[書評]東洋人はいかに黄色人種にされたか

[書評]東洋人はいかに黄色人種にされたか

登録 : 2016.07.23 09:02修正 : 2016.07.24 13:05

          

『黄色人種の誕生ー人種的思惟の歴史』 
マイケル・キーバク著、イ・ヒョソク訳/ヒョンアム社

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『黄色人種の誕生ー人種的思惟の歴史』マイケル・キーバク著、イ・ヒョソク訳//ハンギョレ新聞社
 マルコ・ポーロが口述したという「東方見聞録」で中国人は「白人」として描写されている。18世紀の宣教師たちが残した記録にも、日本人をはじめとする東アジア人の皮膚は確かに白だった。ところが19世紀に入り、ひっそりと「黄色(yellow)」に取って代わられる。旅行記、科学論文はもちろん、芸術作品でも東アジア人は黄色い肌を持つ人々として描かれ始めた。その間、いったい何が起きたのだろうか。

 マイケル・キーバク国立台湾大教授(54)は2011年に出版した著書「黄色人種の誕生ー人種的思惟の歴史」で、一時は「白人」だった東アジアの人がいかに「黄人」に分類されるようになったか、その淵源と来歴を粘り強く探っていく。

 東アジア人の顔に黄色のレッテルを貼った最初の“容疑者”は、かのカール・フォン・リンネ(1707~78)だと指摘される。リンネはアジア人の肌の色を暗いという意味のラテン語「フスクス(fuscus)」と表現したが、1758~9年に刊行された「自然の体系」第10版では「ルリドス」(luridus、柔らかい色、青白い)と具体化した。リンネが塗った色を超え「モンゴリアネス(mongolianness)」という全く違う次元の烙印を押したのはヨハン・フリードリヒ・ブルーメンバッハ(1752~1840)だった。

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『Becoming Yellow: A Short History of Racial Thinking』 by Michael Keevak //ハンギョレ新聞社
 比較解剖学の創始者として知られる、このドイツの動物学者は、東アジア人の肌の色を「浅い黄色(gilvus)」と規定したばかりか、さらに踏み込む。ヨーロッパ人にとり不吉、脅威となる単語、つまりアッティラ、ジンギスカン、チムールを連想させる「モンゴル」を引っ張り出してきたのだ。最初は不慣れだったが、東アジアを訪れた旅行者が現地人を黄人と示す事例が徐々に増え、「黄色人種は19世紀における人類学の核心要素に位置づけられた」。

 しかし、黄色の烙印には差別、排他、暴力が凝縮されている。世の中に純粋な純黒人がいないように、まっ黄色な人もいない。にもかかわらずヨーロッパ人は肌の色を“創造”し、モンゴル目、蒙古斑、蒙古症(ダウン症候群)を新たに“発明”して、黄色人種を非正常の代名詞にした。アジアから移民が殺到すると人口過剰、異教、経済的な競争、政治社会的な低下など、ありとあらゆる否定的な意味を含蓄する「黄化(yellow peril)」の警報として対応したのも彼らだ。白人の下に黄人と黒人が置かれる「階級秩序」が誰の利益に帰結するか判断すれば、この「人種的理念論」の隠れた意図が透けて見える。

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マイケル・キーバク教授//ハンギョレ新聞社
 著者は韓国語版のために書いた序文でこう記す。「黄色という差別的(中略)単語をもはや使ってはならない時になってるのではないか」。348ページの本の3分の1を占める尾注と参考文献が彼の主張をしっかり支えている。

カン・ヒチョル記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2016-07-21 19:58

http://www.hani.co.kr/arti/culture/religion/753395.html訳Y.B

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白色への捏造

 トンデモ和製英語「ブラック」を乱用する名誉白人は、以下のウィキにも載っているような常識は持ち合わせてはいないかも知れない。私は竹沢泰子の論考を何度も提示しているが、ウィキにも同様の記述があるとは知らなかった。

 表題の「白色への捏造」もヨーロッパで同時期の250年前に起きたことだが、私たちは未だに非科学と白人至上主義に毒された愚人から脱出できないでいるわけだ。

▼人種
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E7%A8%AE#.E3.83.96.E3.83.AB.E3.83.BC.E3.83.A1.E3.83.B3.E3.83.90.E3.83.83.E3.83.8F

・・・ 

ブルーメンバッハ[編集]

