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和歌山カレー事件とは

▼林死刑囚の再審請求、地裁が棄却 和歌山カレー事件

真田嶺、白木琢歩

2017年3月29日19時16分

http://www.asahi.com/articles/ASK3X7WFLK3XPTIL059.html


 和歌山市園部(そのべ)で1998年7月、夏祭りのカレーに猛毒のヒ素(亜ヒ酸)が混入され、4人が死亡、63人が中毒になった事件で、和歌山地裁(浅見健次郎裁判長)は29日、林真須美(ますみ)死刑囚(55)の再審請求を退ける決定を出した。弁護団は決定を不服として、大阪高裁に即時抗告する方針。

 弁護団によると、この日午後3時すぎに地裁から電話で、請求を棄却したと連絡があった。4月3日に記者会見を開くという。

 2009年から続く再審請求審で弁護団は、X線分析が専門の河合潤(じゅん)・京都大学大学院工学研究科教授の鑑定をもとに、林死刑囚の自宅などから押収されたヒ素と、事件現場のゴミ袋にあった紙コップ内のヒ素、カレー内のヒ素は同一のものとは言えないと主張。放射光施設「スプリング8(エイト)」(兵庫県佐用町)などを使った当時の鑑定に「『同一』と見せるための不正があった」と訴えていた。また林死刑囚がカレーを調理したガレージでの見張り中、「カレー鍋のふたを開ける不審な行動をした」という住民の目撃証言も次女と見誤った可能性があり、信用できないとしていた。

 一方、地裁は弁護団が求めたヒ素鑑定に関するデータの開示や再鑑定、河合教授の証人尋問などを実施しなかった。当時、急性ヒ素中毒になった60代の女性は取材に「捜査と審理は十分に尽くされた。棄却は当然の判断と思う」と話した。(真田嶺、白木琢歩)

■事件起きた地区、当時の面影なく

 1998年7月に事件が起きた園部地区の夏祭り会場には住宅が建ち、当時の面影はまったくない。

 近くにあった林死刑囚の自宅は2000年、放火で全焼した。土地は競売にかけられ、04年に地元自治会が落札。ベンチや花壇を整備するなど公園として整備された。今でも自治会が年2回草むしりをしているが、訪れる人は少ない。

 かつて近くの公園で行われていた慰霊祭も、09年が最後となった。事件で急性ヒ素中毒になった男性はこう話す。「当時を知らない新しい住民が増えてきている。被害者が事件を忘れることはないが、できればそっとしておいてほしい」

     ◇

 〈和歌山カレー毒物混入事件〉 1998年7月25日、和歌山市園部の民家のガレージで調理されたカレーの鍋に、猛毒のヒ素(亜ヒ酸)が混入された。園部第14自治会の夏祭りに提供され、カレーを食べた自治会長(当時64)、同副会長(同53)の2男性と高校1年の女子生徒(同16)、小学4年の男児(同10)の計4人が死亡。未成年者30人を含む住民ら63人が急性ヒ素中毒になった。

▼『冤罪FileNo28』2017年8月号増刊
頁107──
続報PART3
再審請求棄却の和歌山カレー事件
「架空の容器」でごまかした浅見健次郎裁判長 冤罪を疑う声が年々増えている和歌山カレー事件。和歌山地裁の浅見健次郎裁判長は3月29日、無実を訴え続ける死刑囚・林眞須美さん(55)の再審請求を棄却したが、決定書では「架空の容器」をでっち上げるごまかしを行っていた──。ライター◎片岡健 頁108──
・・・
 結果、浅見裁判長は林さんの再審請求を棄却したが、審理の過程では弁護側が求めた河合教授の尋問を行わず、弁護団は「不公平な裁判を行う恐れがある」と裁判官の交替を求める忌避の申し立てを行っていた。そんな経緯もあり、弁護団は「今回の決定の特徴は、科学との対話を一切拒否したことだ」(岩井信弁護士)と強く批判する。・・・

