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[記者手帳]70年が過ぎても消えない苦しみ…「女性人権活動家イ・ヨンス」の悲しみ

[記者手帳]70年が過ぎても消えない苦しみ…「女性人権活動家イ・ヨンス」の悲しみ

登録:2020-05-27 06:32 修正:2020-05-27 07:39 
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/36765.html
米議会で堂々と被害証言したイさん 
苦しみと鬱憤の中で自らを「人権活動家」と紹介 
黒幕を疑うよりは心強い背後になるべき
日本軍「慰安婦」被害者問題解決に向けた運動の先頭に立ってきた女性人権運動家、イ・ヨンスさんが今月25日午後、大邱寿城区インターバーゴホテルで2回目の記者会見を開き、立場を表明している=大邱/ペク・ソア記者//ハンギョレ新聞社

 「この闘争を通じて、後ろ指を差され、偽りの中で苦しみ、恥じてばかりいたイ・ヨンスから、本物のイ・ヨンスを見つけることができました」。日本軍「慰安婦」被害者運動団体の正義記憶連帯を批判したイ・ヨンスさんが25日に準備した記者会見文の一部だ。しかし、いざ記者会見が始まると、イさんの口から語られたのは、自負心よりも悲しみと恥ずかしさに近かった。イさんは声を震わせながら「申し訳ない」という言葉を繰り返した。「世界の女性たちに『慰安婦』が女性という二文字に傷をつけたことを、本当に申し訳なく思っております」。米議会で堂々と被害を証言した人権活動家「イ・ヨンス」のもう一つの顔だった。

 数十年前のことを日付まで正確に示しながら、イさんは再び“証言”した。ほとんどの人々にとっては周知の事実か、あえて覚えておく必要もない内容だった。社会が被害者の証言に徐々に慣れている間、イさんの“記憶”は、地上に突き出た石のように、休まらない心を傷つけてきたのだろうか。生中継されるイさんの記者会見を見て、私たちが“時差”を見落としていたのではないかという気がした。魂を揺るがす苦しみが消え去るには、70年は十分な時間なのだろうか。30年の告白で足りるのだろうか。

 今日の日本軍慰安婦運動は被害者の記憶を超え、地球上のまた別の暴力の阻止に集中しようと語っている。その方向性の是非にかかわらず、イさんは数十年の時差の中で、一人残されたような寂しさを感じていたのかもしれない。幾多の陳述と講演を通じて過去のトラウマを重ねて“証言”するよう求められたが、今はその過去を語る者がいない。“仲間"たちは世を去っており、30年来の“同志”はもっと大きな世界に踏み出す必要があるといってイさんのそばを離れた。その中で、イさんの寂しさは取り返しのつかないほど大きくなってきたのかも知れない。慰安婦被害者運動が“歴史的成果”を残したとしても、イさんのようなハルモニ(おばあさん)の苦しみを慰めることができなければ、何の意味があるだろうか。

 寒い日には、少女像に毛布をかけ、マフラーを巻いてあげた市民も、実際に“現在進行形”であるイさんの苦しみを顧みることができなかった。映画『アイ・キャン・スピーク』の中で米国下院議員たちの前でも堂々と振る舞う、強いハルモニの姿には熱狂したにもかかわらず、今や一部ではハルモニの“資格”を問題視している。責任を負うべき政府と政界も、国家犯罪である慰安婦問題の解決の責任を被害者や活動家たちに肩代わりさせてきた。ハルモニの苦しみを癒やすことも、活動家の役目として残された。

 苦しみと鬱憤を語りながらも、イさんは2回の会見で自らを「女性人権活動家」として紹介した。「慰安婦」被害者や「性奴隷」のような公式名称を拒否した。一見矛盾するように見えるかも知れない。しかし、これは“妥協しない”イ・ヨンスの人生だ。彼女は過去の傷痕に苦しみながらも、それに屈することなく、日本政府の賠償と謝罪を求める活動家として生きている。世の中が日本軍慰安婦被害者を“少女”または“ハルモニ”として平たく描く間、「女性人権運動家」としてキム・ボクトン、キル・ウォノク、イ・ヨンスたちはより良い世の中のために苦痛に耐え、不義を正すために戦ってきた。彼女の告白が気に入らないという理由で、なまじいに黒幕を疑うよりは、彼女がこれ以上「利用された」と感じないように、心強い背後にならなければならない。私たちには時間があまりない。

