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大阪高裁も林死刑囚の再審棄却 和歌山毒物カレー事件

2020年3月24日 19時53分

 

大阪高裁も林死刑囚の再審棄却 和歌山毒物カレー事件https://www.chunichi.co.jp/s/article/2020032401002242.html

 和歌山市で1998年、夏祭りのカレーを食べた4人が死亡した毒物カレー事件で殺人などの罪に問われ、死刑が確定した林真須美死刑囚(58)の再審請求で、大阪高裁(樋口裕晃裁判長)は24日、林死刑囚側の即時抗告を棄却し、再審を認めない決定をした。弁護団が明らかにした。

 弁護団は再審開始要件の「無罪を言い渡すべき新証拠」として、祭り会場に残された紙コップのヒ素が、林死刑囚の自宅で見つかったものとは異なることが判明したと主張。京都大の研究者へ独自に依頼して調べた結果、事件当時に実施されたヒ素の鑑定は手法に問題があるとしていた。

(共同)
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和歌山カレー事件の集会に林眞須美死刑囚が寄せたメッセージ

和歌山カレー事件の集会に林眞須美死刑囚が寄せたメッセージ

7月20日に開催された和歌山カレー事件集会(筆者撮影)

 1998年7月25日夜、和歌山市で夏祭りに配られたカレーにヒ素が盛られ、死者4人を含む多くの被害者を出した「和歌山カレー事件」が発生した。社会を震撼させたこの事件を考えるために、毎年、事件前後の土曜日に大阪で集会が開催されるのだが、今年は7月20日だった。

100人以上もの集会参加者が

 私も東京から足を運んだのだが、もう事件から20年以上も経つというのに、100人を超える参加者で会場が埋まった。いつも顔を合わせるメンバーも多いが、初めて参加したという市民もいた。

 私は事件の起きた1998年から事件に関わっており、同年9月には何度か林さんの自宅を訪れて話も聞いている。20日の集会は、無実を訴え再審請求を続ける林眞須美さんを支援する人たちが運営しているのだが、その支援の会は、事件の審理が最高裁に移ってから発足したものだ。私のように事件当時から関わっている人間は、弁護団の一部を除いて他にはいなくなった。

 眞須美さんは、裁判の判決の日にはいつも「勝負服」を着て臨んだ。高裁判決の時には、私が差し入れた深紅のハンカチを胸に(本当は深紅のワンピースも差し入れており、全身、深紅で出廷する予定だったが、ワンピースには紐がついていて不許可になった)、そして最高裁の時にはこれも私が差し入れた真っ赤なトレーナーを着て、拘置所で決定を待った。

 2009年に死刑が確定してからは、決定直後に接見したのを最後に会えていないが、高裁の時には何度も接見のために大阪に足を運んだ。

 再審請求が起こされてからでも、もう10年になるわけだ。歳月の重みを感じさせる。

京大・河合教授が検察側の鑑定を激しく追及 

 集会の内容だが、第1部は弁護団報告だ。再審請求の現状が報告された。

 そして第2部は再審をめぐって大きなポイントになっている京大・河合潤教授の鑑定についてのパワポを使った説明だった。眞須美さんが裁判で有罪とされた決め手は、犯行に使われたヒ素と、林家から押収されたヒ素が同一だという鑑定が、当時は世界的な最新鋭装置と言われたスプリング8を使ってなされたことによるのだが、河合教授はそのヒ素鑑定がいかにずさんなものだったかを次々と立証している。

 河合教授の説明はかなり専門的なもので、初めて聞いた人にはわかりにくかったかもしれない。林家のヒ素と犯行現場のヒ素の同一性については、林家から押収されたヒ素と犯行現場のヒ素を見ると、現場で使われたヒ素の方が純度が高くなっており、それはありえないことだという。

 また眞須美さんの頭髪からヒ素が検出されたという判決内容についても、河合教授は、グラフを見ると、鑑定人がどう見てもヒ素と鉛を間違えていると断罪する。被告を死刑にという判決でそんな鑑定のミスがありえるのか、と集会後の打ち上げの席で河合教授に訊くと、裁判官も専門家ではなく、内容について十分に把握しなくても、この教授が書いたこういう鑑定だというのを見て採用してしまっているのが実情だとのこと。確かにそうかもしれない。