▼和歌山カレー事件の再審請求、判断へ 最大の争点は

阿部峻介、真田嶺、白木琢歩

2017年3月29日05時07分

http://www.asahi.com/articles/ASK3T5T7BK3TPTIL016.html?iref=pc_extlink


 和歌山市園部(そのべ)で1998年7月、夏祭りのカレーに猛毒のヒ素(亜ヒ酸)が入れられて4人が死亡し、63人が急性ヒ素中毒になったカレー毒物混入事件。林真須美死刑囚(55)が請求している再審(裁判のやり直し)を開くかどうかの判断が、29日に和歌山地裁で示される。争点は何か。

 最大の争点は、確定判決の柱であるヒ素の鑑定だ。

 検察側は、林死刑囚の自宅などから押収したヒ素と、現場のごみ袋に捨てられた紙コップの内側に付いたヒ素粉末が同じものかを検証。放射光施設「スプリング8(エイト)」(兵庫県佐用町)に持ち込み、X線を当てて元素を調べる鑑定をし、「同一の原料、同一の工場で、同一の機会に製造された」との結果を導いた。

 カレー内のヒ素の結晶も構成が…



▼現代化学2013年10月号(東京化学同人)68頁掲載

和歌山ヒ素事件「中井論文の誤りを指摘する」
著・河合潤(京都大学大学院教授)
>>>河合潤教授研究室HP掲載のPDFの直リンク
http://www.process.mtl.kyoto-u.ac.jp/pdf/現代化学誌論点和歌山ヒ素事件「中井論文の誤りを指摘する」.pdf

▼林眞須美さんを支援する会
http://masumi-shien.com/

和歌山カレー事件とは

事件の概要

事件が発生したのは、1998年7月25日のことでした。この日、和歌山市郊外の園部という町で住民の方々が自主開催した夏祭りで、何者かによってカレーに猛毒のヒ素が混入され、60人以上の方がヒ素中毒に罹患し、うち4人の方が亡くなる大惨事となりました。

 これをうけ、事件後まもなくマスコミが園部に殺到し、競って犯人探し報道を展開し始めます。そのため、甚大な被害にただでさえ深く傷ついていた園部の方々の心は、さらに深く傷ついていきました。

 マスコミの犯人探し報道はしばらく続きましたが、事件から1か月後、事態が一変する出来事が起こります。それは、朝日新聞が同年8月25日付け朝刊で、事件発生前に現場近くの「民家」を訪ねていた男性が、ヒ素中毒に陥っていた事実があったかのような旨を報じたことでした。

 この民家こそ、林健治さんと眞須美さんご夫婦の家ですが、この日を境にマスコミは、朝から晩までご夫婦の家を取り囲みます。
 そして、ご夫婦のことを「疑惑の夫婦」と呼び、あたかもご夫婦がカレー事件以前に周囲の人たちに毒を盛るなどして保険金詐欺を繰り返していたかのような疑惑を連日、洪水のように報じていったのです。

 こうして、ご夫婦に対する世間の心証が真っ黒に染まっていく中、次第にご夫婦のうち、眞須美さんこそがカレー事件の犯人だとほのめかす報道が増えていきます。その根拠として当時、盛んに報じられていたのが、健治さんご自身もカレー事件以前、ヒ素中毒らしき症状で何度も入退院していたことなどです。
 
やがて、マスコミは眞須美さんのことを「平成の毒婦」とまで呼ぶように。連日繰り返された膨大な犯人視報道によって、眞須美さんがカレー事件の犯人であることに間違いはないと、世間の多くの人は思い込んでしまいました。

 眞須美さんが健治さんや周囲の人たちに毒を盛り、保険金詐欺を繰り返していたとされる疑惑がもしも仮に事実であったとしても、それは、カレー事件とはあくまで「別の話」です。しかし、クロ一色で埋め尽くされた当時の報道の中では、世間の誰もがそんな当たり前のことすら見過ごしてしまったのでした。

 犯人視報道が洪水のように垂れ流されたのち、事件発生から約二ヶ月になる同年10月4日、眞須美さんはとうとう、保険金詐欺などの容疑で別件逮捕されてしまいます。

 その後、取り調べで黙秘を貫いた眞須美さんですが、さらに二度も別件の容疑で再逮捕された末、12月9日、カレー事件に関する殺人の容疑でも逮捕されてしまいます。そして、12月29日にカレー事件で起訴されたのです.。

 これは、直接証拠は何もなく、動機すら特定されないままでの起訴でした。しかし、膨大な犯人視報道の影響によって、世間ではこの時、あたかもカレー事件は解決したかのようなムードが漂ったのでした。

 その後、裁判が始まってからも眞須美さんは、健治さんとの共犯とされた保険金詐欺については潔く罪を認める一方で、カレー事件はもちろん、カレー事件以前の殺人未遂事件についても、一貫して否認を貫きました。

 しかし、一審の和歌山地裁では、黙秘したままに2002年12月11日に死刑判決を言い渡されました。さらに、二審の大阪高裁では、黙秘を撤回して自分の言葉で無実を訴えましたが、2005年6月28日に控訴棄却されてしまいます。

 そして、最後の望みをかけて望んだ最高裁でも、2009年4月21日に上告棄却されたのち、弁護人の判決訂正申立も同5月18日に棄却され、死刑判決が確定してしまったのです。

 しかし、マスコミではほとんど報じられていませんが、動機も未解明のままに死刑が確定した林眞須美さんの裁判では、カレー事件についても、カレー事件以前の殺人未遂事件についても、眞須美さんが犯人だと認めるには不合理な事実や、むしろ眞須美さんの犯人性を否定するような事実が数多く明らかになっています。

 なお、今も無実を訴え続ける眞須美さんと弁護団は、眞須美さんの48回目の誕生日となる2009年7月22日、判決確定からわずか約2ヶ月で和歌山地裁に再審請求しています。

 その結果はまだ出ていませんが、弁護団は第二、第三の無実の新証拠を裁判所に提出すべく、今も精力的な弁護活動を続けているところです。


▼人名用漢字の新字旧字:「真」と「眞」
2009年 2月 12日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

「真」と「眞」
http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp/2009/02/12/shin/
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林眞須美さんを支援する会

偽旗作戦は自作自演だから当然脚本みたいのものがある。この脚本によって、「冷酷な味方」の作戦要員に本当に殺されてしまう人もいるが、遺族は事件の真相に迫ることはあるのだろうか?

 さて、脚本といえば、検事の脚本によって犯人に仕立て上げられ、このブログでも取り上げている冤罪の死刑囚となった風間博子さんがいるが、和歌山毒物カレー事件で犯人とされた林眞須美さんも同様の冤罪死刑囚なので、ここに紹介する。

▼林眞須美・他『和歌山カレー事件 獄中からの手紙』創出版、2014年
頁93──
検察が作った「夫殺し」のストーリー(※引用者注:以下、安田=安田好弘弁護士、健治=林健治)

安田 実はこの事件は大変複雑な構造を持っています。検察は当初、健治さんが眞須美
さんに命を狙われたという、信じがたい話を作り上げた。それで眞須美さんに“夫殺し”のイメージをつけて、殺人未遂で起訴し、健治さんを眞須美さんから離反させて、とり込もうとした。そうやって眞須美さんを孤立させようという作戦だったのです。
 健治さんが逮捕された時の検察官は、大阪地検から特別に派遣されてきた、いわゆる腕利きの検事ですね。彼はあなたにどういう取引を持ちかけてきたんでしょう?
健治 簡単に言うとこうです。「林、お前はカレー事件には関係ない。お前は眞須美に殺されかかった被害者や。メモ書きでいいから、眞須美にヒ素を飲まされたと書いてくれ。それで書名捺印してくれたら、お前の体で刑務所に入るのはしんどいから、八王子の医療刑務所に入所できるように手続きする。求刑だすのも私だから、協力してくれたらお前の悪いようにはせん」と。
 それで、「どういうふうなことを書いたらいいんですか?」と検事さんに問うたら、「私は林眞須美に毎日のようにヒ素を飲まされていました。それが逮捕後わかりまして、今では眞須美がとても憎くて、憤りを感じています。くれぐれも眞須美に対しては極刑をお願いします──ということを描いてくれたら」と言う。そのようなことを毎日強要されました。
 また三女は眞須美の浮気相手の子どもで、お前の子どもじゃないと。眞須美が浮気したことも聞かされました。

▼林眞須美さんを支援する会
http://masumi-shien.com/

▼和歌山毒物カレー事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E6%AD%8C%E5%B1%B1%E6%AF%92%E7%89%A9%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%83%BC%E4%BA%8B%E4%BB%B6#.E5.86.A4.E7.BD.AA.E3.81.AE.E5.8F.AF.E8.83.BD.E6.80.A7

・・・
冤罪の可能性[編集]

当初から直接証拠がなく、状況証拠の積み重ねだけで有罪とされたが、不自然な点が多く識者から冤罪を指摘する声も多く上がっていた。
「批判を承知であえて言えば、本人が容疑を否認し、確たる証拠はない。そして動機もない。このような状況で死刑判決が確定してよいのだろうか」(田原総一朗)[17]。
「私のわだかまりも、この「状況証拠のみ」と「動機未解明」の2点にある。事件に、眞須美被告宅にあったヒ素が使われたことは間違いない。ただし、そのヒ素に足があったわけではあるまいし、勝手にカレー鍋に飛び込むわけがない。だれかが眞須美被告宅のヒ素をカレー鍋まで持って行ったことは確かなのだ。だが、果たしてそれは本当に眞須美被告なのか、どうしたって、わだかまりが残るのだ」(大谷昭宏)[18]。
「2審判決は「誠実に事実を語ったことなど1度もなかったはずの被告人が、突然真相を吐露し始めたなどとは到底考えられない」と言ったが、これは実質的に黙秘権侵害です」(小田幸児 - 眞須美の1審、2審、上告審弁護人)[19]
裁判で眞須美の犯行と断定される上での唯一の物証で決定的な証拠となっていた亜ヒ酸の鑑定において、犯行に使われたとみられる現場付近で見つかった紙コップに付着していたヒ素(亜ヒ酸)と、林邸の台所のプラスチック容器についていたヒ素、カレーに混入されたヒ素が東京理科大学教授の中井泉による鑑定の結果、組成が同一とされたが、のちに中井は依頼された鑑定の内容は、林宅のヒ素と紙コップのヒ素とカレーのヒ素の3つにどれだけの差違があるかを証明することではなく、3つの資料を含む林宅周辺にあったヒ素のすべてが同じ輸入業者経由で入ってきたものだったかどうかを調べることだと理解し、それを鑑定で確認したに過ぎなかった。このため有罪の決め手となった3つの資料の差違を詳細に分析はせず、3つの資料を含む10の資料のヒ素がすべて同じ起源であることを確認するための鑑定を行っていたにすぎなかった。当然ながら、眞須美が自宅にあったヒ素を紙コップでカレーに入れたことを裏付けるためには、3つのヒ素の起源が同じであることを証明しただけでは不十分であり、その3つがまったく同一でなければならない。弁護側の依頼で鑑定結果の再評価を行った京都大学大学院教授の河合潤により3つは同一ではないと評価された[20]。
被告の次女は林死刑囚がカレー鍋の見張りを離れた時間が20分以上あり、他の人物が毒物を入れる機会はあったと主張している。なお、和歌山地方裁判所はこの証言を証拠に採用しないことを決定した。

その他[編集]
障害者郵便制度悪用事件で村木厚子を取調べ中に、担当だった國井弘樹検察官は、村木に向かい「あの事件だって、本当に彼女がやったのか、実際のところは分からないですよね」といい、否認を続けることで冤罪で罪が重くなることを暗示し自白をせまった[21]。

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