FC2ブログ

今なお有色人種差別 「美白」意識から転換を

 有料記事だから登録手続きをしないと全文が読めない。だが題名だけでも、主旨は容易に理解できる。・・・

松尾貴史のちょっと違和感

今なお有色人種差別 「美白」意識から転換を

松尾貴史さん作

 https://mainichi.jp/articles/20200705/ddv/010/070/020000c


色鉛筆やクレヨンから「はだ色」の文字が消えてどれくらいたつだろうか。メーカーによってはこの表現を続けているところがあるのかもしれないが、このまま死語になっていくのだろうと思う。

 日本は昔から単一民族の国ではないけれど、少なくとも「はだ」という言葉で想起する「色」は、誰しもがほぼ同じだったのだろう。

 人種を肌の色で赤・白・黒・黄などと分けるようになって長い時がたっているのだろうが、21世紀が始まってから20年近くがたつ現在も、「先進国」と呼ばれる国々ですら、いまだに有色人種差別が大きな社会問題になっている。

 幾度となく繰り返されてきたデモや、それに便乗した暴動が、新型コロナウイルス感染が拡大し続けるアメリカでも頻発している。きっかけとなった痛ましい事件は、ここだけは21世紀らしく映像に記録され世界中に拡散した。

スポンサーサイト



ベイコンの反乱と奴隷制度

ベーコンの反乱

https://www.y-history.net/appendix/wh1102-005_1.html


1676年、ヴァージニア植民地で入植者が起こした反乱。インディアン討伐を主張する白人入植者が、年季奉公人・黒人奴隷と一体となって反乱を起こした。

 1676年、イギリスのアメリカ大陸13植民地の一つ、ヴァージニア植民地で、アメリカにおける入植者の最初の反乱が起こった。このアメリカ独立のちょうど百年前に起こった反乱は首謀者ナサニエル=ベーコンの名前を採ってベーコンの反乱と言われている。ベーコンはヴァージニア西部の開拓民でかなりの広い土地をもつプランターであった。彼は植民地議会の議員に選ばれると、総督の統制を無視して武装民兵を率いてインディアンとの戦いを開始しようとした。インディアンとの戦いに消極的な総督はベーコンを反逆者として逮捕したが、2000名の支持者がジェームズタウンに進軍してくると彼を釈放してしまったので、ベーコンは民兵を率いてインディアン討伐を開始した。ベーコンの要求は不公平な課税の廃止と同時に西部辺境民をインディアンから保護することがあった。ベーコンは29歳で病死し、反乱は失速したが、反乱軍の拠点では400人の武装した白人の自由民と年期奉公人、黒人奴隷からがなおも抵抗し、最後は鎮圧されて23人が絞首刑にされた。

白人入植者の不満

 インディアンは白人の辺境民に土地を奪われ、辺境民はジェームズタウンの富裕な上流階級から課税され、支配されていた。また大プランターのもとで搾取されている白人年期奉公人と黒人奴隷とが共に反乱に加わった。そして、富める者も貧しい者も、植民地全体がイギリス政府に搾取されていたのだ。入植者はタバコを栽培して、イギリスに売っていたが、その価格はイギリスが決めていた。毎年、植民地ヴァージニアから多大な利益を手にしていたのは、イギリス国王だったのだ。ベーコンの反乱は、インディアンに対する敵愾心と総督及び本国イギリスに対する不満ともつ白人入植者の辺境民と、プランターに搾取されていた白人年期奉公人と黒人奴隷が一体となって起こした反乱であった。<ハワード=ジン『学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史』上 2009 あすなろ書房 43-44>

ベーコンの反乱

 ベーコンの反乱は、高校世界史で取り上げられることはないが、イギリスの支配、ヴァージニアの大プランター、白人入植者、白人年季奉公人、黒人奴隷、それにインディアンというアメリカ植民地の社会各層の関係を考える上で興味深い事件なので取り上げてみることにした。上記のように、ベーコンの反乱はアメリカ植民地におけるイギリス支配に対する最初の反乱として注目されているが、独立戦争の第一歩という評価ではない。
 特に首謀者ベーコンら白人のインディアン敵視は見過ごすことはできない。また植民地のプランテーションに於いては黒人奴隷労働が強調されているが、あまり知られていないインディアン奴隷と白人年季奉公人の存在も見過ごすことはできない。反乱の本質については次のような指摘もある。
(引用)1676年にヴァージニア植民地を震撼させた「ベーコンの反乱」の一つの契機として、「(白人年季)奉公人の境遇から這い出たばかりの自由民」がフロンティアへの進出を余儀なくされ、不満を爆発させたことがあげられる。この反乱の指導者は73年にイギリスから渡来したばかりの青年プランターのナザニエル・ベーコンであった。しかし彼には窮乏化した移住者を救済する意図はなく、むしろ彼らがひき起こした社会不安を利用し、近隣のインディアンをいわばスケープゴートとして血祭に上げ、奴隷化し、土地を略奪しようとしたのである。彼にはインディアンに対する人種蔑視の感情が濃厚に存在した。ベーコンは、いわばこのインディアン対策をめぐって既存の支配階級と権力争奪戦を繰り広げたことになる。<池本幸三/布留川正博/下山晃『近代世界と奴隷制―大西洋システムの中で』1995 人文書院 p.83>

