「死刑囚両親の娘」に生まれて!

以下の記事は、間違った判決をなぞっているから、当然間違っているが、そのまま載せる。


▼93年愛犬家連続殺人 関根死刑囚が東京拘置所で死亡、75歳

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2017/03/28/kiji/20170328s00042000015000c.html

 法務省は27日、埼玉県で1993年に起きた愛犬家ら連続殺人事件で、殺人罪などで死刑が確定した元犬猫繁殖業関根元・死刑囚(75)が同日午前、東京拘置所で死亡したと発表した。死因は多臓器不全。

 確定判決によると、関根死刑囚は元妻の風間博子死刑囚(60)と共謀し93年、犬の売買を巡る金銭トラブルなどから、会社員=当時(39)=や暴力団幹部とその運転手の3人に毒物入りカプセルをのませ殺害。遺体を切断、焼却して捨てた。

 関根死刑囚は昨年11月21日に胸の痛みを訴え、外部の病院に入院。同24日に退院し、東京拘置所の病棟で治療していた。

[ 2017年3月28日 05:30 ]

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▼子供たちが見た「埼玉愛犬家連続殺人」 深笛義也(『新潮45』2017年2月号)

頁84──

 専門学校を卒業して、介護の道に進んだ希美は、事件のことを自ら調べ始めた。
「博子さんは無実だと思います」
「人も殺してないのに、何で死刑判決出んの?」
 公判記録をたぐっていて、証人として出廷した中岡が、そう発言しているのに出くわした。中岡の供述により、風間博子は殺人罪で起訴されたのだが、その本人が後の裁判では否定しているのだ。希美の心の扉が開いた。風間が演歌を歌いながら遺体を解体したというのも、事実ではないと中岡は法廷で明かしていた。
 風間自身は、逮捕から一貫して、殺人については否認してきた。だが、全面無罪を主張しているわけではない。
 2件目の事件のあった7月21日、「今夜、遠藤んちに行ってくるから、10時頃迎えに来てくれ」と関根に言われ、風間はクレフを運転して現場に行き犯行時に居合わせてしまったという。その恐怖から関根に命じられるまま、2人の遺体を載せた車を運転。死体解体の一部も手伝ってしまった。これが死体損壊遺棄にあたることは、風間自身も認めている。


頁85──

2009年、最高裁で上告棄却され、関根と風間への死刑判決は確定した。風間は再審請求を行っていたが、昨年12月11日、最高裁で棄却され、新たな再審請求を行っている。
「お父さんから本当のことを聞きたい」
 そんな思いから、希美は昨年、再び関根に手紙を書いた。確定死刑囚に手紙を出せるのは、親族と拘置所が認めた知人だけだ。関根は東京拘置所の係官から、「娘の名前を言ってみろ」と言われたという。本当に娘からの手紙か、確証がない。関根は娘がすでに結婚しているかどうか知りようがなく、苗字が変わっているかどうかも分からなかった。
 戸籍謄本など、親子であることを証明する書類を希美が提出。文通が始まった。
「最愛の娘を待ち焦がれてます、早く会いに来てください、みたいな手紙が最初は来たんです。でも、面会に行く勇気が湧かずにいると、すねて怒りの手紙に変わる。母や叔母さん、おばあさんを罵倒するような内容になるんです」
 そこには、「悪魔に魂を売った女3人」などと書かれていたという。
 関根は、事件のことは答えてくれないが、犬の飼育のことは答えてくれる。どこかから、真実を知る糸口を見つけたいと希美は願っている。希美と和春(引用者注:希美の異父兄)にとって、事件はまだ終わっていないのだ。



▼「死刑囚両親の娘」に生まれて!

2014/3/30(日) 午前 11:14
https://blogs.yahoo.co.jp/henatyokokakumei/38875485.html

 『女性セブン』2月20日号に『女性死刑囚』(鹿砦社、2011年)の著者の深笛義也のレポート――【独占告白 獄中の父よ、母よ――28才長女の叫び  「死刑囚両親の娘」に生まれて!】が載った。深笛義也は前掲書で風間博子さんの冤罪を主張しているから、こういう取材もなりたつのだろう。

以下引用
頁151――
 希美さん(引用者注:仮名)は、母の公判記録を調べていくうちに、山崎の証言に行き当たる。両親が逮捕されたのは、山崎の供述によってだったが、2人の公判に証人として出廷した山崎は、それまでの供述を覆した。
「博子さんは無実だと思います」「人も殺していないのに、なんで死刑判決が出るの」
 博子が殺人に関与していると語った取り調べ時の供述は、検事の作文だったと明かしたのだ。衝撃的な発言だった。
 山崎は先述したように、出所後、週刊誌に実名で手記を発表し、そこに綴った博子が「鼻歌を口ずさみながら遺体を解体」したことも、すべて自分の創作だったと明言した。
 それでも、いまだに博子の死刑は覆らない。しかし、希美さんには確かに母を信じるための一歩になった。
「母はこれまで事件のことを一切話してくれなかったんです。でも、ここ2、3年、私から、もっと知りたい、教えてとせがんで、母からも話してくれるようになりました」
 ・・・(以下略)