パワポを使った河合教授の説明(筆者撮影)
パワポを使った河合教授の説明(筆者撮影)

 河合教授も集会で説明していたが、眞須美さんの頭髪からヒ素が検出されたとされているのだが、鑑定が行われたのは逮捕から何カ月か経った後であり、その間、洗髪も何度もしたはずなのにヒ素がそんなふうに付着していること自体、疑わしいとのことだ。グラフの形が似ているために鉛とヒ素を間違えた、それがヒ素でなく鉛であることは明らかだという。

 河合教授によると、この両者を初心者が間違えやすいことは、河合教授の2012年のX線分析の初心者向け教科書にも,複数の分析装置メーカーのホームページにも出ているという。つまり鑑定人は「初心者が間違えやすい間違いをした」というのだ。

 河合教授の話はこの何年か何度か聞いているが、発表のたびに新しい発見が語られ、話が進化している。今回は、押収されたヒ素と犯行現場のヒ素の同一性という検察側鑑定を批判しつつ、頭髪のヒ素鑑定について、明白なミスだと断定した。

 ちなみに河合教授のこうした分析は、残されたヒ素などの再鑑定を行った結果でなく、裁判に提出された検察側の鑑定資料を細かく検討していると出てくるものなのだという。弁護団はそれを受けて、有罪の根拠となった鑑定がおかしいので、再鑑定をさせろと再審請求の中で要求しているわけだ。

健治さんも車椅子で集会に参加

 集会には林眞須美さんの夫、健治さんも参加していた、保険金詐欺で自らヒ素を飲んでいたという後遺症らしいのだが、健治さんは車椅子生活だ。ただ、この日も元気に、逮捕後の検察の取り調べがどんなにひどかったか話していた。

 以前はこの集会に、林家の子どもたちも参加して、発言をしていた。最近は、支援活動に参加しているのは長男だが、この日は仕事があって参加できなかった。その日、長男が上梓した本『もう逃げない。』(ビジネス社刊)が書店などで発売されており、会場でも販売されたが、用意した30冊があっという間に完売した。

 事件から21年という歳月を感じさせるのは、林家の子どもたちの成長ぶりだ。今年春、長男がAbemaTVに生出演した時に私も番組に同席したのがきっかけで、その後彼とは、頻繁に連絡をとるようになった。ちょうどその春頃にツイッターも始め、自分の言葉で発信していきたいと言っていたのだが、「和歌山カレー事件 長男」という名前で始めたツイッターは今やフォロワーが1万人を超えている。

 長男は、事件当時は小学校5年生だった。1998年に最初に林家を訪れた時、眞須美さんに言われて2階から冷たいジュースを運んできたのが長男だった。その長男の小学校の運動会が予定されていた10月4日に、眞須美さんと夫の健治さんは逮捕され、残された4人の子どもたちは児童施設に連れていかれたのだった。

 2005年3月に、逮捕から7年ぶりに接見禁止が解除された眞須美さんとは、その年から頻繁に連絡をとるようになり、彼女の手記を月刊『創』に連続して掲載した(それらは現在、『和歌山カレー事件 獄中からの手紙』創出版刊に収録)。

その過程で長女や次女などとも連絡をとることが増えた。最初は健治さん以外は、長女と次女が集会でよく発言して、事件や母親のことを話していた。でも娘たちは、既に結婚して子どももいたりしており、自分の生活を守るため、支援活動からは退いている。この何年かは、健治さんと長男とが、マスコミ取材に応じて母親や事件について語ることが多い。

 その長男の書いた本には林家の家族をめぐる話がいろいろ書かれており、事件から21年を経た彼の成長ぶりが随所に感じられた。母親についての描写も客観的で、こんなふうに書かれている。

《ぼくは父と違って、母の無実をことさら声高に主張しようとは思っていない。母が100パーセント無実だという確証はないからだ。そして、もし母がカレーにヒ素を入れたのならば、死刑に処されるのは当然だと考えている。

 しかし同時に、母がやったという確証もない。もし母がやっていないのであれば、このまま見殺しにするわけにはいかない。そして万が一、死刑が執行されるにしても、息子として最後の最後まで見届けたいのだ。》

