正義の戦争でも良い人から死んでいく


▲正義の戦争でも良い人から死んでいく

 利他的行為と聞いてすぐ三浦綾子『塩狩峠』を思い出すひとは多分いい人だ。だって多少とも利他的行為について考えた人であることは確かだからだ。私の場合、例えばソウル・フラワー・ユニオン 『平和に生きる権利』を聞いて涙が止まらないのは、それがすぐさま「しかし、キエンの戦争の記憶の中で、最も悲惨なのはホアのことだ。」の記述で始まる道案内ホアが仲間の負傷兵を助けるために、【強かんされるために、(そしてしかる後に射殺される・・・)】米兵たちをおびき寄せる話をすぐさま連想してしまうからだ。

・・・「正義の戦争などない」という馬鹿げた言説を得意げに言う人間もいる。

 しかし・・・

 皇軍が中国を侵略しなければ戦争は起こらない。米兵がベトナム国土に侵攻せねば戦争は起こらない。米軍が大嘘をこいてイラクを侵略しなければ戦争は起こらない。侵略された側が抵抗の戦いを始めれば、それは正義の戦争なのである。
他国を戦場にしないため、自国を戦場ににしないために、私たちには多分やるべき事が多すぎるほどあるのだが・・・。

  ・・・
 
 アメリカはベトナムに負けたのか?ベトナムの小説家バオ・ニンは「惨勝」と表現した。ベトナムが負ければどうなっていたのだろう?例えば現在のハイチのようになったかもしれない。アリステッド大統領は米兵に拉致されて出国したという。まったくハイチの中南米の最貧国から脱却は難しい。テロ国家アメリカの近くに位置したばかりに・・・。

 チョムスキーもウィリアム・ブルムも言うのだが、アメリカは目的を達成したのだから勝った。目的?ベトナムは戦争の傷跡の修復に50年以上を要し、第三世界の見本となるべき革命的実験は放棄させられた。チリの選挙で選ばれた社会主義政権、あんなことが起こるなんて・・・、あれこそはテロ国家アメリカにとって絶対あってはならないこと。それならばやることはきまっている。つぶせ!

 ・・・

 ベトナム「惨勝」のベトナム戦争で想起してほしい。アメリカ人の女性がベトナム兵に強かん・輪かんされることは絶対起こり得ない。戦場になるということは、すべてのものが破壊されるということ。戦場になれば、女は幼女から老女まで強かんされるだろう。

 よって侵略強盗強かん軍においては絶対起こらないことが正義の戦いでは起きる。・・・

 以下『戦争の悲しみ』バオ・ニン著/井川一久訳(めくるまーる)より―─

([*]は筆者:注釈)

[* 傷病兵15人と搬送班員とキエンの部下達は、ホア(女性ガイド)道案内
で米軍の攻撃から逃走していた]


 キエンは
「俺たち、迷ってるんじゃないか」と女性ガイドのホアに言った。
 ホアは「大丈夫です」と自信たっぷりに答えた。

 (中略)

「君はこんな泥臭い湖へ俺たちを連れてきたんぜ。立派なガイドさんだね」
「あたし、間違ったみたい」と、ホアは自分を怨むような口調でつぶやいた。
「間違いじゃすまんよ。こりゃ相当な罪だぜ。君なんかアメリカ兵に撃たれちまえ。何発ぶち込まれたって文句は言えないかもな」
 ホアの両目は涙に濡れ、唇は震えていた。

[*キエン(手榴弾のみ)とホア(拳銃のみ)は、傷病兵と搬送班員を残し、逃走の道を捜している最中に米海兵隊パトロール隊4人と軍用犬シェパードと遭遇。
 彼ら(傷病兵など)はまもなくパトロール隊に見つかるだろう。
 ホアはキエンと離れて・・・]



 ホアは跳びかかろうとする犬の体に弾丸を2発続けざまに送り込んだ。弾丸はそれで尽きた。犬が倒れると、彼女はいったん右腕を下ろし、拳銃を米兵たちの方へ下手投げで放り出した。
 
 米兵たちはなぜかホアを撃たなかった。相手は拳銃一挺しか持たぬ若い女性で、しかも彼女は犬だけ狙っていた。だから撃つ必要がなかった。いや、この美しい獲物を撃たずに生きたまま捕まえたかった、というのがおそらく事態の真相だろう。
 
一人のパトロール隊員がホアに襲いかかった。ホアは身をひるがえし、道から全速力で遠ざかろうとした。米兵たちはいっせいに追いかけた。

(中略)

 ホア。哀れな娘。だが天女のように限りなく美しい魂の持ち主。君は多くの他者のために、進んでおのれを犠牲に捧げた。あの捜索犬を殺し、さらに自分の体に米兵たちを誘いよせて、味方の傷病兵15人と搬送班員たちを、また俺と俺の部下たちを救おうとしたのだ。俺は君のその気高いこころざしを無にすることができない。米兵らと闘って死ぬことは許されない。キエンは手榴弾の安全レバーを静かに元に戻した。彼は結局、苦悩に凍りついた目で、なすすべもなく残酷場面を見つづけたのだった。

