「『ブラック企業』は『差別用語』か」に「答え」が出た!?  コメント欄 差別語「ブラック」を使う名誉白人はもう黒い服も靴下も

2018-01-11 「『ブラック企業』は『差別用語』か」に「答え」が出た!?


コメント欄

 

breakwater3breakwater3 2018/01/16 20:42 話題とは関係なくなりますが、私は日本で差別を問題にする人の差別の範囲が非常に狭いんじゃないかと疑問に思ってます。

日本で差別を問題にしてる人は〇〇差別といったわかりやすい名前がついてるような差別には即反応するけど、それ以外の差別には無頓着というか無関心な気がします。

日本で差別を問題にする場合、海外での反差別運動のマネをしてるだけに見える。輸入品なんです。自分の頭で差別というものを本当にはよく考えてない気がうるのです。

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/18 20:02 檜原転石です。たまたま覗いたら、私の話題が・・・(笑)。
だけどなんだかチンプンカンで・・・。
「こたつぬこ」氏の言う──「答えはこれですよ。」の意味が私には不明です。スターの衣装の黒衣装ずくめと日本で大氾濫の差別語「ブラック」とは何の関係があるのでしょうか?
私も黒い衣装をしょっちゅうまといますが、だからこそ黒に悪など含意させません。なんで黒い靴下をはきながら“愚劣な校則”を「ブラック校則」と発想できますか?

あと文脈云々が意味不明ですが、日本で大氾濫のブラックにあらゆる悪を含意して「ブラック**」って、もし「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動を少しでも知っていれば、絶対できません。ネット卑語「ブラック企業」の採用者の今野晴貴はマルコムXも「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動も知らなかっただけですよ。河添誠などこう言ってます。
★河添誠(2013年12月1日)──カナダのトロントで開かれたレストラン労働者の権利向上の国際会議で、日本の労働状況を話した時に「ブラック企業大賞」を私が紹介。移民の活動家から「いい運動だけど、ブラックじゃなくてホワイトだよね」と皮肉をこめて指摘された。アメリカなどでは、「ブラック」を否定的に使うことは許されない。

彼は日本では差別語「ブラック」をなぜか使えると考えているようですが、日本にもアフリカをルーツにする人びとは沢山にいるのに、彼には見えないようですね。たとえば宮本エリアナは「髪はアフロ。肌の色も違う。顔もアジアっぽくない。小学校のプールの時間には『色が移るから入らないで』と言われたこともある」ようですよ。差別語「ブラック」を使って、黒人への偏見・差別を広げてはだめでしょう?ましてや子どもの人権運動で子どもに、ブラック→悪と洗脳していいいのでしょうか?

suterakusosuterakuso 2018/01/18 21:40 あの人たち、みんなファッションかなんかで黒の服着たのですね。例年はそんなじゃないのにですね。

suterakusosuterakuso 2018/01/18 21:50 もうちょっと真面目な態度でレスをすると、たとえば宮本エリアナに対する差別は、典型的な、マジョリティによる、自分たちと異なるものを排除しようとする態度ですよね。授賞式の黒服は、白人や黄色人種からみた異質なものとしての黒い肌に由来する意味を持たされたものなのですか? ちがいますよね。そんなものなしに、黒は暗い気持ちを表現する色として用いられることがある。それは暗闇なんかの持つ印象に由来するものですよね。それを黒人の肌が黒いからといって、二つを結び付けてしまうことが間違っているのではないですかね。黒い服も、ブラックという言葉も、即、黒人の肌の色では、当然ありません。それだけのことでしょう。

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/19 04:47 ブラック→黒人って、中学英語で習いませんか?
さらに米国ではblackを差別語から「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動を経て、黒人の好ましい呼称の1つに逆転させた歴史があるのですよ。
その歴史に無知だから、日本のネットで若者は搾取企業を称して「ブラック企業」などと卑語を使ってしまうのです。

たとえば、1990年、梶山静六のトンデモ発言――「たとえば、悪貨は良貨を駆逐するというが、アメリカにクロ(黒人)がはいって、シロ(白人)が追いだされているような混在地になっている」

この発想って、差別語「ブラック」の使用者と同じだと気づきませんか?
だって、ブラックにあらゆる悪を詰め込んで、トンデモ和製英語「ブラック」(「ブラック企業」「ブラック大学」「ブラックバイト」「ブラック校則」など)を創り出して、追い出したんでしょ、あらゆる悪が詰まった「ブラック」なるものを?要するに名誉白人低国では白人英語のblackに差別語「ブラック」を限りなく近づけているのですよ。当然、日本には黒人差別発言をした政治屋が沢山います。中曽根康弘・渡辺美智雄・梶山静六・石原慎太郎・山本幸三など。石原慎太郎はアパルトヘイト南アの友好議員で言葉の正確な意味での名誉白人でしたが、こう言っています──「アメリカでは黒人を使って能率が落ちている。黒人に一人一票やって も南アの行く先が混乱するだけだ、独立してもやっていけない」。この差別主義者の名誉白人のゴロツキを東京都民は300万票以上で熱狂支持したのです。日本で差別語「ブラック」が大氾濫しても不思議ではないのです。

「黒塗りメーク」問題も差別語「ブラック」問題も公民権運動への無知からです。映画『マルコムX』を見ていたら、絶対使えません。マルコムXが白人英語の辞書にちりばめられた白→善、黒→悪に気づかされる場面があるからです。

★竹沢泰子──ヨーロッパ人を白色人種と呼んだり、白い肌が美しいとする考えは、元来極めてユダヤ=キリスト教文化圏の伝統に支配された考え方だと思います。ユダヤ=キリスト教文化圏では旧約聖書にあるように白を 光、黒を闇として、善である白い色を自分たちの色に当てはめたわけです。

当然白人は「黄色人種」を発見したのだから、黄色にも良い意味はありません。

★竹沢泰子「白」=善、勝利、真実、黒」=悪、 敗北、虚構、「黄色」=臆病、反逆者などである。

あなたがた差別語「ブラック」使用者が歴史をどれだけ退歩させたいのかは知りませんが、そろそろ白人の価値観から自由になりませんか?今現在、米国では警官に黒人があっさり射殺されている。だから「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切)」運動が盛んだ。一方日本では、労働運動が先導して差別語「ブラック」が大氾濫で、黒人への差別・偏見を広げている。そろそろ目覚めませんか?

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/19 05:12 「こたつぬこ」氏にもツイートで真意を質問してますが、返答はまだありません。ちなみに河添誠に何度質問しても無視です。今野晴貴にはブロックされています。
だけど「リツイート」や「いいね」が100以上もある。「彼の答え」の何が分かって同意しているのでしょうか?

suterakusosuterakuso 2018/01/19 06:50 では、まずはあなたがゴールデングローブ賞の黒い衣装についての考えを書くべきではないのですか。黒人の受賞者もふくめて、決して明るい意味ではなく、黒い衣装をメッセージを発するために着たのですから。せめて、あれもブラックイズビューティフル運動からの後退だとかですね。それもせずに、それにより反論されることをさらに述べられても、自分の都合のよい言葉を蒐集しているだけだと見なされるだけでしょう。ですから反論をもらうことすらできないのです。その態度ゆえにですね。コンテキストを考えるとはそういうことですよね。

redkittyredkitty 2018/01/19 08:22 hinokiharappaさん、

>ブラック→黒人って、中学英語で習いませんか?

 習いませんよ。
 
 Blackには黒人の意味もあるとは習いますけどね。blackのそのほかの意味もね。
 英語の時間に「ブラック」なんて聞いたことない。

 >河添誠(2013年12月1日)──カナダのトロントで開かれたレストラン労働者の権利向上の国際会議で、日本の労働状況を話した時に「ブラック企業大賞」を私が紹介。

 河添誠さんは、「Burakku Kigyo Taisho」なんて言ったのか。それとも通訳の質が悪かったのか。せっかくの日本の運動の紹介が不幸な結果になりましたね。

hinokiharappaさん、

 英語と日本語はまったく異なる言語ですよ。英語を日本語で考えないでね。

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/19 10:48 suterakusoさん──
>黒い衣装をメッセージを発するために着たのですから

生憎私には自らは黒い衣装をまといながら、ブラックにあらゆる悪を含意させて喜んでいる日本の名誉白人の支離滅裂な思考方法が全く分からないのですよ。少なくとも、米国の俳優は50年前の「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動も今現在の「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切)」運動も知識で共有しているわけで、そんな彼女ら彼らの黒衣装を見て、なんで差別語「ブラック」問題の回答が探せるのですか?あなたは、日本の葬式や結婚式(男は黒い衣装を着ることが多い)での衣装を見て、差別語「ブラック」の答えが探せますか?白人英語の猿まねで色に価値を持ち込む(白→善、黒→悪)という愚劣をやっている本人は、自らの滑稽な姿には気づかないものです。
だいたい河添誠の答えが全てでしょ?じゃあなんで彼は日本では使えると考えるのか?問題の本質はここです!

