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ウエンツ瑛士inロンドン 英語話せなかった僕は、いま

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https://digital.asahi.com/articles/ASMDV6X8KMDVUHBI01V.html?iref=comtop_8_04


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日本では、僕が英語をしゃべれないと爆笑が起きた。通った学校でも、テレビ番組でも。僕は自分が日本人だと思っていたから、その笑いはある種、謎でしたけど、皆が楽しそうにしてくれるからまったく嫌な気はしなかった。

 でも、ロンドンにきて日本人の友人たちから、「飲食店で何度も目が合っているのにメニューを取りに来てくれない」とか、差別を受けたと聞いた。僕はこっちで一度もそんな差別にあってない。こんな顔だからですよね。

 で、思った。あれ、僕って何人(なにじん)なんだろうと。日本人ならあう差別に自分はあわないから、自分が日本人とは思えなくなった。これは複数のルーツを持つ人が1回は陥ることらしいんですけど、「自分がどこの国にも属していない感じ」がして、いまもその感覚は続いています。


<以下略>・・・

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落胆の三木谷氏。ゴリ押し英語民間試験「身の丈」発言への恨み節

落胆の三木谷氏。ゴリ押し英語民間試験「身の丈」発言への恨み節

 

旗振り役・三木谷楽天社長が落胆したであろう民間英語入試見送り

三木谷浩史・楽天社長はどんな気分だろうか。まさか、あの安倍首相が、その忠臣、萩生田光一・文部科学大臣が、かくもたやすく、大学入試の英語試験改革から退却するとは思わなかったに違いない

ここまで、三木谷氏にとっては長い道のりだった。大学入試にTOEFL、GTECなどいかがなものかと、専門家から強い疑問が呈されるなか、三木谷氏は官邸の産業競争力会議文科省の有識者会議をリードし文科省を動かした。何ごともなければ、2020年度から大学入学共通テストに民間の英語試験を活用する新制度がスタートするはずだった。

そんなおり、予期せぬことが起きた。萩生田文科相が何の拍子か、テレビ番組で本音をもらしてしまったのだ。10月24日夜放送のBSフジ「プライムニュース」でのことだ。

キャスターの反町理氏がTOEFLなど民間試験を使うことに関し、「お金や、地理的な条件などで恵まれている人は何回も受けて練習できる。その不公平、公平性ってどうなんでしょう」という趣旨の質問をすると、萩生田氏はこう答えた。

「それ言ったら、『あいつ予備校通っていてズルいよな』と言うのと同じだと思うんですよね。裕福な家庭の子が回数受けて、ウォーミングアップができるみたいなことがあるかもしれないけれど、そこは、自分の身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで勝負して頑張ってもらえば」

世にいう「身の丈発言である。新自由主義的経済政策は、多かれ少なかれ、「分相応」を低所得層に強いてきた。しかし、公平を実現すべき入試で、その責任者である大臣に、「身の丈」に合わせればいいのだと、知らんぷりを決め込まれたくない。公平、平等な入試を実現するために存在するのが文科相ではないか。そのような反発の声がネット上や巷にあふれた

この発言をきっかけに、英語民間試験導入の問題点や不備がクローズアップされた。難易度の異なる民間試験のスコアをどうして1つの物差しで測れるのかと、合否判定に使うことを見送る国立大学もあった。受験料や試験会場などについて、国からさまざまな注文が出され、事業者側の混乱が続いた。受験生からも、「試験会場が少ない地方は不利だ」「検定料が高すぎる」など、不満の声があがった。利益を確保しなければならない民間団体のコスト計算と、受験の公平性が相容れないという、あたりまえの矛盾が露呈したかたちだった。

全国の高校の校長でつくる団体は今年9月、文部科学省に、英語民間試験の延期見直しをするよう申し入れをしていたが、萩生田大臣は「万全の体制を整える」と、予定どおり実施するかまえを崩さなかった。

しかし、「身の丈」発言で自らの身が危うくなると、萩生田大臣の脳回路は、批判の矢が飛んでこないようにすることを優先する方向に働き始めた。安倍首相とは携帯電話ひとつで連絡がとりあえる仲である。二人が話して結論を出したのは間違いない。民間試験を受けるための共通IDの申請が、全国一斉に始まる予定だった11月1日当日の定例記者会見で、萩生田大臣は「来年度からの導入を見送り、延期する決断をした」と発表した。

安倍首相の教育改革の目玉の一つとみて、文科省の官僚も十分に忖度し強力に推し進めてきた新制度である。萩生田大臣の失言で、いとも簡単に見送られるほどの熱意しか安倍官邸にはなかったのか。ハシゴを外されたのは文科省官僚だけではなかった。もっとも驚いたのは楽天の三木谷氏ではないだろうか。

