違いない。それが堂々と「アイヌ」を正面にすえたのだ。会場で多くのアイヌたちと話して、こうした変化の背景をかなり理解することができた。合州国の黒人たちが「黒」であることへの屈辱と訣別し、むしろ黒の誇りを強調して「ブラック・パワー」を叫びだしたように、いまかれらは「アイヌ・パワー」を叫びはじめたのだ。「アイヌ」という言葉を、むしろ誇らしげに口にする20歳代のアイヌ青年と語ることは、一種の感動でさえあった。・・・(以下略)

頁123――
<注>「ウタリ」とは、アイヌ語で「同胞」を意味し、かつては和人がアイヌを語るときも「アイヌ」を排して「ウタリ」が使われていた。今もその名残りはまだある。

******

 引用部の以下――【合州国の黒人たちが「黒」であることへの屈辱と訣別し、むしろ黒の誇りを強調して「ブラック・パワー」を叫びだしたように、・・・】では、カギ括弧の黒を使い、白人英語の悪を含意した「黒」への訣別を言い、カギ括弧のない黒を使って、黒の誇りを言っている。要するに言うまでもなくく本多勝一は「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動に同意、賛同しているのである。

 しかし不思議である。『週刊金曜日』のツイートでは頻繁に本多勝一の著作から引用されるのであるが、肝心のこの部分は引用されることがあるのであろうか?
 もちろん『週刊金曜日』が今後もトンデモ和製英語「ブラック」を使いつづけていくのなら、ツイートでは絶対引用されてはならない肝心な箇所が他にもいくつかあるのであるが・・・。
 

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