長男が著書に書いたリアルな話

 その本の中で、長男の成長ぶりを感じると同時にドキッとしたのは、こういうくだりだ。母親と学生時代の友人YさんZさんが、カレー事件をめぐって母に批判的な証言をしたという話を紹介した後、長男はこう書いていた。

《YさんやZさんが母を悪く言った理由について、母は「生活環境の違いがあったんやと思う」と書いているが、それは違う。「生活環境の違い」に対する母の配慮が足りなかったからだ。配慮が足りないどころか、苦学している友人たちを見下していた節さえある。母から見下されていた人たちの気持ちが、いまのぼくにはよくわかる。》

長男の著書『もう逃げない。』(筆者撮影)
長男の著書『もう逃げない。』(筆者撮影)

 眞須美さんは裕福な家庭に生まれた女性で、「私はわがままだから」と自分で言うこともあった。そういう母親のキャラクターが友人との人間関係に現れていた、と長男は書いているのだが、どきっとするのは、その話に続けて彼がこう書いていることだ。「母から見下されていた人たちの気持ちが、いまのぼくにはよくわかる」

 母親は裕福な家庭に育ったのだが、自分は小学5年生で両親が同時に逮捕されるという運命に至ったばかりか、その後の人生でも、林家の息子だと知られて仕事をやめることになったり、結婚が破談になったりしてきた。そうした生き方も含めて母親に対する複雑な思いがこの1文に感じられる。

 長男は、この数ヵ月ほどは、マスコミの取材を頻繁に受けていることもあるし、母親への接見の頻度が増しているという。そうやってわざわざ接見に来てくれる息子に、眞須美さんは、「あなたにはあなたの人生があるのだから、母に関わるのでなく自分の人生を生きなさい」と勧めるという。でもそれは眞須美さんなりに考えてのことで、本当は家族が会いに来てくれることが彼女の人生を支えているのだと思う。

 集会の時に訊いたら、健治さんも最近、接見したという。獄中で歯の治療が十分にできないため、眞須美さんは歯をやられ、かなり抜けてしまっているという。以前も獄中でのダイエットで10キロくらいの体重を落とし、接見に行ったら若返っていて驚いたことがあった。でも眞須美さんはリバウンドする体質のようで、10キロやせたと聞いた次の機会に接見に行ったら、元に戻っていた。それを眞須美さんは繰り返してきた。

集会で読まれた林眞須美さんのメッセージ

 最後に、集会で最後に読み上げられた眞須美さんのメッセージを紹介しよう。

《平成10年10月4日、小学5年生だった長男の運動会の日に逮捕されて21年になります。

マスコミ報道のひどいことを最近目にしては大変驚いています。なかには保険金目的に「夫殺し」という報道もありますが、夫とはずっと同じく21年間面会をしてきています。

 平成21年6月3日から「死刑確定者」として収容され、「死刑囚」なんて言われたり記されたりすることに、著しい苦痛の日々で過ごしています。大阪高等裁判所第4刑事部、樋口裁判長には一日も早く、「再鑑定」の実施、京都大学教授河合潤先生の証人尋問に実施の決定をし、「無実」としてもらい、死刑台から生還したいです。

2019年7月20日                林眞須美》

 再審の重い扉は、開くのだろうか。

【特集】“死刑囚の息子“がつぶやく理由 和歌山カレー毒物混入事件から21年

【特集】“死刑囚の息子“がつぶやく理由 和歌山カレー毒物混入事件から21年

21年前に起きた和歌山カレー毒物混入事件。10年前に死刑が確定した林眞須美死刑囚の長男が今、インターネットのツイッターを通じて情報を発信しています。「死刑囚の子」として葛藤の日々を送ってきた長男はどういう思いで何を語っているのでしょうか。

母親からの手紙を掲載

ツイッターのアカウント名は「和歌山カレー事件 長男」とされ、紹介画面には本人であることを証明するためか戸籍謄本が貼られています。このアカウントは今年4月に開設され、今年6月上旬時点のフォロワー数は約8000人。母親である林眞須美死刑囚からの手紙などがアップされています。

「母親との交流、過去資料等を日々お伝えしていきます」(ツイッターより)

事件発生当時10歳だった少年は31歳となり、和歌山市内の運送会社に勤めています。

Q.(男の子が写る)このプロフィール写真は?
「家族で七五三に行ったときの(写真)。袴の脱ぎ方がわからなくてトイレでおしっこをもらしてしまうエピソードがあって。きれいに残っているこの写真が僕として気に入っていて、この頃の自分からは想像もできないような未来にはなっているんですけど」(林眞須美死刑囚の長男)

「カエルの子はカエル」と言われ

1998年7月25日。和歌山市でカレーを食べた住民が次々に倒れ、小学生の男の子や女子高生ら4人が死亡しました。当初は青酸化合物が混入されたとみられていましたが、後に猛毒のヒ素が入れられていたことが判明しました。林眞須美死刑囚には4人の子どもがいますが、この年の夏を境にその人生が一変してしまいました。事件後、長男はきょうだいとともに児童養護施設に預けられました。

「職員の方が『やっぱりカエルの子はカエルだな』と、そういうふうに言われたのが記憶に残っていますね。あだ名が『ポイズン(毒)』だったり」(林眞須美死刑囚の長男)

4年後の2002年12月、一審の和歌山地裁は母親に死刑判決を言い渡しました。母親はその後も「全くかかわりがない」と完全否認しましたが、長男が21歳の時(2009年)に死刑判決が確定。最高裁は決め手となった証拠として、自宅から見つかったヒ素とカレー鍋のヒ素の成分の特徴が同じで、眞須美死刑囚の頭髪から高濃度のヒ素が検出されたことなどを挙げました。一方、最大の謎とされた事件の動機については確定判決でも不明とされました。

手紙で気づかされる“母親”


長男は死刑囚の息子であることをひた隠しにして生きてきましたが、母親のことがばれると仕事を辞めされられたり婚約が破談になるなど、自分の境遇を恨むこともあったと言います。今年6月1日、拘置所にいる母親から長男に届いた手紙には…

「3食は規則正しく栄養のバランスよく食べているのかしら?そうじ、せんたくは?と気にしてすごしています。車の運転にはくれぐれも毎日毎日毎日と気をつけるように!」(林眞須美死刑囚の手紙より)

この手紙について、長男はツイッターでこうつぶやいています。

「離れた時間が長過ぎて親子の感覚が薄れてしまっている時があります。ですが面会で会ったり送付される手紙を見るとやっぱり母さんだと気づかされます」(ツイッターより)

「ほとんど1人で生きてきているという状況で、たまに父親と会ったりはするんですけど。そのなかでこうやって母性をもって心配してくれている人っていなかったんですよね、他に。いまだにこうやって僕のことを心配して、手紙だったり送ってきてくれるのは母親しかいない」(林眞須美死刑囚の長男)

「母の言葉を信じる」

たったひとりの母親は今も無実を訴え続けています。弁護団は鑑定の結果、自宅から見つかったヒ素とカレーに入れられたとされるヒ素は同一ではないなどとして、再審=裁判のやり直しを請求。おととし和歌山地裁はこの請求を棄却しましたが、弁護団は大阪高裁に即時抗告。ヒ素の再鑑定などを求めています。

「『やっていない』という母親から逃げて、そのあと死刑が執行されたりすると見殺しにするような形になるんじゃないかとか、自分だけ籍を抜いて名前を変えて和歌山を離れて結婚でもして幸せに暮らす、それは僕としては幸せとは考えた結果呼べないんじゃないかなとか…いろいろ何回も葛藤しながら、今とりあえず出した答えっていうところですね」(林眞須美死刑囚の長男)

長男が出した答えは、やはり「母の言葉を信じる」ということでした。

「信じるという発言をすることは、世間からすると被害者遺族の思いだったり世間の思いを踏みにじる形になるので、軽々しく生半可に発言はできないなと何回も葛藤を繰り返してきて、家族という面で強く信じるという言葉を使っていますね」(林眞須美死刑囚の長男)


試行錯誤を繰り返し発信


ところが去年、長男に大きな不安を抱かせるニュースが飛び込んできました。オウム真理教の松本智津夫元死刑囚らの死刑執行です。その約2週間後に母親から届いた手紙には…

「『いつ殺されるのかもしれない』という思いは、四六時中、頭、体、心につきまとい襲ってくる毎日です」(林眞須美死刑囚の手紙より)

「僕はやっぱり寝る前だったりふとした瞬間に、フラッシュバックのように首にロープがかけられるのを想像してしまったりして、そういうこわさだったり不安はずっとあって」(林眞須美死刑囚の長男)

もうすぐ死刑が執行されるのでは…そんな不安から逃れるため「今、自分にできることをやっておきたい」というのもツイッターを始めた理由のひとつだといいます。寄せられる否定的な意見も飲み込みながら「死刑囚の息子」の終わりなき葛藤の人生が続いています。

「獄中死、刑の執行、再審開始決定のどれかが来る日まで、試行錯誤を繰り返し日々の生活を維持しながら発信を続けさせていただきたいと考えています」(ツイッターより)

和歌山カレー事件とは

▼林死刑囚の再審請求、地裁が棄却 和歌山カレー事件

真田嶺、白木琢歩

2017年3月29日19時16分

http://www.asahi.com/articles/ASK3X7WFLK3XPTIL059.html


 和歌山市園部(そのべ)で1998年7月、夏祭りのカレーに猛毒のヒ素(亜ヒ酸)が混入され、4人が死亡、63人が中毒になった事件で、和歌山地裁(浅見健次郎裁判長)は29日、林真須美(ますみ)死刑囚(55)の再審請求を退ける決定を出した。弁護団は決定を不服として、大阪高裁に即時抗告する方針。

 弁護団によると、この日午後3時すぎに地裁から電話で、請求を棄却したと連絡があった。4月3日に記者会見を開くという。

 2009年から続く再審請求審で弁護団は、X線分析が専門の河合潤(じゅん)・京都大学大学院工学研究科教授の鑑定をもとに、林死刑囚の自宅などから押収されたヒ素と、事件現場のゴミ袋にあった紙コップ内のヒ素、カレー内のヒ素は同一のものとは言えないと主張。放射光施設「スプリング8(エイト)」(兵庫県佐用町)などを使った当時の鑑定に「『同一』と見せるための不正があった」と訴えていた。また林死刑囚がカレーを調理したガレージでの見張り中、「カレー鍋のふたを開ける不審な行動をした」という住民の目撃証言も次女と見誤った可能性があり、信用できないとしていた。

 一方、地裁は弁護団が求めたヒ素鑑定に関するデータの開示や再鑑定、河合教授の証人尋問などを実施しなかった。当時、急性ヒ素中毒になった60代の女性は取材に「捜査と審理は十分に尽くされた。棄却は当然の判断と思う」と話した。(真田嶺、白木琢歩)

■事件起きた地区、当時の面影なく

 1998年7月に事件が起きた園部地区の夏祭り会場には住宅が建ち、当時の面影はまったくない。

 近くにあった林死刑囚の自宅は2000年、放火で全焼した。土地は競売にかけられ、04年に地元自治会が落札。ベンチや花壇を整備するなど公園として整備された。今でも自治会が年2回草むしりをしているが、訪れる人は少ない。

 かつて近くの公園で行われていた慰霊祭も、09年が最後となった。事件で急性ヒ素中毒になった男性はこう話す。「当時を知らない新しい住民が増えてきている。被害者が事件を忘れることはないが、できればそっとしておいてほしい」

     ◇

 〈和歌山カレー毒物混入事件〉 1998年7月25日、和歌山市園部の民家のガレージで調理されたカレーの鍋に、猛毒のヒ素(亜ヒ酸)が混入された。園部第14自治会の夏祭りに提供され、カレーを食べた自治会長(当時64)、同副会長(同53)の2男性と高校1年の女子生徒(同16)、小学4年の男児(同10)の計4人が死亡。未成年者30人を含む住民ら63人が急性ヒ素中毒になった。

▼『冤罪FileNo28』2017年8月号増刊
頁107──
続報PART3
再審請求棄却の和歌山カレー事件
「架空の容器」でごまかした浅見健次郎裁判長 冤罪を疑う声が年々増えている和歌山カレー事件。和歌山地裁の浅見健次郎裁判長は3月29日、無実を訴え続ける死刑囚・林眞須美さん(55)の再審請求を棄却したが、決定書では「架空の容器」をでっち上げるごまかしを行っていた──。ライター◎片岡健 頁108──
・・・
 結果、浅見裁判長は林さんの再審請求を棄却したが、審理の過程では弁護側が求めた河合教授の尋問を行わず、弁護団は「不公平な裁判を行う恐れがある」と裁判官の交替を求める忌避の申し立てを行っていた。そんな経緯もあり、弁護団は「今回の決定の特徴は、科学との対話を一切拒否したことだ」(岩井信弁護士)と強く批判する。・・・

▼和歌山カレー事件の再審請求、判断へ 最大の争点は

阿部峻介、真田嶺、白木琢歩

2017年3月29日05時07分

http://www.asahi.com/articles/ASK3T5T7BK3TPTIL016.html?iref=pc_extlink


 和歌山市園部(そのべ)で1998年7月、夏祭りのカレーに猛毒のヒ素(亜ヒ酸)が入れられて4人が死亡し、63人が急性ヒ素中毒になったカレー毒物混入事件。林真須美死刑囚(55)が請求している再審(裁判のやり直し)を開くかどうかの判断が、29日に和歌山地裁で示される。争点は何か。

 最大の争点は、確定判決の柱であるヒ素の鑑定だ。

 検察側は、林死刑囚の自宅などから押収したヒ素と、現場のごみ袋に捨てられた紙コップの内側に付いたヒ素粉末が同じものかを検証。放射光施設「スプリング8(エイト)」(兵庫県佐用町)に持ち込み、X線を当てて元素を調べる鑑定をし、「同一の原料、同一の工場で、同一の機会に製造された」との結果を導いた。

 カレー内のヒ素の結晶も構成が…



▼現代化学2013年10月号(東京化学同人)68頁掲載

和歌山ヒ素事件「中井論文の誤りを指摘する」
著・河合潤(京都大学大学院教授)
>>>河合潤教授研究室HP掲載のPDFの直リンク
http://www.process.mtl.kyoto-u.ac.jp/pdf/現代化学誌論点和歌山ヒ素事件「中井論文の誤りを指摘する」.pdf

▼林眞須美さんを支援する会
http://masumi-shien.com/

和歌山カレー事件とは

事件の概要

事件が発生したのは、1998年7月25日のことでした。この日、和歌山市郊外の園部という町で住民の方々が自主開催した夏祭りで、何者かによってカレーに猛毒のヒ素が混入され、60人以上の方がヒ素中毒に罹患し、うち4人の方が亡くなる大惨事となりました。

 これをうけ、事件後まもなくマスコミが園部に殺到し、競って犯人探し報道を展開し始めます。そのため、甚大な被害にただでさえ深く傷ついていた園部の方々の心は、さらに深く傷ついていきました。

 マスコミの犯人探し報道はしばらく続きましたが、事件から1か月後、事態が一変する出来事が起こります。それは、朝日新聞が同年8月25日付け朝刊で、事件発生前に現場近くの「民家」を訪ねていた男性が、ヒ素中毒に陥っていた事実があったかのような旨を報じたことでした。

 この民家こそ、林健治さんと眞須美さんご夫婦の家ですが、この日を境にマスコミは、朝から晩までご夫婦の家を取り囲みます。
 そして、ご夫婦のことを「疑惑の夫婦」と呼び、あたかもご夫婦がカレー事件以前に周囲の人たちに毒を盛るなどして保険金詐欺を繰り返していたかのような疑惑を連日、洪水のように報じていったのです。

 こうして、ご夫婦に対する世間の心証が真っ黒に染まっていく中、次第にご夫婦のうち、眞須美さんこそがカレー事件の犯人だとほのめかす報道が増えていきます。その根拠として当時、盛んに報じられていたのが、健治さんご自身もカレー事件以前、ヒ素中毒らしき症状で何度も入退院していたことなどです。
 
やがて、マスコミは眞須美さんのことを「平成の毒婦」とまで呼ぶように。連日繰り返された膨大な犯人視報道によって、眞須美さんがカレー事件の犯人であることに間違いはないと、世間の多くの人は思い込んでしまいました。

 眞須美さんが健治さんや周囲の人たちに毒を盛り、保険金詐欺を繰り返していたとされる疑惑がもしも仮に事実であったとしても、それは、カレー事件とはあくまで「別の話」です。しかし、クロ一色で埋め尽くされた当時の報道の中では、世間の誰もがそんな当たり前のことすら見過ごしてしまったのでした。

 犯人視報道が洪水のように垂れ流されたのち、事件発生から約二ヶ月になる同年10月4日、眞須美さんはとうとう、保険金詐欺などの容疑で別件逮捕されてしまいます。

 その後、取り調べで黙秘を貫いた眞須美さんですが、さらに二度も別件の容疑で再逮捕された末、12月9日、カレー事件に関する殺人の容疑でも逮捕されてしまいます。そして、12月29日にカレー事件で起訴されたのです.。

 これは、直接証拠は何もなく、動機すら特定されないままでの起訴でした。しかし、膨大な犯人視報道の影響によって、世間ではこの時、あたかもカレー事件は解決したかのようなムードが漂ったのでした。

 その後、裁判が始まってからも眞須美さんは、健治さんとの共犯とされた保険金詐欺については潔く罪を認める一方で、カレー事件はもちろん、カレー事件以前の殺人未遂事件についても、一貫して否認を貫きました。

 しかし、一審の和歌山地裁では、黙秘したままに2002年12月11日に死刑判決を言い渡されました。さらに、二審の大阪高裁では、黙秘を撤回して自分の言葉で無実を訴えましたが、2005年6月28日に控訴棄却されてしまいます。

 そして、最後の望みをかけて望んだ最高裁でも、2009年4月21日に上告棄却されたのち、弁護人の判決訂正申立も同5月18日に棄却され、死刑判決が確定してしまったのです。

 しかし、マスコミではほとんど報じられていませんが、動機も未解明のままに死刑が確定した林眞須美さんの裁判では、カレー事件についても、カレー事件以前の殺人未遂事件についても、眞須美さんが犯人だと認めるには不合理な事実や、むしろ眞須美さんの犯人性を否定するような事実が数多く明らかになっています。

 なお、今も無実を訴え続ける眞須美さんと弁護団は、眞須美さんの48回目の誕生日となる2009年7月22日、判決確定からわずか約2ヶ月で和歌山地裁に再審請求しています。

 その結果はまだ出ていませんが、弁護団は第二、第三の無実の新証拠を裁判所に提出すべく、今も精力的な弁護活動を続けているところです。


▼人名用漢字の新字旧字:「真」と「眞」
2009年 2月 12日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

「真」と「眞」
http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp/2009/02/12/shin/

林眞須美さんを支援する会

偽旗作戦は自作自演だから当然脚本みたいのものがある。この脚本によって、「冷酷な味方」の作戦要員に本当に殺されてしまう人もいるが、遺族は事件の真相に迫ることはあるのだろうか?

 さて、脚本といえば、検事の脚本によって犯人に仕立て上げられ、このブログでも取り上げている冤罪の死刑囚となった風間博子さんがいるが、和歌山毒物カレー事件で犯人とされた林眞須美さんも同様の冤罪死刑囚なので、ここに紹介する。

▼林眞須美・他『和歌山カレー事件 獄中からの手紙』創出版、2014年
頁93──
検察が作った「夫殺し」のストーリー(※引用者注:以下、安田=安田好弘弁護士、健治=林健治)

安田 実はこの事件は大変複雑な構造を持っています。検察は当初、健治さんが眞須美
さんに命を狙われたという、信じがたい話を作り上げた。それで眞須美さんに“夫殺し”のイメージをつけて、殺人未遂で起訴し、健治さんを眞須美さんから離反させて、とり込もうとした。そうやって眞須美さんを孤立させようという作戦だったのです。
 健治さんが逮捕された時の検察官は、大阪地検から特別に派遣されてきた、いわゆる腕利きの検事ですね。彼はあなたにどういう取引を持ちかけてきたんでしょう?
健治 簡単に言うとこうです。「林、お前はカレー事件には関係ない。お前は眞須美に殺されかかった被害者や。メモ書きでいいから、眞須美にヒ素を飲まされたと書いてくれ。それで書名捺印してくれたら、お前の体で刑務所に入るのはしんどいから、八王子の医療刑務所に入所できるように手続きする。求刑だすのも私だから、協力してくれたらお前の悪いようにはせん」と。
 それで、「どういうふうなことを書いたらいいんですか?」と検事さんに問うたら、「私は林眞須美に毎日のようにヒ素を飲まされていました。それが逮捕後わかりまして、今では眞須美がとても憎くて、憤りを感じています。くれぐれも眞須美に対しては極刑をお願いします──ということを描いてくれたら」と言う。そのようなことを毎日強要されました。
 また三女は眞須美の浮気相手の子どもで、お前の子どもじゃないと。眞須美が浮気したことも聞かされました。