学説史的にはドイツの医師ヨハン・フリードリッヒ・ブルーメンバッハによる分類が人種理論の嚆矢(こうし)とされている。ブルーメンバッハは1775年にゲッティンゲン大学に提出した論文 De generis humani varietate nativa (ヒトの自然的変種)において頭蓋骨の比較研究などを基礎に、コーカシア(白色人種)、モンゴリカ(黄色人種)、エチオピカ(黒色人種)、アメリカナ(赤色人種)、マライカ(茶色人種)の5種に分類した。

ブルーメンバッハの分類方法および定義の特徴は、ユダヤ=キリスト教的文化および当時のヨーロッパ人の伝統に強く影響を受けていることにある。例えばコーカシアという定義は、旧約聖書でノアの箱舟が辿り着いたとされる中央アジアのコーカサス地方を命名の由来としており、実際のヨーロッパ人の居住地域や特徴とは関係のない定義である。また、モンゴリカという定義も単なる「モンゴル人」という意味であり、当時のヨーロッパ人に知られていたモンゴル帝国の人々を表しているにすぎない。

初期の人類学が成立したこの時代のヨーロッパは、未だユダヤ=キリスト教的文化の伝統に支配されていた時代であった。この時代、『創世記』のノアの箱舟が辿り着いたとされたアララト山がある中央アジアのコーカサス地方は、アルメニア教会などにとっては聖地とされており、かつ旧約聖書の創世記1-6章では、白い色は光・昼・人・善を表し、黒い色は闇・夜・獣・悪を表していた。このことから、当時の人類学を主導したヨーロッパ人は自分たちを「ノアの箱舟で、コーカサス地方に辿り着いた人々の子孫で、善である白い人」という趣旨で、自らをコーカソイドと定義した[5]。

実際ブルーメンバッハは、様々な人間集団のなかで「コーカサス出身」の「白い肌の人々」が最も美しくすべての人間集団の「基本形」で、他の4つの人類集団はそれから「退化」したものだと定義している。このような宗教的影響から、現在は同じコーカソイドに分類される、イタリアなど南欧圏に居住するキリスト教徒は白人、トルコ及びパレスチナ地方など中近東に居住する異教徒のイスラム教徒(ムスリム)は有色人種と規定するなど、現在の人類学的レベルで判断すると非合理的かつ恣意的な分類概念となっている[6]。


▼[CML 049673] 白色への捏造 ~NHKスペシャル「知られざる大英博物館」(2)古代ギリシャ“白い”文明の真実~

2017年 7月 24日 (月) 14:03:16 JST

http://list.jca.apc.org/public/cml/2017-July/049778.html


檜原転石です。

NHKスペシャル「知られざる大英博物館 」(2012年7月1日(日))
という番組を録画してあったが、長らく見なしにしておいた。何回もあった“削除”の機会を逃れて今もあるのは、ただの偶然である。もしBD(録画機)に「古代ギリシャ“白い”文明の真実」という番組名が表示されていれば、絶対削除を免れていただろうし、もっと早く見ていたことだけは確かだ。

この番組も、今時トンデモ和製英語「ブラック」を駆使する名誉白人の日本人には痛々しいものになるが、色に価値付けを行う非科学な愚劣を毎日繰り返していると、手ひどいしっぺ返しにあうのは必然なのである。

★1938年 大英博物館 常任委員会 内部文書 (NHKの番組より)

洗浄作業は地下の部屋で行われていた、それを見たとき、やめろと叫んだ。

I told them to stop work

デュヴィーンは「白さが足らない、もっと白くしろ」と言った。

was not white enough

could brighten it up

さらに白くなった

getting it whiter

▼NHKスペシャル「知られざる大英博物館」(2)古代ギリシャ“白い”文明の真実
http://blog.goo.ne.jp/hitorigoto_1966/e/dc9008dcde23fb260db7f5f9c1978517

▼KISSYのひとりごと
NHKスペシャル「知られざる大英博物館」(2)古代ギリシャ“白い”文明の真実
http://blog.goo.ne.jp/hitorigoto_1966/e/dc9008dcde23fb260db7f5f9c1978517

▼ヨハン・ヨアヒム・ヴィンケルマン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A8%E3%82%A2%E3%83%92%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3

・・・

18世紀ドイツの美術史家

『ギリシア芸術模倣論』(1755年)や『古代美術史』(1764年)を著して古代の芸術を賛美し、大きな反響を呼んだ。ヴィンケルマンは、芸術は自然を理想化すべきもの(美のイデアを表すもの)であり、それは古代ギリシアにおいて達成されている、従って我々が目指すべきは古代ギリシアの模倣である、と説いた。ヴィンケルマンの著作は新古典主義の理論的支柱となり、ゲーテ、レッシングにも影響を与えた。