****

 間違った映画で洗脳されて歴史を間違って記憶する愚劣を私たちは警戒すべきだが、このことは一般の事件にも言えることで、よって私は園子温批判をこのブログでたびたびしている。彼の作品――もちろんフィクションだが公式サイトには[「冷たい熱帯魚」は1993年に実際に起こった埼玉愛犬家連続殺人事件をベースとした物語です。]とふざけた記述がある。――の『冷たい熱帯魚』は事件の事実を著しく歪曲しているものだから、読者がもし見る機会があったなら私のブログなどを参考に心して見てもらいたい。

 さて袴田事件の再審が決定し、袴田巌さんが釈放されたが、静岡地裁は警察・検察の証拠ねつ造疑惑を何度も指摘している。
 日本の裁判とは今までは、こんなものだったが、今回のようなまともな判断もたまにはあるということだ。

 風間博子さんは、『極限の表現 死刑囚が描く』(インパクト出版会、2013年)を見ると、「潔白の罪」「無実という希望」という題名の絵画を描いている。前者では井戸(のようなもの)を這い上がろうとする人物の足の裏側が異様に白いというような絵画であり、後者では井戸(のようなもの)には幾筋かの光が差し込んでいる絵画である。

 司法取引については私は色々書いているが、以下にその一つを引用(冤罪死刑囚・風間博子さんについて  ① http://blogs.yahoo.co.jp/henatyokokakumei/38604053.html)――

 司法取引については、米国の刑事ドラマを見ていると共犯者の情報を教える場面など頻繁に出てくるが、日本ではほとんど採用されていない。もっとも日本でも自分の罪を認める場合においては、例えば痴漢容疑で捕まった時、無実でも罪を認めれば即釈放。しかし否認すれば人質司法などの問題もからみ、無実でも有罪を甘受する場合も多々あり、それも司法取引の一種と言える。共犯者の情報提供などにおいては、真犯人は重刑を避けるために司法取引によって無罪の人間に対して偽証を行う可能性が常にあるのだが、「埼玉愛犬家連続殺人事件」はその司法取引にそって裁判が進んでしまい、結果は危惧どおりの冤罪事件になってしまったのである。「埼玉愛犬家連続殺人事件」とは、司法取引は冤罪を引き起こすという典型の事件だったということである。(引用終わり)

 もっとも「埼玉愛犬家連続殺人事件」での検事が山崎に与えた“特別な計らい(執務室や資料室で山崎を妻と会わせて・・・)”が司法取引に含まれるとは思われない。よって深笛義也によれば――[制度としての刑の軽減ができないために、虚偽の調書を作り上げることで、代替したとしか考えようがない。その意味で、山崎の言う通り、根本から間違っているのだ。風間が無実だということを、裁判官も分からないはずがない、と思えてならない。この根本の間違いが露呈するのを、恐れているだけではないのか。社会の体裁を保つだけのために、無実の人間に死刑判決を下す。日本がそんな、恥ずべき国であっていいのだろうか。(前掲書、頁127より引用)]。

 袴田事件でも捜査陣の証拠ねつ造の罪は時効になっていて、その刑事責任を問えないという。見方を変えれば、捜査陣などの責任を問えなくなってからなら、まともな判決がでてくる可能性はあるということにもなるが、それでは冤罪被害者は救われない。

 日本では、処刑されてしまった無実の死刑囚・久間三千年さんがいる。この飯塚事件では、再審判断が明日(3月31日)に迫っている。いうまでもなく風間博子さんを久間三千年さんのようにしてはならない。昨年の死刑執行のニューズ(12月12日、2名の死刑執行)に希美さんはパニックに陥ったという。死刑制度という死刑囚を毎日殺す残虐な刑罰は関係者をも巻き込んで突き進む。死刑制度を含む日本の裁判全般、この間違った冷酷な制度を速やかに是正しないかぎり、これからも冤罪被害者は次々に生まれるだろう。何度強調しても強調しすぎることはないだろう。加えて日本には死刑制度があり、おぞましいことに死刑執行が頻発している。

 
▼袴田事件決定要旨
  平成26年3月27日 静岡地方裁判所
決 定 要 旨
http://www.news-pj.net/siryou/saiban/2014/hakamada-0327.html

