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「黒塗りメイク」問題またまた・・・再び:市村正親「草笛光子さんあっての作品」、紀伊國屋ホール出演への感慨語る


 差別語「ブラック」が大氾濫する名誉白人低国では、花王「#BeWHITE」問題でさえ『朝日新聞』などが無視している惨状だが、要するに黒人差別問題では、批判者は圧倒的に少なく、何しろあらゆるモノカキの大部分は差別語「ブラック」を使う共犯者だから黙っているし、結局、どんな問題が起きても無視さえしていればいいのだ、というのが現状のようだ。このように多勢が傲慢にも無勢を無視する対応ばかりだから、過ちは何度でも繰り返される。


 公民権運動も扱う劇で、「黒塗りメイク」をするなんて常識ではあり得ないが、この名誉白人低国ではあり得ないことが何度でも起きる。何しろ労働運動や市民運動が率先して差別語「ブラック」を使う国である。上(政治屋)から下(市民)まで梶山静六並の名誉白人ばかりなのだ。

 政治屋・梶山静六は1990年にこう言っている――「たとえば、悪貨は良貨を駆逐するというが、アメリカにクロ(黒人)がはいって、シロ(白人)が追いだされているような混在地になっている」

 

■「笑ってはいけない」浜田の黒塗りメイクが物議 黒人作家が語った不安

http://blackisbeautiful2013.blog.fc2.com/blog-entry-8424.html


・・・


マクニールさんに、まず、あのシーンを見てどのような気持ちになったのかを説明してもらった。

《どんな気持ちかって? とても複雑な気分ですよ。日本社会は、世界がブラックフェイスについてどんな議論をしているか、きちんと見てこなかったように思えます》

アメリカでは1800年代以降に、顔を黒く塗った白人が、黒人役を演じる「ミンストレル・ショー」が人気を博した。しかし、「人種差別的だ」とされて廃れ、いまではすっかり「差別だ」という評価が定着している。マクニールさんが指摘するのは、そのことだ。


《私の気持ちは半々です。

半分の私は、日本のテレビコメディーや音楽でブラックフェイスを見るたび、見下されたような、馬鹿にされたような、そして表面だけを見られて、人間性を否定されているような気分になります。

私の肌の色が、私自身の人間性が、芝居の小道具、あるいは脚本にされたかのように感じるのです。

しかし、もう半分の私は、『彼らは子供で、わかっていないだけ。だから我慢しなきゃ』とも思うのです》

マクニールさんは、こんなふうに思ってしまうこと自体が「つらい」のだと話す。

《敬意を持って、一緒に生きていこうと決めた日本の人たちに対して、このような感情を抱いてしまうのは、つらいことです。》

日本でもダメ?

ネット上では、日本のお笑いと、アメリカの人種差別とでは、文脈が違うのではないかと感じる人もいるようだ。日本でも「ブラックフェイス」はダメなのだろうか?

《ブラックフェイスが、なぜ悪いかって?

それは、これが、多くの日本人が海外の歴史を知らないだけでなく、自分自身の歴史も知らないことを示しているからです。

多くの日本人は、日本人が顔を黒く塗ったとしても、日本にはアメリカの人種差別の文脈や歴史がないので、問題ない、害がないのだと言うでしょう。

しかし、実はアメリカの歴史とは別に、日本でもブラックフェイスの歴史はありました》

遡れば1854年、来航したペリー提督が当時アメリカで流行していた「ミンストレル・ショー」を幕府の役人に披露している。

《それ以来、現在に至るまで、エノケン(榎本健一・日本の喜劇王)ら、多くの日本人コメディアンやミュージシャンがブラックフェイスをしてきました。シャネルズ(※1980年代に活躍)やゴスペラッツ(※2005年〜06年、2015年夏に再始動)のずっとずっと前からのことです。だから、知らなかったという言い訳、日本にはブラックフェイスの歴史がないという言い訳は通用しない。ダメなのです》

最悪のシナリオ

ところが最近まで、日本では「差別の文脈」が特に意識されてこなかった。その問題点を、マクニールさんはこう指摘する。

《さらに心配なのが、日本には(改善のための)時間があまり残されていない点です。日本を愛し、日本のために最善を尽くそうと思っているすべての人たちにとって、最悪のシナリオは2020年の東京オリンピック・パラリンピックで、ブラックフェイスは差別じゃないという態度を貫いてしまうことです。

もし、オリンピック・パラリンピックの開会式で、誰かがこのようなブラックフェイスをしてしまったら...。全世界が、日本は人種差別主義、あるいは無知な国だと見なすでしょう。これは取り返しがつきません。

日本は、オバマ元大統領やミシェル夫人から、人種差別主義的な国だと非難されるかもしれません》

過去にも署名活動

ふだんであれば、日本のバラエティ番組は日本国内の文脈だけで消費され、そこに世界の注目が集まることはまずない。しかし、オリンピックのように海外の注目が集まっているときには、話が大きく変わる。来日する人が増える分、日本のテレビ番組をホテルなどで見て、海外に向けてTweetする人もいるはずだ。マクニールさんは続ける。

《このような時、日本の立場を弁護し、こういった見方を打ち消すのは、日本のことをよく知る外国人の役割になるでしょう。でも、こんなことがいつも行われているなら、心から日本のために弁護するようなことができるでしょうか?》

「最悪のシナリオ」が起きる可能性は、どれぐらいあるのだろうか。マクニールさんは過去1週間で3回、テレビ番組で「ブラックフェイス」を目にしたという。

《私は2015年にも、ブラックフェイスを放映しないでください、という運動をしました。このときは5000人近くの署名が集まり、フジテレビはそのシーンの放映を取りやめました。しかし、フジテレビはその理由も説明せず、署名活動を認めることもありませんでした。

実は、このとき集まった署名の大半は日本に住む外国人のものではなく、日本人の署名でした。しかし、日本のメディアは、この署名運動についてあまり報じなかった。そのため、メディアはブラックフェイスを快く思っていないのは外国人だけでない、日本人の中にもそういう考えの人がいるのだということを学べませんでした。これは非常に残念なことでした。貴重なチャンスを逃してしまったのです》

テレビは、どうすればいい?

テレビ側としても、黒人差別をするつもりは全くないはずだ。どうやったら「誤ったメッセージ」を発信せずにすむのだろうか? マクニールさんはこのように話していた。

《この問題を解決する方法は、非常にシンプルです。こういう(黒人が登場する)シーンには、日本語が話せる黒人...できれば日本語が話せる黒人の俳優を起用すればいいだけです》

もしくは...。マクニールさんは皮肉を交えて、こう付け加えた。

《もしくは、番組制作者が「日本人のブラックフェイスは面白いので、黒人を怒らせたとしてもしかたない、それがまさに視聴者が見たいものだ」と考えていることを認めて、その「結果」にも対処することでしょうね》

マクニールさんは横浜に13年も住み、「ラーメンと、温泉と、時間通りに運行する電車が大好き」と話す。その彼ですら、こうした受け止めをした。Twitterでは他にも、日本に住む外国人たちが反対の声を上げていた。もし仮に、こうした番組が何の注釈もないまま海外に中継されたとき、いったいどうなるのか。「ブラックフェイス」表現について、国内でも議論を深める必要がありそうだ。


 ■https://twitter.com/dboku/status/1142244880032370689

DK :-D @dboku 6月22日

なんだかため息しか出ないんだけど…いまだにこういう演出を続けてるのかと。しかも出演者の会見での会話も酷い… テレビでも散々問題になってたよね。作品を理解しようとする気持ちが無いとしか。


DK :-D @dboku 6月22日 

       

■市村正親「草笛光子さんあっての作品」、紀伊國屋ホール出演への感慨語る

 https://natalie.mu/stage/news/336253                                                           


「ドライビング・ミス・デイジー」より。(撮影:宮川舞子)

「ドライビング・ミス・デイジー」より。(撮影:宮川舞子)

ドライビング・ミス・デイジー」の会見が本日6月20日に東京・紀伊國屋ホールで行われ、出演者の市村正親草笛光子堀部圭亮が出席した。

本作は、1988年度にピュリツァー賞を獲得したアルフレッド・ウーリーの戯曲で、翌89年の映画版ではアカデミー賞にて作品賞を含む4部門を受賞した。時は1948年。長年勤めた教職を退いた未亡人デイジー(草笛)は、ある日運転中に危うく事故を起こしかける。母の身を案じた息子ブーリー(堀部)は、彼女専用の運転手として初老の黒人ホーク(市村)を雇うが、デイジーは乗車拒否を続け……。

3人は、それぞれ扮装姿で会見に登場。草笛と市村は、「ラ・カージュ・オ・フォール」以来、25年ぶり2度目の共演となる。草笛が、肌を黒く塗った市村に「あなた、これ似合うわよ。ずっとこれで平気」と声をかけると、市村は「ゴルフで日に焼けすぎたなあ」とうそぶきながら、「何をやっても似合うんだよ」と自画自賛。市村は続けて「この前、化粧を落とさずに帰ったら、子供に『ガングロ!』って言われた」というエピソード披露すると、そのままトークが止まらない。勢いに押された草笛が、「市村さんは何しろパワフルで、いつも噴火しているみたい。人間離れした……役者離れもした……」と感想を漏らし、会場を笑いで包んだ。

草笛は、「85歳にもなってこんな大役をいただいて、頭の中がいっぱいいっぱいです」とあわてているさまを身振り手振りを交えて表現しながら、「修羅場って言ったらいいのか……大変な思いをしていますけど、神様からいただいた大切なお仕事なので、この歳なりのやり方で一生懸命やらせていただこうと、だんだん覚悟ができてきました」と気合を見せる。

息子役の堀部が「年齢が近いこともあり、実の母がそこにいるような気持ちです」と草笛に温かい視線を送ると、草笛が「甘ったれちゃいけないって一生懸命思うんですけど、やさしい座組の皆さんにおんぶにだっこで……」と続く。すると市村が、「でも監督は怖いんだよ……。何ていう人だっけ? (背後に貼られたチラシを見て)森(新太郎)さんって人!」と冗談を飛ばし、記者たちを笑わせた。

市村はさらに、「田辺茂一さんの時代から育まれた空気が流れる、演劇の殿堂・紀伊國屋ホールでやれる喜び。若き日の野田(秀樹)くんとかつか(こうへい)さんとか観ましたね」と、この会場で上演する感慨を語りつつ、「この作品は草笛さんがこの年齢で、かつ元気だから成り立つんです。俺が85歳になったときに、この芝居ができるかっていうとできない。今後の目標ができました。草笛さんあっての『ドライビング・ミス・デイジー』です」と作品をアピールし、運転手ホークとして隣の草笛に「奥様、よろしくお願いします」とうやうやしく頭を下げた。

ドライビング・ミス・デイジー」は、6月22日から7月15日まで東京・紀伊國屋ホール、7月17・18日に宮城・電力ホールにて。なお上演時間は休憩なしの1時間50分を予定している。

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