▼林眞須美さんを支援する会
http://masumi-shien.com/

▼和歌山毒物カレー事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E6%AD%8C%E5%B1%B1%E6%AF%92%E7%89%A9%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%83%BC%E4%BA%8B%E4%BB%B6#.E5.86.A4.E7.BD.AA.E3.81.AE.E5.8F.AF.E8.83.BD.E6.80.A7

・・・
冤罪の可能性[編集]

当初から直接証拠がなく、状況証拠の積み重ねだけで有罪とされたが、不自然な点が多く識者から冤罪を指摘する声も多く上がっていた。
「批判を承知であえて言えば、本人が容疑を否認し、確たる証拠はない。そして動機もない。このような状況で死刑判決が確定してよいのだろうか」(田原総一朗)[17]。
「私のわだかまりも、この「状況証拠のみ」と「動機未解明」の2点にある。事件に、眞須美被告宅にあったヒ素が使われたことは間違いない。ただし、そのヒ素に足があったわけではあるまいし、勝手にカレー鍋に飛び込むわけがない。だれかが眞須美被告宅のヒ素をカレー鍋まで持って行ったことは確かなのだ。だが、果たしてそれは本当に眞須美被告なのか、どうしたって、わだかまりが残るのだ」(大谷昭宏)[18]。
「2審判決は「誠実に事実を語ったことなど1度もなかったはずの被告人が、突然真相を吐露し始めたなどとは到底考えられない」と言ったが、これは実質的に黙秘権侵害です」(小田幸児 - 眞須美の1審、2審、上告審弁護人)[19]
裁判で眞須美の犯行と断定される上での唯一の物証で決定的な証拠となっていた亜ヒ酸の鑑定において、犯行に使われたとみられる現場付近で見つかった紙コップに付着していたヒ素(亜ヒ酸)と、林邸の台所のプラスチック容器についていたヒ素、カレーに混入されたヒ素が東京理科大学教授の中井泉による鑑定の結果、組成が同一とされたが、のちに中井は依頼された鑑定の内容は、林宅のヒ素と紙コップのヒ素とカレーのヒ素の3つにどれだけの差違があるかを証明することではなく、3つの資料を含む林宅周辺にあったヒ素のすべてが同じ輸入業者経由で入ってきたものだったかどうかを調べることだと理解し、それを鑑定で確認したに過ぎなかった。このため有罪の決め手となった3つの資料の差違を詳細に分析はせず、3つの資料を含む10の資料のヒ素がすべて同じ起源であることを確認するための鑑定を行っていたにすぎなかった。当然ながら、眞須美が自宅にあったヒ素を紙コップでカレーに入れたことを裏付けるためには、3つのヒ素の起源が同じであることを証明しただけでは不十分であり、その3つがまったく同一でなければならない。弁護側の依頼で鑑定結果の再評価を行った京都大学大学院教授の河合潤により3つは同一ではないと評価された[20]。
被告の次女は林死刑囚がカレー鍋の見張りを離れた時間が20分以上あり、他の人物が毒物を入れる機会はあったと主張している。なお、和歌山地方裁判所はこの証言を証拠に採用しないことを決定した。

その他[編集]
障害者郵便制度悪用事件で村木厚子を取調べ中に、担当だった國井弘樹検察官は、村木に向かい「あの事件だって、本当に彼女がやったのか、実際のところは分からないですよね」といい、否認を続けることで冤罪で罪が重くなることを暗示し自白をせまった[21]。

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