「私には夢がある」と、米国で人種差別のない社会を訴えたマーチン・ルーサー・キング牧師が暗殺されてから4日で50年。法的には平等が保障され、黒人初の大統領も誕生したが、人々の心に潜む差別の意識や白人との格差はいぜん根強い。分断をあおるトランプ大統領の言動により、「夢」の実現は遠のいて見える。

 午後6時1分、鐘が39回鳴らされた。米南部テネシー州メンフィスの公民権博物館。50年前の同じ時刻、キング牧師は、当時モーテルだったこの場所のバルコニーで、白人の男の凶弾に倒れた。39歳だった。

 「ここに立つとかさぶたがはげ落ち、まだ生々しい痛みが残る。だが、新たな希望と可能性の復活の日は遠くない」。キング牧師と活動し、黒人指導者になったジェシー・ジャクソン師は追悼式典で話した。黒人初の米国大統領になったオバマ氏もビデオメッセージを寄せ、「米国はキング牧師の時代よりもより公平で自由になった」と語った。

 非暴力を貫き、黒人差別や貧困の解決、反戦を訴えたキング牧師ノーベル平和賞も受けた公民権運動の指導者の影響力は根強い。

 メンフィスでは、全米各地から集まった約1万人が「I AM A MAN」(私は人間だ)と書かれたプラカードを掲げて行進した。50年前、黒人の清掃作業員が待遇改善などを求めストライキに立ち上がった時のスローガンだ。キング牧師はその支援でメンフィスに駆け付けた。

 ログイン前の続き作業員として当時のストに参加したリチャード・リーチさん(74)は「人間としての尊厳を取り戻す闘いだった。キング牧師のおかげで今の私がいる」。

 50年前に比べ、高卒以上の学歴を持つ人の割合は増え、白人との差は大幅に縮まった。黒人の投票率はオバマ氏が候補になった2008、12年の大統領選で、白人を上回った。投票権キング牧師らが闘争で勝ち取ったものだ。オバマ大統領の誕生後、ギャラップの世論調査では全米で、人種問題を「深刻な問題」と答えた人は10年に過去最低の13%に低下した。

いまだ根強い差別・格差

 だが、差別や格差はいぜん根強い。失業率は白人4・3%に対し、黒人は8・4%。貧困率も白人8・8%に対し、黒人は22・0%と大幅に高い(いずれも16年)。貧困は犯罪に結びつきやすいとされ、逮捕・収監されている黒人男性の割合は白人男性の7倍近い。白人が住む地域に黒人が不動産を買うのは今も難しい。キング牧師が夢見た人種間の平等にはまだほど遠い。

 この日、行進に参加したアラバマ州のアニタ・クックさん(78)は1960年代、差別反対デモの鎮圧に警官隊が黒人の子供に放水するのを目撃した。「同じことがまた起きないかが心配。憎悪をあおる(トランプ)大統領がいるから」

 昨年8月、バージニア州シャーロッツビルで、白人至上主義団体が南部連合・リー将軍の銅像撤去に反対する集会を開いた。それに抗議する住民に白人団体側の男が車で突っ込み、弁護士補助職員(当時32歳)が死亡した。この時、トランプ氏は「両者に非がある」と述べ、白人至上主義者を明確に非難しなかった。

 こうしたトランプ氏を称賛する白人至上主義者らの動きが活発化している。米国では心の奥底に差別意識が残っていても、それを表に出すのはタブーだった。だが、行進に参加したミネソタ州の白人男性ジェフ・バートネンさん(69)は、白人の不満を吸い上げて当選したトランプ大統領の誕生による変化を語る。

 「差別はいけないことという心のタガが、はずれつつある気がする」(メンフィス=香取啓介、沢村亙

ヘイトクライム「トランプ政権が助長」

 黒人を脅かす事件が、全米で起きている。

 昨年10月、東部ペンシルベニア州ピッツバーグのダスティン・ギブソンさん(29)は、アパート前の街路樹で異変に気付いた。近づいてみると、黒いUSBコードで作った「縛り首の縄」がぶら下がっていた。

 ロープの端を輪状にした縛り首の縄は、米南部の黒人にとって、白人による黒人リンチの象徴だ。南北戦争(1861~65年)で、奴隷制存続を掲げた南部連合は敗れたが、黒人への激しい迫害は続いた。当時、「人種の秩序」を乱したとして黒人は拷問され、木や電柱につるされて見せしめにされた。使われたのが縛り首の縄だった。

 「これは殺しの脅迫だ。黒人が台頭しようとすると、差別や弾圧で押し戻されてきた象徴だ」とギブソンさんは言う。警察と連邦捜査局(FBI)に通報したが、犯人はいまだ分からない。

 縛り首の縄の歴史について著書のあるデニソン大学のジャック・シュラー准教授によると、縛り首の縄による脅しは17年に全米で急増。報道されたものだけでも昨年3月以降、30件以上確認でき、今月4日もメリーランド州の高校で南軍旗と縛り首の縄が見つかった。

 昨年6月にはワシントンにあるキング牧師の記念碑近くや国立アフリカン・アメリカン歴史文化博物館にも縛り首の縄が置かれた。フロリダ州の消防署では、黒人の同僚の家族写真に輪なわを置いた消防士6人が解雇された。メリーランド州の中学校に輪なわを置いたとして、ヘイトクライムなどの罪を問われた19歳の少年は「誰も差別するつもりはなかった」と弁解したが、120時間の社会奉仕活動を課された。

 シュラー准教授は「たとえ歴史や深い意味が分からなくても冗談ではすまされない。権力にある人間、つまり、トランプ大統領と支持者たちが、ヘイトクライム憎悪犯罪)に走ることを助長している」と指摘する。

 トランプ氏は3日、「我々はキング牧師の生涯の使命に目を向け、差別や非人間性、我々を分断しようとするものを非難しなければならない」との声明を発表した。国民の統合や正義の実現を訴えたが、ギャラップ社の先月の調査では、人種問題を深刻な問題と答えた人は、オバマ政権の10年の13%から37%に高まっている。(ピッツバーグ=香取啓介)