・・・

第2 当裁判所の判断
 1 再審開始
  (1) 弁護人が提出した証拠と結論
    弁護人が提出した証拠,とりわけ,5点の衣類等のDNA鑑定関係の証拠及び5点の衣類の色に関する証拠は,新規性の要件を満たすものである。
    また,それは,最重要証拠であった5点の衣類が,袴田のものでも,犯行着衣でもなく,後日ねつ造されたものであったとの疑いを生じさせるものである。これらの新証拠の存在を前提にすれば,新旧証拠を総合して判断しても,5点の衣類がねつ造されたものであるとの疑いは払拭されないから,5点の衣類により,袴田が犯人であると認めるには合理的な疑いが残り,他に袴田が犯人であることを認めるに足る証拠もない。したがって,DNA鑑定関係の証拠等が確定審において提出されていれば,袴田が有罪との判断に到達していなかったものと認められる。5点の衣類等のDNA鑑定関係の証拠及び5点の衣類の色に関する証拠は,刑事訴訟法435条8号の 「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」 に該当する。
    したがって,本件については再審を開始すべきである。

▼5点の衣類は「ねつ造された証拠」だった!
http://www.hakamada.net/hakamatajiken/5tennoirui.html

▼共犯者の自白に関する注意則
http://blogs.yahoo.co.jp/henatyokokakumei/38612096.html
.
▼共犯者の証言と確率論
http://blogs.yahoo.co.jp/henatyokokakumei/38605559.html
.
▼DNA型の鑑定評価が焦点 飯塚事件、再審の可否判断
丹治翔
2014年3月30日00時19分
http://www.asahi.com/articles/ASG3Y5VLHG3YTIPE01R.html
再審請求審の争点
 福岡県飯塚市で1992年に女児2人が殺害された「飯塚事件」で、福岡地裁(平塚浩司裁判長)は31日、死刑が執行された久間(くま)三千年(みちとし)元死刑囚(執行時70)の再審を認めるかどうかの決定を出す。有罪の根拠の一つとされた当時のDNA型鑑定の信用性を地裁がどう評価するかが焦点。再審が認められれば、死刑執行後初のケースとなり、地裁の判断が注目される。

 久間元死刑囚は捜査段階から一貫して無罪を主張したが、再審請求を準備中の2008年10月に死刑が執行された。刑事訴訟法は、確定判決後に「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」を新たに見つけ、請求に理由がある時、再審開始を決定すると定めている。元死刑囚の妻(66)は09年10月に再審を請求した。

 弁護団は再審請求審で、「新証拠」を提出した。①専門家による女児の体に付着していた血液のDNA型鑑定②その血液型鑑定③遺体遺棄現場近くで元死刑囚の車と同じ型の車を見たという目撃証言についての心理学者の鑑定、の三つだ

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『女性死刑囚』の著者・深笛義也の意見

2013/11/28(木) 午後 6:47

 「埼玉愛犬家連続殺人事件」は共犯者の書いた本が出ているから、その内容がたとえ信用できなくても、ある意味素人が推理しても簡単に分かる事件でもある。主な被疑者は3人しかいないのだから、単独犯を含めて共犯の組み合わせなど、あらゆる選択肢を検証するのも難しくはない。ただし、思い込みや予断があると選択肢のいくつかは考慮外とされるから、間違った評価や判断が出てしまう。

 もしこの事件が裁判員制度のもとで裁かれていたら、“司法取引”が暴露された時点で「検察側の物語」は崩壊すると思うのだが・・・。これが意味するところは、検事と裁判官が共有する「仲間意識」とは違う意識を持っている裁判員ならば裁判官とは違う判断を下すであろうという期待からなのだが。

 “司法取引”は日本ではなじみが薄いので、米国の事例でその運用の実態を把握しておきたい。以下を見れば、無実の人間でも平気でその武器を使って刑務所にぶち込めるということが理解できる。 

★ミラー:冤罪被害者(最初の冤罪被疑者)
★ロット:真犯人(注:ミラーが確保、裁判中も、同種の犯罪が続き、結果逮捕された男。しかしミラーの裁判は継続された。検察は無実と分かっていても検察官を変えて裁判をやっているということ)

▼ジム・ドワイヤー、ピーター・ニューフェルド、バリー・シェック『無実を探せ! イノセンス・プロジェクト DNA鑑定で冤罪を晴らした人々』西村邦雄 翻訳、指宿信 監訳、現代人文社、2009年


