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大英帝国は、いかにしてジョージ・オーウェルを生み出し、殺したか

 

2020年5月22日 (金)

大英帝国は、いかにしてジョージ・オーウェルを生み出し、殺したか

マーティン・シーフ
2020年5月20日
Strategic Culture Foundation

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-7562d0.html

 ロシア経済の混乱とされるものや、想像上のロシア国民の惨めな状態について英国放送協会(BBC)は、いつものがらくた記事を報じ続け、アメリカの放送局、公共放送システム(PBS)が楽しげに、BBCワールド・ニュースを流して増幅している。

 もちろん、それはすべてウソだ。当ウェブサイトに掲載される記事を含め、パトリック・アームストロングの信頼できる毎回の記事は、こうした露骨なプロパガンダへの必要な是正策だ。

 だが他のあらゆる分野ででの、彼らのあらゆる無数の失態や失敗の中(Covid-19による、ヨーロッパで、百万人当たり最高で、世界中でも死亡率が最高の国の一つ)イギリスは世界的ニセ・ニュースで世界的リーダーのままだ。調子を控えめにし、気品のあるふりをしている限り、文字通り、どんな中傷でも、だまされやすい人々は、鵜呑みにし続け、あらゆる不愉快なスキャンダルや不名誉は、しっかり隠蔽され続ける。

 これらで、偉大な故ジョージ・オーウェルは決して驚いているはずはない。最近は、ニューヨークとロンドン金権階級が支配していない、あらゆる世界中の報道機関とロシアに対する(死んでいて、彼自身は事実関係を明確にすることができず、生きていることにされている)ゾンビ批評家として、際限なく彼を持ち出すのが流行だ。オーウェルの共産主義に対する憎悪と恐怖は極めて本物で、亡くなる前の時期、彼がイギリス国内治安機関のMI-5に、情報提供者として奉仕していたのは確かに事実だ。

 だが「オーウェルをオーウェルにした」のは、英米の社会通念が言うような、ソ連邦でのスターリンの見せしめ裁判や、スペイン内戦中のバルセロナとカタロニアにおけるトロツキー派POUM集団での彼の経験ではなかった。それは最終的に、彼がそれで辞職したBBCのための胸がむかつくような仕事のおかげで、第二次世界大戦の間に増大した、大英帝国に対する彼の本能的な嫌悪だった。

 そして彼の忘れ難い偉大な古典『1984年』の「真実省」のモデルをオーウェルに与えたのも、彼のBBC経験だった。

 ジョージ・オーウェルは、全世界のフェイク・ニュース・センターの最大のものの一つで働いていたのだ。そして彼はそれを知っていたのだ。

 より重大なことは、ジョージ・オーウェルの人生の大きな秘密は、彼が亡くなって以来70年間、ありふれた光景の中に隠れていたのだ。オーウェルはビルマ、現在のミャンマーで、当時の大英帝国の仕事について、加虐的拷問者になった。そして基本的にまともな人間として、彼は自分がしていたことに非常に嫌悪の念を抱き、単に償うだけでなく、まだ40代での何とも切ないほどの早過ぎる死に向かって、ゆっくり意図的に自殺して人生の残りを過ごしたのだ。

 オーウェルのこの基本的な再評価で最初の重要な解明は、彼に関する最良の本の一冊にある。2005年に刊行された『ミャンマーという国への旅』(英語原題はFinding George Orwell in Burma)は、私が長い間、その正体は私の旧友で、深く尊敬している同僚だろうと想像し、匿名性を維持していることを評価している、アジア在住の傑出したアメリカ人ジャーナリストの偽名エマ・ラーキンが書いたものだ。

 「ラーキン」は抑圧的な軍事独裁権の中、わざわざ広くビルマを旅行し、彼女の素晴らしい研究はオーウェルの重要な真実を明らかにしている。彼自身の著書で大いに自叙伝的な小説『ビルマの日々』によれば、オーウェルは、ビルマ、現代のミャンマーでのイギリス植民地の警官としての自分の全ての暮らしを酷く嫌っていた。彼がその小説や彼の著名なエッセイ『象を撃つ』で体系的に与えている印象は、仕事のばかばかしい失敗で、世間の仲間のイギリス植民地主義者に嫌悪され、ひどく嫌われ、大いに孤独な疎外された非常に不幸な男だ。