どれだけ三木谷氏が、英語入試の改革に熱心だったかは、文科省の「英語教育の在り方に関する有識者会議」における発言を議事録でたどることによって確認できる。

この有識者会議では民間試験導入にかなり慎重な意見もあった。たとえば明海大学外国語学部教授大津由紀雄氏のこの発言。

「TOEIC、TOEFLのスコアが高い、700、800、900点というようなあたりを取っていても、英語が使える人というのが非常に少ない。それだけではなくて、日本語がきちんと使える人が非常に少ない。例えば、私が日常的に接している大学生だなんていうのも、とてもみじめな状況になっている。母語という礎なしの外国語の運用能力というのは、よくてただぺらぺらしゃべることができるという、ハリボテ英語力というものにすぎない」

楽天社内の英語常用を進めるため「TOEFL」の効用を信仰してやまない三木谷氏に対するあてつけのような意見であるが、同様の考えを抱く学者は数多い。日本語もまともに書けない学生がほんとうにグローバル人材といえるかどうか。「ハリボテ英語力」とはよく言ったものである。


英語学習に「読み書き話し聞く」の四つの技能が必要なことは誰でもわかるし、日本の教育が読解にばかり偏ってきたのではないかという指摘もわかる。これをなんとかしようと1989年、文部省(当時)はコミュニケーション重視の英語学習指導要領をつくり、英会話に力を入れてきたはずなのに、いっこうに状況は改善されない。その原因がわからないまま民間英語試験に頼ろうとする姿勢への疑念でもあろう。


この有識者会議ではめざす議論がスピーディーに進まないと見てとった三木谷氏は2014年3月19日付けで同会議の吉田研作座長あてに下記のような意見書を提出した。

  1. 有識者会議の下に「入試改革に関する小委員会」を設置する
  2. 本小委員会 では、以下の内容について検討を行う
    ・高校入学試験における本趣旨に沿う外部試験の活用の方策
    ・大学入学試験におけるTOEFLの導入に向けた具体的な方策
  3. 有識者会議は本小委員会の結論を尊重し、有識者会議の議論のとりまとめに反映させる

民間試験の導入を前提とした小委員会をつくりその結論を有識者会議は尊重せよというわけだ。三木谷氏は官邸に設けられている産業競争力会議のメンバーでもあり、ビジネスに役立つ英語力アップをという同会議の議論の流れをひっさげて文科省を動かそうとしたのである。

出来レースだったのだろうか、三木谷氏の意見はすぐに採用され、7月に小委員会が開かれて、英語民間試験導入へと大きく前進した。その後の有識者会議では、三木谷氏と大津教授の意見が激しく対立する場面があった。


2014年9月4日に開かれた8回目の会議でのことだ。取りまとめのために配布された資料に「CEFRの文字が散見されることに大津教授が疑問を呈した。「CEFR」は語学の熟達度を測る国際的な基準で、下はA1から上はC2まで6段階のレベルが判定される。

「TOEFL iBT」「GTEC」「英検」など異なる7種類(6団体)の英語民間試験で出るバラバラの点数を一つの評価基準にまとめるため、文科省は昨年3月、各試験の点数を「CEFR」のどのレベルにあてはめるかの対照表をつくり、民間試験導入に備えていた。2014年の時点でも「CEFR」を使う考えだったのだろう。

しかし、そもそも、比較できない別のテストの結果を比べ一つの評価基準にあてはめるというのはどだい無理なやり方である。大津教授はこう述べた。


「項目横断的に見え隠れするCEFRを日本の英語教育という文脈に置いたとき、それがどういう位置付けを与えられるのかについて、有識者会議で体系的に論じられたことがなく、これまでの議論におけるとても重要な欠落だと思う」

議論もなく、英語民間試験導入を前提とした「CEFR」という文言が出てくることに違和感を抱いたのであろう。これに対して、反論したのが三木谷氏だった。


三木谷氏 「産業競争力会議の中でも、入試改革をしましょうということがはっきりとうたわれている」「議論は小委員会でしてきた。小委員会はこの委員会の部会で、そこに委嘱されて議論しているので、当然、この委員会で議論したものであると私は認識している」

 

大津教授 「小委員会でこういう議論があったとの報告はあったけれど、それについて有識者会議がどう対応するかという議論はなかった」

 

三木谷氏 「それはおかしいでしょう。有識者会議でその小委員会をやることに対して反対しなかった時点で、その小委員会に任せていたということになる」

 

大津教授 「小委員会で決まったことは、そのまま有識者会議で議論するまでもなく受け入れられるべきものだという認識は、私には全くありません」


かなり激しいやり取りだったが、座長が三木谷氏の意見を重視したため、英語民間試験の導入を前提とした協議会の設置へと話は進んだ。後日、発足した協議会のメンバーが英語試験業者だらけだったのは言うまでもない。もちろん、英語など学習コンテンツの供給に熱心な楽天の三木谷氏やドリコムの内藤裕紀社長らも加わった。


英語の入試利権はIT企業も巻き込んで大きく広がるところだった。実用的な大学のあり方を好む安倍首相も、三木谷氏の動きを応援していたはずだったのだが、最も信頼する側近、萩生田大臣が「このまま強行したら問題が拡大する」と泣きついてきたため退却に同意したとみられる。

着々と新入試制度に対応するためのテクニック習得や勉強を重ねてきた受験生や、高校の関係者には気の毒だが、新制度のいい加減さが浮き彫りになったのは、お粗末な大臣による「身の丈」発言のおかげといえる。

「延期」か「見送り」か、それとも「見直し」、いや「白紙」かと、色々な言葉を用い、萩生田大臣の決断の意味が各メディアで語られる。おそらく萩生田大臣の頭にはなにもないのだろう。もちろん官邸にも。なぜなら、有識者会議の議事録にみなぎる三木谷氏の熱量が彼らにはないからだ。

民間の英語試験を大学入試に導入することそのものの是非はこのさい論じないでおこう。間違いないのは、産業競争力、教育再生、入試改革、英語力強化という言葉が先走るばかりで、制度設計が追いつかなかったこと。不平等や混乱を十分予測できたにもかかわらず、不備は後々の修正に任せることにして、政府が新たな英語入試制を闇雲に強行しようとしていたことである。

いまさら「自信を持って受験生にお勧めできるシステムにはなっていない」(萩生田大臣)とはよく言えたものだ。そんないい加減な入試を「身の丈に合わせて」と、強行しようとしていたのは誰なのか

混迷の元凶は安倍政権の姿勢にある。大企業や富裕層の利益を優先するアベノミクスで、社会に大きな格差を生み出しておきながら、低所得層への目配りは後回しだ。「身の丈論は萩生田大臣とともに安倍首相の本音でもあるのではないか。


新恭(あらたきょう)この著者の記事一覧

記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。その実態を抉り出し、新聞記事の細部に宿る官製情報のウソを暴くとともに、官とメディアの構造改革を提言したい。記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。


柴山文科相 日本人の氏名のローマ字表記「名字を先に」

柴山文科相 日本人の氏名のローマ字表記「名字を先に」

日本人の氏名のローマ字表記は一般的に、欧米にならって名字と名前を逆さまにしていますが、平成12年に当時の文部省の国語審議会は、言語や文化の多様性を生かすため、名字を先にするのが望ましいとする答申を出しています。

これに関連して、柴山文部科学大臣は6日の閣僚懇談会で、政府が作成する公文書などは、原則として名字を先に表記するよう要請しました。

このあと柴山大臣は記者会見で「平成12年の審議会の答申の趣旨が、必ずしも十分に共有されていないのではないか。グローバル社会が進んでいくに従って、言語や文化の多様性を互いに意識することが、ますます重要になっている。姓、名という日本の伝統に即した表記としていくことに意義がある」と述べました。

官房長官「今後、内閣官房中心に検討」

菅官房長官は、閣議のあとの記者会見で「今後、柴山文部科学大臣の発言に沿った方向で、具体的な取り扱いについて内閣官房中心に関係省庁で検討していく」と述べました。

そのうえで記者団が、今後、民間にも推奨するのか質問したのに対し、菅官房長官は「民間への周知の在り方は、政府の検討に合わせて文部科学省で検討されると承知している」と述べました。

英語はいつ支配言語から脱落するのか?

 英語を小学生から学ぶという英語帝国主義への自己植民地化へまっしぐらのこの国では、同時に老いも若きも差別語「ブラック」を喜んで使用している現象から見ても、目指しているのは英語を話す名誉白人なのだとすぐ分かるわけだが、しかし機械翻訳の精度が上がれば、何も英語を話さなくても母語である日本語だけでも十分だという結論にも達する。会話程度の英語ならほどなく完璧な機械翻訳も登場しそうな時代だから、英語教育を含む大英帝国の侵略を丸呑みするこの国の文科省の英語教育の方針の滅茶苦茶ぶりには驚くばかりだが、ずーっと支配階級にいて生き長らえる処世術といえば、暴力団アメリカ組には絶対逆らえないということで、英語を喋る名誉白人を子どもの時から育てることもやるし、入れてくれない英語を話す国5カ国への諜報活動参加も熱望するわけだ。これって、今風にいえばベネズエラにいる米国の操り人形・グアイドのような買弁的な強欲人間──当然、天皇ヒロヒトや岸信介なども含まれる──しかこの国にはいないということなのだろう。