ベーコンの反乱後のヴァージニア

 ベーコンの反乱までのヴァージニアでは支配的大プランターが社会の頂点に立ち、かれらが中小農民、白人年季奉公人、まだ少数ではあったが黒人奴隷を支配する構図であったが、ベーコンの反乱を機に、年季奉公人から解放された白人が白人プランター側につき、インディアンを差別し、その頃から急増した黒人奴隷をインディアンと同じ有色人種として差別するという構図に転換した。<池本他『同上書』 p.84>

ベイコンの反乱
https://ja.wikipedia.org/wiki/ベイコンの反乱

ベイコンの反乱: Bacon's Rebellion、またはバージニアの反乱: Virginia Rebellion)は、1676年イギリスバージニア植民地(現在のアメリカ合衆国バージニア州)で、ナサニエル・ベイコンによって起こされた反乱である。アメリカの植民地で起こった反乱としては初めてのものであり、不満を抱いた開拓者が参加した。同じ年にメリーランドでも類似した反乱が起こった。この反乱はジェームズタウンの総督に対して向けられたものであり、ベイコンは急進的なインディアン対策を要求した。 

・・・

反乱を起こしたのは、奴隷、奉公人、および貧しい農夫(その多くが元は年季奉公人であった)が大半だった。反乱前のバージニアでは、アフリカ人奴隷は稀であった。これはその費用が高く、アフリカから奴隷を連れてくる貿易業者がいなかったためであった。多くのアフリカ人は年季奉公として連れて来られ、年季が明けたあとは自由の身になった。ヨーロッパからの年季奉公者は反乱後もバージニアでその役割を続けたが、アフリカからの奴隷輸入の動きが急速に高まり、新しい法律が制定されて奴隷は終生のものとなり、その子供にも及ぶようになった。アフリカ人を最下層とする人種に基づく階級性が作られ、ヨーロッパからの最貧の年季奉公者でもその上の階級となった。このことはベイコンの反乱の間に存在した貧乏なイギリス人とアフリカ人に共通の利益が失われたことを意味した。

縮小板(1~30):2020年3月8日更新版 トンデモ和製英語「ブラック」はなぜ使ってはいけないのか? 
http://blackisbeautiful2013.blog.fc2.com/blog-entry-11684.html

25.米国では民衆を分断するために奴隷制度が案出された

★17世紀までには、植民地は紛争状態に入り、社会というアリーナのなかに、我々はある重要な変化の始まりを見ることになる。多数の貧民と、インディアンの所有地以外のすべての土地をわがものとしていた少数の貪欲な古い入植者とのあいだに、大きな階級紛争が起こっていた。もっとも有名なものは1676年のナサニエル・ベーコンをリーダーとする反乱で、その反乱では植民地人口の約4万のうち8千人もの白人、黒人、ムラート(引用者注:白人と黒人の「混血児」)、インディアンら、若く貧しく土地を持たない男たちが団結し、エリート支配層に対して立ち上がった。ここでは詳細に立ち入ることはできないが、この反乱の結果、貧民を分断し、さらなる反乱を防止するための戦略が、植民地の指導者たちによって案出されることになった。(『人種概念の普遍性を問う 西洋的パラダイムを超えて』竹沢泰子・編、 人文書院、頁165)

▼二度目の分断して統治せよ、奴隷主が創出した人種隔離制度(日本大百科全書(ニッポニカ)の解説)
http://blackisbeautiful2013.blog.fc2.com/blog-entry-8433.html

マルコムXの言葉

マルコムXの言葉
荒このみ
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/lcs/kiyou/pdf_28-1/RitsIILCS_28.1pp.91-100ARA.pdf

「いわゆるニグロ」とマルコムXは言う。「ニグロ」と呼ぶのは白人の側であって、自分たちがそう定義しているのではない。だから自分たちは「ニグロ」ではないのだが、白人で構成されている世間がそう呼ぶので、「いわゆる」という条件をつける。これは単純なことのようで、実はマルコムX以前は誰も考えてもみなかったことだ。「ニグロ」という呼称に何となく差別と劣等意識を感じながら、それが白人の価値基準によるからそうなるのだ、と疑問を持ったものがいなかった。・・・

