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自民党・稲田朋美と松川るいが緊急事態宣言のさなか靖国神社に参拝! 非難殺到で松川はツイート削除も安倍一派のカルトぶり露呈

■松川るい
https://ja.wikipedia.org/wiki/松川るい
生年月日
1971年2月26日(49歳)
出生地
日本の旗 奈良県奈良市
出身校
東京大学法学部第2類
前職
外交官








政策・主張[編集]

人物[編集]

発言[編集]
  • 2020年3月2日、参議院予算委員会での新型コロナウイルスの感染拡大をめぐる質疑において、「高齢者は歩かないから」と野次を飛ばした。質問をしていた立憲民主党蓮舫議員は「与党議員からこんな発言が飛んできたことに驚いている。こんな認識でいるのか」と批判した[10]。その後松川は記者団の取材並びに自身のブログにて、謝罪と釈明を行った[11][12]


■自民党・稲田朋美と松川るいが緊急事態宣言のさなか靖国神社に参拝! 非難殺到で松川はツイート削除も安倍一派のカルトぶり露呈

自民党・稲田朋美と松川るいが緊急事態宣言のさなか靖国神社に参拝! 非難殺到で松川はツイート削除も安倍一派のカルトぶり露呈の画像1
靖国参拝をアップした稲田朋美Twitter


 昨日の憲法記念日、日本会議系のネット改憲集会で新型コロナ感染にかこつけた緊急事態条項の必要性を訴える改憲メッセージを出した安倍首相。

 検査体制も医療体制も整えず自粛補償もしない政権の酷い対応がこんな結果を招いているのに、すべてを憲法のせいにしてコロナを逆に改憲PRに利用するとは……。全く開いた口が塞がらないが、しかし、安倍首相とその取り巻きが「国民の生命を守る」より自分たちの「極右イデオロギー実現」を優先しているのはこの改憲の問題だけではない。

 実は、この間、安倍側近議員の唖然とするようなカルト行動がネット上で批判を集めていたのをご存知だろうか。

 安倍首相への過剰なヨイショ質問とネトウヨ発言で有名な自民党・松川るい参院議員が4月29日、こんなツイートをしたことがきっかけだった。

〈昨日は稲田代行らと靖国神社にコロナ収束祈願にまいりました。今日は、これから予算委です。〉

 そして、ツイッターには稲田朋美・自民党幹事長代行と松川議員、男性2人が靖国神社を背にした写真が……。

 そう、安倍首相が緊急事態宣言を発出し、国民に不要不急の外出を強く要請している中で、与党幹部である稲田幹事長代行と安倍首相子飼いの松川議員が堂々と、神社参拝という「不要不急の外出」をしていたのである。

 実際、この前日の4月28日には、稲田議員も、同じ写真をアップして、こうツイートしていた。

〈主権回復記念日。平成18年から毎年伝統と創造の会で靖国参拝と続けてきました。今年はコロナの影響で会として参拝は中止しました。高鳥さん、三ッ林さん、松川さんと参拝しました。〉

 沖縄を置き去りにして本土がアメリカから独立した日を「主権回復記念日」などと祝うのも極右丸出しだが(https://lite-ra.com/2017/01/post-2820.html)、その参拝を中止したものの、結局、稲田幹事長と松川議員、さらに高鳥修一・自民党筆頭副幹事長と、三ッ林裕己衆院議員の4人でのこのこ出かけたということらしい。

 一体この人たちはどういう状況かわかっているのか。神社参拝といえば、安倍昭恵夫人が3月に大分県の宇佐神宮に出かけていたことが批判されたが、これはそれどころの話ではない。彼女たちが参拝したのはゴールデンウイークを目前にした4月28日。繰り返すが、これは安倍首相が緊急事態宣言を発出した真っ最中で、ゴールデンウイーク中の不要不急の外出自粛を強く要請した直後のことだ。にもかかわらず、与党議員や与党幹部が「靖国参拝」を錦の御旗にそれと逆行する行動をしたのだ。

 しかも、松川議員にいたっては、4月22日、ブログに「不要な外出は最前線で戦う医療従事者の必死の努力を無にするもの」という記事をアップ。〈政府がもっと外出規制を厳しくするよう要請していきたいと思います。特措法でまだとれる措置はあります。それでも、不用意な外出をする方が止まないようであれば、より厳しい措置を取ることが可能な法改正をするよう取り組みたいと思います。〉と主張していた。

 ところが、自分は6日後に靖国参拝。我慢するのは国民だけで、自分たちは何をやってもいいとい思っているのか、あるいは、靖国参拝だけは許されるとでも思っているのか。

 さらに、この行動が呆れはてるのは、行き先が靖国神社なのに、松川議員が目的を「コロナ収束」祈願だったと言い放っていたことだ。

 与党議員が国会でやるべきコロナ対策をとらずに“神頼み”というのも呆れるが、靖国は、明治維新の官軍や旧日本軍の戦没者を“英霊”と称して祀り、戦意高揚を煽るためにつくられた神社だ。そんなところに「コロナ収束祈願」って、こいつらは本当に靖国神社の意味をわかっているのか。それとも“靖国は万能の神”というカルト信仰に取り憑かれているのか。

「やるべきことやらず神頼みか」「コロナ収束祈願がなぜ靖国なのか」という非難も

 実際、松川議員のツイッターには、以下のような非難が殺到した。

〈国民には不要不急の外出控えよ!といいながら、自らは、靖国神社参拝をする与党議員って何?いま必要か?不要不急の意味判ってる?〉
〈ここにもいた。不要不急ではない外出でなんと靖国神社に参拝したアホ議員〉
〈国民には家に居ろと言っておきながら、 不要不急を政治家が率先して公開。〉
〈国難対応中で感染を避けたい政権与党議員が、平日にふらっと靖国神社参拝をアピールできる程度の低感染リスクということなのでしょうか? 国民はGW真っ只中ですが、松川るい議員の外出メッセージにはどんな意味があるのでしょう? でもでもお年寄りが巣鴨に行くと非難されるんです? 基準が知りたいです。〉

 不要不急の外出を批判する意見だけでなく、国会議員がまともな対策を議論せずに「神頼み」していることにも批判意見が続出していた。

〈ついに神頼みを始めた自民党〉
〈不要不急そのもの。平安時代じゃないんだから神社仏閣に収束祈願などという非科学的な行為を政治家が率先するのもどうかと。〉
〈稲田朋美さん、松川るいさん、靖国に神頼みしてる場合ですか? 政権与党としてやらなければならない仕事は山積ですよ。〉
〈まともな対策とらずに祈願だけしてもコロナは収束しませんよ… 「神風邪」「神頼み」から早く目覚めて科学を重んじる対策を…〉
〈コロナで影響を受けている国民のために法律を作ることもせず、自粛要請無視、アベノマスク着用無視で大日本帝国の残滓を呼び起こそうと画策するが失敗に終わる〉

 参拝先が靖国神社だったことには、こんな痛烈な皮肉も投げかけられている。

〈そもそも戦争神社に祈願する内容じゃないだろそれ〉
〈われわれによる第2のインパール作戦で、皆さんに続く者を大量に送りますと、報告してきたのか。〉
〈指導部の無策のせいで死んだ人達の祀られてるところに、現行の無能な指導部の一人が願掛けに行くという地獄みたいな倒錯ですね〉
〈臣民の分際で「補償だ」「給付だ」と生意気にも言い続けるのなら、かつてのようにまた生き地獄を味わわせてやろうか、っていう脅しのつもりとか?〉

 どれもこれもそのとおりと言うしかない。松川議員はこの批判を受けてツイートを削除したようだが(稲田幹事長代行はそのまま残している)、しかし、どんなにごまかしても与党幹部である稲田幹事長代行と松川るい議員が国民に自粛を要請しながら、自分たちは緊急事態下で不要不急の外出をし、「靖国にコロナ収束を神頼み」というカルト行動に走っていた事実は消しようがない。

結局、連中はコロナの感染拡大防止や国民の生命を守るための具体的な政策などつゆほども考えておらず、頭の中にあるのはいまも自分の「極右イデオロギー」の実現だけなのである。

 実際、松川議員が1月にツイッターで〈予算委では、新型コロナウィルスについて指定感染症の施行を早めるべきとの声が相次ぎました。憲法に緊急事態条項があれば!〉と緊急事態条項を早々に持ち出し、稲田幹事長代行も昨日のNHK『日曜討論』でコロナ禍を改憲議論につなげるよう発言していた。

 そして、それは憲法記念日にコロナ感染拡大を憲法のせいにして「緊急事態条項を」と主張した安倍首相や、桜井よしこら安倍応援団、日本会議などの極右団体も同様だ。

 何度も指摘していることだが、安倍政権とこの国の自称「愛国者」のインチキな正体は今回のコロナ感染によって、完全にバレてしまったといっていいだろう。


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連載差別表現 | 小林健治:靖国神社

連載差別表現 | 小林健治
靖国神社

317日(火)

 http://rensai.ningenshuppan.com/?eid=229

朝、8時半起床。 豆乳と〝えごま油“入り有機人参ジュース二袋。 シャワーを浴びて、気温7度の寒天下、中型バスで駅。 準特急~区間急行で、1015分に神保町。 銀行に寄って通帳記帳。