 米兵たちは、後方に立っていた数人を除いて、次々にホアを犯したようだった。彼らはこの日のパトロール活動を集団レイプで終えようとしていた。


★【他人を生かすために自分が死ぬ話はそこらじゅうに転がっていた。】

(注:【 】部、バオ・ニン『愛は戦いの彼方へ(原題:戦争の悲しみ)』大川均訳/遊タイム出版より引用、原本に対して日本語翻訳本2冊がある。)
【しかし、キエンの戦争の記憶の中で、最も悲惨なのはホアのことだ。】
・・・
【しかし、あなたや私が生き残り、その代わりに優秀で素晴らしい、この世に生きる資格を人より多く持った人々が死んだという事、血みどろの戦争の機械に噛み砕かれて微塵になり、暗黒の暴力に辱めを受けて殺され、葬り去られ、跡形も無く消えたというのは、今の平穏無事な日常から見ると、とんでもない皮肉だ。正義は勝った。仁愛の心は勝った。しかし、同時に、大量虐殺、非人道的暴力、つまり悪も勝ったのだ。・・・】

以上引用終わり
 
******
 
 悪は勝った。テロ国家アメリカは勝ったのだ。だから反省もせず、借金を返させ、戦後補償もせず、復興支援の約束も果たさず、枯れ葉剤被害者を無視して、・・・そしてアフガニスタンをイラクを侵略する。

・・・

 本当の仲間のために命を投げ出す「この世に生きる資格を人より多く持った人々が死んだという事」が正義の戦争の実相なのだ。毎日がテロ国家アメリカがまともな戦争映画を作り得ないのは当たり前のことなのだ。どう仲間のために戦おうとも、殺し屋として他国へ来ているという愚劣な本質を隠すことはできないからだ。

 多くの人間は利己的の程度はともかく利己的に生きている。それは本能として組み込まれているし、そうでないと生命を保持できないのかもしれない。だから問題はその程度なのかもしれない。地位・金・権力のためなら他人を蹴落としてもいい(あるいは最終的には死んでも構わない)と思う人は確実存在する。たぶんその利己的欲望を肥大化した最悪の集団がテロ国家アメリカの支配層なのだろう。

 ベトナム戦争とは、最悪の利己的集団と最良の利他的集団の戦いでもあったのだろう。そして結局、無傷で生き残ったのが最悪の利己的集団なのだから、勝者はもはや明白だろう。


★ソウル・フラワー・ユニオン 『平和に生きる権利』
http://www.youtube.com/watch?v=jTPD6cPym_M



▼被害者のままでいることの難しさ

 

 被差別者の暴走にはユダヤ・ナチの蛮行を繰り返すテロ国家イスラエル問題が
典型例だが、かように被害者が被害者のままのままでいることは難しいのであ
る。もちろんロマのように、ナチスに比率ではユダヤ人以上の迫害を受けながら
もいまだに迫害されている民族もいる。

韓国で起きていたことは──

★韓洪九(ハンホング)『韓国現代史Ⅱ』(高崎宗司監訳、平凡社)より―─

私たちが平和歴史記念館を建てなければならないと考えるようになったのは、日
本軍により性奴隷として連れて行かれた文明今(ムンミョングム)、金玉珠(キ
ムオクジュ)という二人のハルモニが、生前に私たちに数千ウォン[数百万円]
という大金を残して亡くなられたからです。二人のハルモニは、ベトナムで韓国
軍による不幸な出来事に見舞われた人々の話を聞かれてから、政府から受け取っ
た生活補助金と民間団体から受け取った大切なお金を、「戦争によって苦痛を受
けた他の人々に使ってもらえれば」と私たちに送ってくださいました。誰よりも
痛い戦争の傷で苦しんでおられた二人のハルモニが、同じように戦争による傷で
苦しんでいるベトナムにいる名も知らない人のために、全財産を残してくださっ
たのです。痛みの連帯、痛みに苦しむ者たちが、お互いに痛みを分かち合い、力
を合わせれば、その痛みは軽くなり、再び他の人々が痛めつけられることを予防
することもできるのです。 (引用終わり)


 一方、テロ国家イスラエルの場合──

 ★『イスラエルとは何か』(ヤコブ・M・ラブキン 菅野賢治・訳 平凡社新書 
2012年) 

頁201――

ワルシャワ・ゲットー蜂起の際に闘士であった父親を殺害されたあるユダヤ人の
娘は、のちに以下のような胸の痛む問いを投げかけています。

たとえパスティナ人たちが、〔かつてナチス時代にユダヤ人がそうされたよう
に〕 一 列に並ばされて一斉に射殺されているわけではなく、一日に一人ずつ
イスラエル軍に殺されているだけであるからといって、私たちユダヤ人は、道義
性や正義について思い煩う必要がないということになるでしょうか。ナチズムな
るものがユダヤ人にとって悪を裁定する際の唯一の基準になったからといって、
いかなる行為も、それが完全なまでにナチズムの複製でない限りにおいて道義的
に許容される、という意味になるのでしょうか。ホロコーストは、ユダヤ人の道
徳的感性にその程度のものしかもたらさなかったのでしょうか(イレナ・クレプ
フィシュ『不眠症患者の夢』、1990年)。 (引用終わり)

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犯罪者は被害者の沈黙をあてにする ノンフィクション『ミズーラ』の告発