ヴィンケルマンが古代ギリシアの彫刻と考えていた作品の多くは、実際にはローマ時代の模刻であった。実際の古代ギリシャの大理石彫刻は彩色があったが、ヴィンケルマンは「古代ギリシャは純白の文化」と論じたため、その後、エルギン・マーブルなどのギリシャ彫刻が博物館で表面を削られる事件が何件か起きた。

▼大英博物館が空っぽになる日
1999年12月9日   田中 宇
http://tanakanews.com/991209marble.htm

▼古代ギリシア
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/07/13 15:41 UTC
版)
http://www.weblio.jp/wkpja/content/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2_%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E4%BA%BA%E3%81%AE%E7%B5%8C%E6%B8%88


色彩豊かな文明

現存する建造物や彫刻などは白一色であるが、かつては鮮やかな彩色が施されていた[7][8]。劣化して色落ちした物もあるが1930年頃の大英博物館のスポンサー初代デュヴィーン男爵ジョゼフ・デュヴィーン(美術収集家・画商)の指示で大英博物館職員によって色を剥ぎ落とされたものも多い。近年になってこのことが公表され、調査によって一部の遺物から色素の痕跡が判明し、CGなどによって再現する試みも行われている。日本のテレビ番組「日立
世界・ふしぎ発見!」ではパルテノン神殿にプロジェクションマッピングで色彩を施した[9]。


▼ブラック・アテナ―古代ギリシア文明のアフロ・アジア的ルーツ〈1〉古代ギリシアの捏造1785‐1985
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784794807373

【黒色の衣装をまとう人間は、トンデモ和製英語「ブラック」を絶対使ってはならない!】~名誉白人用語=トンデモ和製英語「ブラック」を無自覚に使う非科学~



色に価値を持ち込む愚劣は容易に分かるはずだが、この愚劣に気づかない人間が日本には多く住んでいて、トンデモ和製英語「ブラック」が大流行している。何と私の同級生との飲み会でも聞く機会もあり、流行語とはかくも恐ろしいものなのだ。

というわけで・・・、【黒色の衣装をまとう人間は、トンデモ和製英語「ブラック」を絶対使ってはならない!】という「御触れ」を妄想してみたが、杉田聡の発言──【「ブラック企業」という言葉は「黒人」を差別する】でさえも無視されているようですから、流行語に逆らうことの困難は想像以上のようである。

▼「ブラック企業」という言葉は「黒人」を差別する
「英語」の悪しき含意から身を解き放とう
杉田聡
2017年02月14日
http://webronza.asahi.com/authors/2016103100009.html

*************

[CML 049661] 【黒色の衣装をまとう人間は、トンデモ和製英語「ブラック」を絶対使ってはならない!】~名誉白人用語=トンデモ和製英語「ブラック」を無自覚に使う非科学~

2017年 7月 22日 (土) 09:28:12 JST

http://list.jca.apc.org/public/cml/2017-July/049766.html



檜原転石です。

トンデモの横行といえば、土地泥棒のイスラエルが人種主義によって毎日行うユダヤ・ナチの蛮行が思い浮かびますが、科学ではユダヤ人の子孫であると思われるパレスチナ人を日々虐殺しているのですから、そのトンデモぶりは際だっています。

トンデモぶりではイスラエルには幾分負けますが、日本低国民もトンデモ和製英語「ブラック」を大氾濫させて、今現在名誉白人ぶりを競っています。米国の「ブラック・イズ・ビューティフル(黒は美しい)」運動からは半世紀、無知と健忘と「井の中の蛙」状態が相まってこの体たらくの出現です。さらにこの悲喜劇を労働運動が主導してきたことも嘆かわしい限りで、差別・偏見をばらまいての労働運動とは何なのでしょう?

実は、トンデモ和製英語「ブラック」の使用者は昔の政治屋・梶山静六の差別発言と根底では同じ発想です。

※1990年、梶山静六のトンデモ発言――「たとえば、悪貨は良貨を駆逐するというが、アメリカにクロ(黒人)がはいって、シロ(白人)が追いだされているような混在地になっている」

このようなトンデモでも今のところ「知識人」などの異議申し立てはほぼ皆無です。私の声も『週刊金曜日』には掲載されましたが、その後何の反応もありませんから、ほぼ無視状態です。

・・・

そこで、“無視”について歴史的に見れば、「古代エジプト人は黒人であったこと」を主張した西アフリカ・セネガルの歴史家シェック・アンタ・ディォプ(一九二三-一九八六)も無視されたようですが、マーティン・バナールが『黒いアテナ』を書いてやっと大論争が起きたようです。

今となっては、科学的にも当たり前が証明されようとしていますが、科学的無知も差別・偏見を助長しますから、マルコムXを知らない無知だけを責めるわけにもいきません。単純に考えて、なぜ「黒→悪」なのかって、素朴な科学的疑問が何故浮かばないのか、と私には不思議でなりません。いくら信号の黄色を見慣れていても、「黄色→注意」と信号のない場所で発想する人間は日本にはいないと思われます。ところがユダヤ人を迫害した欧州では事情が違います。この事情がからみ「黄色人種」が誕生しました。よって現代日本人の「黒→悪」発想が白人優越主義に影響を受けている可能性は大いにあります。簡単に言えば、科学的思考より偏見の方が容易に優位にたってしまうのです。これは自らは黒色の衣装をまといながらも、攻撃対象を「ブラック」と呼んで、正義ぶりを見せびらかすのですから、その支離滅裂ぶりは際だっています。

まあこういうわけで、【黒色の衣装をまとう人間は、トンデモ和製英語「ブラック」を絶対使ってはならない!】という「御触れ」でも来年(2018年)の4月1日に出そうか思っています(笑)。


▼歴史的パラダイムのコペルニクス的転換を提起
http://www.gn21.net/newsletter/gn21_nl_vol8.pdf

・・・
まさにそういうときに、私たちは『ブラック・アテナ』に出会った。実はバナールの本書に先立つことおよそ30年、20世紀の後半に活躍した西アフリカ・セネガルの歴史家シェック・アンタ・ディォプ(一九二三-一九八六)は、『黒人国家と文化』(一九五五年)などの著書や講演・インタビューなどを通して、「古代エジプト人は黒人であったこと」、また「古代ギリシャへのエジプトの貢献」などを熱く語っていた。しかしブラック・アフリカからの発言は一部の論壇を除けば、ほとんど無視されてきたと言える。


▼2015年04月08日 05:00
サイエンス最前線~進化
ヨーロッパ人も昔は黒かった
http://blog.livedoor.jp/science_q/archives/1851548.html

・・・
肌の色の進化は、3つの遺伝子変異が絡んだ、もう少し複雑なものだった。約4万年前、アフリカからヨーロッパへ移動してきたヒトの祖先の肌の色は、陽射しの強い南から来たのだから、恐らく褐色だったであろうと考えられている。また今回の解析の結果、8500年前スペイン、ルクセンブルク、ハンガリーにいた初期狩猟民族の肌も褐色だったことがわかった。なぜなら、彼らは肌の色と相関する2つの遺伝子(SLC24A5、SLC45A2)について、色白の現代ヨーロッパ人がもつ型ではなく、色黒のアフリカ、東アジア人がもつ型と一致したからだ。


▼竹沢泰子「人種とは何か考える」
http://oldwww.zinbun.kyoto-u.ac.jp/conference/nhk.html

Q3 科学的とされてきた人種という考え方も、当初からヨーロッパというか、キ
リスト教的な考え方に影響を受けているものなのですね? 

A3 ヨーロッパ人を白色人種と呼んだり、白い肌が美しいとする考えは、元来極めてユダヤ=キリスト教文化圏の伝統に支配された考え方だと思います。ユダヤ=キリスト教文化圏では旧約聖書にあるように白を光、黒を闇として、善である白い色を自分たちの色に当てはめたわけです。

▼創られた「人種」
竹沢泰子
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/19/7/19_7_80/_pdf …

「白色人種」「黄色人種」「黒色人種」といった「色」にも、ユダヤ-キリスト教圏の伝統的価値観が深く刻まれている。「白」=善、勝利、真実、黒」=悪、
敗北、虚構、「黄色」=臆病、反逆者などである。

 「クレオパトラは黒かったか?」論争を巻き起こした『ブラック・アテナ』

 1991年9月23日号の『ニューズウィーク』誌は、 「クレオパトラは黒かったか?」という見出しで、「ブラック・アテナ論争」を取り上げたようですが・・・、嘆かわしことに、今日この頃の日本では、あらゆる悪が含意されたトンデモ和製英語「ブラック」が氾濫しています。自らは黒色の衣装をまといながらも「ブラック」を連呼する愚劣、色に価値を持ち込む低劣な非科学を持ち出すまでもなく、名誉白人用語を喜々として日々使い、肌が黒かった先祖殺しを勤しむ姿は、惨めを通り越して滑稽でさえあります。
  
▼グローバルネットワーク21〈人類再生シリーズ〉
ブラック・アテナ―古代ギリシア文明のアフロ・アジア的ルーツ〈1〉古代ギリシアの捏造1785‐1985

バナール,マーティン【著】〈Bernal,Martin〉/片岡 幸彦【監訳】

価格 ¥7,020(本体¥6,500)
新評論(2007/05発売)
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784794807373

内容説明

「古代ギリシアは非西欧中心の混成文化文明によって発展した」西欧近代が捏造した偽「正統世界史」を修正。人種主義・科学万能主義に基づく西欧学芸精神と正面から対峙し、世界の論壇に大衝撃を与えた「ブラック・アテナ論争」の出発点。

目次

第1章 古典古代における古代モデル
第2章 エジプトの英知とその後の西欧へのギリシア人による伝播
第3章 一七~一八世紀におけるエジプトの勝利
第4章 一八世紀におけるエジプトに対する敵対意識
第5章 ロマン主義言語学―インドの上昇とエジプトの下降一七四〇~一八八〇年
第6章 ギリシア至上主義その1―古代モデルの衰退一七九〇~一八三〇年
第7章 ギリシア至上主義その2―古代学のイギリスへの伝播とアーリア・モデルの興隆一八三〇~六〇年
第8章 フェニキア人の興隆と衰退一八三〇~八五年
第9章 フェニキア問題の最終的解決一八八五~一九四五年
第10章 戦後の状況―穏健アーリア・モデルへの回帰一九四五~八五年

著者紹介

バナール,マーティン[バナール,マーティン][Bernal,Martin]
1937年ロンドン生まれ。ケンブリッジ大学、カリフォルニア大学バークレー校、ハーバード大学などで教育を受け、1966年ケンブリッジ大学東洋学博士。1972年よりコーネル大学政治学部準教授、1984年教授。2001年退職

片岡幸彦[カタオカサチヒコ]
立命館大学法学部・国際関係学部教授、羽衣国際大学教授、国立ハノイ人文社会科学大学客員教授等を経て、グローバルネットワーク21(GN21)代表。国際関係論、地域研究論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

出版社内容情報

『ブラック・アテナ』という書名は、ギリシアの女神アテナがアフリカ系人種の血を受け肌の色が黒かったのではないかという著者の想定を表したものである。
 本書『ブラック・アテナ』第 Ⅰ巻(1987年刊)は、著者バナールが歴史学と知識の社会学という2つの手法を駆使して、今日まで私たちが「世界史」の通念として教えられて来た「アーリア・モデル」(*)を、近代ヨーロッパにおけるヨーロッパ中心主義による「古代ギリシアの捏造」であると主張したものである(第3章から第10章まで)。本書でも指摘されているように、実は古代ギリシアの歴史家や哲学者自身がエジプトとフェニキアの古代ギリシア成立への貢献を認めていた(第1章・第2章)。
 本書第 Ⅰ巻の発刊は世界中の論壇に衝撃を与えた。第一は、1996年に刊行された『ブラック・アテナ再考』である。この書では古代ギリシア研究の専門家19人が動員され、バナールの主張はすべて採るに足りないものと手厳しく批判した。バナールはこれに対し、大冊『ブラック・アテナは反論する』を2001年に公にした。その間にも両者の主張を大学における学問の有り様としてまとめた『大学における異端』が1999年に刊行されている。こうして「ブラック・アテナ論争」が世界を駆け巡ることとなる。
 一方、アメリカのデュボイスや西アフリカのシェック・アンタ・ディォプがこれまでにも主張してきた白人優越主義思想を非とする人種差別論争にも火を注ぐこととなった。いずれも議論はまだ始まったばかりである。さて教科書『世界史B』で教えられて来た古代ギリシア史の通念を、私たち日本人は、近代化の歴史も含め、どのように問い直すべきであろうか。


(*)「アーリア・モデル」とは、古代ギリシアの文化文明のルーツをインド・ヨーロッパ語族(アーリア人)に求めるヨーロッパ中心史観。これに対しバナールは、本書で「修正古代モデル」説を唱え、古代ギリシアはエジプト人やフェニキア人をはじめとする非インド・ヨーロッパ語族を中心とした混成文化文明によって発展したと主張、「ブラック・アテナ論争」の始まりとなる。


目 次
日本の読者のみなさまへ………マーティン・バナール 1
本書刊行にあたって
……国際社会に衝撃を与えた新しいパラダイム提起 ………片岡幸彦 7
凡 例 ……… 20
序文および謝辞 ……… 21
本書における音声表記と転写法について ……… 29
地図と表 ……… 34
年 表 ……… 41

解 説 『ブラック・アテナ』をどう読むか
     ……「ブラック・アテナ論争」を中心に………幸泉哲紀 542

序 章……… 42
予備的知識/新しい歴史の見取り図/『ブラック・アテナ―Ⅰ.古代ギリシアの捏造』の論点と概要

第1章 古典古代における古代モデル……… 86
ペラスギ人/イオニア人/植民地化/ギリシア悲劇に描かれた植民地化/ヘロドトス/トゥキュディデス/イソクラテスとプラトン/アリストテレス/植民地化とその後のギリシア世界の文化借用をめぐる議論/プルタルコスのヘロドトス攻撃/エジプト宗教の勝利/アモンの息子アレクサンドロス

第2章 エジプトの英知とその後の西欧へのギリシア人による伝播……… 144
ヒュパティアの殺害/エジプト多神教の崩壊/キリスト教と、星と魚/エジプト宗教の残存物としてのヘルメス主義、新プラトン主義、グノーシス主義/ヘルメス主義……ギリシア、イラン、カルディアそれともエジプト起源?/初期キリスト教、ユダヤ教、イスラムにおけるヘルメス主義と新プラトン主義/ビザンチウムとキリスト教西ヨーロッパにおけるヘルメス主義/ルネサンス期におけるエジプト/コペルニクスとヘルメス主義/一六世紀におけるヘルメス主義とエジプト

第3章 一七~一八世紀におけるエジプトの勝利……… 192
一七世紀のヘルメス主義/薔薇十字団……プロテスタント諸国における古代エジプトの扱い/一八世紀における古代エジプト/一八世紀 中国と重農主義者/一八世紀 イギリス、エジプトとフリーメイソン/フランス、エジプトと「進歩思想」……古代・近代優越論争/エジプト科学の寓話としての神話/エジプト遠征

第4章 一八世紀におけるエジプトに対する敵対意識……… 224
キリスト教勢力からの反撃/キリスト教、ギリシア、エジプトの三者関係と対立の構図/ギリシアとキリスト教の同盟/「進歩」とエジプトの対決/「進歩」の大陸としてのヨーロッパ/「進歩」/人種主義/ロマン主義/『オシアン』とホメロス/ロマン主義者のギリシア愛好熱/ドイツにおける新ヘレニズムとヴィンケルマン/ゲッティンゲン大学

第5章 ロマン主義言語学
    ……インドの上昇とエジプトの下降 一七四〇~一八八〇年……… 264
インド・ヨーロッパ世界の誕生/サンスクリット語との恋愛/シュレーゲル主義者とロマン主義言語学/オリエンタル・ルネサンス/中国の没落/一九世紀初頭の人種主義/古代エジプト人の肌は何色だったか?/近代エジプトにおける国民ルネサンス/デュピュイ、ジョマール、シャンポリヨン/エジプト宗教は一神教か多神教か/一九~二〇世紀に一般大衆が抱いた古代エジプトのイメージ/エリオット・スミスと「伝播論」/ジョマールとピラミッドの謎

第6章 ギリシア至上主義 その1
    ……古代モデルの衰退 一七九〇~一八三〇年……… 330
ヴォルフとフンボルト/フンボルトの教育改革/ギリシア愛好者/けがれたギリシア人とドーリス人/過渡期の思想家……その1 ヘーゲルとマルクス/過渡期の思想家……その2 ヘイラン/過渡期の思想家……その3 バートルト・ニーブール/プティ=ラデルと最初の古代モデル批判/ミュラーと古代モデルの衰退

第7章 ギリシア至上主義 その2
    ……古代学のイギリスへの伝播とアーリア・モデルの興隆 一八三〇~六〇年……… 376
ドイツ・モデルとイギリス教育改革/ジョージ・グロート/アーリア人とヘレネス(古代ギリシア人)

第8章 フェニキア人の興隆と衰退 一八三〇~八五年
    ……… 402
フェニキア人と反ユダヤ主義/セム人とはどんな人種か/セム人の言語学的・地理学的な劣等性/アーノルド親子/フェニキア人とイギリス人……その1 イギリス人の見方/フェニキア人とイギリス人……その2 フランス人の見方/『サランボー』/モロク神/ギリシアのフェニキア人 一八二〇~八〇年/ゴビノーのギリシア観/シュリーマンと「ミケーネ人」の発見/バビロン

第9章 フェニキア問題の最終的解決 一八八五~一九四五年
    ……… 440
ギリシア人の復活/サロモン・レナック/ジュリアス・ベロッホ/ヴィクトル・ベラール/アケナトンとエジプトの復権/アーサー・エヴァンズと「ミノア人」/反ユダヤ主義のピーク 一九二〇~三九年/二〇世紀のアーリア優位主義/アルファベット起源論の辻褄あわせ……フェニキア人への最後の攻撃

第10章 戦後の状況
    ……穏健アーリア・モデルへの回帰 一九四五~八五年……… 482
戦後の状況/ギリシア古典学の発展……一九四五~六五年/原住地文化起源モデル/東地中海での接触/神話学/言語/ウガリト語/学問とイスラエルの建国/サイラス・ゴードン/アストゥアと『ヘレノセミティカ〔セム系ギリシア人〕』/アストゥアの後継者か……ビリグマイアー/ある妥協の試み……ルース・エドワーズ/鉄器時代のフェニキア人の復活/ナヴェとアルファベットの伝播/エジプト人の名誉回復の可能性/修正古代モデル

結 論 ……… 528
補 遺 ペリシテ人はギリシア人だったのか ? ……… 534
原註 ……… 606
参考文献 ……… 641
用語解説 ……… 654
索引 ……… 667

「闇」、「ブラック部活」とやら・・・・

 あらゆる悪を含意されたトンデモ和製英語「ブラック」は、名誉白人の日本低国民にはことのほか好かれているようで、いじめや性犯罪までも含意されたりして部活という言葉にまでくっついたようだ。以下の記事もトンデモ和製英語「ブラック」を他の適当な言葉に替えれば立派な記事なのだが・・・。また光と闇の対比も、欧米では色の白と黒をあてがわれ、白を善、黒を悪と妄想する白人優越主義を蔓延させたのだから、あまりに暗闇を恐れるのは問題である(笑)。

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5.白人の色の価値観も、聖書の光と闇を白と黒に対応させて色の価値を序列化させた。

★竹沢泰子──ヨーロッパ人を白色人種と呼んだり、白い肌が美しいとする考えは、元来極めてユダヤ=キリスト教文化圏の伝統に支配された考え方だと思います。ユダヤ=キリスト教文化圏では旧約聖書にあるように白を光、黒を闇として、善である白い色を自分たちの色に当てはめたわけです。

▼女子部員に全裸強要…日本に根付く「セクハラ部活」の闇
これは、現実の話です

島沢 優子

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52036


子どもたちの自主性や人間力を育てる場として、学校教育において年々重要性を増す部活動。ところが、今、児童虐待と化している「ブラック部活」が社会問題化。「ブラック部活」と名付けて警鐘を鳴らし、このたび『部活があぶない』を出したスポーツライターの島沢優子氏が、特に深刻なセクハラ部活の実態をレポートする。

全裸になるよう強要

5月末。大阪府堺市の公立高校で、56歳の男性教諭が、顧問を務めるソフトテニス部の女子生徒に対し、全裸になるよう強要したという事件が報じられた。

試合で負けたことを理由に女子生徒を教室に呼び、室内を仕切る壁越しに「裸になれ」と繰り返し全裸にさせ、「先生とエッチできるぐらいの覚悟で試合に臨め」「大人になったらエッチしよう」などと発言したという。

この部員だけではなく、部員の過半数がセクハラ発言をあびせられたり、顔を平手打ちされたりしていたことも明らかになった。堺市教育委員会は5月29日付けでこの教諭を懲戒免職処分にした。

「裸になるぐらいの覚悟で頑張れとの趣旨だった」と説明したこの顧問の愚鈍さには呆れかえるが、なんと、彼は前年度まで大阪府高校体育連盟の理事を務めている。

高体連の理事といえば、部活指導の改善を推進すべき側だ。

大阪府高体連事務局に問い合わせたところ、元専務理事の失態に困惑した様子でこう答えてくれた。

「遺憾です。指導については口酸っぱく言ってきたのですが、なかなか変わらない。(この事件があって)すぐに徹底するよう通知しました」

高体連が言うところのメールやファックスの通知で、セクハラ顧問たちが襟を正していくれればよいのだが、はたして強制力はどのくらいあるのだろう。



もしほかに女性を性的に支配することに味を占めた顧問がいたとして、通知程度で行いを変えるだろうか。

2016年10月には、神奈川県横浜市の市立中学校女子バレーボール部顧問が、部員14名に対し体罰やセクハラ行為を繰り返していたとして懲戒免職になった。

顧問教師は14年8月から16年2月ごろまでの間、体罰・暴言とともに、女子生徒の尻や胸を触る、足や腰をマッサージするなどの行為をしたという。

「(チームを)強くしたかった。指導の一環だった」と教師は話したそうだ。

ハーレムを形成する顧問

90年代に報道された九州地方の高校女子バスケット部の顧問による性的虐待は、さらに異常さを帯びる。

顧問は複数の部員と性的関係を持っていたのである。

二人、三人と肉体関係を結ぶ者が増えるとともに、部員間に噂が広まっていった。

本来なら、噂を聞いた時点で、部員は親にその異常性を告発するはずだ。ところが、すぐにはそうならなかった。それどころか「(顧問と)関係を結んだ子が(チームの)エースなのだ」という歪んだ価値観にすり替わっていき、結果、事件発覚が遅れた。

事情を知る人によると「選手たちに、顧問との関係を望むような風潮があった」という。

顧問による身体的・精神的支配に基づくブラックな状態は、男子の部活にも存在するが、男性が顧問をつとめる女子の部活は、強制わいせつ罪につながることもある。

合宿などで男性顧問の下着を洗わされたり、体をマッサージさせられるケースなども聞いたが、保護者は「先生にやってあげたらいいじゃないの」と信じられないほど鈍感だった。

保護者が性犯罪にあまりに疎いことも、セクハラ部活を根絶やしにできない要因の一つだ。

さらに、女性部員が多くを占める吹奏楽部も、常にセクハラ部活への危険性を秘めている。

吹奏楽部の男女比は、平均でおおよそ1対9(森田信一「クラブ活動としての吹奏楽の変遷」2005年)。圧倒的に女子が多い空間がつくられる。



そのなかで、男性顧問が「腹式呼吸の練習」と称し、女子生徒の腹部や胸部に手をむやみに押し付けて触ったセクハラ事例がかなりあるという。

2016年12月。福岡大付属若葉高校(福岡県福岡市)で吹奏楽部の顧問をしていた芸術科の男性教師(44歳)が、女子部員に対してセクハラ行為を長期間にわたって続けたとして、諭旨解雇の懲戒処分にされたことが発覚した。

男性顧問は、複数の部員にブラジャーのホックを外して楽器を吹くよう指示。「好き」「かわいい」などとメールを送ったり、下腹部を触ったりしたという。

被害者が悪い…わけがない

このような部活のブラックな現実を報じると、多くの人が「ひどすぎる」と加害者側を非難するが、一部では被害者側の対応を疑問視する声もあがる。

「部活をやめればよかったのに」

「どうして転校しなかったの?」

「親には言えなかったの?」

と。

そうしたコメントを寄せる人には理解しがたいことかもしれないが、セクハラや暴力を受けた生徒はその場からなかなか逃げられない。

セクハラや暴力は愛情故だと顧問は言い、生徒たちは、顧問を恐れながら、部活という場所で何とか生き抜こうとする。

「顧問は私たちのために厳しくしている」と思い込もうとする。

そう解釈しないと耐えられないからだ。

日本のほとんどの子どもは「嫌なことでもやらなきゃいけないことがある」とか「ほかの人も頑張ってるんだから」と、辛いことを我慢して戦うことが美徳だと教え込まれる。

我慢する力が悪いわけではないが、「みんな我慢している」という集団心理から一人抜け出すことは容易ではない。

毎月のように報じられるブラック部活の報道は、依然として、この国の子どもたちが部活で苦しみ続けていることを示している。

部活全入時代が来る

部活における問題は、もちろんセクハラ部活だけではない。

体罰・暴言による自尊心の崩壊。

過度な練習によって、人生にわたって悩むことになる慢性のケガ。

ブラックバイト・ブラック企業に適応する人格の育成。

など、ブラック部活はさまざまなリスクを子ども達の人生に課す。



2020年以降、こうしたブラック部活に対して、今後保護者達は、わが子をブラック部活に追いやらないようアンテナを張り続けねばならなくなるだろう。

部活での経験が、大学受験の合否に直結する時代がくるからだ。

文部科学省が推進する大学入試改革により、2020年度から国立大学が独自に行う個別入試では、人物重視の多方面な評価への転換が予定されている。

評価項目は、受験生の部活や就業体験、ボランティア活動など。

そのなかでも中高生がたやすく実践できるのが部活だろう。そのような中で、部活に入らない、という選択肢は親子ともになかなか取りにくくなることは想像に難くない。

部活を学校教育の中で重要視するのであれば尚更、ブラック部活解消を急がなくてはならないのである。

部活改革は待ったなしなのだ。
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