//ハンギョレ新聞社
パク・ユンギョン|事件チーム記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/946592.html?\fr=st1韓国語原文入:2020-05-27 02:42
訳H.J
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[寄稿]巣立った鳥:独立した「被害者」の声

[寄稿]巣立った鳥:独立した「被害者」の声

登録:2020-06-04 15:15 修正:2020-06-04 18:53 
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/36840.html
「慰安婦運動を語る」専門家リレー寄稿(2) 
ハン・ヘイン|アジア平和と歴史研究所研究委員

被害者から「問題解決の主体」に 
イ・ヨンスさんの今回の証言は 
女性運動史における重要な出来事

日本軍「慰安婦」被害者のイ・ヨンスさんが25日午後、大邱寿城区のインターバーゴホテルで二度目の記者会見を開き、立場発表を行っている=ペク・ソア記者//ハンギョレ新聞社
慰安婦運動を語る//ハンギョレ新聞社

<女性人権運動家のイ・ヨンスさんが、長い間自分が耐えてきた苦痛をあらわにして市民社会と政府に投げかけたメッセージは、全ての人々の心を重くする。イさんの訴えをきっかけにハンギョレは、私たちが何を省察し、残された問題をどのように解決すれば被害者の苦痛と傷が本当に癒されるのかを模索するリレー寄稿を掲載する。日本軍「慰安婦」関連記録物のユネスコ世界記録遺産共同登録に向けた国際連帯委員会事務団総括チーム長を務めているハン・ヘイン「アジア平和と歴史研究所」研究委員が2番目の文を寄せた。>

 5月に二度にわたって行われたイ・ヨンスさんの記者会見(公開証言)をどう受け止めるべきか。結論から言って、日本軍「慰安婦」問題を歴史の深淵から初めて引き上げた1991年8月14日のキム・ハクスンさんの初の証言と同じくらい、イ・ヨンスさんの今回の証言を女性運動史で非常に重要な事件として受け入れなければならないと判断する。

 これまで私たちは、慰安婦被害当事者の声を聞くとき、彼女たちが証言する「被害事実」と悲劇的な人生の話に集中してきた。これを通じて彼女たちの「痛み」、そしてそれを克服した「勇気」を称えてきた。話をするのは彼女たちだったが、問題解決の主体は支援団体や政府であり、そのような意味で被害当時者たちは受動的な存在だった。

 今回のイ・ヨンスさんの証言は、それとは大きく異なる。正義記憶連帯(正義連。韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)の後身)が主導的に導いてきた従来の運動方式を批判し、自ら慰安婦問題を定義し、運動の方向性を定めようとする主体的な意志を表現している。私たちが望む姿であれどうであれ、彼女が私たちの前に主体として立つと決心したという事実だけは認めなければならない。過去30年間、挺対協・正義連を中心に続いてきた運動が「被害当事者」イ・ヨンスとどれだけ問題意識を共有し、実際にどれだけ被害者の治癒と回復に貢献してきたのかを振り返る機会でもある。

 イ・ヨンスさんはこれまで、挺身隊、性奴隷という規定を避けて「私はイ・ヨンスです」という言葉で自分を紹介することが多かった。しかし、今回の公開証言では激昂した声で、私は(勤労)挺身隊ではなく、「命をかけて連行された」、「汚く、聞くのも嫌な慰安婦」と自分を規定し、女性たちに「恥ずかしく、すまない」ことだと述べた。イ・ヨンスさんにとって慰安婦被害は依然として「汚く、聞くのも嫌で、恥ずかしく、すまない」という現在進行形の被害でしかないのだ。この30年の運動は被害者たちに対して、慰安婦被害は恥ずかしく汚いことではなく、あなたの過ちではなく、すまないと思うことではないと慰めてきたが、その慰めはいまだ彼女には届いていなかった。