 だが、それは「ラーキン」が暴露した現実ではなかった。生き残っている全ての証人が、オーウェルは、当時そういう人物だったエリック・ブレアとして、植民地の警察業務で高く評価されたいたことに同意した。彼は幹部の能率的な士官だった。実際、まだ20代での、植民地警察業務で、犯罪、悪徳、殺人や人間社会の全般的な裏面についての彼の知識が、その後の生涯を通じて、彼に、ヨーロッパ全体主義と同様、アメリカ資本主義やイギリス帝国主義の都会で生きていくための知識や経験、右翼や左翼のあらゆる無数のウソを見抜く道徳的権威を与えたのだ。

 当時オーウェルがしなければならなかったことに光を当てる二つ目の暴露は『1984年』で最も有名な、ぞっとするような場面の一つにある。実際、ほとんどナチ集団虐殺収容所生存者の自叙伝さえ、それほどの記述はない。秘密警察士官の「オブライエン」が、もしそれが開けば、餓死しそうなネズミが飛びついて、彼をむさぼり食う準備ができている檻に、彼の顔を固定して「主人公」(もしそうと呼ぶことができるなら)ウィンストン・スミスを拷問にかける場面だ。

 私が画期的な北アイルランドの学校で最初に『1984年』の力にさらされた際に、思ったことを覚えている「一体どんな種類の心がそれと同じ位、恐ろしいものを発明できるだろう?」)答えは非常に明白だったので、私は他の生徒同様それを全く見過ごしていた。

 オーウェルは、それを「発明したり」架空の筋書きとして「思いついたりした」のではない。それはイギリス植民地警察によって、ビルマ、現代のミャンマーで使われていたお決まりの取り調べ手法に過ぎなかった。オーウェルは決して「聡明に」文学的手段として、そのような邪悪な拷問手法を発明したわけではない。彼はそれを想像しなくて良かったのだ。それは年中、彼自身や同僚が使ってていたのだ。それこそが、大英帝国が、いかに、なぜそれほど長い間、それほどうまく機能したかの理由だ。彼らは自分たちが何をしているか知っていたのだ。そして、彼らがしていたことは、全く素敵ではなかった。

 終生、そして今も、その作品を畏敬してきたオーウェルに関する私の悟りの最終段階は、 約10年前、危険なほど賢い長女が、同様に授業の一部として読むよう『1984年』を与えられた際に起きた。ある日それについて彼女と話していて、私はオーウェルは、小説の中で、ウィンストン・スミスだと、何気なく言った。

 アメリカで育った十代の長女は、そこで当然私の間違いを直した。「違うわ、パパ」と彼女は言った。「オーウェルはウィンストンじゃない、というか彼はウィンストンだけじゃない。彼はオブライエンでもあるわ。オブライエンは実際、ウィンストンが好きなの。オブライエンは彼を拷問にかけたいとは思っていない。オブライエンは彼を称賛さえしている。でも、それが彼の職務だから、オブライエンはそうするの。」

 彼女は、もちろん、正しかった。

 だが、圧制的権力やウソや拷問の偉大な敵オーウェルが、一体どうして、それほど良く拷問をする人々に共感し理解することができたのだろう? それは彼自身が、その一人だったからだ。

 「エマ・ラーキンの」素晴らしい本は、現代のウクライナやコロンビアやメキシコの連中と同じぐらい邪悪で無情な麻薬や人身売買犯罪カルテルに対し、1920年代、イギリス帝国主義当局が行った無情な戦争で、植民地の幹部警官のオーウェルは主要人物だったことを明らかにする。「仕事を完了するため」には、何であれ全てが許されるようにしたのは「対テロ戦争」だった。

 若きエリック・ブレアは、自分の経験に極めて強い嫌悪感を抱き、帰国した際、彼が常に享受していた、まともな中産階級の生活様式を放棄し、当時多くの人々がそうしたように理想主義の社会主義者になっただけでなく、無一文の餓死しそうな浮浪者になった。彼は名前や正体さえ放棄した。彼は急進的な人格崩壊を起こした。彼はエリック・ブレアを殺した。彼はジョージ・オーウェルになった。

 オーウェルの初期の有名な本『パリ・ロンドン放浪記』はビルマから戻った最初の数年、文字通り、彼がどれほど自身を拷問し侮辱したかの証言だ。その後の生涯も。

 彼は惨めなほど酷い食事で痩せ、結核や他の健康問題でボロボロになり、ひどくたばこを吸い、どんな適切な診療も拒否した。彼の容貌は常に全くひどいものだった。友人で作家のマルコム・マガリッジは、オーウェルは、自身を浮浪者のマンガとして作り直したいと望んでいたと推測している。