 

娘の応援を得て、会計実務。 「スカーレット」、昼の部を見ながら、一緒に来た孫娘と昼食。 新聞三紙を読む。 相模原障害者殺傷事件の死刑判決について、やはり動機の解明が不十分で薄っぺらい判決内容との指摘に、相槌を打つ。

 

孫娘と、桜の開花宣言が出された、靖国神社。 咲いていたのは河津桜のみで、開花宣言は早すぎたのではないかと思う。 知人のいる遊就館に寄るも、新型コロナの影響で休館していた。 孫娘がおみくじを引くも”吉“で、悪念を捨てないと”大凶”になるとの言葉に、ニンマリと孫娘を諭す。 それにしても参拝者が少ないし、警察の監視目線にいらだつ。 頭も垂れないし、参拝もしない。

 

孫娘が、リュックが壊れたとのことで、カバン屋にゆきアディダスの40%のセールス品を購入。 文房具屋でシャープペンを買わされ、事務所に戻るも疲れた。 

 

娘と孫娘と他愛もない会話を楽しむ。 夕方、前から約束していた知人との食事会。 9時半に終えて、勢いついて白金の〝カフェカルヴァ”。 コロナの所為で常連客が一人のみ。 店主と“濃厚接触”を願望するも峻拒される。 12時過ぎに恵比寿駅から帰宅と思うも、新宿駅で降り、ゴールデン街に突撃。 さすがにいつもの賑わいはないものの結構酔客で溢れていた。 〝ル・マタン”~〝ペグ”に挨拶。 以後記憶なし。 

長野縣護國神社

長野縣護國神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
長野縣護國神社
長野県護国神社 拝殿
所在地長野県松本市美須々6-1
位置北緯36度15分28.86秒
東経137度58分41.08秒
主祭神長野県出身の国事殉難者
社格内務大臣指定護国神社・別表神社
創建昭和13年(1938年)
別名美須々之宮
例祭4月29日30日
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長野縣護國神社(ながのけんごこくじんじゃ)は、長野県松本市美須々にある護国神社である。明治維新から第二次世界大戦までの国難に殉じた長野県出身者を祀る。

歴史[編集]

護國神社の前身となる招魂社は、信濃国では戊辰戦争の犠牲者を祭るため、明治元年(1868年)に松代藩岩村田藩須坂藩に建立され、その後、龍岡(奥殿藩)、上伊那(高遠藩)、諏訪(諏訪藩)、信濃(長野市)の4つの招魂社が建立されたが、日清日露戦争の犠牲者を祭るため、昭和9年(1934年)には全県的な招魂社の造営が計画されるに至った。

昭和13年(1938年)11月、戊辰戦争で亡くなったすべての兵士のために、明治天皇により[1]長野県招魂社として仮社殿で創建された。昭和14年(1939年)3月に長野縣護國神社に改称し、同年4月1日に内務大臣指定護国神社となった。創建から2年後の昭和15年(1940年)に制定された松本市歌(作詞・高野辰之)の3番では「くにを護りの社殿は聳ゆ」と歌われている。昭和17年(1942年)、社殿・社務所・3つの鳥居[1]などが竣工した。 第二次世界大戦後の一時期、「護国神社」の名称では軍国主義施設と見なされるということで、存続を図るために信濃国枕詞に由来する「美須々之宮」に改称していた。1957年(昭和32年)4月、神社本庁別表神社に指定された。

鳥居の倒壊[編集]

2017年(平成29年)には台風第21号で第二鳥居が倒壊した。高さ7メートルの台湾ひのきによる木製で、木材を確保出来次第、設計、再建工事を行い、2019年4月頃までに完成予定としたクラウドファンディングサイト・READYFOR?で300万円を目標に資金調達を行ったところ、寄付総額は3,232,000円に達した[1]。第一鳥居と脇鳥居の修理も同時に行う予定で、柱の部分だけ新調し、横木の部分は現在の木材を利用する予定だった。

2018年(平成30年)には台風第21号で、東側にある木製の脇鳥居(高さ約6メートル)が倒壊する被害に遭った[2]。これにより、補強作業に入る予定だった脇鳥居の再建も余儀なくされた。

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