 この国の憐れは、名誉白人になりたがる支配階級はともかくも、労働運動や市民運動の中にさえ名誉白人になりたがる人間が顕著に目立つということだ。よってそれらの運動を好意的に伝える、『しんぶん赤旗』や『週刊金曜日』や『リテラ』なども差別語「ブラック」を平然と使うようになり、国際化時代で日本中に肌の濃い人たちが多数存在するの中でも、差別語「ブラック」大氾濫が止まらないという悲惨な現実が眼前に広がる。

 だが、「おごれる者も久しからず」、すなわちいずれ英語さえ支配言語の立場から脱落するので(以下の平田雅博『英語の帝国』参照)、あなたたちような支配言語(白人英語)が大好きな名誉白人も、早く差別語「ブラック」を使うのを止めた方がいい、というのが結論になる。だって私には、奴隷根性の人間にはこんな言い方しかできないのである。

 

※追記:以下に機械翻訳(無料版)の2例を紹介するが・・・


Lovely Hoffman | My Black Is Beautiful - Official Site

https://www.lovelyhoffman.com/

In the wake of the death of Michael Brown and Eric Garner in 2014, Lovely felt compelled to write a song entitled, Black Lives Matter, to stand in solidarity with families who were victims of injustice. The song received national attention and positive reviews, and during that time of national unrest, Lovely reflected on her purpose as an artist and stated, “For me, art must reflect the feelings and experiences of the people and the time, and I hope my music accomplishes this goal.” In May 2015, Lovely’s music video for Black Lives Matter won First Place at the San Francisco Black Film Festival. The video was also the opening night film at the Chicago International Social Change Film Festival and was an Official Selection of the Roxbury International Film Festival and the Reel Sisters of the African Diaspora Film Festival in Harlem, New York.


★グーグル翻訳

2014年のマイケル・ブラウンとエリック・ガーナーの死をきっかけに、ラブリーは、不正義の犠牲者である家族と連帯するために、「ブラック・ライブズ・マター」という題名の曲を書くことを余儀なくされました。 その歌は国民の注目を集め、前向きなレビューを受け、その間の国民の不安の中で、Lovelyはアーティストとしての彼女の目的を振り返り、こう述べています。「私にとって、芸術は人々の感情や経験と時代を反映するに違いありません。 2015年5月、Black Lives MatterのLovelyのミュージックビデオがサンフランシスコのブラックフィルムフェスティバルで1位を獲得しました。 このビデオは、シカゴ国際社会変革映画祭のオープニングナイトフィルムでもあり、ニューヨーク州ハーレムで開催されたロックスベリー国際映画祭とアフリカンディアスポラ映画祭のリールシスターズの公式セレクションでした。


★機械翻訳エンジンMemsource Translate (ベータ)

2014年にマイケル・ブラウンとエリック・ガーナーの死をきっかけに、ラブリーは、不正の犠牲になった家族との連帯に立って資格を与えた曲、ブラック生活物質を、書くことは感じました。 

この曲は、国民の関心と肯定的な評価を受け、国民不安のその時に、ラブリーは、アーティストとしての彼女の目的に反映さと述べ、「私にとって、人と時間の感覚や経験を反映しなければならない芸術、と私は願って私の音楽は、この目標を達成しています。」

2015年5月には、黒の生活物質のためのラブリーのミュージックビデオは、サンフランシスコブラック映画祭で優勝しました。ビデオはまた、シカゴ国際社会変動映画祭でオープニングの夜の映画だったとロクスベリー国際映画祭とハーレムでアフリカのディアスポラ映画祭、ニューヨークのリール・シスターズの公式セレクションでした。