頁120――

 ・・・2~3週間後、地区検察局はミラーに対するすべての起訴を取り下げた。裁判は表向きは崩壊していたのだ。しかし地区検察局の決定にはもう一つ隠された要素があった。
 エリオット検事は、命は取り留めた2人の高齢の女性の2件のレイプの罪ですでに40年の刑に服していたロットの弁護士と交渉を進めていた。ロットは2件の殺人で確認された彼の精液を根拠にして、死刑判決が下されそうであった。
 ロットには以下の取引案が示された。もし彼がミラーを犯罪に巻き込むことができるならば――見張り役とか共犯とかで――ロットは刑期が追加されるということはなくなるであろう。検察側は、両殺人に対し、刑の同時執行の宣告(引用者注:複数犯の事件になれば刑の加重が許される順次執行が妥当だが、司法取引によってそうしないという意味か?)なら刑が加重されるに同意するであろう。要するにこれは、通常であれば彼を致死注射に送るところである2件の殺人に対しては放免とする機会を与えるわけで、大変な取引であった。
 「私は奴に確定的終身刑を提示した。つまり奴は30~40年したら出所できて、命も救われるというものだ――もし奴がミラーを指で示しさえすればね」とエリオット検事は言った。「奴は私の事務所のすぐそこんとこに座って、首を横に振ったよ。とにかく、首を横に振ったね」

*****

 真犯人がなぜ“司法取引”を拒否したのか分からないが、確かに世の中にはそういう人間もいたのである。

 さて裁判に「検察側の物語」があるなら、「弁護側の物語」もあるわけだが、ここでは風間博子さんの無実を発言している、あえて命名すれば「人間側の物語」を紹介してみたい。その人物は『女性死刑囚』の著者である深笛義也である。以下は、ブログ「横板に雨垂れ」さんの彼に関する記事――

▼横板に雨垂れ
風間博子さんのこと、死刑制度・死刑執行のこと
http://yokoita.blog58.fc2.com/blog-entry-186.html

    1
昨年の11月、「女性死刑囚」(鹿砦社)という本が出版され、「埼玉愛犬家連続殺人事件」で2009年に死刑が確定した風間博子さんも「女性死刑囚」の一人として取り上げられている。著者は深笛義也という人で、この本の〔著者紹介〕によると、氏はこれまで種々の事件について週刊新潮などの雑誌に取材記事を書いてこられた人だということである。男性死刑囚の総数は戦後750名を超えているが、女性の場合はこの本の執筆時点では13名(その後1名増え、2011年末時点では14名)だという。 この本は目次もふくめてA5版の全141頁で、そのなかに13名すべての女性死刑囚についての叙述がなされているので、紙幅の制約上、風間さんの事件について詳細な検証がなされているとは言い難いが、ただ著者はこの本の執筆のために埼玉愛犬家殺人事件の裁判記録を読み込み、その結果、風間さんについて無実の確信をもったと述べている。 該当部分は以下のとおりである。

「和歌山毒物カレー事件の林眞須美、埼玉愛犬家殺人事件の風間博子には、確たる証拠もなく死刑が言い渡されている。いわゆる状況証拠による判決。だが彼女たちを取り巻い ていた状況をつぶさに見ていくと、むしろ彼女たち二人が無実であることが雄弁に語られているのだ。理知的に物事を捉えられる者には、それが見えるだろう。裁判官も同様の はずだ。だが真実に従って無罪判決を下せば、指弾されるべき捜査の過程が白日の下にさらされてしまう。それを避けるために、無実の者を死刑台に送ろうというのだ。」 (「はじめに」p5)

「女性死刑囚人ーー。この5文字のかもしだす、不思議な語感に惹かれて、書き出した。和歌山毒物カレー事件の林眞須美と、埼玉愛犬家殺人事件の風間博子は無実。公判裁判をくり返し読み込んで、それは確信を持って言えることだが、この本は声高に冤罪を叫ぶものではない。死刑という制度の是非を問うものでもない。 (「おわりに」p139)

刊行されたばかりの本なので引用はできるだけ控えたほうがいいと思うのだが、あえて上の文章を引用させていただいたのは、新聞、雑誌、書籍などの紙媒体で風間博子さんに対して「無実」(この「無実」は死刑判決の根拠である「殺人の共謀・実行」に関してである。)という明快な指摘がなされたのは初めてではないかと思われたからである。実際、風間さんの判決文では一・二審ともにどれだけ膨大な数に上る人間の経験則に反し、現実に反し、そして証拠に反した摩訶不思議な事実認定がなされていることだろう。読みながらいたるところで驚きあきれ、 暗澹とし、時には怒りを抑えきれなくなったりするのである。このような不公正な判決が、それもあらゆる裁判のなかで最大限の慎重さ・丁寧さが要求されていることが疑えない死刑事案において下されているというのに、司法の世界ではほとんど問題にもされていないようなのだ。これは何としても許されないことである。深笛氏には今後もできれば引き続きの取材を期待したい。それから、風間さんは現在控訴審以来の弁護人とともに再審請求に向けて準備中とのことである。

******

 ところで、私が「O・J・シンプソン事件」を以前持ち出した理由の一つには、風間博子さんもまた虐待の被害者であったという事実があったからである。というわけで、以前の記事――【関係のある数字は、妻に暴力を振るう男が妻を殺してしまう確率(2500分の1)、ではなく、虐待されていた妻がその虐待者により殺された確率だ。1993年における『合衆国ならびにその領土に対する統一犯罪統計報告書』にしたがって、ダーショウウィッツ(あるいは検察側)が取り上げるべきだった確率は以下の確率だ。1993年に合衆国で殺害された虐待されていた全女性のうち、およそ90パーセントはその虐待者によって殺された。(レナード・ムロディナウ 『たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する』 田中 三彦/翻訳、 ダイヤモンド社 、2009/9/17)】などは実に興味深いわけだ。冤罪死刑囚・風間博子さんがこのまま殺されてしまうという事態に際して、「殺された虐待されていた全女性のうち、およそ90%はその虐待者によって殺された」から拡大解釈すれば、当の虐待者が拘置所にいる以上、残り10%の中の極めて稀な集合要素である国家殺人を行使・許容する虐待者(司法・死刑支持派)によって風間博子さんは殺されてしまったということにもなる。 

 DVを扱ったNHKドラマ『シングルマザーズ』を見たが、被害者にはなかなか出口が見つからないものだ。主演・沢口靖子の演技があまりに真に迫っていて、北原みのりなどは彼女をほめていたが、現実があの通りなのだろうということだ。よって逃げ場所を求めている風間博子さんにとって離婚は、「偽装離婚」と言われようと他に何を言われようとも、それは虐待被害者である彼女の出口なのである。

 以下は、深笛義也の意見である。

▼深笛義也『女性死刑囚  十三人の黒い履歴書』(鹿砦社、2011年)

頁123――

 夫からの暴行のおそれがある場合、夫には偽装離婚だと納得させて籍を抜き、それからしだいに遠ざかっていく、というのはよく採られる方法だ。その場合、暴力を避けるために夫に従うことがままあることも、ドメスティックバイオレンスへの対処としては当然ある。裁判官はそのような世情を知らないのだろうか。

******

 DVの出口からの行き先が冤罪死刑囚として拘置所であった風間博子さんが今求めている出口は、言うまでもなく再審請求が認められ無罪になって拘置所から社会へ出る扉である。

共犯者の自白に関する注意則

2013/11/28(木) 午後 6:36

無実の人間を引き込んで犯人した事件として「八海事件(山口県熊毛郡麻郷村八海で1951年に起きた夫婦強盗殺人事件)」が有名だ。映画『真昼の暗黒』も昔見た覚えがある。
 1968年に引き込まれた4人の無実が確定し、以下は1971年に仮出所となった吉岡についての記事である。

▼八海事件の真相は=真犯人は出所後にウソを告白した(上)
http://maesaka-toshiyuki.com/detail?id=372
・・・
 原田弁護士が初めて吉岡に接触したのは昭和二九年、第一次最高裁へ上告中のことである。阿藤の弁護を引き受けた原田は思い切って、吉岡を広島刑務所に訪ねた。

阿藤らを引き込み、死刑を逃れた冷血漢の吉岡―彼こそが、八海事件をドロ沼の長期裁判に持ち込んだ張本人であった。しかしそれに反して、原田が八海事件は冤罪であると確信するにいたった契機も吉岡であった。時々、思い起こしたように真実の告白をしていたからである。

▼八海事件の真相は=真犯人は出所後に誤判を証明した(下)
http://maesaka-toshiyuki.com/top/detail/373
「私の嘘で大変御迷惑をかけました。阿藤君らにおわびしたいのですが……」

 吉岡のまなざしは真剣だった。原田弁護士に異存のあろうはずはない。吉岡が自発的に阿藤や他の被告に謝罪すれば、灰色に塗り込められた事件は完全な冤罪であったことが証明される。佐々木哲蔵弁護士らに連絡を取ろうと原田は決意した。
 原田はまず、親しくしている中国放送の記者に吉岡の仮出所を知らせた。阿藤と吉岡の対面を録画して、全国に放送してもらおうと考えたのである。

・・・

****

 吉岡(加えて警察などに)に主犯として事件に引き込まれ、3度の死刑判決を受けた阿藤周平さんは言う―─「1人でも無実の可能性がある人を処刑するくらいなら、有罪の人間が死刑を免れてもいい。どうしてそう考えられないんでしょうか」(『冤罪File』No.05)。

 さて米国などが採用している“司法取引”でも当然引き込み証言などがなされる。また以前紹介したカナダの基準では、「密告者の証言は信頼できないという前提で、検事は陪審員に証言が提示される前に、裁判長に聞くに値するかどうか実証せよ」とかいう規定があるようだが、日本においては「密告者の証言」を「共犯者の供述」に変えて適用されてもいいだろう。

 実は日本でも共犯者の自白に関する注意則を設けよと主張する弁護士(元裁判官)もいるようで、以下にそれを引用する。

▼秋山賢三『裁判官はなぜ誤るのか』岩波新書、2002年

頁167――

共犯者の自白に関する注意則
 下村幸雄元裁判官(現弁護士)は、『共犯者の自白』の中で、共犯者の自白に関する事実認定上の準則と留意点について論じ、①巻き込み型、②デッチ上げ型、③誇張型の3種の型を区別した上で、これを証拠として採用する場合の厳しい限定を付している。すなわち、任意性、特信性(公判における供述よりも捜査官の面前で述べた調書の方が特に信用できるような情況的保障があること)のない共犯者の自白には証拠能力のないこと、共犯者の自白には補強証拠が必要であること、しかも補強証拠は被告人と犯罪との結びつきを証明する限りで必要であること、2名以上の共犯者の自白は相互に補強しないこと、共犯者の自白は被告人本人の自白の補強証拠にはならないこと、などである。それらの提言は、「法律上の準則」にまで高めて裁判官の自由心証を規制すべきであると主張されている。

******

 この基準を当てはめたら、「埼玉愛犬家連続殺人事件」の裁判がどうなっていたかは明白だろう。
 同書にも誤判を防ぐ10戒の一つ「供述証拠を安易に信用せず、その誤謬可能性を洞察する」の中で[自らも訴追されている共犯証言については、彼らが自己の利益を図るために検察官に迎合し、しばしば、「巻き込み証言「引き込み証言」をし、それが重大な冤罪をもたらした例として、前にも触れた八海事件がある。]と述べている。

埼玉愛犬家連続殺人事件と私

2013/11/28(木) 午前 9:33

▼報道ジャーナル
http://hodojournal.com/jiken/cat8/

埼玉愛犬家連続殺人事件と私
冤罪事件.冤罪事件を糺そう!!

風間博子さん支援誌「ふうりん」より

~埼玉愛犬家連続殺人事件と私~

埼玉愛犬家連続事件とは、1993年(平成5年)4月から8月までの間に、4月20日、川崎明男さん。7月21日、遠藤安亘さん、和久井奨さん。8月26日、関根光江さん。

――以上の4人が殺害され、解体、焼却、遺棄された、残虐で無残な事件です。

1995年1月5日、容疑者として逮捕されたのは、アフリカケンネルの経営者であり私の元夫であったS、そして事件発生当時、Sと寝食を共にしていたY、それに私の3人です。

Sと私は、1983年10月に結婚しました。しかし、私や私の連れ子の息子に対する暴力等に耐えられなくなり、1993年1月に離婚しました。

SとYは、1992年9月に知り合い、私はSを介して知り合いました。SとYは、その年の12月頃には終始行動を共にするようになり、Sは被害者となった遠藤安亘さんの遠藤興業事務所に住み、その後群馬県片品村にあるY宅へ転居し、同居生活をしています。

Sは、3件4人を殺害した殺人・死体損壊遺棄で起訴追起訴され、死刑判決。

私は関口事件を除く、2件3人に対する殺人・死体損壊・遺棄で起訴追起訴され、死刑判決となりました。Yは殺人では逮捕されておらず、3件4人に対する死体損壊遺棄で起訴追起訴され、懲役3年を服役し1998年に刑を終了しています。

1件目の殺人事件は、Sが川崎明男さんから受け取った売買代金を返済したくなかった等のため、Yをまきこみ殺害したもので、私は現場に行ってもいません。

2件目の事件は、川崎さん殺害に勘付いた遠藤さんから金をせびられ始めたSが、それまでの確執解消も目論み、口封じのために一緒にいた和久井さんをも殺害してしまったのです。

狡猾でたぐい稀な話術を持つSは、離婚している私を餌にして遠藤さんの同情と油断を得てその気にさせ、殺害現場に私を呼びつけることで殺害を成功させたのです。

私が逮捕されたのは、捜査当局がYに対して、殺害関係は問わず殺人容疑での逮捕はしない等々の司法取引をし、Yが助かりたい一心でその取引に応じて検察作成ストーリーに沿った虚偽供述調書を作成したためです。

この取調べ段階のY供述以外に、私に対しての証拠は存在しません。そのYは、服役後法廷において、私の殺害関与を全面的に否定し、自身の供述調書の信用性を否定しています。

私は、取調べ段階から今に至るまで、殺害関与を一貫して否認しています。警察・検察の取調べは90日にわたり、連日、検察ストーリーに沿った自白の強要で、過酷で孤独なものでした。

朝から夜、時には夜中まで続く調べでしたが、それでも私は負けずに耐えられました。それは、「私は人をあやめていない!正義はきっとある!!」と信じていたからです。

百回を超えた一審公判審理では、実地検証や証拠調べにより無実の証明は十二分にできている、と信じていました。しかし、正義を信じて迎えた判決は、余りにも残酷な死刑判決でした。

何故このような判決が出るのでしょうか?

私は殺害に関与など一切していないのです!