楽天・オコエ瑠偉選手、過去の体験を打ち明ける⇒「ありがとう」と反響広がる



NEWS
2020年06月16日 11時01分 JST

楽天・オコエ瑠偉選手、過去の体験を打ち明ける⇒「ありがとう」と反響広がる

肌の色などを理由に、幼少期や学生時代に感じた孤独や周囲からの心無い言動などをつづりました。

プロ野球楽天のオコエ瑠偉選手が6月15日、Twitterで過去の体験を打ち明けた。メモ帳3ページ分のスクリーンショットには、肌の色などを理由に、幼少期や学生時代に感じた孤独や周囲からの心無い言動などがつづられた。

「心が無くなるのは本当につらい」と振り返った。

オコエ選手は「誰も責める気は無い」と断った上で、「同じ境遇の人やその両親に励みになれば」と投稿の理由を説明した。

保育園で先生が「醜いアヒルの子」の絵本を読んでいると、他の園児が自分を見ながら笑っていたという経験に触れ、「俺が周りとは違うと初めて認識させられた出来事だった」と明かした。

親の似顔絵を描く際に、だいだい色をした「肌色」のクレヨンしかなかったのが悔しくて、涙ながらに茶色のクレヨンで描いたというエピソードも紹介した。

当時のことを「毎日が辛すぎた」と振り返る。「家のベランダから外を眺めながら、ここから飛び降りて生まれ変わって、普通の日本人になれるかなとか、考えてた」

野球を始めた小学生以降も、上級生に肌の色をあざ笑われたり、「外人なんて高校野球で使うんじゃ無いだの、甲子園には黒人はでるな」という心無い言葉を浴びせられたりしたと明かす。

こうした経験から「俺の心をさらに壊されていった」「心が無くなるのは本当に怖い」とつづった。その中で支えとなったのは妹の桃仁花さん。「唯一心の痛みを分かち合えた。 だからこそ妹は今でも大事な存在」とつづった。

最後に「今後、自分の子供ができて同じ経験をさせないようにはどうすればいいのだろうと考えてる人。そういう人たちの共感につながればいいな」と期待した。

オコエ選手の投稿に、桃仁花さんも「これを読んだ時涙が止まらなかった」とツイート。「兄の背中は偉大でした。 私達を見守ってくれてありがとう神様」と感謝を伝えた。

他にも投稿に対して「公表してくれてありがとう」「応援しています」と反響が広がった。

こうした経験の裏で、オコエ選手は野球の実力や才能を開花させていった。高校3年生で出場した夏の甲子園では、持ち前のスピードを活かした走塁やヒットを重ね、関東第一高をベスト4に牽引した。

甲子園の注目の的となり、ドラフト1位で楽天イーグルスに入団。1年目から開幕1軍入りした。5年目の今は、けがの影響などもあり、レギュラー定着を目指している。


白は美しく、白以外はみにくい?~もうアンデルセンなど忘れよう~ 

http://blackisbeautiful2013.blog.fc2.com/blog-entry-8822.html

[CML 053876] 白は美しく、白以外はみにくい?~もうアンデルセンなど忘れよう~ 

http://blackisbeautiful2013.blog.fc2.com/blog-entry-8827.html

『中日新聞』コラムニストはカラスの大群に襲われる~『中日新聞』コラム「中日春秋」(2019/03/27)の白人の美意識に乗っ取られた色の価値序列の最悪例~ 

http://blackisbeautiful2013.blog.fc2.com/blog-entry-9462.html

差別語「ブラック」大氾濫する名誉白人低国では「ホワイト企業」も使われるが、「ホワイトパワー」は・・・

差別語「ブラック」大氾濫する名誉白人低国では、住民が白人至上主義者の美意識に乗っ取られている──乗っ取られていることに気づかない、あるいは乗っ取られていること自体は認めても、それを恥じてもいないことの方が問題なのかもしれないが──のだから、当然ながら「ホワイト企業」とか「Be WHITE」とか、白人至上主義者が喜びそうな表現も多い。
■白人至上主義運動を煽るホワイト・パワー音楽  ~It's OK to be white~ http://blackisbeautiful2013.blog.fc2.com/blog-entry-10325.html