田中克彦曰く──「ことばのたたかいは、観点――ものの見方のたたかいでもある」。あなた方のような名誉白人が、ブラック→悪だと偏見・差別を広げるふざけた言葉を使い続けるので、私は批判しているのです。

追記:映画『マルコムX』でも見てください。すぐ間違いに気づくでしょう。

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/19 11:01 redkitty さん
「ブラック企業」のブラックは英語blackでしょう?ブラックコーヒーのブラックもblackです。で「ブラック企業」が和製英語で、搾取企業のような意味になる。間違った和製英語は数々ありますが、それら罪はないですが、この「ブラック企業」だけは最悪です。一度採用されたら、あらゆる人がブラックにあらゆる悪の意味をぶちこんであらゆる言葉にひっつけた。・・・そして“愚劣な校則”が日本ではなぜか「ブラック校則」となる。私は愚劣な校則の代表格の丸刈り校則をぶっつぶせ!運動をやってましたが、今時の差別語を使うと私は「「ブラック校則」反対運動をやっていた人物」と紹介される可能性さえある。これほどの侮辱はない。歴史を半世紀も退歩させるというのはこういうことです。「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動はアパルトヘイトの南アにも波及、拷問で殺されたスティーヴ・ビコも裁判で証言しています。あなたがたは、こういう歴史に無知だから、平気で差別語「ブラック」を使うことができるのです。

suterakusosuterakuso 2018/01/19 18:47 つまり、黒い服に心が沈む意味合いをもたせるのはよいけれども、ブラックという言葉にネガティブな意味合いをもたせるのは一切よくないということですか? 他人に意味が分からないとか、他人のことを理解できないとか言うのでした、ご自分ももう少し相手に理解される努力をしたらいかがでしょうか。でも、彼らだって、この色はブラックではない、ブラックとは、もっと美しく、輝かしいものだ、みたいなことは言わないわけでしょう? その道理なら、そう主張するか、自分たちはブラックではないと主張するか、どちらかでなければならないではないですか。

>映画『マルコムX』でも見てください。すぐ間違いに気づくでしょう。

いろいろな意味で、いろいろな事を、どんだけなめてるんですかと。一事例を自分の主観で切り取って断定的・印象的に話す傾向が極めて強い、河添の言葉を、それだけはしっかり採用することもそうです。

あなたこそ、きちんと、kojitakenさんがとうの昔にしている反論(リンク先)を読んで、さらに、そこに貼られている Living, Loving, Thinking さんの記事を読んで、もっとしっかり考えてみたらいかがですか。

suterakusosuterakuso 2018/01/19 19:18 というか、あなたのやっていることって、しっかりとマルコムXやマンデラやビコやガンディーを学び、考えたなら、彼らの名をかたってあなたのようなことをすることは、むしろ彼らに対して失礼にあたることなのかもしれないとも感じますが。映画を見れば理解できるなんて、ハリウッド映画を見れば理解できるなんて、つまみ食い感ありありですよね。

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/19 19:32 >まずはあなたがゴールデングローブ賞の黒い衣装についての考えを書くべきではないのですか

黒衣の提案者の考えが分かる記事はないと思われますが、「分からないことは分からない」としか答えない私があえて可能性の2、3を書いてみます。もちろん外れている可能性が高い。
1つは、性暴力の被害を受け、沈黙したまま死んでいった幾多の被害者への弔意の意味かもしれません。

2つめは、祝える気分じゃないから、派手な服は着られない、だから黒衣。

そして最後──

映画界などの権力上位者のセクハラやレイプの告発がそこら中から噴出した。そう今頃になってようやく沈黙が破られたわけです。米国の女性の20%はレイプ被害者だという数字もありますが、多くの場合、被害者は沈黙が多く(被害者の68%)、米国でのレイプ起訴率6%。有罪率3%。
さて歴史上、制度下での公然たるレイプで、ずーっと沈黙を強いられた被害者は一体誰なのでしょう。言うまでもなく奴隷主が民衆を分断するために案出した奴隷制度下の黒人の少女を含む女性です。マルコムXはこう言ってます。
★マルコムX――奴隷制度がしかれていたあいだ、考えてもみなさい、強姦者である白人の奴隷主の手を逃れえたわれわれ黒人の祖母、われわれの曾祖母、さらにわれわれの曾々祖母は、まずいなかったのです。

マルコムXの祖母も奴隷主にレイプされ、彼の髪は赤い色です。

というわけで、グラミー賞の俳優の黒衣の黒の意味は、奴隷制度下でレイプされ続けた黒人奴隷の女の肌の色──。

万が一、こうだとしたら、日本の差別語「ブラック」使用者はどんな回答を用意するのでしょうか?

もちろん、「こたつぬこ」氏の「答えはこれ」の意味を聞くのが一番。まさか、「セクハラ、レイプはブラックだ!」と日本の名誉白人なみに米国の俳優たちが黒衣を着て言いたかったのだ、とトンデモ妄想したわけでもないでしょ?

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/19 19:57 >映画を見れば理解できるなんて、ハリウッド映画を見れば理解できるなんて、つまみ食い感ありありですよね

今野晴貴はマルコムXを知らないからネット卑語の「ブラック企業」を採用した。映画『マルコムX』を1本見るだけで、差別語「ブラック」を採用しないし、使う差別者にならないのですから、映画も選んで見なければね。

映画『マルコムX』のあの場面は、高橋浩祐も再現していますが、文化人類学者の竹沢泰子も取り上げています。

★・映画「マルコムX」
白人になろうとする主人公が、刑務所で白と黒の辞書の定義を他の黒人「ブラザー」から教わる⇒転向

黒と白:原住民と植民者
「ニグロは潔白を意味するのに「雪のように白い」と言うように学ぶだろう」
「眼差しの、心の、罪の、黒さについて語ることを学ぶだろう」
⇒植民地化の被支配者層は「口を開くや否や彼は自分を責めたてることになる」
あらゆる言語の中に白が善で黒が悪であるという価値観の浸透、白人の教師から
黒人は学んでゆく

▼フランツ・ファノン『黒い皮膚・白い仮面』海老坂武・加藤晴久訳、みすず書房、1998年

1黒人と言語

頁40──




・・・すなわちアンティル諸島の黒人は、フランス語を自分の国語とすればするだけ、より一層白人に近くなる、言いかえれば、より一層本当の人間に近づいていく、ということ。私は、それが、「存在」(Etre)に対する人間の態度の1つであることを知らないわけではない。言語を所有する人間は、当然の帰結として、この言語によって表現され、内包された世界を所有する。私たちが何が言いたいかは明らかだ。言語を所有するとき、そこには、異様な力が伴うのだ。ポール・ヴァレリィはこのことを知っていた。彼は言語を「錯乱した肉体に住まう神」と言った。





 植民地化された民族はすべて──言いかえれば、土着の文化の創造性を葬り去られたために、劣等コンプレックスを植えつけられた民族はすべて──文明を与える国の言語に対し、すなわち本国の文化に対して位置づけられる。植民地の原住民は、本国の文化的諸価値を自分の価値とすればするだけジャングルの奥から脱け出たことになる。皮膚の黒さ、未開状態を否定すればするだけ、白人に近くなる。・・・

suterakusosuterakuso 2018/01/19 20:00 ほら、切り出したそれだけ見せればドヤ顔できると思っているでしょう?

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/20 05:28
>ほら、切り出したそれだけ見せればドヤ顔できると思っているでしょう?

あなたのやるべきことは私にちゃんと反論すること。批判には無視や沈黙だけと決め込んで、「名誉白人、みんなでやれば恥ずかしくない」と言っているがごときの差別語「ブラック」使用者たちだけど、ひとりぐらいちゃんとした反論をしないと、あなたも河添誠や今野晴貴並だと言われますよ。


>彼らの名をかたってあなたのようなことをすることは、むしろ彼らに対して失礼にあたることなのかもしれないとも感じますが。

 マルコムXのやりたかったことを私がやって、何でマルコムXに失礼になりますか?だいたいなんで今頃になってトンデモ和製英語「ブラック」(「ブラック企業」「ブラック大学」「ブラックバイト」「ブラック校則」など)を大氾濫させ、ブラックを白人英語のblackに限りなく近づける愚行をあなた方は平気で行えますね。この愚行こそがマルコムXを怒らせますよ。私がこの国を名誉白人低国と呼ぶのは、当然でしょう。政治屋にも労働運動にも名誉白人がいるのですから、処置なしですよ。

 ここで日本の愚劣な名誉白人の歴史をおさらいします。

▼首都東京では人種主義者の石原慎太郎(日本・南ア友好議員連盟(1984年発足)幹事長)という名誉白人が熱烈支持されていました。 彼曰く――「アメリカでは黒人を使って能率が落ちている。黒人に一人一票やって も南アの行く先が混乱するだけだ、独立してもやっていけない」

▼スティーヴ・ビコ『俺は書きたいことを書く 黒人意識運動の思想』峯陽一/前田礼/神野章明=訳、現代企画室、1988年

頁453──(訳者あとがき)

 さて、私たち自身の問題に移ろう。南アフリカにおいて黒人が黒人のために呼びかけたメッセージが、私たちの心にも痛切に響くのは、私たちが現実にアパルトヘイトの当事者になってしまっているからである。これが周知の事実となったのは、1987年、人種主義政権への強力な経済制裁を求める世界の流れに逆らって、ついに日本がアメリカ合州国を抜いて南アフリカの最大の貿易相手国に躍り出たときである。
 今に始まったわけではない。1960年のシャープビルの虐殺に対抗して欧米諸国が南アフリカとの経済関係を縮小させていた時期、日本はひとり南アフリカとの貿易量を伸ばし、正式な外交関係を復活させ、日本人は「名誉白人」待遇を受けるようになっていった。本書の舞台となっている60年代末から70年代にかけて、両国の経済関係はますます緊密化していく。現在(引用者注:1988年)では、南アフリカの家電や自動車の大多数を日本製品が占めるようになり、警察車両もフォルクス・ワーゲンやランド・ローバーから「トヨタ」になっている。一方で日本は、金や石炭などの地下資源および農産物を南アフリカから大量に輸入している。国際市場の金価格は日本の大量買付けによってつり上げられており、高収入をあげる鉱山会社への課税が、アパルトヘイトの軍事・警察力を維持することになっている。アパルトヘイトの暴力装置の犠牲となったのは、言うまでもないが、ビコひとりではない。85年12月から88年春までの3年間に、調査で判明した限りでも、65名の政治犯が死刑判決を受け、そのうち15名がすでに処刑されている。日本と南アフリカとの関係を根本的に変えることができない限り、私たちは、死刑執行官を背後から眺めながら、居心地悪く立ちすくむままである。(以下略)・・・

▼反アパルトヘイト
1987行動委ニュース

特集 アパルトヘイトに荷担する日本企業

http://www.arsvi.com/aa/01_19871027.pdf

suterakusosuterakuso 2018/01/20 09:09 >マルコムXのやりたかったことを私がやって、何でマルコムXに失礼になりますか?

それがやりたかったことだと断言するような態度をとれることが、やはりそれが失礼であることを予想するに十分だということです。

suterakusosuterakuso 2018/01/20 09:15 いちおう、付け足しですが、あなただって、表層だけ切り取って、猿真似をしている可能性が十分にあるということですね。彼らと私たちとではTPOが全く異なるのですから、同じことをやればよいと単純にならないことの方が普通ですよね。彼らの進みたい方向性はどこだったのか、それはなぜなのか、そこから私たちに導き出せることは…偶然の一致ではなく、それができるとは、今のあなたの態度を見ていてあまり思えないのですよ。

redkittyredkitty 2018/01/20 10:18 hinokiharappaさん、

 ブラックとblackは違いますよ。どうしても理解できないようですが。

 たとえですけど、英語と日本語を使う人の頭の中はどうなっているかというと、れぞれ建築様式の異なる二つの建物があるのですね。外観はもちろん、構造、建築材料その他すべて異なっていて(他方には釘があるがもう一方にはない等を含め)、これとこれがおんなじ、なんて簡単に対応させることはできない。いっぽうの建物の構成要素の「black」を抜いて、もう一つの建物の「ブラック」をもってきてあてがうことはできないんですよ。ブラックが遠い昔に英語のblackからの類推で日本語彙として成立したのだとしても、それは日本語建築物の一構成要素で英語とはもう関係ない。英語からの翻訳文の中にブラックという語があったら、それは前後の文脈の中で英語建築物の中のblackの言い換えだとわかるようになってますよね。一・一対応では意味不明ですから。辞書はそこのところずいぶん苦心して理解を助けるように書いてますよね、でもどう工夫しようと究極不可能だと思いますけど。

 どうしてもうまく説明できないんですが、hinokiharappaさん、日本語の語彙を英語だ錯覚して、英語では~なんて日本語でやるのやめたら? どうでしょう?

 なんでこんな簡単なことがわからないのかと考えていたら、なんだか私の頭ももつれぎみ。失礼いたしました。

suterakusosuterakuso 2018/01/20 10:55 >あなたのやるべきことは私にちゃんと反論すること。批判には無視や沈黙だけと決め込んで

だって、kojitakenさんや、Living. Loving. Thinking さんに付け足すことはあまりないのですから。そして、それを要約すると、コンテキストを考えろと。っで、今はあなた、それできないですよね? とやっているということでしょうか。 ちなみに、コンテキストは流動的ですから、私たちの行動的な結論は変化することもあるわけです。つまり、使うべきでない状況になる可能性もあると。それについては、決して可能性が低いとは思っていません。

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/20 21:45 >だって、kojitakenさんや、Living. Loving. Thinking さんに付け足すことはあまりないのですから。

 筒井康隆の断筆宣言の支持者って?!問題外です。清水ミチコをご存じですか?彼女は断筆祭で「「てんかん踊り」をやっていました。こんなクズどもを私は絶対ゆるしません!

 モノカキには差別語を使う権利などありません。病気無知を晒してキレるようなモノカキは最低です。あなた方には、「田中克彦『差別語から言語学入門』あるいは塩見鮮一郎『作家と差別語』を読んでもらわないとお話にもならないのです。

★15.トンデモモノカキ・筒井康隆の言葉狩りが悪い意味で捉えられていて、言葉の言い換えの本当の意味合いが理解されていない。

★・・・筒井康隆は、「めくら縞」は「目の不自由な人縞」というのかと茶化す
が、どんなに彼がおかしがって笑おうと、「めくら」を「目の不自由な人」と言いかえることで、そして、そのことを日本語を使う人が覚えることで、社会的に変化をあたえているのである。その心理におよぼされた変化は、実際に盲人と接するときに微妙に影響してくるのである。また、筒井が「目の不自由な人縞」というふうな言葉を書くこと自体、彼がほんの少しでも盲人について考える時間を持ったことになる。被差別者にとって最悪な状態とは、差別者からしかと(無視)されたり避けて通られることだから、 ちょっとでもふりむいてもらえればそれでよい。・・・(塩見鮮一郎『作家と差別語』明石書房、1993年、 頁108)

★16.差別語が社会の進歩(人間の進歩)によって日々発見され、差別語が日々言い換えられていること自体を多くの人が知らない。




☆差別語をめぐる議論にあきあきし、それが不毛だと感じた人たちの口からよく聞かれる意見の一つに、ことばだけとりかえてみても、そのことばが指している現実や事態が変わるわけではないというのがある。
 それは大部分その通りだが、そうではない点もある。というのは、ことばは現実のみならず、人々の意識、精神世界の領域のできごとを描き出そうとする。このことを否定する人はまずいないであろう。この本はまさにその問題ととりくんでみたものであるが、いま身近な例として、病気を指す名のことを考えてみよう。
 病名は、単にある病気を客観的に示すだけでなく、そこには多くの偏見がくっついている。ところが病気は医学の発達によって、それとたたかい、なおす方法が次々に開発されてくる。それによって病気への認識が変わってくれば、より適切な言いかたに変える必要が生まれるだろう。
 こうしてとりかえられたことばが指す病気そのものは依然同じであっても、そこにはより客観的で偏見がなく、そして病気で苦しむ人々に絶望ではなく希望を与えるはたらきがあるとするならば、私たちはもちろん、そのようなニュアンスを持ったことばにとりかえる必要がある。
 このように考えると、ことばのたたかいは、観点――ものの見方のたたかいでもある。(田中克彦『差別語からはいる言語学入門』明石書房、2001年、頁18)


「精神分裂病」→統合失調症、この言葉の言いかえの意味が分からない人間は、「ことばは人間が作ったものだから人間が変えられる」(田中克彦)ことさえいまだに気づかない愚者なのです。

 まともな反論ひとつできないあなたは調査不足です。誰かが言ってますね、「調査なくして発言権なし」。
 
そこであなたに聞きますが、あなたは私にブログを見ましたか?

▼日本版「黒は美しい(ブラック・イズ・ビューティフル)」運動、2013年末始動
トンデモ和製英語「ブラック」の言葉狩り継続中・・・
http://blackisbeautiful2013.blog.fc2.com/

▼2018年1月13日更新版 トンデモ和製英語「ブラック」はなぜ使ってはいけないのか? http://blackisbeautiful2013.blog.fc2.com/blog-entry-8460.html

▼韓国で作家筒井氏に反発拡大 少女像に侮辱呼び掛け?

2017年4月7日 22時08分

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2017040701002142.html?ref=rank

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/20 21:45 >だって、kojitakenさんや、Living. Loving. Thinking さんに付け足すことはあまりないのですから。

 筒井康隆の断筆宣言の支持者って?!問題外です。清水ミチコをご存じですか?彼女は断筆祭で「「てんかん踊り」をやっていました。こんなクズどもを私は絶対ゆるしません!

 モノカキには差別語を使う権利などありません。病気無知を晒してキレるようなモノカキは最低です。あなた方には、「田中克彦『差別語から言語学入門』あるいは塩見鮮一郎『作家と差別語』を読んでもらわないとお話にもならないのです。

★15.トンデモモノカキ・筒井康隆の言葉狩りが悪い意味で捉えられていて、言葉の言い換えの本当の意味合いが理解されていない。

★・・・筒井康隆は、「めくら縞」は「目の不自由な人縞」というのかと茶化す
が、どんなに彼がおかしがって笑おうと、「めくら」を「目の不自由な人」と言いかえることで、そして、そのことを日本語を使う人が覚えることで、社会的に変化をあたえているのである。その心理におよぼされた変化は、実際に盲人と接するときに微妙に影響してくるのである。また、筒井が「目の不自由な人縞」というふうな言葉を書くこと自体、彼がほんの少しでも盲人について考える時間を持ったことになる。被差別者にとって最悪な状態とは、差別者からしかと(無視)されたり避けて通られることだから、 ちょっとでもふりむいてもらえればそれでよい。・・・(塩見鮮一郎『作家と差別語』明石書房、1993年、 頁108)

★16.差別語が社会の進歩(人間の進歩)によって日々発見され、差別語が日々言い換えられていること自体を多くの人が知らない。




☆差別語をめぐる議論にあきあきし、それが不毛だと感じた人たちの口からよく聞かれる意見の一つに、ことばだけとりかえてみても、そのことばが指している現実や事態が変わるわけではないというのがある。
 それは大部分その通りだが、そうではない点もある。というのは、ことばは現実のみならず、人々の意識、精神世界の領域のできごとを描き出そうとする。このことを否定する人はまずいないであろう。この本はまさにその問題ととりくんでみたものであるが、いま身近な例として、病気を指す名のことを考えてみよう。
 病名は、単にある病気を客観的に示すだけでなく、そこには多くの偏見がくっついている。ところが病気は医学の発達によって、それとたたかい、なおす方法が次々に開発されてくる。それによって病気への認識が変わってくれば、より適切な言いかたに変える必要が生まれるだろう。
 こうしてとりかえられたことばが指す病気そのものは依然同じであっても、そこにはより客観的で偏見がなく、そして病気で苦しむ人々に絶望ではなく希望を与えるはたらきがあるとするならば、私たちはもちろん、そのようなニュアンスを持ったことばにとりかえる必要がある。
 このように考えると、ことばのたたかいは、観点――ものの見方のたたかいでもある。(田中克彦『差別語からはいる言語学入門』明石書房、2001年、頁18)


「精神分裂病」→統合失調症、この言葉の言いかえの意味が分からない人間は、「ことばは人間が作ったものだから人間が変えられる」(田中克彦)ことさえいまだに気づかない愚者なのです。

 まともな反論ひとつできないあなたは調査不足です。誰かが言ってますね、「調査なくして発言権なし」。
 
そこであなたに聞きますが、あなたは私にブログを見ましたか?

▼日本版「黒は美しい(ブラック・イズ・ビューティフル)」運動、2013年末始動
トンデモ和製英語「ブラック」の言葉狩り継続中・・・
http://blackisbeautiful2013.blog.fc2.com/

▼2018年1月13日更新版 トンデモ和製英語「ブラック」はなぜ使ってはいけないのか? http://blackisbeautiful2013.blog.fc2.com/blog-entry-8460.html

▼韓国で作家筒井氏に反発拡大 少女像に侮辱呼び掛け?

2017年4月7日 22時08分

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2017040701002142.html?ref=rank

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/20 22:08 redkittyさん
>ブラックとblackは違いますよ。どうしても理解できないようですが。

無茶を言ってもらっては困ります。
人権を掲げて子どもにブラックへの偏見差別を広げる「ブラック校則」云々の運動では(black kousoku)とか表記しています。

薩長藩などどもの軍事クーデター以後、「脱亜入欧」、白人英語の流入で日本語も当然影響を受けたのでしょう。警察用語の「クロ」も多分白人英語blackの影響でしょう。

科学的に考えてください。黒い服を着ながら、あらゆる悪を詰め込んで口から「ブラック!」と叫ぶあなた方はどこから見ても愚者なのです。色などに価値付けなどできません。差別語「ブラック」を使う名誉白人はもう黒い服も靴下も下着も着ないでください(※注:「身につけないでください」が正しい。)。愚者どもが自らに都合の良いように白→善、黒→悪と決めたのです。あらゆる色の価値を等しくゼロに戻すまでは私の運動は終わりません。それまでは「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」です。

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黒衣の提案者の考え?

2018-01-11 「『ブラック企業』は『差別用語』か」に「答え」が出た!?


http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20180111/1515629162#c



コメント欄

 

breakwater3breakwater3 2018/01/16 20:42 話題とは関係なくなりますが、私は日本で差別を問題にする人の差別の範囲が非常に狭いんじゃないかと疑問に思ってます。

日本で差別を問題にしてる人は〇〇差別といったわかりやすい名前がついてるような差別には即反応するけど、それ以外の差別には無頓着というか無関心な気がします。

日本で差別を問題にする場合、海外での反差別運動のマネをしてるだけに見える。輸入品なんです。自分の頭で差別というものを本当にはよく考えてない気がうるのです。

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/18 20:02 檜原転石です。たまたま覗いたら、私の話題が・・・(笑)。
だけどなんだかチンプンカンで・・・。
「こたつぬこ」氏の言う──「答えはこれですよ。」の意味が私には不明です。スターの衣装の黒衣装ずくめと日本で大氾濫の差別語「ブラック」とは何の関係があるのでしょうか?
私も黒い衣装をしょっちゅうまといますが、だからこそ黒に悪など含意させません。なんで黒い靴下をはきながら“愚劣な校則”を「ブラック校則」と発想できますか?

あと文脈云々が意味不明ですが、日本で大氾濫のブラックにあらゆる悪を含意して「ブラック**」って、もし「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動を少しでも知っていれば、絶対できません。ネット卑語「ブラック企業」の採用者の今野晴貴はマルコムXも「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動も知らなかっただけですよ。河添誠などこう言ってます。
★河添誠(2013年12月1日)──カナダのトロントで開かれたレストラン労働者の権利向上の国際会議で、日本の労働状況を話した時に「ブラック企業大賞」を私が紹介。移民の活動家から「いい運動だけど、ブラックじゃなくてホワイトだよね」と皮肉をこめて指摘された。アメリカなどでは、「ブラック」を否定的に使うことは許されない。

彼は日本では差別語「ブラック」をなぜか使えると考えているようですが、日本にもアフリカをルーツにする人びとは沢山にいるのに、彼には見えないようですね。たとえば宮本エリアナは「髪はアフロ。肌の色も違う。顔もアジアっぽくない。小学校のプールの時間には『色が移るから入らないで』と言われたこともある」ようですよ。差別語「ブラック」を使って、黒人への偏見・差別を広げてはだめでしょう?ましてや子どもの人権運動で子どもに、ブラック→悪と洗脳していいいのでしょうか?

suterakusosuterakuso 2018/01/18 21:40 あの人たち、みんなファッションかなんかで黒の服着たのですね。例年はそんなじゃないのにですね。

suterakusosuterakuso 2018/01/18 21:50 もうちょっと真面目な態度でレスをすると、たとえば宮本エリアナに対する差別は、典型的な、マジョリティによる、自分たちと異なるものを排除しようとする態度ですよね。授賞式の黒服は、白人や黄色人種からみた異質なものとしての黒い肌に由来する意味を持たされたものなのですか? ちがいますよね。そんなものなしに、黒は暗い気持ちを表現する色として用いられることがある。それは暗闇なんかの持つ印象に由来するものですよね。それを黒人の肌が黒いからといって、二つを結び付けてしまうことが間違っているのではないですかね。黒い服も、ブラックという言葉も、即、黒人の肌の色では、当然ありません。それだけのことでしょう。

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/19 04:47 ブラック→黒人って、中学英語で習いませんか?
さらに米国ではblackを差別語から「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動を経て、黒人の好ましい呼称の1つに逆転させた歴史があるのですよ。
その歴史に無知だから、日本のネットで若者は搾取企業を称して「ブラック企業」などと卑語を使ってしまうのです。

たとえば、1990年、梶山静六のトンデモ発言――「たとえば、悪貨は良貨を駆逐するというが、アメリカにクロ(黒人)がはいって、シロ(白人)が追いだされているような混在地になっている」

この発想って、差別語「ブラック」の使用者と同じだと気づきませんか?
だって、ブラックにあらゆる悪を詰め込んで、トンデモ和製英語「ブラック」(「ブラック企業」「ブラック大学」「ブラックバイト」「ブラック校則」など)を創り出して、追い出したんでしょ、あらゆる悪が詰まった「ブラック」なるものを?要するに名誉白人低国では白人英語のblackに差別語「ブラック」を限りなく近づけているのですよ。当然、日本には黒人差別発言をした政治屋が沢山います。中曽根康弘・渡辺美智雄・梶山静六・石原慎太郎・山本幸三など。石原慎太郎はアパルトヘイト南アの友好議員で言葉の正確な意味での名誉白人でしたが、こう言っています──「アメリカでは黒人を使って能率が落ちている。黒人に一人一票やって も南アの行く先が混乱するだけだ、独立してもやっていけない」。この差別主義者の名誉白人のゴロツキを東京都民は300万票以上で熱狂支持したのです。日本で差別語「ブラック」が大氾濫しても不思議ではないのです。

「黒塗りメーク」問題も差別語「ブラック」問題も公民権運動への無知からです。映画『マルコムX』を見ていたら、絶対使えません。マルコムXが白人英語の辞書にちりばめられた白→善、黒→悪に気づかされる場面があるからです。

★竹沢泰子──ヨーロッパ人を白色人種と呼んだり、白い肌が美しいとする考えは、元来極めてユダヤ=キリスト教文化圏の伝統に支配された考え方だと思います。ユダヤ=キリスト教文化圏では旧約聖書にあるように白を 光、黒を闇として、善である白い色を自分たちの色に当てはめたわけです。

当然白人は「黄色人種」を発見したのだから、黄色にも良い意味はありません。

★竹沢泰子「白」=善、勝利、真実、黒」=悪、 敗北、虚構、「黄色」=臆病、反逆者などである。

あなたがた差別語「ブラック」使用者が歴史をどれだけ退歩させたいのかは知りませんが、そろそろ白人の価値観から自由になりませんか?今現在、米国では警官に黒人があっさり射殺されている。だから「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切)」運動が盛んだ。一方日本では、労働運動が先導して差別語「ブラック」が大氾濫で、黒人への差別・偏見を広げている。そろそろ目覚めませんか?

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/19 05:12 「こたつぬこ」氏にもツイートで真意を質問してますが、返答はまだありません。ちなみに河添誠に何度質問しても無視です。今野晴貴にはブロックされています。
だけど「リツイート」や「いいね」が100以上もある。「彼の答え」の何が分かって同意しているのでしょうか?

suterakusosuterakuso 2018/01/19 06:50 では、まずはあなたがゴールデングローブ賞の黒い衣装についての考えを書くべきではないのですか。黒人の受賞者もふくめて、決して明るい意味ではなく、黒い衣装をメッセージを発するために着たのですから。せめて、あれもブラックイズビューティフル運動からの後退だとかですね。それもせずに、それにより反論されることをさらに述べられても、自分の都合のよい言葉を蒐集しているだけだと見なされるだけでしょう。ですから反論をもらうことすらできないのです。その態度ゆえにですね。コンテキストを考えるとはそういうことですよね。

redkittyredkitty 2018/01/19 08:22 hinokiharappaさん、

>ブラック→黒人って、中学英語で習いませんか?

 習いませんよ。
 
 Blackには黒人の意味もあるとは習いますけどね。blackのそのほかの意味もね。
 英語の時間に「ブラック」なんて聞いたことない。

 >河添誠(2013年12月1日)──カナダのトロントで開かれたレストラン労働者の権利向上の国際会議で、日本の労働状況を話した時に「ブラック企業大賞」を私が紹介。

 河添誠さんは、「Burakku Kigyo Taisho」なんて言ったのか。それとも通訳の質が悪かったのか。せっかくの日本の運動の紹介が不幸な結果になりましたね。

hinokiharappaさん、

 英語と日本語はまったく異なる言語ですよ。英語を日本語で考えないでね。

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/19 10:48 suterakusoさん──
>黒い衣装をメッセージを発するために着たのですから

生憎私には自らは黒い衣装をまといながら、ブラックにあらゆる悪を含意させて喜んでいる日本の名誉白人の支離滅裂な思考方法が全く分からないのですよ。少なくとも、米国の俳優は50年前の「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動も今現在の「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切)」運動も知識で共有しているわけで、そんな彼女ら彼らの黒衣装を見て、なんで差別語「ブラック」問題の回答が探せるのですか?あなたは、日本の葬式や結婚式(男は黒い衣装を着ることが多い)での衣装を見て、差別語「ブラック」の答えが探せますか?白人英語の猿まねで色に価値を持ち込む(白→善、黒→悪)という愚劣をやっている本人は、自らの滑稽な姿には気づかないものです。
だいたい河添誠の答えが全てでしょ?じゃあなんで彼は日本では使えると考えるのか?問題の本質はここです!

田中克彦曰く──「ことばのたたかいは、観点――ものの見方のたたかいでもある」。あなた方のような名誉白人が、ブラック→悪だと偏見・差別を広げるふざけた言葉を使い続けるので、私は批判しているのです。

追記:映画『マルコムX』でも見てください。すぐ間違いに気づくでしょう。

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/19 11:01 redkitty さん
「ブラック企業」のブラックは英語blackでしょう?ブラックコーヒーのブラックもblackです。で「ブラック企業」が和製英語で、搾取企業のような意味になる。間違った和製英語は数々ありますが、それら罪はないですが、この「ブラック企業」だけは最悪です。一度採用されたら、あらゆる人がブラックにあらゆる悪の意味をぶちこんであらゆる言葉にひっつけた。・・・そして“愚劣な校則”が日本ではなぜか「ブラック校則」となる。私は愚劣な校則の代表格の丸刈り校則をぶっつぶせ!運動をやってましたが、今時の差別語を使うと私は「「ブラック校則」反対運動をやっていた人物」と紹介される可能性さえある。これほどの侮辱はない。歴史を半世紀も退歩させるというのはこういうことです。「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動はアパルトヘイトの南アにも波及、拷問で殺されたスティーヴ・ビコも裁判で証言しています。あなたがたは、こういう歴史に無知だから、平気で差別語「ブラック」を使うことができるのです。

suterakusosuterakuso 2018/01/19 18:47 つまり、黒い服に心が沈む意味合いをもたせるのはよいけれども、ブラックという言葉にネガティブな意味合いをもたせるのは一切よくないということですか? 他人に意味が分からないとか、他人のことを理解できないとか言うのでした、ご自分ももう少し相手に理解される努力をしたらいかがでしょうか。でも、彼らだって、この色はブラックではない、ブラックとは、もっと美しく、輝かしいものだ、みたいなことは言わないわけでしょう? その道理なら、そう主張するか、自分たちはブラックではないと主張するか、どちらかでなければならないではないですか。

>映画『マルコムX』でも見てください。すぐ間違いに気づくでしょう。

いろいろな意味で、いろいろな事を、どんだけなめてるんですかと。一事例を自分の主観で切り取って断定的・印象的に話す傾向が極めて強い、河添の言葉を、それだけはしっかり採用することもそうです。

あなたこそ、きちんと、kojitakenさんがとうの昔にしている反論(リンク先)を読んで、さらに、そこに貼られている Living, Loving, Thinking さんの記事を読んで、もっとしっかり考えてみたらいかがですか。

suterakusosuterakuso 2018/01/19 19:18 というか、あなたのやっていることって、しっかりとマルコムXやマンデラやビコやガンディーを学び、考えたなら、彼らの名をかたってあなたのようなことをすることは、むしろ彼らに対して失礼にあたることなのかもしれないとも感じますが。映画を見れば理解できるなんて、ハリウッド映画を見れば理解できるなんて、つまみ食い感ありありですよね。

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/19 19:32 >まずはあなたがゴールデングローブ賞の黒い衣装についての考えを書くべきではないのですか

黒衣の提案者の考えが分かる記事はないと思われますが、「分からないことは分からない」としか答えない私があえて可能性の2、3を書いてみます。もちろん外れている可能性が高い。
1つは、性暴力の被害を受け、沈黙したまま死んでいった幾多の被害者への弔意の意味かもしれません。

2つめは、祝える気分じゃないから、派手な服は着られない、だから黒衣。

そして最後──

映画界などの権力上位者のセクハラやレイプの告発がそこら中から噴出した。そう今頃になってようやく沈黙が破られたわけです。米国の女性の20%はレイプ被害者だという数字もありますが、多くの場合、被害者は沈黙が多く(被害者の68%)、米国でのレイプ起訴率6%。有罪率3%。
さて歴史上、制度下での公然たるレイプで、ずーっと沈黙を強いられた被害者は一体誰なのでしょう。言うまでもなく奴隷主が民衆を分断するために案出した奴隷制度下の黒人の少女を含む女性です。マルコムXはこう言ってます。
★マルコムX――奴隷制度がしかれていたあいだ、考えてもみなさい、強姦者である白人の奴隷主の手を逃れえたわれわれ黒人の祖母、われわれの曾祖母、さらにわれわれの曾々祖母は、まずいなかったのです。

マルコムXの祖母も奴隷主にレイプされ、彼の髪は赤い色です。

というわけで、グラミー賞の俳優の黒衣の黒の意味は、奴隷制度下でレイプされ続けた黒人奴隷の女の肌の色──。

万が一、こうだとしたら、日本の差別語「ブラック」使用者はどんな回答を用意するのでしょうか?

もちろん、「こたつぬこ」氏の「答えはこれ」の意味を聞くのが一番。まさか、「セクハラ、レイプはブラックだ!」と日本の名誉白人なみに米国の俳優たちが黒衣を着て言いたかったのだ、とトンデモ妄想したわけでもないでしょ?

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2018-01-11 「『ブラック企業』は『差別用語』か」に「答え」が出た!?


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★コメント欄


breakwater3breakwater3 2018/01/16 20:42 話題とは関係なくなりますが、私は日本で差別を問題にする人の差別の範囲が非常に狭いんじゃないかと疑問に思ってます。

日本で差別を問題にしてる人は〇〇差別といったわかりやすい名前がついてるような差別には即反応するけど、それ以外の差別には無頓着というか無関心な気がします。

日本で差別を問題にする場合、海外での反差別運動のマネをしてるだけに見える。輸入品なんです。自分の頭で差別というものを本当にはよく考えてない気がうるのです。

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/18 20:02 檜原転石です。たまたま覗いたら、私の話題が・・・(笑)。
だけどなんだかチンプンカンで・・・。
「こたつぬこ」氏の言う──「答えはこれですよ。」の意味が私には不明です。スターの衣装の黒衣装ずくめと日本で大氾濫の差別語「ブラック」とは何の関係があるのでしょうか?
私も黒い衣装をしょっちゅうまといますが、だからこそ黒に悪など含意させません。なんで黒い靴下をはきながら“愚劣な校則”を「ブラック校則」と発想できますか?

あと文脈云々が意味不明ですが、日本で大氾濫のブラックにあらゆる悪を含意して「ブラック**」って、もし「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動を少しでも知っていれば、絶対できません。ネット卑語「ブラック企業」の採用者の今野晴貴はマルコムXも「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動も知らなかっただけですよ。河添誠などこう言ってます。
★河添誠(2013年12月1日)──カナダのトロントで開かれたレストラン労働者の権利向上の国際会議で、日本の労働状況を話した時に「ブラック企業大賞」を私が紹介。移民の活動家から「いい運動だけど、ブラックじゃなくてホワイトだよね」と皮肉をこめて指摘された。アメリカなどでは、「ブラック」を否定的に使うことは許されない。

彼は日本では差別語「ブラック」をなぜか使えると考えているようですが、日本にもアフリカをルーツにする人びとは沢山にいるのに、彼には見えないようですね。たとえば宮本エリアナは「髪はアフロ。肌の色も違う。顔もアジアっぽくない。小学校のプールの時間には『色が移るから入らないで』と言われたこともある」ようですよ。差別語「ブラック」を使って、黒人への偏見・差別を広げてはだめでしょう?ましてや子どもの人権運動で子どもに、ブラック→悪と洗脳していいいのでしょうか?

suterakusosuterakuso 2018/01/18 21:40 あの人たち、みんなファッションかなんかで黒の服着たのですね。例年はそんなじゃないのにですね。

suterakusosuterakuso 2018/01/18 21:50 もうちょっと真面目な態度でレスをすると、たとえば宮本エリアナに対する差別は、典型的な、マジョリティによる、自分たちと異なるものを排除しようとする態度ですよね。授賞式の黒服は、白人や黄色人種からみた異質なものとしての黒い肌に由来する意味を持たされたものなのですか? ちがいますよね。そんなものなしに、黒は暗い気持ちを表現する色として用いられることがある。それは暗闇なんかの持つ印象に由来するものですよね。それを黒人の肌が黒いからといって、二つを結び付けてしまうことが間違っているのではないですかね。黒い服も、ブラックという言葉も、即、黒人の肌の色では、当然ありません。それだけのことでしょう。

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/19 04:47 ブラック→黒人って、中学英語で習いませんか?
さらに米国ではblackを差別語から「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動を経て、黒人の好ましい呼称の1つに逆転させた歴史があるのですよ。
その歴史に無知だから、日本のネットで若者は搾取企業を称して「ブラック企業」などと卑語を使ってしまうのです。

たとえば、1990年、梶山静六のトンデモ発言――「たとえば、悪貨は良貨を駆逐するというが、アメリカにクロ(黒人)がはいって、シロ(白人)が追いだされているような混在地になっている」

この発想って、差別語「ブラック」の使用者と同じだと気づきませんか?
だって、ブラックにあらゆる悪を詰め込んで、トンデモ和製英語「ブラック」(「ブラック企業」「ブラック大学」「ブラックバイト」「ブラック校則」など)を創り出して、追い出したんでしょ、あらゆる悪が詰まった「ブラック」なるものを?要するに名誉白人低国では白人英語のblackに差別語「ブラック」を限りなく近づけているのですよ。当然、日本には黒人差別発言をした政治屋が沢山います。中曽根康弘・渡辺美智雄・梶山静六・石原慎太郎・山本幸三など。石原慎太郎はアパルトヘイト南アの友好議員で言葉の正確な意味での名誉白人でしたが、こう言っています──「アメリカでは黒人を使って能率が落ちている。黒人に一人一票やって も南アの行く先が混乱するだけだ、独立してもやっていけない」。この差別主義者の名誉白人のゴロツキを東京都民は300万票以上で熱狂支持したのです。日本で差別語「ブラック」が大氾濫しても不思議ではないのです。

「黒塗りメーク」問題も差別語「ブラック」問題も公民権運動への無知からです。映画『マルコムX』を見ていたら、絶対使えません。マルコムXが白人英語の辞書にちりばめられた白→善、黒→悪に気づかされる場面があるからです。

★竹沢泰子──ヨーロッパ人を白色人種と呼んだり、白い肌が美しいとする考えは、元来極めてユダヤ=キリスト教文化圏の伝統に支配された考え方だと思います。ユダヤ=キリスト教文化圏では旧約聖書にあるように白を 光、黒を闇として、善である白い色を自分たちの色に当てはめたわけです。

当然白人は「黄色人種」を発見したのだから、黄色にも良い意味はありません。

★竹沢泰子「白」=善、勝利、真実、黒」=悪、 敗北、虚構、「黄色」=臆病、反逆者などである。

あなたがた差別語「ブラック」使用者が歴史をどれだけ退歩させたいのかは知りませんが、そろそろ白人の価値観から自由になりませんか?今現在、米国では警官に黒人があっさり射殺されている。だから「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切)」運動が盛んだ。一方日本では、労働運動が先導して差別語「ブラック」が大氾濫で、黒人への差別・偏見を広げている。そろそろ目覚めませんか?

hinokiharappahinokiharappa 2018/01/19 05:12 「こたつぬこ」氏にもツイートで真意を質問してますが、返答はまだありません。ちなみに河添誠に何度質問しても無視です。今野晴貴にはブロックされています。
だけど「リツイート」や「いいね」が100以上もある。「彼の答え」の何が分かって同意しているのでしょうか?

kojitakenの日記 2013-12-30 「ブラック企業」は「差別用語」か

kojitakenの日記


2013-12-30

「ブラック企業」は「差別用語」か

このところ、差別表現について考える機会が多い。
少し前に、堀江邦夫『原発労働記』(講談社文庫)と『原発ジプシー【増補改訂版】』(現代書館)を比較する - kojitakenの日記(2013年12月23日)という記事で「差別表現」について書いたのだが、それとは全く別の話。
きまぐれな日々 東京都知事選、宇都宮健児氏は支持できない(2013年12月24日)にもらったコメントの件である。
上記エントリは、来年の都知事選に立候補を予定しているという宇都宮健児氏の取り巻きの「村八分」的な体質が気に食わないから私は支持しないという、このところ繰り返し書いている話だが、それに下記のコメントがついた。
 『White Love』(白人の愛)が音楽の世界で流行っていたのは笑って済まされますが・・・、マンデラの死んだ年に日本では名誉白人が生まれていますよ。 
 「緑茶会」も命名の間違いですが、命名の大間違い(搾取企業と呼べばいいものを)といえば、あなたも使っている「ブラック企業」ですよ。そしてトンデモ和製英語「ブラック」は解き放たれ、ブラック市政、ブラック大学、ブラック国家・・・と、もはやあらゆる悪を含意して白人英語のblackに限りなく近づいています。
 これは米国公民権運動やマルコムXの功績をすべてぶちこわし、マンデラの偉業さえ馬鹿にする愚挙です。
 だって米国の人種・民族の自称についての国勢調査(1995年)によれば、黒人の場合は、混血も含め、単純に「アフリカ系」でない者も含まれて、一番好まれている呼称は「ブラック(黒人)」(44.15%)(ちなみに「アフリカ 系アメリカ人(African American)」 28.07%、「アフロ=アメリカン(Afro-American)」12.12%である。)ですからね。
 ブラックが差別語であったという歴史、その白人英語の押しつけられた価値を逆転させた「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動を知らなければ、その意味(差別語からもっとも好ましい呼称への変化)を理解できません。
 そしてさらに日本では「ブラック」に対比させて「ホワイト」都政実現だとかほざく人間まで出てきました。そう名誉白人がまた出始めてきたのです。
 思い起こせば石原慎太郎は人種隔離政策の南アの「日本・南アフリカ友好議員連盟」の幹事をしていたわけですが、彼もまた名誉白人でしょうが、東京都民といえば名誉白人の差別主義者を熱狂支持したわけで、日本では名誉白人は非難対象にはならないようなのです。昔アジアで日本人はバナナ人と揶揄されていましたが、トンデモ和製英語「ブラック」を使って再びバナナ人を目指すようです。
2013.12.27 04:11 檜原転石
一見して明らかな通り、記事とは全く無関係なコメントである。
コメント主が、当該コメントをそのまま自身のブログのエントリにしているのを見つけたが、あほらしいからリンクは張らない。
当該コメント主は以前から、「ブラック企業」という言葉を何かというと目の敵にしていて、それが村野瀬玲奈さんのブログ記事でも肯定的に取り上げられたことがあった。コメント主が上記コメントをするよりも数か月前の話である。
しかし私は、上記ブログ記事に全面的に反対である。私は当該村野瀬さんの記事に、下記のような記事に対する全否定の「はてなブックマーク」コメント*1をつけた。
kojitaken これはひどい 差別用語 言葉狩り この記事の主張に全面的に反対する。単なる「言葉狩り」だ。この論法だと「黒」を用いた日本語の表現はすべて差別用語になる。そもそも黒人の皮膚は黒くないし、白人の皮膚は白くないし、黄色人種の皮膚は黄色くない 2013/12/28
さて、下記ブログ記事に村野瀬さんの記事が取り上げられている。
ブラック企業」という言葉は黒人に対する差別用語なのかどうか。難しいけど、実際に黒人の人に突っ込まれたら真剣に応答せざるを得まい。
英語では、
black market
black sheep
black mail
black list
etc.
と、black(黒)をネガティヴな意味合いで使うことがままある。それを以て、例えばケニアの作家グギ・ワ・ジオンゴは英語のことを「全人類の言語のなかで、おそらく最も差別的である」と断言する(「アフリカ社会のなかで文学のなしうること」 in『アフリカ人はこう考える』、p.69)。しかし、英語を断罪する前に、例えば仏蘭西語のnoirや伊太利語のneroの意味論を吟味する必要があるだろうし、英語にしても、歴史を遡って、英語話者がアフリカ人と出会う以前のblackの意味論を吟味しなければなるまい。もしかしたら、黒人に対する差別があってそれが隠喩的或いは提喩的に転移されてblackのネガティヴな用法が生まれたのではなく、英語その他の言語にあったblack/whiteの二項対立が基礎にあって、それが人種関係に転写されることによって、黒人差別が言語的に構成されたと言えるかも知れない。客観的に見れば、白人も白くはないし黒人も黒くはない。なのに、何故白人とか黒人と言われるのかということを考えてみよ。黒と白の二項対立は、亜細亜の言語・文化でも見られるが、その場合、その成立はアフリカ人(黒人)との接触とは取り敢えず関係ないと考えてよろしいだろう。中国に発する囲碁。日本語の場合だと、玄米/白米、玄人/素人という対立。或いは角力における白星と黒星。警察用語(?)のシロとクロ。こういう色のシンボリズムが歴史的に形成されてきた上に「ブラック企業」という言葉もつくられたと考えるべきだろう。
「実際に黒人の人に突っ込まれたら真剣に応答せざるを得まい。」というのはその通りでしょう。現実にそういうケースがあるかどうか、寡聞にして私は知りませんが、仮にそういうケースがあるのであれば、私も上記ブコメの意見を変えざるを得ません。
一方、村野瀬さんが当該エントリを上げるきっかけになった「檜原転石」というのは、自分の気に食わない記事を「お前は『差別用語』を使っている」などと、記事とは無関係なことを言挙げしていちゃもんをつけるような人間であり、当該エントリはそんな人間の主張をそのままブログ主自身の主張として取り上げたものである。もちろん村野瀬さんの記事の方が『きまぐれな日々』への「檜原転石」のいちゃもんコメントよりも4か月も早いのだけれど。
村野瀬さんのブログの記事には、記事への賛否両論のコメントがあるが、「檜原転石」の主張に反対するか、あるいは全面的反対には至らずとも手放しで肯定しない意見の方に強い説得力を感じる。
たとえば「あそびたりあん」氏は、
もしも「ブラック企業」という言葉が人種差別(黒人差別)用語であるとしたならば、別の言葉に置き換えるべきである、というご意見にはもちろん賛成です。
しかしながら、現時点では、「ブラック企業」という言葉が人種差別(黒人差別)用語である、という根拠が示されていないように思います。
と書いているけれども、私も同感である。というか、そんな根拠なんかあるはずがないと思っているからこそ、
この記事の主張に全面的に反対する。単なる「言葉狩り」だ。
と書いた。なお、あそびたりあん氏は最近ブログはてなダイアリー)を閉鎖されたようだが、この件に関するエントリがある。
(前略)私の現時点での意見は、「ブラック企業」という言葉をもっと適切な日本語に置き換えることができれば、大いに結構なことだと思うが、それは外来語和製英語含む)の濫用を控えるべきだという観点からのもので、「ブラック企業」が差別用語であるという明確な根拠は今のところないように思われるので、使い続けたとしても、特に問題はない、というものだ。しかしもちろん、「ブラック企業」が差別用語ではないという私の判断が間違いで、実際に差別に結び付く言葉であることがわかれば、直ちに意見を変えるつもりである。
同じエントリの別の箇所から。
 阪神大震災の後だったと思うが、どこかの高校の野球部が、震災により自校のグラウンドが使えなくなったために、他校のグランドをあちこち借りて練習しているという記事に、あるスポーツ紙が「○○高野球部、ジプシー暮らし」といったところ、「ジプシー」は差別語だという抗議が寄せられ、謝罪と訂正をした、という事件があった。確かに、国連などでは、「ジプシー」という言葉の代わりに、「ロマ」「ロマニ」という表現が用いられる傾向にあるが、「ジプシー」が差別用語である、というのは物事を単純化した思い込みにすぎない。確かにこの言葉を嫌う集団もいるが、逆に誇りをもって自称している集団もいる。現に私の所蔵するジプシーに関する研究書は3冊ともに「ジプシー」という言葉をタイトルに使っており、「ロマ」や「ロマニ」を使っていない。「エスキモー」についても同様の指摘を行うことができる。機械的に「イヌイット」に置き換えればいい、と思っている日本人が多いが、自ら「エスキモー」と自称している人々もいるのである。
このあたりは『原発ジプシー』の書名を『原発労働記』に書き換えた講談社文庫の件を思い出させる。蛇足だが、ジプシーで私が思い出すのは、ハンガリー作曲家リスト・フェレンツ(フランツ・リスト)の『ハンガリー狂詩曲』など、ジプシー音楽に「ハンガリー」の名を冠した音楽に、20世紀ハンガリー作曲家であるコダーイ・ゾルターンやバルトーク・ベーラが「あれはハンガリー民謡ではない」と異を唱え、ハンガリー民謡を採譜して、それらに基づく音楽を作曲したことだったりするが、検索語「ジプシー音楽」でGoogle検索をかけると、ロマ音楽 - Wikipediaが筆頭で引っかかるのであった。これは今初めて知った。
あそびたりあん氏のブログからの引用に戻る。
 また、「外人」という言葉も差別語扱いされているようだが、これにも私は疑問を感じる。これは、「外国資本→外資」「外国為替→外為」「外国語大学→外大」などと同様、「外国人」を単に略した言い方にすぎないのではないか。「ガイジン」という音の響きが「害人」を連想させるなんて、言いがかりとしか思えない。大体、「害人」など存在しない言葉をどうして連想できるのだろうか。それよりも、「外国語」という言葉の方が、(差別とは直接的には関係しないが)問題である。最近は、「母国語」という言葉のおかしさに気付く人が増えてきたようで、「母語」「母言語」などと言う人が増えた。それは望ましい変化であるが、「外国語」の方は相変わらずそのままである。しかし、これは、国家の境界と言語の境界が一致するという明らかに誤った発想を前提としている。しかし、言語の数は国家の数の20倍から30倍はあると言われているし、複数の国で使われている言語も珍しくないのだから、「外国語」という言葉は本来、「異言語」とでも表現すべきであろう。
この部分には少し異論がある。
原発ジプシー』を取り上げた記事には書かなかったが、同書の講談社文庫版にも、「外人」から「外国人」への書き換えがあった。「外人」に関しては、以前から当の外国人たちからこの言葉の使われ方に対してクレームがついていたと私は認識している。それは、「『ガイジン』という音の響きが『害人』を連想させる」などという理由ではなく、「外人」という言葉が、多くの場合、「よそ者」というニュアンスを強く持った排他的な意味合いで用いられてきたからであった。中国人が日本人に「支那」と呼ばれるのを嫌う理由も、日本人が「支那」という言葉を用いてきた文脈による。従って、「外人」という言葉を用いないようにすることには、私は大いに理があると思う。
要するに、「差別用語」が問題とされるのは、言葉が差別的に用いられてきた文脈が存在するからであって、問題にすべきはその文脈であるというのが私の長年変わらぬ主張である、逆に言えば、言葉が差別的に用いられている文脈がないにもかかわらず、「差別用語」を勝手に規定して騒ぎ立てるのはナンセンスな「言葉狩り」以外の何物でもない。このことも長年ずっと主張している。そして、「ブラック企業」という言葉にはそのような文脈は存在しないと私は考えている。もちろん、「ブラック企業」という言葉に黒人を差別する意味合いで用いられた文脈があるという証拠が示されれば、私は立場を直ちに変えるものである。


MakegumiKyojiMakegumiKyoji 2013/12/30 22:52 私もあのコメントには疑問を感じました。「ブラック」には、「blackout」(停電)という表現があるように、「闇」という意味もあります。日本語にも「闇社会」という表現があります。英語でも「black market」という言葉もあります。つまり、通常、日本人が「ブラック」という言葉をネガティブに使うときは、「闇」という意味で使います。中立的に使うときは、当然「黒色」です。だいたい「ブラック」が駄目なら、「黒人」という言葉も「白人」という言葉も駄目でしょう。
なお、「闇」は英語では、「dark」でも良いのですが、これを使って、「ダーク企業」とすると、日本人には「灰色企業」となります。「ダーク企業」と「ブラック企業」とは全く違います。

cictaccictaccictaccictac 2013/12/31 00:27 日本人の私はブラックの言葉自体が人種差別に結び付く危険性を持っているとの認識はありませんでした。蒙古襲来以後、時も経ち殆どが単一民族化してきたと思っていましたので、刑事用語や白黒つけろとの言葉の様に単純に黒には悪い意味がある程度の認識でした。人種問題に結びつく危険性までは・・・しかし、容易に和製英語をつくったり、今後国際化していく際に単語の持つ意味を理解して、21世紀はアフリカの時代と言われていますので、十分留意したいと思います。セクハラとパワハラとブラック・・・う~ん・・・勉強になりました。

redkittyredkitty 2014/01/01 06:41 「ブラック企業」は日本語でしょう? 日本語の「ブラック」は黒人を意味しないし、「ブラック企業」を英語で言うに際して「black enterprise」などという語をあてる人がいるとは思えません。どこが差別なんでしょうか。檜原さんという方のコメントを読んでいると頭の中がねじくれてくるような。。。へんな気分です。英語と切り離して考えたほうがいいですよね。

doronumandoronuman 2014/01/01 23:47 「部落企業」とか「ブラク企業」はまずいというのは理解できますよね? 「ブラク企業」はアウトだが「ブラック企業」ならいいんだ、という主張は説得力があるようには見えませんねえ。

redkittyredkitty 2014/01/02 07:33 ↑ 「ブラク企業」と「ブラック企業」って? だじゃれ?

redkittyredkitty 2014/01/03 06:50 doronumanさんが言おうとしていること、よーく考えてみたらやっとわかりました。これは差別発言ではないか。考えなくてもすぐわかる人もいるのでしょう――同じ空気を吸っている人たち、差別が血肉化している人たち。すごく気分が悪いです。


スティーヴ・ビコと「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」

▼スティーヴ・ビコ 1977年9月12日(1977-09-12)(30歳没)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%83%BB%E3%83%93%E3%82%B3


フランツ・ファノンと、アフリカ系アメリカ人のブラック・パワー運動英語版の影響を受け、ビコと仲間たちは黒人意識という思想を発達させた。これはSASOの公式イデオロギーとなった。SASOはアパルトヘイトの終結と、南アフリカの全人種による普通選挙、そして社会主義経済への移行を目指して運動した。そして黒人共同体プログラム英語版(BCPs)を組織するとともに、黒人の心理的活力の向上に焦点を当てた。ビコは、黒人自身が持つ人種的劣等感を払拭する必要があると考え、このアイデアを「ブラック・イズ・ビューティフル英語版」と言う一般化したスローガンで表現した。


▼スティーヴ・ビコ『俺は書きたいことを書く 黒人意識運動の思想』峯陽一/前田礼/神野章明=訳、現代企画室、1988年

14 黒人意識とは何か(1976年5月の裁判証言より)

頁195──

ソゴット弁護士
 文章において、西洋文化の一部として「黒」という言葉が使われるとき、それは特別な意味をもっているのでしょうか。

ビコ
 どういうことでしょう。

ソゴット弁護士
 「黒」という言葉を使うとき、それはどういう意味をもつのでしょう。言語のなかで、それはどのような使われ方をしているのでしょう。

ボショッフ判事
 これは広い意味を持つ言葉ではないのですかな。

ビコ
 皆さんの話を私が理解した限りで言わせていただくと、普通の文章で「黒」という言葉に言及されるとき、それは通常、否定的な観点と結びつけられています。言い替えれば、
闇市(ブラック・マーケット)、一家の面汚し(ブラック・シープ)といった具合で、悪いものは何でも「黒い」ものだ、とみなされているのです。

ソゴット弁護士
 なるほど、この文脈で・・・・・・(発言制止)
 
ボショッフ判事
 そこでいう「黒」という言葉は、黒人と何の関係があるというんですか。それらは長年かかって形成されてきた単なる慣用句というべきもの。暗闇あるいは夜は、通例、原始人たちにとっては不可解なものだったわけでしょう。原始人という場合、私は白人を含めて言っていますからね。その原始人が暗闇の力について語るとき、彼らは自分が説明できない力を、たとえば、魔術、黒魔術を引き合いに出すというわけですよ。そういうことではないのですかね。

ビコ
 確かにそういうことでしょう。しかし私が思うに、長い歴史を通じて、これらの言葉が指し示す共通の意味内容が、そして、まさに黒人についても当てはまるような連想と結びつけられた態度が、創り出されてきたのです。黒人は、魔術や闇市というふうに言われているのは、これらが彼と同じように劣った事物であり、望まれない事物であり、社会から拒絶された事物だからだ、と思っています。そして当然のことながら、典型的なかたちでは(やはりこの論理によって)、白さは天使に、そして神や美に結びつけられています。思うに、こうして黒人の内部に、この種の自己に対する非難の感情が形成されることになるのです。

ソゴット弁護士
 あなたがたが「「ブラック・イズ・ビューティフル」と言うとき、そうした言い方は、「黒人意識」のアプローチと調和するのですか。

ビコ
 はい、調和します。

ソゴット弁護士
 このスローガンの意図は何でしょうか。
ビコ
 このスローガンは、人間性に到達しようとする私たちの試みの非常に重要な側面に奉仕しようとするもんもであり、実際に奉仕している、と思います。これは、黒人がそう信じている自分自身の姿の、非常に深い根っこの部分に挑戦しようとするものです。「「ブラック・イズ・ビューティフル」と言うとき、実際には黒人に対して、「おい、君は今の姿のままでいいんだぜ、自分自身が一人の人間だということを自覚するんだ」、と言っていることになるのです。アフリカ人の生活において、このことは特に、女性が世間からの視線に備えようとするときのやり方、言い替えれば、彼女たちの憧れ方や、彼女たちの化粧の仕方等について、一定の含意をもっています。こうした態度は、彼女たちの真の状態を否定すること、そして、ある意味では自分の肌の色から逃避することになりがちです。彼女たちは、肌の色を白っぽくするクリームを使い、毛髪をまっすぐに伸ばす道具などを使っています。思うに彼女たちは、黒い、という自然のままの状態は、美しいということと同義にはならないのであって、肌の色をできる限り白く、唇をできる限り赤く、爪をできる限りピンク色にするときにだけ、美に近づくことができるのだ、と信じ込んでいるのです。そこで、「ブラック・イズ・ビューティフル」という言葉は、ある意味で、自分自身を否定するこの信念に挑戦しているのです。

ボショッフ判事
 ビコ氏、あなた方はどうしても「黒」という言葉にこだわりをお持ちですな。・・・



頁453──(訳者あとがき)

 さて、私たち自身の問題に移ろう。南アフリカにおいて黒人が黒人のために呼びかけたメッセージが、私たちの心にも痛切に響くのは、私たちが現実にアパルトヘイトの当事者になってしまっているからである。これが周知の事実となったのは、1987年、人種主義政権への強力な経済制裁を求める世界の流れに逆らって、ついに日本がアメリカ合州国を抜いて南アフリカの最大の貿易相手国に躍り出たときである。
 今に始まったわけではない。1960年のシャープビルの虐殺に対抗して欧米諸国が南アフリカとの経済関係を縮小させていた時期、日本はひとり南アフリカとの貿易量を伸ばし、正式な外交関係を復活させ、日本人は「名誉白人」待遇を受けるようになっていった。本書の舞台となっている60年代末から70年代にかけて、両国の経済関係はますます緊密化していく。現在(引用者注:1988年)では、南アフリカの家電や自動車の大多数を日本製品が占めるようになり、警察車両もフォルクス・ワーゲンやランド・ローバーから「トヨタ」になっている。一方で日本は、金や石炭などの地下資源および農産物を南アフリカから大量に輸入している。国際市場の金価格は日本の大量買付けによってつり上げられており、高収入をあげる鉱山会社への課税が、アパルトヘイトの軍事・警察力を維持することになっている。アパルトヘイトの暴力装置の犠牲となったのは、言うまでもないが、ビコひとりではない。85年12月から88年春までの3年間に、調査で判明した限りでも、65名の政治犯が死刑判決を受け、そのうち15名がすでに処刑されている。日本と南アフリカとの関係を根本的に変えることができない限り、私たちは、死刑執行官を背後から眺めながら、居心地悪く立ちすくむままである。(以下略)・・・


シャープビル虐殺事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
    
   
シャープビル虐殺を描いた絵

シャープビル虐殺事件(シャープビルぎゃくさつじけん、アフリカーンス語: 英語: Sharpeville massacre)は、1960年3月21日南アフリカ共和国トランスバール州ヨハネスブルグ近郊のシャープビル英語版で発生した虐殺事件である。

概要[編集]

アパルトヘイト政策を進める南アフリカ政府は、1952年にパス法を成立させ、国内(バントゥースタンを含む)に居住する18歳以上の男性黒人に身分証の携帯を義務付けた。政府はパス法を黒人女性にも適用し、白人との分離政策の強化を図った。

このような政府の方針に対して、アフリカ民族会議(ANC)はパス法に対する抗議活動を1960年3月31日に実施することを決定した。しかし、ANCに対抗するパン・アフリカニスト会議英語版(PAC)は、ANCが主導権を握る抗議活動に反発し10日前の3月21日の実施を主張したが、賛同を得ることはできなかった。PACはこのため独自に抗議活動を実施することを決定した。

3月21日、午前10時頃にPACが組織した5,000~7,000人の群集は逮捕を覚悟で身分証を持たずにシャープビルの警察署前で抗議行動を開始した。警察官は群集に対して解散するように警告したが群集は解散しなかった。警察は抗議集団の最前線に装甲車を配備した。

午後1時15分頃、警察官は群集に対して発砲を開始し、69人が死亡、180人以上が負傷した。群集はパニック状態となり、周辺は騒乱状態に陥った。

反応[編集]

事件の結果、国中で黒人による抗議活動や暴動が頻発した。3月30日、政府は18,000人以上を拘留して、非常事態を宣言した。PACとANCの活動は禁止となった。

1960年4月1日、国際社会は事件を重く見て、国連安全保障理事会は決議134を可決した。

現在[編集]

1966年の国連総会で、3月21日を国際人種差別撤廃デーとすることが決議された。南アフリカでは1994年以降、3月21日が「人権の日」となっている。1996年、大統領のネルソン・マンデラはシャープビルで新憲法の署名を行なった。

1998年、真実和解委員会(TRC)は警察による行動を「その過度の力での総体の人権侵害は非武装の人々の集いを止めるために不必要に使用された」と認定した

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