私は事前共謀も事後共謀もしておらず、そのことは数々の証拠が証明してくれているのです。

私の死刑判決に裁判所が利用したのは、Sの共犯者Yの虚偽供述のみです。そのYは裁判所の呼び出しに応じ出廷し、

「博子さんは人殺しなどやっていない」

「殺人事件も何もやっていない博子さんが釈放もされずこの場にまだいるのはおかしい」

「警察がややこしいヘンな捜査をしてわざとそう持って行っただけ」

「この裁判は根本から間違っている」

等と証言しています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

●編集・追記

マスコミに追い詰められ、当時の埼玉地検のY担当だった岩橋義明検事は、事件解決の為に、Yにありとあらゆる違法な便宜を図り、その上、風間博子さんを生け贄にしてこの事件の解決をしたそうです。

そして最高検に栄転し2010年1月18日付では、福岡高検次席検事兼法務総合研究所福岡支所長に栄転しています。

無罪を主張する風間さんの犠牲の上に、この事件に関与した司法関係者全員が出世しているのです。

Sと寝食を共にし、全事件の遺体解体に自宅を提供し、遺体解体に使用した包丁の後片づけをさせられていたYをたった3年の刑で終わらせ、Yが果たした役割を、Sの元妻風間さんに押しつけるには無理があります。

捜査機関が提出した証拠類には、素人目にも不審を感じるものが幾つもありましたが、それを黙殺して、全ての事件に風間さんよりも深く関与していたであろうYの3年の刑を認め、風間さんに死刑を言い渡した白木裁判長もその後栄転しているのです。

一体、この国の司法はどうなっているのでしょうか?

我々は冤罪事件をなくすためにも、今後もこの事件を追及し、支援していきます!

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『愛犬家殺人事件』の記述と裁判証拠の違いを対比してみる

2013/11/27(水) 午前 8:18

 「埼玉愛犬家連続殺人事件」について書くときには、共犯者の著書が出版されているので、それを読めば事件のあらまし理解には役立つ面もある。ただしそれが共犯者の証言という大前提に立てば、それをむやみに信用してはならいないという態度も絶対大切である。思い込み・予断はいつの場合でも失敗のもとだ。
 
 そこで今回は、ブログ「横板に雨垂れ」さんの記事を使って、裁判の証拠の一つでもある志摩永幸(山崎永幸)『愛犬家殺人事件』(角川文庫、2000年)の記事内容と裁判証拠との違いについて紹介したい。

▼横板に雨垂れ
風間博子さん 死刑判決への疑問 (1)http://yokoita.blog58.fc2.com/blog-entry-1.html


・・・
Y氏の供述調書と著書の内容はなぜこれほど大きく異なるのか
ここでY氏の著書について触れておきたい。3年の実刑判決を受けたY氏は満期で出所した後、『週刊新潮』でこの事件に関する文章を6回にわたって書いている。そしてその連載終了後、これを基にした『共犯者』という本を出版している(新潮社・1999年)。この本は翌2000年には『愛犬家連続殺人』と改題され、著者名も変更されて、今度は角川書店から文庫本として刊行されている。また2003年、一審判決直後には、新潮社出身の作家・蓮見圭一氏の名でY氏の本と同じ内容と思われる『悪魔を憐れむ歌』が出版されている。この本には「『愛犬家連続殺人』を改題し大幅に加筆訂正」との弁が載っているが、一読したところでは、私は先行作品との相違点を見出すことはできなかった。(蓮見氏は『週刊新潮』の連載時か、『共犯者』出版時か、あるいはその両方なのかは不明だが、Y氏のゴーストライターをつとめた可能性が高いと思われる。)
ここでまず取り上げたいのは、Y氏が供述調書で事実として述べ、検察官が法廷でそれを事実に相違ないとしてそのまま主張し、また裁判所が信頼できると判定した、同じ一つの事実が、『週刊新潮』の記事や『愛犬家連続殺人』ではどのように記述されているか、という点である。もし供述調書がY氏の記憶に基づいてありのままに作成されていたのなら、週刊誌や著書でも同様のことが述べられているはずである。たった4、5年の時間の経過しかないのだし、ましてそれは裁判の行方を決定づけた重大な証拠になったのだから、しっかり記憶に刻みこまれているはずである。ところが著書を読んでみると、事実はそうではないのだ。どのように違うか、その相違点について述べてみたい。なお、『週刊新潮』の記事も、『愛犬家連続殺人』も、控訴審で弁護人が証拠請求し、採用されているので、これは裁判の証拠の一つでもある(『愛犬家連続殺人』(弁1号証)、『週刊新潮』抜粋記事(Y告白手記1-6)(弁2号証))。

(転載終わり)
 以下は、このブログ内の上記の転載以下の記事を読者に理解しやすいように改変(★▼などの記号、「埼玉愛犬家連続殺人事件」「著書と調書などとの違い」「検証」などの文字も入れた)したものである。おおむね著書の記述を右側に配置した。著書の記述と裁判証拠との違いをよく見てほしい。


以下
風間博子さん 死刑判決への疑問 (1)より転載――

【それから、殺害後、遺体を車に乗せて自宅に戻った後、「(佐谷田の車庫に置いたままになっている)Kの車を博子と一緒にどこかに捨てて来い。博子には事情を話してあるから。」と関根被告に言われ、Y氏はミラージュで出発し、途中で風間被告に電話を掛けるのだが、この時の様相は調書と著書とでは大変な相違がある。】
(転載終わり)

以下改変――以下、転載――
風間博子さん 死刑判決への疑問 (1)そのうえ、これだけではないのである。もともと、Y氏は、徹底して証言拒否を貫いた一審の公判廷でも、風間被告の殺害行為についての尋問には、下記のようにそれを否定する証言をしていた。

「Yからすれば、被告人風間に対し、何ら悪感情を持っていたわけではないし、あくまで自分の身代わりとして共犯に取り込む供述をしたが、Y自身の刑事裁判は「死体損壊・遺棄」で当初の目的を達成させたことから、今後殺人等でむし返されることはないと確認し、被告人風間に対する同情心と良心の呵責を抱き、次の様な証言をしたのである。
弁護人-「これは非常に危険な綱渡りなんですけれど、もう一度聞きますが、K事件に関して、風間被告人が車の運搬だけを認めて、殺人、死体損壊・遺棄については、自分はしていませんと、この裁判で言っているのです。その主張について、どう思うか」
Y-「本人が言ってんだから、間違いないでしょう。本人が言ってんだから、それで合ってるでしょう」
弁護人-「Eさん、Wさんの方の事件・・・・・」
Y-「私は、博子さんは無罪だと思います。言いたいことは、それだけです。」
「私は、博子さんは無罪だと思いますと言ったんです。全部ひっくるめて。」
このやり取りは、Yが本件に対する証言の中で唯一きっぱりと述べた部分であり、又被告人風間の罪体に関する重要な部分であり、Yが何故に証言拒否を繰り返す中で、この部分について明確に証言したのか、これは正にYのぎりぎりの「良心」であったと確信するものである。」(『一審弁論要旨』より)

しかし、Y氏が風間被告の殺害行為を疑いの余地なくはっきりと否定したのは、すでに社会に戻っていたY氏が証人として出廷した控訴審の二度の公判であった。経過を見ると、

「風間弁護人の犯罪事実に関連する質問に対しては、ひたすら「覚えてません」と言い続け、やはり(一審と)同様に「あんただれの弁護士ですか。」と言い出し、さらには「あんたの質問には答えられません。」と答え、なぜかと間かれると「ばかばかしいからです。」と答え、最後には「(博子を助けたいなら)だったら、あんた、弁護士辞めなさい。」と言う。それについてなぜかと聞かれると「あんたじゃ駄目だわ、無理だわ。ほかの人にしなさい。」と答えて、それについてなんで駄目かと聞かれると「私がそう思うだけです。」、(その理由はと聞かれ)「それも分からないようなら、あんた、うちに帰りなさい。」(さらにその理由を聞かれ)「もう弁護士辞めたほうがいいですよ。」と答えた。結局、事実関係については、ひたすら弁護士を馬鹿にし、非難し、質問をはぐらかして証言を終えたのである。」(『控訴審弁論要旨』より)

このように自分自身の犯罪事実についての尋問(たとえば、関根被告の弁護人は「Kさんの首を絞めましたね」と尋ねている)に対しては、一審同様に証言拒否の姿勢を崩さなかったY氏は、風間被告については、「殺人はしていない」と明言している。
「人も殺してないのに何で死刑判決が出るの」、浦和の裁判所で話すことができなかった中身は今話せますか?と弁護人に尋ねられて、「今話したらめちゃくちゃになります」、「何で博子がここにいんのですよ、問題は。殺人事件も何もやってないのに何でこの場にいるかですよ。それで釈放しないのはおかしいですよ。おれが出てるんだから。もうこの裁判は、そこから根本がおかしいですよ。」「人を殺せる人かどうか、顔を見れば分かるでしょう。」(『公判速記録』より)
Y氏は、「(風間被告が)死刑判決ときいて、最初びっくりした」とも述べている。自身の供述が風間被告の死刑判決を呼び寄せたとの認識はつよくもっているようである。

  11月5日 追記
(注) 被告人は最高裁の裁判には出席できないと訴訟規則で定められているそうです。
 刑事訴訟規則
(被告人の移送・法第409条)
 第265条 上告審においては、公判期日を指定すべき場合においても、被告人の移送は、これを必要としない。


注1)文中、人名は一部仮名を用いています。
  2)改行部分を一部/として表記しています
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