■ 花王「#BeWHITE」問題を無視するメディアとは? 『週刊金曜日』送付版の改稿版

 6月13日に共同通信社配信記事として、「花王、人種差別連想でサイト閉鎖 「ホワイト」表現」という表題の記事が各新聞社に載った。私はNHKの文字ニュースで、これを知ったのだが、読み終わってすぐ、この記事によって、差別語「ブラック」が使われなくなる可能性さえ夢想したものだ。ところが、この記事は管見ながら『朝日新聞』を初めとする大手新聞社には載らず、もちろん早くから差別語「ブラック」を拡散させた『しんぶん赤旗』にも載らず、ほぼ黙殺された事件となりつつある。
 この事態をどう理解すればいいのだろうか?SPEED の『White Love』(白人の愛?)という歌がヒットしたこの国では、ホワイト→白人、ブラック→黒人という中学英語で習うはずの基礎知識もないようなのだ。よって英語話者には笑われるような曲名も平気でつけられる。だがこれは、もし差別語「ブラック」問題が起きなければ、お笑いネタで終わる程度の問題であった。だがしかし、かような英語無知に加え、歴史無知をも加わった差別語「ブラック」問題が起きてしまった。この問題は深刻な問題を孕んでいる。なぜなら、差別語「ブラック」を使うということは、公民権運動後の「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動によって、「ニガー」と同じく差別語であったブラックを黒人の最も好ましい呼称の1つに逆転させた黒人の誇らしい歴史を真っ向から否定する愚行なのだから。

 花王も「ホワイト企業」などという差別語にとびついて事件を起こしたわけだが、この国では、労働運動がネット卑語から採用した言葉の対義語──米国では白人至上主義者がホワイトパワーと叫んでアジア人を襲っている御時世に、この国では、何と労働者に優しい企業を「ホワイト企業」と呼ぶのだ────を企業も採用したのである。考えてもみたまえ、”反搾取”という言葉を企業が採用する事があるのか?、と。
 『朝日新聞』は差別語「ブラック」採用者の今野晴貴に大佛次郎論壇賞を与え、その言葉の拡散に協力したが、それゆえか、 花王「#BeWHITE」問題を黙殺したのである。もちろん『しんぶん赤旗』の黙殺も同じような理由によるのだろう。要するに花王「#BeWHITE」問題は「スネに傷を持つ」メディアにはまことに都合の悪い事件だったのである。
 私は、この事件に触発され、漆黒の肌のファッションモデルのコウディア・ディオプがインスタグラムで紹介しているサイト「MY BLACK IS BEAUTIFUL」をブログで紹介したが、そこにはこう書かれている──WORDS MATTER. LET’S #REDEFINEBLACK.(言葉は大切、黒を再定義しよう)、と。これは貴誌『週刊金曜日』の編集委員の本多勝一が『アメリカ合州国』(「黒人国」めぐり)で昔報告した、「黒はよごれている/黒は汚い/黒は邪悪だ/黒はよこしまだ/黒は恥辱/黒は悲しみ/黒は陰気/黒は怒り/そして黒は白の反対/ウェーブスター辞書は嘘だ!」の現代版である。
 労働運動が差別語「ブラック」を拡散し、メディアが無批判に垂れ流し、企業がそれに呼応するこの国のお粗末な現実は、サイト「MY BLACK IS BEAUTIFUL」訪問者にはどう受け取られるのだろうか?

 私たち名誉白人低国は永遠にこの半世紀遅れの「井の中の蛙」状態を死守するつもりなのかもしれないが・・・・・・。

■花王「#BeWHITE」問題を無視するメディアとは? 2019年6月21日 『週刊金曜日』送付版及び改稿版

http://blackisbeautiful2013.blog.fc2.com/blog-entry-10473.html
■白人至上主義をリツイート トランプ米大統領、批判受け削除

2020/6/29 4:10
 トランプ米大統領=23日、ワシントン(AP=共同)

 トランプ米大統領=23日、ワシントン(AP=共同)

 https://www.chugoku-np.co.jp/news/article/article.php?comment_id=656872&comment_sub_id=0&category_id=25

【ワシントン共同】トランプ米大統領は28日、ツイッターで自身の支持者とみられる人物が「ホワイトパワー(白人の力)」と発言する動画を収めた投稿をリツイート(転載)した。ホワイトパワーは白人至上主義者のスローガンの一つで、トランプ氏がまた人種差別を助長したとの批判が出た。その後、リツイートを削除された。

 動画には、南部フロリダ州でゴルフカートに乗った男性が反トランプデモ参加者と言い争う際に「ホワイトパワー」と叫ぶ場面がある。

 ホワイトハウスはリツイートを削除した理由について「大統領は動画の中の発言を聞いていなかった」と釈明した。


プロフィール

檜原転石

Author:檜原転石
FC2ブログへようこそ!

世の中は無名の一人でも変えられる

最新トラックバック

カテゴリ

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR