トンデモ和製英語「ブラック」と弁護士

▼トンデモ和製英語「ブラック」と弁護士

 トンデモ和製英語「ブラック」を多用する弁護士の存在を不思議に思っていたのだが、以下の引用でその疑問も氷解した。

★伊東秀子『恵庭OL殺人事件 こうして「犯人」は作られた』日本評論社、2012年

頁83――

・・・
 道警本部の捜査一課長が「証拠は山ほどある。どの証拠もクロの方向を向いている。彼女はまっ黒けのけだ」と言い放った顔が思い出された。・・・

****

 伊東秀子は弁護士で、警察用語の「クロ」という言葉をよく聞く立場である。よって弁護士たちは、「クロ」→「ブラック」にすんなりなじむ可能性がある。NPJもそうだし、「ブラック企業」を定義した弁護士たちも多分すんなり「ブラック」を受け容れたのだろう。またそのほかでは、刑事小説を書く物書きは、普段使う言葉だろうから、「ブラック」に違和感はないかもしれない。もちろんクロと「ブラック」は違う言葉だが・・・。

 で、弁護士たちは米国史には疎いのだろうか?公民権運動も知らないのだろうか?言葉の諸々に無頓着なのだろうか?言葉の使用範囲だけでみてみても、「ブラック企業」などいう言葉は日本企業にしか使えないから、「米国のブラック・エンタープライズは「ブラック企業」だ」などと書けば恥をかくし、「ミルトン・フリードマンの親父の工場は「ブラック工場」だった」と書くのも恥さらしとなる。この致命的欠陥に気づけば、トンデモ和製英語「ブラック」は言葉狩りすべきという結論に達するはずだが、さて弁護士たちはどうするのだろう。グローバルの時代だとメディア(ミーディア)は喧しいが、その時代にあらゆる意味で日本以外では全く使えないトンデモ和製英語「ブラック」とは、何というあほらしい存在なのだろう。


追記:以下、日本の労働運動の「井の中の蛙」状態と恥知らず加減

★30. トンデモ和製英語「ブラック」使用者の興味深い使い分け

☆河添 誠‏@kawazoemakoto 2013年12月1日
https://twitter.com/kawazoemakoto/status/407366145562640385

カナダのトロントで開かれたレストラン労働者の権利向上の国際会議で、日本の労働状況を話した時に「ブラック企業大賞」を私が紹介。移民の活動家から「いい運動だけど、ブラックじゃなくてホワイトだよね」と皮肉をこめて指摘された。アメリカなどでは、「ブラック」を否定的に使うことは許されない。
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名誉白人が色に価値を持ち込む愚劣について~日常を黒色に囲まれながら・・・~

 今、パソコンの黒色のキーボードを叩きながら、部屋の中の色を探してみる。すぐ傍にあるガラケーのケースは黒色で、その脇には黒色の財布が見える。その後方には黒色のプリンターもある。視線を逆方向に変えれば、黒枠のテレビが見え、テレビ台はとい黒色だ。かように日常を黒色に囲まれながら私は過ごしているから、黒という言葉に悪を含意して使うことなどあり得ない。ところがこの頃の世間様は違うようだ。トンデモ和製英語「ブラック」を使った和製英語の「ブラック企業」・「ブラックバイト」などの言葉がメディア(ミーディア)には溢れている。しかも、当たり前と言えば当たり前なのだが、トンデモ語そのものが、元々は搾取企業などを糾弾する言葉としてのネット卑語が出自なのであるから、労働問題を改善しようという主旨の記事の中に差別語が頻出するというあってはならない事態が現出してしまっている。これすなわち、日本低国の労働運動は、「黒人との連帯を最初から拒否する」と宣言しているようなものだ。何しろ日本低国の労働運動の敵は「ブラック企業」なのだから・・・。
 今現在、日本には差別扇動表現を繰り返す珍奇な犯罪集団がいて、一方にはトンデモ和製英語「ブラック」を駆使する労働運動があるのです。

 再び日常に戻れば、家から出て道を歩けば、都会でいえば信号機の青・赤・黄が色の価値付けの典型例でしょう。運転手でも歩行者でも、「青」で前へ進み、「赤」で止まりますが、交通規則を離れて、「前へ進め」という意味で「青!」とか、安全の意味あいで「青」を使う人などまずいません。また信号の「赤」で突っ込めば運転手も歩行者も危険ですから、「赤」が危険という意味合いで使われても良いのですが、共産党関連の「赤」以外には、そんな使われかたもしません。もちろんこれは日本の話で、所変われば価値観は違うでしょう。

 こう見てみると、あらゆる悪を含意した近ごろのトンデモ和製英語「ブラック」の氾濫はかなりの異常事態と言えると思います。もちろん社会が強欲企業独裁へ向かう中、法を守らない搾取企業などの跋扈がトンデモ和製英語「ブラック」を使わせる要因になっているのですが、だからといって労働運動が差別語を使っていいわけはありません。しかしなんでこんなにあっさりトンデモ和製英語「ブラック」が労働運動で定着したのか、私には不思議でなりません。私がたびたび指摘しているネット卑語採用者の今野晴貴や『しんぶん赤旗』の不明ばかりのせいではないでしょう。この原因の一つには、多分警察用語の「クロ」が作用していて、この言葉は業務上警察と関係を持つ弁護士などはなじみの言葉でしょうし、「クロ」→「ブラック」が悪・犯罪を連想する言葉としてすんなり定着したのでしょう。もちろん警察用語の「クロ」も白人英語に遭遇した近代日本人が使い始めたとも邪推できるのですが、今現在に確信もって言えることは、トンデモ和製英語「ブラック」が白人英語のblackにほぼ等しい意味で使われているということです。こうして日本低国民はトンデモ和製英語「ブラック」を駆使して名誉白人になったとも言えるのです。この愚劣に言い添えれば、東京の選挙民は南アのアパルトヘイト支持者の名誉白人の差別主義者の石原慎太郎というゴロツキを熱狂的に支持していたわけですから、周回遅れの名誉白人が大量に発生しても驚くことはないでしょう。

 色についての非科学と偏見も白人支配者の非科学と偏見に依存していて、 「私たちは愚者に生まれない、愚者になる」のですけれども、愚劣ゆえに強欲連中に利用されるわけで、私たちが色に価値を持ち込む非科学の愚劣を日々繰り返していると、そこを連中につけ込まれるのは目に見えています。初めから内部に分断を持ち込んでいる運動は成功しませんし、況や差別語を駆使しての労働運動などあり得ません。マルコムXを知らなくても、黒に悪を含意する非科学や愚劣など、ちょっと考えれば理解できるでしょう。「私たちは愚者に生まれない、愚者になる」のです。

追記:以下参考までに──

★石原慎太郎「アメリカでは黒人を使って能率が落ちている。黒人に一人一票やっても南アの行く先が混乱するだけだ、独立してもやっていけない」

▼トンデモ和製英語「ブラック」と弁護士

 トンデモ和製英語「ブラック」を多用する弁護士の存在を不思議に思っていたのだが、以下の引用でその疑問も氷解した。

★伊東秀子『恵庭OL殺人事件 こうして「犯人」は作られた』日本評論社、2012年

頁83――

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 道警本部の捜査一課長が「証拠は山ほどある。どの証拠もクロの方向を向いている。彼女はまっ黒けのけだ」と言い放った顔が思い出された。・・・

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 伊東秀子は弁護士で、警察用語の「クロ」という言葉をよく聞く立場である。よって弁護士たちは、「クロ」→「ブラック」にすんなりなじむ可能性がある。NPJもそうだし、「ブラック企業」を定義した弁護士たちも多分すんなり「ブラック」を受け容れたのだろう。またそのほかでは、刑事小説を書く物書きは、普段使う言葉だろうから、「ブラック」に違和感はないかもしれない。もちろんクロと「ブラック」は違う言葉だが・・・。

 で、弁護士たちは米国史には疎いのだろうか?公民権運動も知らないのだろうか?言葉の諸々に無頓着なのだろうか?言葉の使用範囲だけでみてみても、「ブラック企業」などいう言葉は日本企業にしか使えないから、「米国のブラック・エンタープライズは「ブラック企業」だ」などと書けば恥をかくし、「ミルトン・フリードマンの親父の工場は「ブラック工場」だった」と書くのも恥さらしとなる。この致命的欠陥に気づけば、トンデモ和製英語「ブラック」は言葉狩りすべきという結論に達するはずだが、さて弁護士たちはどうするのだろう。グローバルの時代だとメディア(ミーディア)は喧しいが、その時代にあらゆる意味で日本以外では全く使えないトンデモ和製英語「ブラック」とは、何というあほらしい存在なのだろう。


▼『人種概念の普遍性を問う 西洋的パラダイムを超えて』竹沢泰子・編、 人文書院

頁163──(『北米における人種イデオロギー』オードリー・スメドリー、山下淑美・訳)
 1619年、「20有余人」のアフリカ人がオランダ船によってヴァージニア植民地に運ばれてきた。その大部分がスペインやポルトガル名を持っていたが、それから察するに、彼らはヨーロッパあるいは中・南米におけるラテン諸国(スペイン・ポルトガル)の領土からやってきた、すでにヨーロッパ文化になじんだ人々であった。以後、毎年少数のアフリカ人が植民地に連れてこられ、世紀半ばごろには彼らに対する需要はさらに拡大し始めた。ヨーロッパでそうであったように、初期のアフリカ人たちは概してヨーロッパの貧民と同じ扱いを受け、既存の労働システムに組み入れられた。もし生き延びれば、お金で自由を買うことも、また別の方法で自由の身になることもできた。なかには熟練職人や専門家として独立し、企業家となる者もいた。いったん自由の身になると、彼らは財産を手に入れ、それを所有した。白人とまったく同様に、野心的、攻撃的になり、しばしば手に負えないほど強烈に競争心を燃やし反抗的になる者さえいた。個人で何百エーカーもの土地を所有し経営した黒人も多く、黒人、ヨーロッパ人、インディアンなどを交えた10数人あるいはそれ以上の奉公人や奴隷を所有する者もいた。向上心のある者たちは市民から尊敬され、他の資産家と同等の扱いを受けた。
 この民族誌的事実は、初期植民地についての最近の歴史学研究において十分な裏づけを与えられており、このようなアフリカ人たちが、社会システムに受け入れられ十分に参加しただけでなく、皮膚の色ゆえに市民的ないし社会的な障害に出逢うことは一切なかったことを示唆している。なかには勤勉さと蓄積した富ゆえに尊敬され、「農園主」と呼ばれる者さえあり、税金を払い・・・

頁165──

 17世紀までには、植民地は紛争状態に入り、社会というアリーナのなかに、我々はある重要な変化の始まりを見ることになる。多数の貧民と、インディアンの所有地以外のすべての土地をわがものとしていた少数の貪欲な古い入植者とのあいだに、大きな階級紛争が起こっていた。もっとも有名なものは1676年のナサニエル・ベーコンをリーダーとする反乱で、その反乱では植民地人口の約4万のうち8千人もの白人、黒人、ムラート(引用者注:白人と黒人の「混血児」)、インディアンら、若く貧しく土地を持たない男たちが団結し、エリート支配層に対して立ち上がった。ここでは詳細に立ち入ることはできないが、この反乱の結果、貧民を分断し、さらなる反乱を防止するための戦略が、植民地の指導者たちによって案出されることになった。


▼特集3 ◆中等教育でまなぶ「人種」「民族」とヒトの多様性
創られた「人種」
竹沢泰子

・・・

「白色人種」「黄色人種」「黒色人種」といっ
た「色」にも、ユダヤ-キリスト教圏の伝統的
価値観が深く刻まれている。「白」=善、勝利、
真実、「黒」=悪、敗北、虚構、「黄色」=臆病、
反逆者などである。数十年前の日米学生を対象
とした調査では、「黄色」のイメージが日米間
で大きく異なることが明らかにされている。欧
米では、そもそもユダヤ人が着せられた衣服に
象徴されるように、「黄色」は否定的な意味を
伴う。しかも、ブルーメンバッハは、「黄色/
褐色」でもってインドや西アジアの人々を指し
ていたのであり、日本人や他の東アジアの人々
が「黄色人種」の代名詞となったのは、19世紀
後半以後と、歴史的には比較的浅い。すなわち
中国人の世界各地への大量移住、それに続く北
米での日本人移民の急増、そして日露戦争にお
ける日本の勝利──こうした出来事の積み重な
りによって、米国西海岸を中心に激しい「黄禍
論」が唱えられるようになった。かつて来日し
た宣教師たちが「白い」と形容した日本人は、
こうして「黄色」になったのである。

▼竹沢泰子「人種とは何か考える」
http://oldwww.zinbun.kyoto-u.ac.jp/conference/nhk.html

Q3 科学的とされてきた人種という考え方も、当初からヨーロッパというか、キ リスト教的な考え方に影響を受けているものなのですね? 

A3 ヨーロッパ人を白色人種と呼んだり、白い肌が美しいとする考えは、元来極めてユダヤ=キリスト教文化圏の伝統に支配された考え方だと思います。ユダヤ=キリスト教文化圏では旧約聖書にあるように白を光、黒を闇として、善である白い色を自分たちの色に当てはめたわけです。

「ヨーロッパ人も昔は黒かった」という科学史を知ることから私たちはまず始めなければならない。

言葉とは話し手のものの見方を明白に示すものだから、言葉を言い換えて物の見方を意識的に変えれようとすれば、使用者には見えない差別が見え始める契機にもなるかもしれない。例えば今、ネット卑語から採用された和製英語「ブラック」があらゆる悪を含意されてメディアに氾濫しているが、使用者は色に価値を持ち込む愚劣には無頓着なのだろう。もともと白人英語のblackにはあらゆる悪が含意されているし、whiteはその逆で、あらゆる善が含意されている。奴隷制度で分断された米国の民衆は白人も黒人もblackを差別語として使用していたが、公民権運動や「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動を経て、 今やblackは黒人の最も好ましい呼称の一つになっている。
 要するに和製英語「ブラック」は米国はもとより国外では使えない言葉なのである。そういえば「トルコ風呂」という言葉がトルコ人留学生の異議申し立てから他の言葉に言い換えられた歴史があるが、和製英語「ブラック」も早急に言い換えを考慮しないと、公民権運動さえ知らない「井の中の蛙」状態の日本の不明を日々さらす結果になってしまう。そして言い換えた後に、私たちは色にまつわる偏見を助長する言葉の検証に取りかかるべきだろう。白人の色の価値観が、聖書の光と闇を白と黒に対応させて色の価値を自らに都合の良いように序列化させたものだとするなら、「ヨーロッパ人も昔は黒かった」という科学史を知ることから私たちはまず始めなければならない。

[CML 047517] 筒井康隆問題~筒井康隆氏か? 慰安婦「少女像」めぐり下品なツイート 韓国は猛反発~

[CML 047517] 筒井康隆問題~筒井康隆氏か? 慰安婦「少女像」めぐり下品なツイート 韓国は猛反発~
http://list.jca.apc.org/public/cml/2017-April/047622.html



檜原転石です。

筒井康隆問題についてはブログで何度も書いてますが、筒井康隆って勲章をもら
うためにノコノコ皇居に出かけている。これだけで、完全に終わっているモノカ
キなのですが・・・



▼筒井康隆氏か? 慰安婦「少女像」めぐり下品なツイート 韓国は猛反発

The Huffington Post | 執筆者: 中野渉

投稿日: 2017年04月06日 18時41分 JST 更新: 2017年04月06日 19時31分 JST

http://www.huffingtonpost.jp/2017/04/06/tsutsuis-tweet_n_15844550.html?utm_hp_ref=japan

▼社会でもっとも弱い立場の被差別少数派を日々言葉で傷つけながら、社会を変
える運動だと?
https://blogs.yahoo.co.jp/henatyokokakumei/39849374.html


▼作家と差別語
https://blogs.yahoo.co.jp/henatyokokakumei/39239242.html

▼2017/02/27更新版 トンデモ和製英語「ブラック」はなぜ使ってはいけないのか?
https://blogs.yahoo.co.jp/henatyokokakumei/40753009.html

『しんぶん赤旗』の28年ぶりの元号「平成29年」使用問題とトンデモ和製英語「ブラック」使用問題

『しんぶん赤旗』の28年ぶりの元号「平成29年」使用問題とトンデモ和製英語「ブラック」使用問題

 日本低国では「左翼」でも好きな天皇制があり、「左翼」が大好きな差別語のトンデモ和製英語「ブラック」があるということだ。
 トンデモ和製英語「ブラック」使用問題で、『しんぶん赤旗』「読者の広場」宛に投稿して不採用の私が驚いたのは、明白に間違った意見の方──「読者のみなさまのご要望を受け、本日付より1面題字横の日付に元号(平成29年)を併記します」──が採用されるという倒錯である。
 
▼「赤旗」28年ぶりに元号掲載 編集部には抗議も

関根慎一

2017年4月1日21時13分
http://www.asahi.com/articles/ASK416WB9K41UTFK00M.html?iref=comtop_8_08

 共産党の機関紙「しんぶん赤旗」が1日付の紙面から、西暦に加えて元号の併記を始めた。昭和から平成に移行した際に併記をやめて以来、28年ぶりの復活だ。読者の要望に応えての対応という。

 赤旗は同日付紙面の1面で、「2017年」の下に小さく「(平成29年)」と併記。2面に「お知らせ」欄を設け、「読者のみなさまのご要望を受け、本日付より1面題字横の日付に元号(平成29年)を併記します」と告知した。

 党関係者によると、赤旗は1947年以降、西暦と元号を併記してきたが、昭和天皇の逝去以降、西暦のみにした。

 共産は昨年の通常国会以降、天皇陛下が臨席する開会式に志位和夫委員長ら幹部が出席。保守系の議員も抱える民進党などとの野党共闘も意識して柔軟路線を進めている。今回の対応についてはそうした「柔軟姿勢」の一環との見方もある。

 ただ、1日付の元号復活を受け、赤旗編集部には抗議も来ているという。(関根慎一)

▼『しんぶん赤旗』はマルコムXも知らないのか

2014/6/28(土) 午前 7:58

https://blogs.yahoo.co.jp/henatyokokakumei/folder/1240876.html?m=lc&sk=1&sv=%A1%D8%A4%B7%A4%F3%A4%D6%A4%F3%C0%D6%B4%FA%A1%D9&p=2

強欲企業独裁に向かう世界ではテロ国家アメリカが世界中で殺人を繰り返しますが、これを言葉に注目すれば“殺人言語としての英語”が大活躍となります。またTPPなどは日本が難解法律英語で結ばされるというわけで、ここでも殺人言語が大活躍する訳です。

で、今回の話は英語馬鹿でも分かるブラックについてですが、本多勝一が『アメリカ合州国』で「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動に賛辞を送っていながらも、トンデモ和製英語「ブラック」を使う『週刊金曜日』より罪は軽いかもしれないが、『しんぶん赤旗』の名誉白人用語のトンデモ和製英語「ブラック」(「ブラック企業」・「ブラック大学」・「ブラックバイト」など)の多用ぶりは凄まじい。

言葉はものの見方が明白にあらわれるもので、『しんぶん赤旗』のブラックに悪を含意しての「ブラック」多用は、『しんぶん赤旗』のものの見方の低次元ぶりを如実に現していて、私はあきれかえっている。色を表す言葉でしかないブラックも奴隷制度があった米国の白人英語では差別用語として機能していたが、公民権運動な どによって今では黒人の最も好ましい呼称になった。

一方日本低国ではアパルトヘイトに荷担する名誉白人の典型のゴロツキ政治屋・石原慎太郎が東京で熱狂支持されてきた。このゴロツキに反対しているであろう『しんぶん赤旗』が名誉白人用語「ブラック」を多用しているのであるから、日本低国の「左翼」の知性は加速度をまして劣化しているのであろう。

「マルコムXは、言語の差別構造を批判し、それを正そうとした。今日のアメリカ社会では、PC(政治的に正しい、すなわち社会的に正しい)という表現で、言語の差別構造に対して敏感になっているが、マルコムXははるか以前に、言語の暴力性に気づいていた。」(荒このみ『マルコムX――人権への闘い』岩波新書、2009年)

トンデモ和製英語「ブラック」を多用する『しんぶん赤旗』はマルコムXも知らないのである。



■荒このみ『マルコムX――人権への闘い』岩波新書、2009年

頁128――
「いわゆるニグロ(so-called Negroes)」――決まり文句その1

 「アメリカの黒人」を指示する言葉は、時代とともに変化してきた。マルコムXの時代の1950年代から60年代前半に、かれらは「ニグロ」と呼ばれ、70年代の初めになるとアフロ・アメリカンに変わり、今日ではハイフン抜きのアフリカン・アメリカンが一般に普及している。この変化は何をあらわしているのか。
 だれもが「ニグロ」と呼ばれて疑問を抱かなかった時代に、マルコムXはそれを問題にした。そこにマルコムXの感覚の鋭さがある。マルコムXが活動を始めた1950年代、「ニグロ」は中立的表現であり、「ブラック」や「ニガー」が差別辞とみなされていた。「ニガー」は今でももちろん差別辞だが、かれら「アメリカの黒人」同士では自由に使いあっている。当時、「ブラック」と言われれば、子供たちの間ではつかみあいの喧嘩になったという。ところが「ブラック」のみならず「ニグロ」でさえ、決して中立的表現ではないことをマルコムXは果敢に指摘した。

■2014年6月26日(木)

「とことん共産党」

“待機”で給料ゼロは違法

ブラックバイト告発



http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-06-26/2014062602_01_1.html

 「生放送!とことん日本共産党」が24日夜、インターネットの動画サイト「ニコニコ動画」で放送されました。「ブラック企業もブラックバイトもおしおきよ!」をテーマに雇用問題についてゲストの吉良よし子参院議員と白神(しらが)優理子弁護士と語り合いました。出演は小池晃副委員長、朝岡晶子さん。

 共産党が発表した「ブラックバイトから学生生活を守ろう」(2日)とのアピールを受け、メールやツイッターで職場やアルバイトの実態を事前に募集。「『時給アップなし、残業あり、有給なし』と記載された書類にサインしない限り雇ってもらえない」「やめたいのにやめさせてもらえない」など48件の声が寄せられました。放送中に埼玉の大学3年生の男性に電話でインタビュー。男性が居酒屋のアルバイトで勤務時間中に客が少なくなると店内で「待機」とされ「その時間の給料は1円も支払われない」と告発すると、驚きの声が上がりました。

 白神弁護士は「それは違法です」ときっぱり。「待機時間でも完全に労働から解放されていると言えなければ、休憩時間とも言えないので給料を支払わないといけません」と解説しました。

 吉良氏は閉会した国会でとりあげた、ブラック企業が長時間労働を強いる手口としている「固定残業代制」による賃金未払いの実態を告発。質疑から3日で行政が企業への是正通達を出し、調査も行われたことを報告しました。

 小池氏は、労働者派遣法改悪案が審議未了・廃案になり、党が提案したブラック企業規制法案が全会一致で継続審議となったことを報告しました。

 安倍政権が打ち出した残業代ゼロ制度について「労働時間という考え方をなくしてしまおうというものだ」と小池氏が指摘し、吉良氏が「絶対止めなきゃいけない」と力を込めると、視聴者からも「その通り!」「労働者もたたかおう」とコメントが寄せられました。

▼『しんぶん赤旗』「読者の広場」宛投稿文
2013/11/4(月) 午前 7:07
https://blogs.yahoo.co.jp/henatyokokakumei/38560082.html 言葉狩り言葉生み

 以下の投稿文は『しんぶん赤旗』「読者の広場」宛投稿文であるが、送付から一ヶ月余を経過したので、そのまま掲載する。もっとも自らのブログなので、いつ掲載しても二重投稿になるはずもないが・・・、一応一ヶ月を目途としている。

▼「読者の広場」宛、投稿文
題名:『White Love』 と「ブラック企業」

 歌手SPEEDの歌『White Love』が流行っている時に、英語を母語とする人から、曲名が『白人の愛』と受け取られるという指摘があった。この文脈でいえば「ブラック企業」は「黒人企業」であり、いうまでもなく米国には「BLACK ENTERPRISE」なる会社もある。
 若者がネットで使い始めたといわれる「ブラック企業」という言葉の「ブラック」は、企業から飛び立ち、「ブラック大学」、「ブラック官庁」、「ブラック市政」など、「ブラック」が「悪」を含意する言葉として解き放たれた。この事態は英語がもともと白人の言語であるという事実の前では、「日本人は名誉白人化を目指しているのか?」とも受け取られかねない惨状なのである。なぜなら、津田幸男が指摘しているように―― 「人間にはもともと、自分や自分の属しているグループには、プラスのレッテルを貼り、他人や他集団――特に敵対していたり、軽蔑、あるいは支配している場合――に対しては、マイナスのレッテルを貼り、差別しようという意識がある・・・」(津田幸男『英語支配とは何か――私の国際言語政策論』明石書店、2003年)からなのだ。すなわち「ブラック」については、再び同書から引用すれば――「‘white’がおおむね「善と公正」を指し示すために使われ、‘black’が、「悪と不正と汚れ」を示すために使われていることと、‘white’が白人を指し、‘black’が黒人をさすということばの使われ方は、任意のものではなく、作為的なものであろう。」というわけだ。
 米国では「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動が公民権運動から派生したが、それはもう半世紀前のことである。私たち日本人が「ブラック」に悪を含意して乱用するのは時代を半世紀前まで退歩させる愚劣である。搾取企業(中国語で同義の血汗工場を借用してもよい)とよべばいいものをわざわざ「ブラック企業」とよんだ「幸せな奴隷たち」(支配言語である英語に支配されていると気づかない人間たち)は公民権運動も「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動も知らなかったのだから、「ブラック」という言葉の氾濫は日本人の知的怠惰の極みの象徴かもしれない。

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