 イ・ヨンスさんは、慰安婦問題について、日本政府の謝罪と賠償が必要だという原則的な立場を固く守っている。それが切実である理由は、彼女自ら25日の会見で明らかにしたように、そうしてこそ自分が「慰安婦という汚名」を晴らすことができるからだ。そしてイ・ヨンスさんはとても興味深い発言をする。「日本と韓国は隣りの国です。この学生たちは、何のために謝罪と賠償をしなければならないのか知るべきじゃないですか。お互いに行き来しながら親しくなり、お互いに学ばなければなりません」と語る。問題が何かを「知らない」若い学生たちが叫ぶ「謝罪せよ、賠償せよ」が、単に反日スローガンにばかり聞こえる「水曜デモ」では、この問題を解決できないと主張しているのだ。教育と交流を挺対協・正義連がやってこなかったわけではないが、1441回まで続いた水曜デモで際立つ声は、日本政府の「公式謝罪」と「法的賠償」だった。イ・ヨンスさんもこの主張の正当性には共感するが、この主張をこれ以上水曜デモのような方式ではなく他の方式にしようと、運動方針の大きな転換を訴えているのだ。自分に残された時間がそれほど長くないこと、また日本が簡単に「真の謝罪と反省」をしないことを、経験的に悟っているのではないか。

正義連が主導的に率いた 
既存の運動方式を批判し、 
自ら慰安婦問題を定義して、 
運動の方向性を定めようとする主体的意志を表現している

 イ・ヨンスさんは他のハルモニたちとは違い、支援団体に属さず独立的に活動してきた。この問題を解決するために大学院に通い、国会議員になろうともした。しかし公的地位は得られなかった。過去30年間の運動は、イ・ヨンスさんに人権運動家という「望ましい」被害者として残ることを望んだ。そしてイ・ヨンスさんは、その「望ましい」被害者に与えられた最高の権威がキム・ボクトンセンターに収れんされるのを見た。自分の歴史がどのように記憶されるかについて焦りがあったと思われる。

 私たちがイ・ヨンスさんの証言に大きな衝撃を受けたのは、彼女が発した言葉の凄絶さのためだった。彼女は慰安婦運動を自分とともに行ってきた正義連のユン・ミヒャン前理事長が、自分の得られなかった公的地位を得ることになったことを、運動に対する「裏切り」という言葉で表現した。イ・ヨンスさんは、本人が支援を受ける被害者である限り、トランプ大統領も、文在寅(ムン・ジェイン)大統領も、朴槿恵(パク・クネ)前大統領も、どんなに偉大な政治家でも、この問題を解決できないということを経験的に知っている。そして、長年の同志だったユン・ミヒャン前理事長までもが自分のそばを離れることを確認した。

 こうした袋小路に追い込まれた「女性人権運動家イ・ヨンス」が下せる結論は何だっただろうか。「汚く、恥ずかしい」慰安婦としての時間を送ったイ・ヨンスさんは、生の最後の瞬間を眺める時期に、若い日本の学生たちに苦心しながら和解の手を差し伸べた。彼女の結論は、挺対協・正義連が行ってきた努力は続けながら、日本が責任を持って賠償するまで自国の歴史を正しく伝える「韓日青少年教育」を行うことで、日本と「和解」をしようという意味に読み取れる。これは被害当事者本人が、今目の前の「歴史の正義」を猶予してでも、真の「歴史の正義」へと向かう和解の道を模索しようと提案したものと考えられる。

 イ・ヨンスさんが提案した「和解」の方法について、日本と踏み込んだ対話をする必要がある。今年検定を通過した日本の中学校社会科の教科書をみると、独島についての記述は悪化した反面、日本軍慰安婦に対する内容が以前に比べて少しはより具体的に表現され、「強制性」を帯びているという点も記述された。根本的な変化ではないが、このような点で、慰安婦問題に対する対話の実現の可能性を探ることができないだろうか。被害者自身の歴史を所有し記録しようとするイ・ヨンスさんの提案をどのように受け入れ、私たちの公共の歴史と「対話」すべきかを深く考える責任が私たち皆にある。

ハン・ヘイン研究委員(お問い合わせ japan@hani.co.kr)
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/947006.html韓国語原文入力:2020-05-29 09:16
訳C.M

[社説]「ユン・ミヒャン問題」に乗じた「歴史歪曲」容認できぬ

[社説]「ユン・ミヒャン問題」に乗じた「歴史歪曲」容認できぬ

登録:2020-05-22 01:37 修正:2020-05-22 07:17 
http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/36708.html
20日午後、ソウル鍾路区の旧日本大使館前で、保守団体のメンバーが正義記憶連帯を糾弾する記者会見を行っている//ハンギョレ新聞社

 「ユン・ミヒャン問題」に乗じて極右勢力が組織的に「歴史歪曲」を試みている。国内の極右団体と日本の右翼勢力が少女像の撤去や水曜デモの中止などを要求し、歴史歪曲攻勢に乗り出しているのだ。慰安婦人権運動と歴史を正す運動を揺さぶろうとする極右勢力の盗人猛々しい総攻勢は嘆かわしい限りだ。

 共に市民党のユン・ミヒャン当選者と正義記憶連帯(正義連)を告発した団体の相当数はニューライト系の極右団体だ。特にこの隊列の先頭に立っている「反日銅像真実究明共対委(共対委)」は「水曜集会が青少年に性奴隷や集団強姦などを教えた」と主張し、「児童虐待疑惑」で告発した。荒唐無稽な詭弁である。また同団体は、少女像を侮辱するため、「慰安婦像」と呼び、「慰安婦像反対集会」を兼ねた「慰安婦の真実究明記者会見」を水曜集会前日の19日に開いた。共対委は昨年12月2日「反日民族主義に反対する会」、「慰安婦と労務動員労働者の銅像設置反対の会」などが手を握って作ったものだが、『反日種族主義』とその続編を出版した李承晩(イ・スンマン)学堂、落星垈(ナクソンデ)経済研究所などと緊密につながっている。『反日種族主義』は、日本軍の『慰安婦』強制動員の責任を隠蔽し、「慰安所は高収益の市場」という妄言によって被害者女性を侮辱する親日的な歴史歪曲に満ちている。この本の共同著者である落星垈経済研究所のイ・ウヨン研究委員は、強制動員労働者が「賃金が高く楽な暮らしをした」などの妄言を事としている。セウォル号惨事を皮肉り、5・18犠牲者を冒涜する発言をしたオンラインメディア「第3の道」のチュ・ドンシク主筆もこの団体に参加している。

 彼らは昨年末から「慰安婦像撤去、水曜集会中止」を要求するデモを行ってきたが、これは日本の右翼の核心的な要求でもある。日本の保守系メディア『産経新聞』は20日にも「反日憎悪の象徴である『慰安婦像』を早急に撤去してほしい」と主張した。「歴史歪曲」を通じて日本の植民地支配の責任に対する忘却を強要しようとする韓日極右勢力の意図がはっきりと表れている。

 正義連とユン・ミヒャン当選者は、提起された疑惑について透明に明らかにし、誤った部分が明らかになれば責任を取り、改善しなければならない。しかし、正義連に対する信頼が揺らいでいる状況を悪用し、過度な政治攻勢を繰り広げ、歴史を歪曲し、被害者を侮辱する行為は、絶対に容認されてはならない。

(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
http://www.hani.co.kr/arti/opinion/editorial/945975.html韓国語原文入力:2020-05-21 19:09
訳D.K

[寄稿]「30年の慰安婦運動」まるで終わったかのように評価するのはやめよう(後)

[寄稿]「30年の慰安婦運動」まるで終わったかのように評価するのはやめよう(後)

登録:2020-06-12 11:31 修正:2020-06-12 12:56 
http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/36925.html
「慰安婦運動を語る」専門家リレー寄稿(6) 
キム・ヨンヒ|延世大学国文科教授・延世大学ジェンダー研究所長
専門家リレー寄稿「慰安婦運動を語る」//ハンギョレ新聞社

(前編より続く)
 「ハルモニ」の言葉を聞け、彼女の言葉を尊重しろという人たちが真っ先に「代理発話」に出た。「ハルモニ」の意思は何なのかを自らの言葉で説明し、評価し、その中に込められた真意が何なのかを教えようとした。自分だけが、あるいは自分たちだけが「ハルモニ」の言葉に込められた本音を最も正確に知っていると自負する人々は、金魚鉢の中の魚を上から下に見下ろす人のように、事態を観照する位置にいた。金魚鉢の中で起こることは、その人々にとって”自分のこと”ではなく、金魚鉢の中で起こることに対する責任も彼らにはない。過ちは”あいつら”の責任であり、”私”は倫理的な人間であるため、彼らは倫理を装うあらゆる修辞を動員して「当事者の言葉を尊重しなければならない」と言う。彼らにとっては当事者でない位置から当事者の言葉を尊重し、当事者の話を代理発話することが”倫理”なのだ。

 しかし私は、言葉の前に解釈が存在していたと思う。どんな言葉が出てくるかの前に、この言葉がどのように解釈されるか、その運命が決まっていた。イ・ヨンスさんとユン・ミヒャンさんの言葉がある前に、「正義連」と「日本軍慰安婦」問題に連帯してきた人たちの言葉が出てくる前に、この言葉はすでに構築された陣営のスペクトルの中で各自の位置を持つようになる計画の下に包摂されていた。この計画は正確に他者化の暴力を具現化する。誰かを規定し、ある偏見に固めて攻撃しようとする時に真っ先に実行することは、対象を縮小して固定することだ。そして、その縮小され固定された属性は、対象の固有のものとして本質化され、その他のすべては他者化の暴力によって、先に述べた規定された内容に還元される。このようなとき、事態は単純化され、文脈の厚さは薄っぺらく平面化される。

 イ・ヨンスさんとユン・ミヒャンさんは異なる陣営によって攻撃のターゲットとなった。互いに異なる立場に立ったように見えるが、彼女たちは結局、他者化の暴力の前でいずれも攻撃の対象であるだけで、その攻撃を正当化する口実は彼らの”堕落”だ。いつ誰によってかはわからないが、イ・ヨンスさんは純粋な被害者と仮定され、ユン・ミヒャンさんは純粋で倫理的な活動家と仮定された。彼女たちは生きている人間ではなく”対象”であるため、この”純粋”の境界を越えた瞬間、”堕落”と”不純”のあらゆる汚名を着せられ、攻撃の対象となった。この”純粋”から外れた”堕落”は、攻撃の理由であると同時に攻撃を正当化する根拠でもある。

 イ・ヨンスさんとユン・ミヒャンさんから明らかになった”純粋”から外れた”堕落”の兆候は何だったのか。私はそれが、政治権力に向けた欲望を表わしたことだと思う。しかし、両者はこの30年間、政治活動を続けてきた。制度圏の中に入って政治をするのは場を移すことに過ぎず、「日本軍慰安婦」を取り巻く全ての議論は最初から最後まで幾重もの政治を遂行することに他ならない。被害者が”運動”に乗り出し、この”運動”を通じて政治的な場に突入することは、どの社会でも珍しいことではない。市民社会団体で活動していた活動家が制度圏の政治に進入するのも同じだ。今、韓国の国会議員や地方自治体の長、地方議会の議員のうち、こうした”運動”の経歴を足がかりに政治に乗り出した人は数え切れないほど多い。

 ある研究者が私に、韓国社会で“男性”がすることは「肯定的一般化」の対象になりやすいのに対し、”女性”がすることは「否定的一般化」の対象になりやすいと言ったことがある。”男性”たちがする非常に小さなことも大きく価値を評価され肯定的な方向に一般化するのに対し、”女性”たちがすることは極端な否定的評価を受け、反対方向に一般化される傾向が強いということだ。イ・ヨンスさんとユン・ミヒャンさんはすでに特定勢力を代理表象する存在となった。人々が「ナヌムの家」と「正義記憶連帯」を区分できないのは、無関心で無知なためではなく、区分したくもなく、区分する必要がないからだ。彼女たちにとって「ユン・ミヒャン」と「正義連」と「ナヌムの家」は区別する必要がない対象だ。このようにして水曜集会に出た数知れない人々や、「ユン・ミヒャン」ではない活動家たちや「正義連」へと続いた30年の歴史、そしてこれらすべての人々の時間が、簡単に消される。ユン・ミヒャンさんは一つの典型になり、「堕落した活動家」と「非倫理的な86世代の政治勢力」と「日本軍慰安婦問題に実践的連帯を見せた女性」らを代理表象することになった。

 この議論の中で、ある人たちはユン・ミヒャンさんが国会議員の資質を備えているか検証すると乗り出し、ある人たちは日本軍慰安婦運動の歴史を評価しようと言ったりもする。しかし、大多数は沈黙している。言うことがないからではなく、 どんな言葉もこれら陣営の構図の中で簡単に使い捨てられるパイになることが、あまりにも自明だからだ。老人の貪欲、大邱(テグ)、横領、5軒の家、家族、黒幕、韓日関係、交流と和解、裏切りと道具化などの言葉が、この30年間の歴史を、その時間のほんの少しでもつかみ取ることができるだろうか。その時間は、ユン・ミヒャンさんのものでも、イ・ヨンスさんのものでも、「挺対協」や「正義連」でもない。イ・ヨンスさんもユン・ミヒャンさんも、この運動の流れの中にいる一人にすぎず、彼女たちは他のすべての活動家がそうであるように、過ちと限界を持ちうる。「正義連」もまた同じだ。今、「正義連」を非難し、その団体名の前に付けるあらゆる修辞の言葉をそのまま韓国社会のすべての社会運動団体の前につけたとしても、全くおかしくないだろう。

 過ちや問題はどこにでも誰にでもあるから、なあなあにして流そうという話をしたわけではない。私は「正義連」に対する批判的議論も、かつての日本軍慰安婦問題をめぐる運動の歴史についての評価も、全部必要で有意義だと思う。国会議員になったのだから、政治家のユン・ミヒャンさんに対する評価も必要だと思う。さらに1987年6月抗争後の市民社会運動の歴史を振り返ることもできればいいと思う。また、活動家の位置づけと役割、当事者性の問題についても生産的な議論が必要だと考える。しかし、今この夥しい”盤”に群がっている人々が、本当にこうした問題に関心があって一言ずつ言葉を加えているのかは分からない。

キム・ヨンヒ延世大学国文科教授・延世大学ジェンダー研究所長=カン・ジェフン先任記者//ハンギョレ新聞社

 私も、私が加えたこの一言の効果が怖い。インターネットのコメントが怖いのではなく、私がわからないことについて、わかっているかのごとく言ってしまうのが怖く、私が言った言葉がこの談論の中でどのような政治的効果を生み出すか見当がつかないのが怖い。しかし、怖さの中でも一言を切り出したのは、沈黙の理由を言いたいからだ。この半世紀、”ハルモニ”たちの沈黙を生んだ暴力は、依然として省察されないまま続いている。「私の方がよく分かっている」と先を争って言い出す人々の後ろで、数知れない人たちが言うべきことを言えずに沈黙している。私はこの沈黙を代理することはできないが、私の気持ち推して慎重に察するとしたら、明らかに人々の口を閉ざさせる苦痛と怒りがあるだろうと思う。いつもとてつもない苦痛の跡を残した最初の暴力は消され、その苦痛の跡のためにちゃんと考えてちゃんと休めなかった人々が互いを非難することが繰り返されるということ、そして最初から暴力を傍観したり共謀した人々が、この争いを勝手に評価し裁断することが繰り返されるという事実に、私には我慢できない。何よりも今、論争に参加した人々の多くは、まるで「終わった戦いを評価するかのように」発言したり、「戦いが終わった後の結果をめぐって争う人々を非難するかのように」発言するが、沈黙する人々にとってこの戦いはまったく終わっていない。沈黙を破ってはっきりと言うが、それは30年前も、今も、完全に”現在”だ。

キム・ヨンヒ延世大学国文科教授・延世大学ジェンダー研究所長 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/947803.html韓国語原文入力:2020-06-0809:03
訳C.M

[寄稿]「30年の慰安婦運動」まるで終わったかのように評価するのはやめよう(前)

[寄稿]「30年の慰安婦運動」まるで終わったかのように評価するのはやめよう(前)

登録:2020-06-12 11:28 修正:2020-06-12 12:55 http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/36924.html
「慰安婦運動を語る」専門家リレー寄稿(6) 
キム・ヨンヒ|延世大学国文科教授・延世大学ジェンダー研究所長
専門家リレー寄稿「慰安婦運動を語る」//ハンギョレ新聞社

 私は水曜集会に一度も参加したことがない。

 私は「女子高」3年の夏休みにテレビで金学順(キム・ハクスン)さんの証言を聞いたが、隣にいた「男」の大人は、1987年の6月抗争以降、韓国社会の民主化と進歩を深く考える知識人の一人だった。彼はニュース報道を見るなり、「民族の恥をあんな風にさらけださなければならないのか」と非難した。金学順さんの証言後の秋頃、「慰安婦」を再現したドラマが流行したが、学校で生物の教師が、鉄条網越しに男女の主人公がキスするシーンを事細かに説明し、「慰安婦」役を演じた「女」の俳優の胸がかなり大きいという話を重ねて強調した。「慰安婦」について、私に話しかけた二番目の「男」の大人だった。

 大学に進学すると、学校で数人の女子の先輩が基地村の活動や水曜集会に出ようと話しかけてくるようになった。私は基地村の活動にも水曜集会にも関心があったが、私が何かを悩んで選択する前に、街頭デモの現場へ、立ち退き住民の戦いの場へ私の手を引いて連れて行く先輩たちがいた。そして彼女たちは常に「韓国社会はいろいろな矛盾が重なっているから、まずは急を要していて重要な問題から解決していくしかない」ということを口癖のように言っていた。

 口述敍事を専攻して大学の教授になった後、学生たちと一緒に「日本軍慰安婦」の記憶を持つ女性たちが口述した話を読み、関連する小説や映画を観てこんな話を交わしたこともあった。

 韓国社会で「日本軍慰安婦」に対する記憶は1991年まで封印されていた。記憶の封印とともに、彼女たちの人生と苦痛も存在しないことになっていた。金学順さんが口を開くまで、彼女たちの存在は幽霊のようだった。ただ風の噂で聞こえる話があるだけだった。彼女たちの証言は決して忘れられない暴力の記憶を世にさらけだすことであり、それ自体が再び苦痛の中に吸い込まれていくことだったが、当時この言葉に耳を傾けようとする人は少なかった。彼女たちは自分たちのそばに寄り添った人々と連帯し、国内外の法廷と証言の場を訪ね回った。人々は彼女たちに「最大限感情を排除し、正確かつ客観的に」話すよう求め、「そうすれば他の人たちが聞いてくれる」とも付け加えた。人々は暴力の記憶を「正確かつ客観的に語る」ことは不可能だということを理解できず、世間の関心は韓日間のイシューが浮上したり静まるのに従って上がったり下がったりするのが常だった。ある人は検事や判事のように「私が判断してあげるからファクトを話してみろ」という態度で証言を求め、ある人たちは彼女たちの言葉とは関係なく「民族」という言葉が呼び起こす情動に自分一人深く捕らわれていた。

日本軍性奴隷制問題解決に向けた第1420回定期水曜集会が、元旦午後、ソウル鍾路区旧駐韓日本大使館の向かいの少女像の前で開かれた中、正義記憶連帯のメンバーらと市民200人余りが日本政府の公式謝罪と法的賠償を要求している=キム・ボンギュ先任記者//ハンギョレ新聞社

 映画の中で証言に立った女性たちは、みな服を脱いで自分の傷を見せる。彼女の言葉を信じなかった人々は皆、その傷を見て深いため息をつき、ようやくその言葉を信じるようになる。「日本軍慰安婦」を再現したすべてのストーリーとイメージは「少女」あるいは「ハルモニ(おばあさん)」に限定される。そして、ここに重要な修飾語が入る。「純潔な少女」、そして「純粋なハルモニ」だ。私は、韓国社会は彼女たちの30代と40代と50代を描けないと思う。韓国社会で彼女たちは「生きている人」ではなかったため、「純潔」と「純粋」から外れた生涯を再現することはできないだろう。何よりもその時間のあいだ、彼女たちを沈黙させた「暴力」を、韓国社会が自ら告発することができるだろうか。

 私は「日本軍慰安婦」問題の被害者が耐えてきた時間や、彼女たちと連帯してきた活動家たちの時間を分かることはできない。彼女たちの言葉に耳を傾け、彼女たちの書いた文を読んだが、やはり「私は分かることはできない」と思う。当事者以外では誰も分かることのできない時間であろう。私は推察できるということすら、とうてい言えない。しかし、私は私が「日本軍慰安婦」問題の当事者だと考える。「日本軍慰安婦」と呼ばれていた彼女たちが経験した暴力の加害と被害いずれにもつながっており、また彼女たちと連帯する社会的責任が私にあると考えるからだ。

 沖縄のペ・ボンギさんが、本人の意志ではなく、ひとえに生き残るために仕方なく「日本軍慰安婦」だったという事実を明らかにしなければならなかった時、沖縄の住民たちは「あなたはつらい記憶を引き出して証言しなくていい。私たちが覚えている。私たちが証言する」と言った。記憶を通じて非可視化された存在を可視化するとき、記憶に対する責任と倫理的義務は誰にあるのだろうか。暴力の被害当事者にのみ証言の義務を強要し、その証言を通じてのみ存在を信じることができるという社会は、どのような社会だろうか。最も大きな被害を受けた人から少ない被害を受けた人に至るまで、その被害の程度によって当事者性の位階を定めることはできない。また、暴力の被害を受けた人だけが当事者性を持つわけでもないと思う。私たちみなが植民支配の暴力とその暴力の痕跡、そして性暴力の現実に対して何らかの当事者性を持っており、持たなければならない。当事者性の拡張を通じて私たちが記憶すると言うとき、暴力の後の沈黙を作り出した暴力も止めることができるだろう。

 しかし、私たちは互いに異なる当事者性を持っており、この計り知れないほど多くの当事者性の違いを前に、慎重に近づいていかねばならない。暴力の被害を直接受けた人々の立場と、彼女たちのそばにずっといた活動家たちの立場をすべて分かるとは言えず、これを下手に裁断することはできない。この固有の違いに対して姿勢を低くし、”慎重に”近づくことができるだけだ。時には「あなたの苦痛を理解する」という言葉さえ暴力になることがあるからだ。イ・ヨンスさんの記者会見後、私はイ・ヨンスさんとユン・ミヒャンさんの時間を、そして挺対協と正義連の歴史を「分かっている」という多くの人々の言葉を聞いている。その言葉の中から、「日本軍慰安婦」と呼ばれていた彼女たちと連帯する者の当事者性を省察する、半世紀の沈黙を作った韓国社会の暴力を反省する声を、発見することはなかなかできなかった。「日本軍慰安婦」をめぐる言説の場の歴史は、50年間は沈黙の暴力で覆われた時間であり、その後30年間は他者化の暴力に覆われた時間だった。(続)

キム・ヨンヒ延世大学国文科教授・延世大学ジェンダー研究所長 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/947803.html韓国語原文入力:2020-06-0809:03
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