犯罪者は被害者の沈黙をあてにする ノンフィクション『ミズーラ』の告発



『ミズーラ 名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度』

昨年、日本では名門大学の学生による集団強姦や疑惑が相次いだ。なくならない性暴力と性暴力被害者を取り巻く偏見について、私たちはどう立ち向かうべきなのか。

『ミズーラ 名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度』(亜紀書房)は、昨年9月に日本語訳版が発売されたアメリカのノンフィクションだ。著者のジョン・クラカワー氏は、『空へ』『荒野へ』などの著書を持つベテランの書き手。『ミズーラ』では、2010年から2012年にかけてモンタナ州ミズーラにある州立モンタナ大学の名門アメフトチーム選手が起こした複数のレイプ事件(集団レイプを含む)を取材した。

本書では、レイプ事件の詳細を被害者らが実名で語る(被害に遭った6人のうち5人が実名で取材に応えている)。裁判記録などから加害者の言い分も明らかになるが、そこでわかるのは、加害者と被害者の間に大きな認識の差があることだ。加害者の多くは、自分の行為をレイプではなく通常の性行為と思い込んでいる。

また、加害者が地元で人気のある大学のアメフトチームに所属していたことから、被害者たちへの痛烈なバッシングが行われたことも本書内では詳細に記されている。ネット上では「あの女は注目を浴びたがってるとしか思えない」「(レイプの訴えは選手に対する)ただの魔女狩り」「有名選手なのだからファックするのにレイプする必要がない」といったコメントが書き込まれ、アメフトチームは、レイプを告発した女性たちが悪で、自分たちがチームの伝統を破壊された被害者であるかのような声明文を出しさえした。

裁判では、被害者の性格や、どのような過去があるか(たとえばいじめを受けていた経験があることなど)も加害者側の弁護士から問題にされ、一方で加害者が普段どれほど優れた人物だったかが強調された。

たとえば強盗や殺人の場合、ここまで被害者が疑われたり責められたりすることはないだろう。性犯罪はこの点で他の犯罪と大きく異なることに読者は気付かされる。

著者のクラカワー氏がこの問題を取材しようと思ったきっかけは、我が子のように考えていた女性がレイプ被害にあっていた事実を知ったことだったという。「レイプの残酷さやレイプ問題の広がりについて何も知らなかった自分を恥じた」というクラカワー氏に、メールでの取材を申し込んだ。

『ミズーラ 名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度』
『ミズーラ 名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度』

■性暴力の申し立てによる学内裁判

――加害者の学生に対しての処分について、大学内で裁判が行われていることに驚きました(※)。日本の大学ではそういったことはありません。アメリカのキャンパスで裁判が行われるのは一般的なことなのでしょうか。また、それは司法から完全に独立したものなのでしょうか。(※)学生が陪審員を務め、加害者と被害者両方が証人を立てて主張を行う。

「アメリカには「タイトル・ナイン」という法律があって、性暴力の申し立てがあった場合、大学は必ず調査しなくてはなりません。申し立てが真実であると認定された場合、大学は加害者から大学に所属する人間を守るために何らかの措置を取ることを求められます。たいていこの措置は加害者を大学から除籍ないしは停学処分にするというものになります。

ただ、付け足しておかないといけないのは、大学は刑事司法制度のような権限があるわけではないということです。大学はレイプ犯を投獄する権限もなければ、性犯罪者として登録することもできません。大学が科すことのできる最大の処罰は退学処分です」

――日本のキャンパスでも複数のレイプ事件が起こっています。2000年代にある国立大学で起こった集団準強姦事件では、大学側が加害者を無期停学処分にしました。この事件は後日、示談・不起訴となったことから加害者が大学の処分を不服として民事で訴え、1審では大学側が敗訴しました(2審で勝訴)。この1審での敗訴があることで、日本の大学はレイプ事件の加害者に対する処分について早い段階での判断を行わないのではないか、と言う識者もいます。

「この問題はアメリカの大学でも同じです。退学になったレイプ犯は時に民事で訴えを起こすことがあります。こうした際、しばしば大学は巨額の和解金をレイプ犯に支払って(たとえ犯人が有罪でも)示談に持ち込み、公判になった場合に生じる悪評を避けようとします。こういった前例のために、キャンパスレイプ犯への処罰を大きく躊躇う大学もあります」

■起訴されることの少ない犯罪

――『ミズーラ』では、主にネット上で、被害者に対する中傷が多数行われたことが書いてあります。こういった中傷はセカンドレイプ(性的二次被害)にあたるものですが、このような書き込みについて、アメリカでは書き込んだ人が特定され、処分を受けた例がありますか? 日本では、キャンパス内で行われたレイプ事件で、被害者を中傷する書き込みをSNSで行った同じ大学の学生が処分を受けた例があります。

「レイプの被害者がインターネットで中傷されたとき、もう一度レイプされたように感じるということは同感です。でも、こうした被害者を誹謗中傷する卑劣な行為の当時者が処罰されたり、何らかの責任を負わされるケースは、アメリカでは非常に稀です。

これは、アメリカで行われたレイプのうち起訴されるのは6%以下に過ぎず、さらにそのうちレイプ犯が有罪となるのは半分以下だということを考え合わせれば、驚くにはあたりません。女性が性暴力の被害にあった時の優に90%を超える事例で、加害者は何の処罰も受けずに済んでいるのです(※)」

(※)日本の場合、強姦の起訴率は37.2%(H26年/検察統計年報)。また、内閣府の「男女間における暴力に関する調査」(H26年度)では、無理やり異性から性交された女性のうち、警察へ相談や通報を行った人は4.3%。

■被害者にとってこれほどトラウマを生む犯罪はない

――『ミズーラ』では、性犯罪被害者に対して理解のある男女と、理解のないように見える男女が登場します。前者と後者は、何が違うと思われますか? 後者が、性犯罪被害者を理解するために必要なものは何でしょうか。

「なぜ、レイプ被害者に同情する人もいれば、被害者を非難し残酷に扱い軽蔑する人もいるのかはわかりません。おそらく、多くの男性が女性のセクシャリティに深い恐れを抱いていることと関係しているのではないかと思います。実際、あまりにも多くの男性が女性全般に脅かされていると感じているのです。

性暴力は疑いなく凶悪犯罪ですが、しかし性暴力をそのようなものとして扱っていない判事、陪審員、検察官、警官、看守、役人、大学当局、そして一般市民があまりにも多く存在します。実際、先の大統領選の結果が何らかの指標だとするならば、6300万人のアメリカの有権者が、性暴力を行っても自分はなんのお咎めも受けないと公然と吹聴してみせたドナルド・トランプを大統領に選ぶことをなんとも思わなかったのです。

性暴力の実際は、被害を受けたことのない人が想像するようなものとはまるで異なります。(アメリカでは)80%以上のレイプ被害者は見知らぬ他人ではなく、信頼する知人から被害を受けています(※)。被害者にとってこれほどトラウマを生む犯罪はまずありません。

心理学者は、レイプがアメリカ人の発症するPTSDの最大の原因のひとつだと報告しています。性暴力のサバイバーは、フラッシュバック、不眠、悪夢、過覚醒、抑うつ、孤独感、自殺願望、突然の激しい怒り、激しい不安感など、戦争のサバイバーと同じ症状や行動を示します。世界がコントロール不能になっていくという感情を抑えることができなくなるのです」

(※)「男女間における暴力に関する調査」(H26年度/内閣府)によれば、日本では、女性の約15人に1人は異性から無理やり性交された経験があると答え、そのうち加害者が「まったく知らない人」と回答したのは11.1%。74.4%が、面識のある相手が加害者だったと回答。

■犯人は平均6人の女性をレイプしている

――著名なジャーナリストであり、63歳の男性であるクラカワーさんがこの本を書かれたことには意味があると思います。女性側から何を言っても、何を書いても聞く耳を持たない層(ときとして、大きな影響力を持っている層)に響くことがあるのではないかと思うからです。そう感じる反響はなかったでしょうか?

「この本を読んで、大部分の男性が性暴力に対する考えを変えてくれることを願っていますが、残念ながらそうはなっていません。性暴力に関する誤った考え-レイプ神話-(※)はわれわれの文化に非常に深く根をはっており、これを改めるのは極めて困難です。

それでも、私の本を読んでレイプに対する理解がすっかり変わり、初めて被害者の視点でレイプを見ることができるようになったと言ってくれる男性もいることはいます。ただ、大半の男性は、『ミズーラ』を書いた私を男に対する裏切り者だとみなしています」

(※)「強姦は、女性側の挑発的な服装や行動が誘因となる」など、真偽に関わりなく広く一般に信じられているレイプにまつわる話。参考:「強姦(レイプ)神話とは」(神奈川県)

――第10章では、「レイプ加害者の6~7割が繰り返し罪を犯し、さらに彼らのうち全員が自分をレイピストだとは考えていない」というデイヴィット・リザック博士の研究結果が紹介されています。この調査を知ったときに、考えたことを教えてください。

「リザック博士の研究結果はショッキングでした。あらゆるコミュニティでレイプ犯は複数回のレイプを行っていること、女性を食いものにするこうした犯人は平均6人の女性をレイプしているということを発見しました。罰を受けることなく多くの女性をレイプすればするほど、犯人は罰を逃れる術に長けていくのです」

■レイプ犯は被害者の沈黙をあてにする

――日本では昨年、名門大学で起こったいくつかの集団レイプ事件が報じられました。エリートが起こしたこのようなニュースに怒る人は多いけれど、性暴力の問題の背景にあるものや、社会に潜む性暴力事件の暗数に気付いている人は少ないかもしれません。

「あなたの国でも私の国でも広く文化的に受け入れられていることを変化させる唯一の方法は、教育だと思います。変化はすぐには起こりませんが、それでも起こりつつあります。少なくともアメリカでは、レイプ被害者が変化の導き手になっています。

『ミズーラ』で書いたように、レイプ犯は、責任を逃れるために被害者の沈黙をあてにします。性暴力のサバイバーが沈黙を破って公に話をする勇気を得られたとき、加害者に強烈な一撃を加えることができます。前に出る多くの被害者は信用されず、法廷にも大学にも、ほかのどこにも正義を見出せない、これはどうしようもなくそうでしょう。

しかし、声を上げることで、ほかの被害者にも語る勇気を与えることになり、またその過程の一環として自分自身の回復が進んでいくことになるかもしれません。サバイバーが光の当たらないところから外へ出て、性暴力がどれほどはびこっているかを明らかにすればするほど、集団になって強さを結集することができます。

こうして一団となって毅然と立ち向かうことは、すべての被害者の心を動かし、孤立のなかでしばしば抱かれる不当な恥の感覚を消し去ってくれます。自分独りでは恐ろしくて声を上げられない被害者たちの心をも動かすのです」

(訳:内藤寛)

ジョン・クラカワー(Jon Krakauer)