 オーウェルは、ビルマで帝国の若き代理人として彼がしたことについて決して自身を許さなかったというのが明らかな真実だ。亡くなる前に、『1984年』を完成するため、スコットランドからほど遠い離島、実に原始的で、寒く、湿った、貧困に苦しむへき地に行くという、文字通り自殺的な決定さえ、彼がビルマを去って以来、一生自身に与えていた無情な処罰として一貫していた。

 結論は明確だ。スペインでのジョージ・オーウェルの経験の激しさ、真実と品格への彼の情熱の全ての強烈さ、権力乱用に対する彼の憎悪は、スペイン内戦の彼の経験に起源していない。それは全て、1920年代、ビルマでの大英帝国の代理人としての彼自身の行動から直接流れ出ている。彼が創造した「真実省」が、1940年代初期、獣のはらわたBBCで働いた彼の経験から直接流れ出たのと全く同様に。

 ジョージ・オーウェルは、大英帝国のための拷問者としてビルマで行ったひどい犯罪のため、ゆっくりした自殺をして、20年以上生きた。だから、ジョージ・W・ブッシュ大統領の下「対テロ世界戦争」で、CIAがしたことに対しても、彼の恐怖と嫌悪が当てはまるのは確実に思える。彼が1930年代と1940年代にしたのと全く同様に、現在、ニューヨークやアトランタやワシントンやロンドンから流れ出る本物のフェイクニュースを、オーウェルは即座にためらいなしに識別するはずだ。

 だから、本物のジョージ・オーウェルを取り戻し、受容しようではないか。第三次世界大戦を防ぐための戦いの大義は、それに依存しているのだ。

 マーティン・シーフは海外特派員として、24年間、ワシントン・タイムズとUPI通信社で70以上の国から報道し、12の戦争を担当した。彼はアメリカとグローバル経済問題専門。

 個々の寄稿者の意見は必ずしもStrategic Culture Foundationのものを意味しない。

記事原文のurl:https://www.strategic-culture.org/news/2020/05/20/how-the-british-empire-created-and-killed-george-orwell/

郷原信郎:前川氏報道で批判浴びる読売新聞 「報道機関としての存在を否定するに等しい、組織の不祥事」 郷原信郎 弁護士

前川氏報道で批判浴びる読売新聞
「報道機関としての存在を否定するに等しい、組織の不祥事」
郷原信郎 弁護士
2017年06月28日

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2017062600006.html

前川喜平氏独白「NHKや読売新聞には同情する」
「みんな組織で四苦八苦しながら生きている」
井上 理
2017年9月7日
https://business.nikkei.com/atcl/report/15/110879/090600730/

タクシー代と自家用車の必要性

井上靜 網誌 ruhiginoue.exblog.jp

タクシー代と自家用車の必要性

 前年度の電話料金を一覧表で見たら一度だけ急に増えていて、そのさいは電話をかけてから待たされた時間が多くを占めていたので、思い出してもイライラしてしまう。すぐに出られないなら、こちらからかけなおすと言うものだが、そういうことをしない人や会社がある。
 まるで、タクシーに乗ったら交通渋滞に巻き込まれてしまい、止まっている時間が料金のほとんどだった、みたいな感じであるが、タクシーで渋滞は単なる不運であり、電話とは事情が異なる。

 ところで、タクシーに用事で頻繁に乗った人が、料金をそれなりに多く払ったから経費にしようと言っていた。
 けれど、それなりの金額といっても20万円くらいで、もちろん金額自体は多いが、しかし自家用車を買って維持して燃料というのと比較してみると、所有は必要か疑問であるとも言っていた。
 
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 あの東京新聞の望月記者は、取材の相手方の都合に合わせてタクシーを利用したのに、経費とすることに会社からいちいち文句を言われて困り、これを知った読売新聞の知人から移籍しないかと誘われたそうだ。読売新聞は会社が大きいから、その程度のタクシー代を経費で落とすことに文句を言わない。
 そして紹介されて審査に通り正式に移籍の誘いを受けたのだが、この話を彼女の父親に話したところ、喜んでくれるかと思ったら難色を示されたという。会社が大きくても読売はいかがなものかと。父親もマスコミで働いていたので、そういう事情に詳しかった。
 このため移籍の話を断りケチな東京新聞に残った。おかげさまで菅官房長官に嫌がられることになったというわけだ。

 このように色々な意味で「タクシー代くらい、なんだ」ということなのだ。

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