■平田雅博『英語の帝国』講談社、2016年

頁248──

英語の未来
 未来予測は歴史家には禁句のはずだが、言語史家の中には、世界中のかつての支配的言語の衰退を研究して、未来を予測する者もいる。イングランドのバースにある「危機言語財団」の会長ニコラス・オストラーは著書を踏まえた日本での講演で、アメリカの覇権はじき終わること、機械翻訳機が実用化されて会話練習が不要になることなどから、さすがの英語の命運も尽きること、および他の歴史上の支配言語との比較も提示した。
 そのラテン語、(インドの)ペルシャ語、フランス語、英語を比較した表によると、いずれ言語にもその言語が隆盛する「画期点」、他の言語と切り替わる契機となる「交差点」、他の言語からの「最後の一撃」がある。ラテン語の画期点は印刷機の発明(1445年)、交差点はデカルトの『方法序説』(1637年)、最後の一撃はガウスの死(1855年)である。『ガウス整数論』は数学の著作物でラテン語で書かれたものとして最後期のものだった。
 インドのペルシャ語の画期点はプラッシーの戦い(1757年)、交差点はインド法廷での廃止(1837年)、最後の一撃はムスリムによる英語学習の請願(1883年)であった。フランス語の画期点はパリ条約(1763年)、交差点はベルサイユ条約(1919年)(英語で併記された)、最後の一撃はドイツにおける第一外国語のフランス語から英語への切り替え(1937年)であった。
 そして、英語の画期点は鄧小平の中国共産党での権力掌握(1978年)、交差点はインターネットで中国語が英語を量的に凌駕したこと(2014年ごろ)、最後の一撃はいつ何になるかはいまだに不明である。鄧小平の権力掌握は、国内で文化大革命が否定されて改革開放路線が決定された歴史的な政策転換であったが、その直後に中国の小学校の教育課程上に外国語教育の一環として英語教育が登場したという意味である。
 これらは大きな影響力を発揮したいずれ劣らぬ支配言語であり、この比較の表に出てくる画期点、交差点、最後の一撃の流れは各言語の「おごれる者も久しからず」「盛者必衰のことわり」を表す。インドのペルシャ語やフランス語にはそれに対抗する言語として英語がいずれの交差点にも登場する。英語の画期点から交差点までの間隔は36年ともっとも短く(他はラテン語192年、ペルシャ語80年、フランス語156年の間隔がある)、英語に対する最後の一撃がいつ何になるかは予測しないものの「おごれる者」の相対的な短さを示唆している。最後の一撃にはおそらく中国語が絡んでくることは確実であるが、最後の一撃のあとも中国語は英語に代わり世界の共通語とはなりえず、スペイン語などいくつかの言語と並列し、その意味では英語が「最後の共通語」であるという。<以下略>・・・

大学入学共通テストにおける英語民間試験の利用中止を求める国会請願署名

大学入学共通テストにおける英語民間試験の利用中止を求める国会請願署名

京都工芸繊維大学・羽藤由美教授の呼びかけにより、大学入学共通テストにおける英語民間試験の利用中止を求める国会請願署名が始まった。

国会請願署名(6/7~6/16)にご協力ください!

私たちは,2021年度(2020年度実施)の大学入学共通テストにおいて英語の民間試験を利用することに反対し,その中止と制度の見直しを国会に求めます。

国会請願は,国民が国政に対する要望を直接国会に述べることのできる,憲法で保証された権利です。日本に住んでいれば,外国人や未成年(たとえば,小・中・高生)も請願することができます。

今国会における請願の受付は 6 月 19 日(水)まで。そのために短期決戦の署名運動になりますが,国政選挙の直前でもあり,私たちの声を国会に届ける大きなチャンスです。

出典:https://nominkaninkyotsu.com/

 

この問題をごく簡潔に表現すると、2021年度入試より、センター入試・英語が、民間の外部試験(TOEICや英検など)に置き換わるというものである。

これだけなら何が問題なのかわかりにくいが、次のような問題点が多くの専門家・関係者から既に指摘されている。

  1. センター入試(に相当する試験)を廃止する根拠が不明である(スピーキング入試が必要なら大学入試センターに作成させればよい。センターは語学テスト会社に匹敵するかそれ以上のノウハウを持っている)
  2. 代案として用意されている民間外部試験の妥当性が驚くほど低い。しかも、運営上のトラブルが頻出しており、受験生が多大な不利益を被る恐れがある
  3. 以上のような多くの問題点が指摘されているにもかかわらず、導入が強引に決定された。手続き上にも深刻な瑕疵がある
  4. 特定の民間外部試験の導入ありきの議論で、利益誘導の恐れがある

 

この問題は、大学入試における英語の学力測定の制度改革に関するものである。したがって、本来は官のレベル(=文科省。正確には省内部局レベル)で適切に解決される問題であったはずだが、どうにもこうにも埒があかないため、政治のレベルへの訴えにつながった。

ちなみに、私も研究者としてこの請願に賛同している。一般メディアではあまり取り上げられない一見地味な問題だが、教育政策の根幹を揺るがしかねない深刻な問題を含んでいる。今後の展開を注視したいと思う。

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