1954年生まれ。ジャーナリスト、作家、登山家。当事者のひとりとして96年のエベレスト大量遭難事件を描いた『空へ』(1997年/日本語版1997年、文藝春秋、2013年、ヤマケイ文庫)、ショーン・ペン監督により映画化された『荒野へ』(1996年/日本語版1997年、集英社、2007年、集英社文庫。2007年映画化、邦題『イントゥ・ザ・ワイルド』)など、山や過酷な自然環境を舞台に自らの体験を織り交ぜた作品を発表していたが、2003年の『信仰が人を殺すとき』(日本語版2005年、河出書房新社、2014年、河出文庫)以降は、宗教や戦争など幅広いテーマを取り上げている。日本で現在公開中の登山ドキュメンタリー映画『MERU/メルー』にも出演している。

1980年・東京都品川区生まれ。性暴力を取材するライターです。お仕事・講演のお問い合わせ→ info.mapt7@gmail.com ※スタッフが対応します。ケアを受けていない方からの被害相談は基本的に対応できません(カウンセラーではないです)。NAVERまとめへの転載お断り。


▼ニュース

2015年03月14日 17時45分 JST | 更新 2015年03月16日 00時23分 JST


Kevin Mazur via Getty Images
NEW YORK, NY - MARCH 11: (Exclusive Coverage) Howard Stern and Madonna pose in the studio after Madonna Live On The Howard Stern Show On Howard Stern's Exclusive SiriusXM Channel Howard 100 at SiriusXM Studios on March 11, 2015 in New York City. (Photo by Kevin Mazur/Getty Images for SiriusXM)

歌手のマドンナがアメリカのラジオ番組「ハワード・スターン・ショー」3月11日の放送に出演し、自身が過去にレイプの被害に遭っていたことを明かした。その中で語ったことが、多くの性的暴行の被害者が被害を届け出ずに終わってしまう理由を、端的に言い表している。

56歳のマドンナは番組中でニューアルバム「レーベル・ハート」と、彼女が1970年代の後半にニューヨークに引っ越してきた経験について語った。その時、彼女は見知らぬ男性にナイフを突きつけられ、性的暴行を受けたと言う。「レイプされたの。ニューヨークに引っ越してきてからの1年間はめちゃくちゃだったわ」と、司会者のハワード・スターン氏に明かした。

マドンナは2013年の10月に雑誌「ハーパーズ バザー」上のエッセイで暴行被害について告白している。「ニューヨークは私が想像したようなところではなかった。両手を広げて私を歓迎してくれるなんてことはなかったわ。最初の年に、銃を突きつけられ、ナイフで脅されながら、住んでいるアパートの屋上に連れて行かれてレイプされた。アパートには3回も侵入された」と綴っている。

なぜ、レイプ被害を一度も警察に通報したり告発したりしなかったのか。マドンナはスターンにその理由を次のように語っている。「穢された事実は変わらない。時間の無駄だし、あまりにも屈辱的だったから

これは短いやりとりだが、なぜアメリカで起きている犯罪の中で、レイプ被害だけが届け出が著しく少ないのか、その問題の核心に触れている。レイプや虐待に反対する活動を行うNPO「RAINN」によると、レイプ被害件数のうち、68パーセントは報告されずに終わっていると言う。理由としては、被害者に向けられるネガティブな注目や、告発する過程で被害者が再びトラウマを受ける「リトラウマゼーション」が挙げられる。結果として、レイプ加害者の100人のうち2人の割合しか実刑を受けることがないという現状が生まれている。

性的暴行の被害者がなぜ数年、時には数十年にもわたって被害を届け出ようとしないのか、想像するのは難しくない。一度被害を届け出ると、被害がいつ起きたのか物的な証拠を得るために体の隅々まで検査されなければならない。そして、被害の顛末を時にプライベートな領域にまで踏み込んで詳細に話さなければいけない。裁判の間も何回にもわたってその話をしなければいけない。メディアや同僚、学術界から悪意ある眼差しを向けられる可能性すらある。

また、性的暴行の被害に遭った男性/女性は「完全なる被害者」でいなくてはならないというプレッシャーに直面する。彼らの語る被害の内容が、慣習的に「容認できる」レイプ被害の筋書きに当てはまらなければいけないのだ。こういった体験が被害者の自尊心を傷つけ、マドンナの言う"屈辱"の一因になっている。

emma sulkowicz

エマ・スルコウィッツさんは大学3年生の時、同じ大学の学生からレイプ被害に遭った。しかし大学側が行動を起こさなかったことに抗議して、"被害現場"であるマットレスを持ち歩いて抗議した。

「被害直後に911(緊急通報電話)をダイヤルしなかったとしても、被害が起こらなかったということにはなりません」活動家のエマ・スルコウィッツさんは2015年2月にインターネットサイト「マイク」に対してこう語った。「トラウマに対する対処の仕方は人それぞれです。それは生まれ育った環境や自分自身の見方、困難への対処の仕方によって異なります」

残念ながら、スルコウィッツさんや俳優でコメディアンのビル・コスビー氏にまつわる一連の事件の被害者に対する社会からのネガティブな反応を見るに、世間はマドンナが被害を"届け出ない"と決断した数十年前からあまり変わっていないようだ。

だが、そろそろこの意識を変えるべきなのではないだろうか。

RAINNではアメリカ国内の性犯罪被害へのオンライン上のホットラインを開設している。さらに情報が欲しい場合は全米性暴力情報センターで確認できる。

Madonna: 56 Of Her Most Memorable Looks

この記事はハフポストUS版に掲載されたものを翻訳しました。

強姦罪の虚偽告発率は2%

▼根拠なき事件と虚偽告訴

https://niben.jp/or/ryosei/gender/info/2_kyogikokuso.pdf

・・・

不適切に根拠がないとすることが、どのように根拠がない告訴の神話を強めるか
日常的に性暴力事件を根拠がないとすることで起こる結果のうちもっとも悲劇的なものは、事件が虚偽であると判断される割合が高いという神話を強めることであろう。女性は強姦されたとウソをつくという考えは、被疑者が友人や家族や、社会的サービス機関や、刑事司法機関に助けを求めようとするとき、もっともマイナスに働く根本的な神話である。FBIに対して事件を不適切に根拠がないと報告することにより、社会の多くの人々に「根拠がない事件」と「虚偽告訴」を混同させるだけでなく、これあの不正確な統計が性暴力事件は他の事件より虚偽の割合が高いという感覚を生じさせてしまう。
・ 例えば、根拠がない性暴力事件は、1995年には8%だったが、1996年には15%で、その他のすべての事件については2%だった。
しかし、虚偽と思われる事件と根拠がない事件を分けると、状況は一転する。
・ この点を説明すると、オレゴン州警察は、1990年に起きた性暴力事件431件を調べたところ、1.6%が虚偽であったと判断した。自動車窃盗の虚偽通報率は2.6%だった。
この問題は、ニューヨーク警察署の元警官ハリー・オレリーによってもっとも雄弁的に語られている。
私が扱いたい最後の神話は虚偽告訴だ。無実の男性に対して虚偽の告訴をし回るような女性が本当にいるだろうか。そんなことが実際に起こっているのだろうか。これらは虚偽通報だろうか。もちろん、そうに違いない。そして、我々は、常に警戒心を持って被害者がウソをついているかもしれないと意識しなければならない。ウソをつく女性も当然いるが、真実の告訴の数に比べれば虚偽通報は無視できるほどしかない。ニューヨーク市において6か月間に通報された2000件の強姦事件のうち、250件が根拠のない通報だった。しかし「根拠がない」というのはウソをついているというのとは違う。それがどういう意味か見てみよう。250件のうち200件は単なる行政的なミスだった。これらの事件は最初から強姦事件と名づけられるべきではなかったのだ。例えば、女性が警察に電話して、「強姦」と叫ぶ。パトカーが駆けつけるが家には誰もいなかった。翌日、警察官が事件をフォローしに行ってみると、その女性が「ボーイフレンドとケンカしちゃって、『強姦』って叫んじゃったの。」と言う。「なぜ『強姦』と叫んだのか。」「だって不適切な行為って叫んでも誰も来ないでしょうけど、強姦って叫べば警察が急いで飛んで来るわ。」この類は虚偽の強姦通報ではなく、警察に対する小さな不都合にすぎない。
9
ということは、2000件のうち、ウソかもしれない事件が50件あるということだ。その50件のうち20件は、女性が専横的な父親か夫から自分の身を守るためのある種の試みだ。なぜなら、彼女は何らかの家族のルール、例えば門限を破ってしまって、なぜ遅くなったか説明しなければならないからだ。このような場合、特定の人物を訴えることはほとんどない。むしろそう言う場合は、夜、誰か知らない人の車に引きずり込まれて、すごくひどいことをされ、家に帰るのが2時間遅れたと言う。また他に、精神的に問題がある女性、主に寂しいと感じている女性がいて、もし強姦されたと言えば、警察官がきてしばらく話していってくれるということを知っているのだ。こらの女性たちは、ウソをついたわけだが、専横的な父親や夫ほどの悪意はない。
このように「根拠のない」通報を分析すると、女性が悪意を持ってウソをついて、行われてもいない強姦を行ったと男性を訴える事案は5件しか残らない。その場合、女性は虚偽告訴の容疑で逮捕される。虚偽告訴は罰せられるべき犯罪である。結局、2000件のうち5件のウソつきがいると言うことだ。わたしにとって、これはほとんどの被害者が真実を語っていると結論づけるに十分な証拠だ。(96-7頁)。
(以下、本文訳省略)


▼性暴力被害の実態と刑事裁判
http://www.shinzansha.co.jp/book/b210709.html

2 判決で描かれる性暴力被害と実態との乖離
  1  小田急事件―最高裁第3小法廷判決H21.4.14
  (1) 公訴事実の要旨/(2) 争いのない事実/(3) 争点/(4) 原審等の判断/(5) 最高裁の判断/(6) 検討
  2  千葉事件―最高裁第2小法廷判決平成23.7.25
  (1) 公訴事実の要旨/(2) 争いのない事実/(3) 争点/(4) 原審等の判断/(5) 最高裁の判断/(6) 検討
  3  おわりに


▼日本弁護士連合会・両性の平等に関する委員会編『性暴力被害の実態と刑事裁判』信山社 、2015年

頁114──(第4章 事実誤認における経験則とジェンダー・バイアス 神山千之)

 また、上記補足意見は、被害者が虚偽や誇張を含む供述をする危険を過大に評価しているのではないかとの疑問もある。ここで、この疑問に関連するデータを紹介しておく。
 1970年代前半の時期に米国のニューヨーク市で、性犯罪分析特別班を設置し、女性の警察官を被害者の面接に当たらせたところ、同市における強姦罪の虚偽告発率は2%であり、この数字はその他の暴力犯罪における虚偽告発率と一致したという。(文献6・314頁)調査
の対象となった期間と地域は限定的であるが、強姦罪の被害者が虚偽や誇張を含む供述をする危険について他の犯罪の場合より過敏になることは、かえって誤判を招く危険をはらむことになるであろう。
 強姦については虚偽の告訴が頻繁になされる危険が(他の犯罪の場合よりも大きく)あるという観念は「強姦神話」の典型の一つとされている(たとえば文献7・42頁)。強姦以外の性犯罪についても同様のことがいえる。冒頭で述べたとおり「強姦神話」はジェンダー・バイアスに基づく考えの典型例であり、那須裁判官の補足意見は、ジェンダー・バイアスにとらわれたものである疑いがある。

強かん神話

▼強姦(レイプ)神話とは

http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/p787148.html

掲載日:2016年5月26日


強姦(レイプ)神話

強姦(レイプ)にまつわる話として、その真偽に関わりなく、広く一般に信じられていることがあります。この神話は、知らず知らずのうちに意識の中に刷り込まれ、その結果、被害者が自分自身を責めてしまうこともありますが、被害者には何の落ち度もありません。
被害の責任は加害者にあります。

強姦(レイプ)神話の例

(神話1)若い女性だけが強姦被害にあう

→実際には、乳幼児から高齢者まで、すべての年代の女性が被害にあっています。

(神話2)強姦は、女性側の挑発的な服装や行動が誘因となる

→実際には、被害女性の多くが特別に挑発的な服装や行動はしていません。それどころか、むしろ加害者は地味な服装の女性を「おとなしそうで、訴えないだろう」と見て、狙うことがあります。

(神話3)潜在的にせよ、本人の側に望む気持ちがなければ、実際には強姦など起こりえないはずだ

→これは、「被害者が抵抗すれば、強姦されなかったはずだ」という思い込みです。実際には、被害者は恐怖感から凍りついたようになってしまい、声をあげることすらできないことが多いのです。

(神話4)強姦の加害者のほとんどは、見知らぬ人である

→実際には、面識のある場合も多くなっています。平成26年の強姦の検挙件数に占める被害者と面識がある被疑者の割合は、50.9%(「平成26年の犯罪(警察庁)」より)となっています。

(神話5)ほとんどの強姦(レイプ)は衝動的なものである

→実際には、多くの加害者は 被害者の行動を見張ったり、後をつけたり、人に見つかりにくい場所を事前に探したりしています。


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▼高畑裕太氏の報道めぐる、5つの「強姦神話」とは? 被害者支援のカウンセラーが指摘



The Huffington Post | 執筆者: ハフポスト日本版編集部



投稿日: 2016年11月16日 17時53分 JST 更新: 2016年11月17日 09時06分 JST

TAKAHATA

http://www.huffingtonpost.jp/2016/11/16/yuta-takahata_n_13004230.html

強姦致傷罪で8月23日に逮捕された俳優の高畑裕太氏(不起訴処分となり9月9日に釈放)にまつわる報道が「女性や過去の性犯罪被害者を苦しめる内容」だったとして、性暴力の被害者支援団体が、報道機関に対して、今後の性犯罪報道での改善を要望するネット上の署名運動をChange.orgで展開している。

署名運動を主宰する「性暴力を許さない女の会」の周藤由美子さんは、女性のための民間のカウンセリングルーム「ウィメンズカウンセリング京都」で1995年から被害者の相談・カウンセリング業務に従事し、現在は2015年8月に京都府が設置した「京都性暴力被害者ワンストップ相談支援センター」でスーパーバイザーを務めている。

周藤さんはハフィントンポスト日本版の取材に対して「今回の事件で、実態と違う『強姦神話』が報道、視聴者・読者側それぞれに広く根付いていると感じました。その、実態に合わない『強姦神話』に沿って事件を見てしまう視聴者・読者を納得させるため、容姿について踏み込んだ報道をしてしまう。それが結果的に女性を二重三重にも傷つける内容になってしまったと思います。また、誤解を元に『(神話に)合わないから、強姦はなかったんじゃないか』という勘ぐりも生まれたと感じます」と話す。

そのため、署名への呼びかけとともに、間違った「強姦神話」についても広く知ってもらいたいと訴えている。周藤さんが指摘する5つの「強姦神話」とは何なのだろうか。


■周藤さんが指摘する5つの間違った「強姦神話」

1:強姦とは「いきなり襲われる」ものだ

事件があった夜、高畑氏が歯ブラシを持ってきてほしいと頼んだ上で、「女性が自分から部屋に行った」ということが報じられました。この点が「合意していたのでは?」という邪推を呼ぶことになりました。

この邪推の背景にあるのは、「暗い夜道でいきなり襲われたりするのが強姦だ」という思い込みではないでしょうか?

警察庁科学警察研究所で主任研究官を務めた内山絢子さん(犯罪心理学)の「性犯罪の被害者の被害実態と加害者の社会的背景」という調査報告があります。これは1997年10月〜98年1月末に、強姦と強制わいせつの加害者553人について、全国の担当警察官が回答した大規模な調査です。

この調査で、強姦事件の約20%は顔見知りによる犯行でした。また、成人による強姦では、6割以上が計画的な犯行だったことが指摘されています。

屋内で、言葉巧みに2人きりにさせられて犯行に及ぶというのは、1つの典型的な例と言えますから、「自分から行った」ことを理由に、「合意があったのでは」と考えるのは的外れな批判です。

2:「そんなに嫌ならもっと抵抗するはずだ」「必死に抵抗すれば防げたはずだ」

まず力や体格の差が圧倒的に違えば、防げないことは当たり前です。

私が相談を受けた事例で、大半の被害者は「殺されると思った」と言います。そして、抵抗すれば、相手が興奮してどんなことをしてくるかわからないという恐怖心を抱いている。だから抵抗しない場合も多いです。

中には、「これ以上抵抗せず穏便に帰ってもらおう」と思った被害者が「コンドームをつけて」と言った、という例も過去にありました。「抵抗は無理だけれど、せめて妊娠や病気は防ぎたい」という気持ちからですが、この神話があると、そんな場合にまで合意とみなされかねません。

3:強姦された被害者は「しばらく泣き暮らす」

女性が事件の数日後に「パーティーに参加していた」との報道があり、これが「被害申告は虚偽ではないか」という疑念を誘発していました。

しかし、被害直後に、被害者が日常を早く取り戻そうと、一見、何事もなかったかのように暮らしている場合もあります。相談に来られた被害者の母親で「うちの子は被害にあったのに平気な顔をしているんですよ」と言って不思議がった方もおられました。ただ、「よく様子を見てください」と話すと、やはりいつもと様子が違っていたと話されたことがありました。

平然としているように見えても、心の中はわかりません。

4:「被害者はすぐに警察に届けないものだ」あるいは「すぐ届けるものだ」

「女性がその日に被害届けを出したのは怪しい」などと言って、最初から「美人局」が目的だったのではとするコメントもネット上にあふれましたね。

でも私が受けた相談の事例では逆に「時間が経ちすぎて被害が立証できないので被害届は受け付けられない」などと警察署で門前払いされた例もありました。早くてもダメ、遅くてもダメ。被害者は一体どうすればいいのでしょう?

強姦の被害者がいつ頃、警察に届けるか、これは「人によって違う」としか言いようがありません。

私のこれまでの経験では、最初に相談した人がどう言うかに非常に左右される面が大きいと思っています。例えば、母親に相談したら「誰にも言っちゃダメよ」と言われたという人もいましたし、逆に誰にも言いたくなかったのに「警察に行こう」と無理やり相談に連れて来られた、という人もいました。

警察に行くのが早くても遅くても、女性の話が事実かどうかの可能性が変わることはありえません。

5:強姦では「好みのタイプ」を襲う

事件では、女性のプライバシーに踏み込んだ報道が多く見られましたが、その中でも、40代であることを起点にして、「(襲いたくなるほど)美人だった」などと容姿や容貌、過去の経歴について報じるものが多く見られました。この報道は、おそらく「強姦では『好みのタイプ』『性的魅力がある人』を襲う」という誤解に基づくものなのではないでしょうか。

内山さんの論文の中では、強姦の対象者を選定した理由について聞いた項目がありました。成人の加害者が被害者を選定した理由(複数選択)の第1位は「警察に届け出ないこと」で44%、第2位は「おとなしそうだと思った」で26%となっています。逆に「好みのタイプ」は選定理由の12%でした。加害者にとって、好みや性的魅力は二の次なのです。

▼「レイプ(性暴力)の神話」ってなに?
http://www.city.neyagawa.osaka.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/16/2011829155830.pdf




▼日本弁護士連合会・両性の平等に関する委員会編『性暴力被害の実態と刑事裁判』信山社 、2015年

頁14──(第1章 データからみる性暴力被害の実態 吉田容子)

・・・

(2)強姦神話

 強姦についての根拠なき思い込み(いわゆる「強姦神話」)には、例えば以下のようなものがある。
①  強姦は被害者と面識のない加害者により行われる=面識のある相手からの性行為は強姦ではない。
②  強姦の加害者は異常性格者または倫理観に著しく欠ける者である=普通の人による性行為は強姦ではない。
③  強姦は暗い夜道や公園で行われる=家の中やホテルでの性行為は強姦ではない。
④  強姦は無理やり連れていかれた場所で行われる=同意して行った場所での性行為は強姦ではない(ホテルでのバーで一緒に酒を飲んだり誘われて車に乗ったことは、性行為への同意を示す)。
⑤  被害者は貞操を守るために性行為を拒む=性行為を拒まない女性は貞操観念がなく同意しているから強姦ではない。
⑥  貞操観念がある女性は、性行為や性的言動につい慎重である=性行為や性的言動について慎重でない女性(「奔放な」性格や、「派手な」職業の女性を含む)は貞操観念がなくすぐに同意するから、そのような女性との性行為は強姦ではない。
⑦  女性は(貞操を守るために)生命・身体の危険を冒しても最後まで抵抗を図るものであり、そのような抵抗を抑圧して行われるのが強姦である。女性が抵抗しなくなるのは、性行為を受け入れ、(口では嫌と言っていても)体が喜んでいるからである=被害者が生命・身体の危険を冒して最後まで抵抗をしなければ同意であり強姦ではない。
⑧  加害者の動機は性欲であり、被害者の挑発的な服装などが強姦を誘発する=性欲が満たされていれば強姦ではないし、被害者に誘発の責任がある。
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